2023.11.13 InfoCom T&S World Trend Report

見直されるネットワーク —新たな可能性の追求—

一時、ネットワークの「土管(ダムパイプ)化」という言葉がIT業界でよく語られていた。もちろん明確な定義がある訳ではないが、通信事業者が付加価値のない(少ない)接続サービスのみしか提供できない状態を指すネガティブな意味合いを含んでいる。クラウドをはじめとするさまざまなITサービスが生まれ、目覚ましい機能進化が続いている。その中で、ネットワークに関しては、早くから光ファイバーによるサービスの普及が進み、「光の速さは変えられない」との認識、すなわち、市場に大きなインパクトを与えるような根本的、革新的な機能改善は望めないとの諦観のようなものも、一部にはあったように思われる。

しかし、最近ではこれが変わりつつある。物理的な光の速さは変えられなくても、end-to-endのサービスとしては、速度を含めたさまざまな改善がなされ、通信事業者や大手クラウド事業者による新たなサービスが投入されている。

そこで、本稿では、このようなネットワークサービスに関する最近の動きについて紹介し、ネットワークサービスの新たな可能性について検討したい。

新たなネットワークサービス

ここでは、ネットワークサービスに関する特徴的な動きとして、まず最近投入された新たなサービスについてみておく。

米国の通信事業者Lumen Technologies(旧CenturyLink。以下、「Lumen」)は2023年6月、大手クラウド事業者3社と共同で開発したデータセンター相互接続サービス「ExaSwitch」を発表した。これは、「あらゆる種類のデータ・トラフィック交換に必要な容量を迅速に展開するためのオンデマンド・ネットワーク接続」とされ、大規模なインターネットとクラウドネットワーク間(データセンター間[1]ラフィックのルーティングを可能にするもの[1]。「参加者」がサードパーティの介入なしにネットワーク間でトラフィックを動的かつ迅速にルーティングできるように設計されているのが特徴である。初期参加者は、Lumen、Google Cloud、Microsoft Azureの「大規模クラウドプロバイダー」とされている。

このサービスの仕組みは以下のとおりである。ExaSwitchの管理者(Lumen)は、参加者が選んだ場所に必要な光ネットワーク機器を設置する。参加者は、ExaSwitchに接続するための(各社保有の)光ファイバーソースを決定し、2参加者が接続に同意すると、自己プロビジョニングもしくは管理者が運営するAPIポータルを通じて迅速に接続できる(図1)。接続は400Gbps単位で設定され、100G単位で、オンデマンドでの利用が可能である。Lumenは当初、米国内3都市(シカゴ、ダラス、バージニア)でサービスを開始しているが、今後「大規模なインターネット・ハブがある北米のすべての主要市場」に拡大予定としている。

【図1】「ExaSwitch」による接続のイメージ図

Optical connection:光接続 Participant data centers:参加企業データセンター
【図1】「ExaSwitch」による接続のイメージ図
(出典:Lumen報道発表)

このサービスの特色は、「参加者」が大容量の光接続を自身でコントロールできること、そしてその接続がセルフサービス・ポータルの活用により、極めて迅速に行えることである。通常の接続の場合、工事と開通設定などでかなりの時間を要する。光ファイバーの事前引込み等により、これを短縮すること自体は珍しくないが、接続に関わるすべての要素を瞬時に揃えるのは簡単なことではない。

Lumenは、ExaSwitchを利用する参加者が増えれば増えるほど、このプラットフォームの「メンバー間のキャパシティの自動化、拡張、管理」がさらに容易になるとしている。ネットワークにおいて接続可能性のある相手が増えれば、プラットフォームの利便性、価値が増すのは明らかである。Lumenは、プラットフォーム管理者として、大手クラウド各社のデータセンターへのアクセスとネットワーク管理を担うポジションを得る。今後の米国内、欧州、アジア等他地域への展開にも注視が必要と考えられる。

大手クラウド事業者の取り組みについてもみておきたい。Google Cloudは2023年6月1日、競合他社クラウドに10Gbps/100Gbpsの高速専用回線経由で接続可能なネットワークサービス「Cross-Cloud Interconnect」を提供すると発表した[2]。当面の接続先はAWS、Microsoft Azure、Oracle Cloud Infrastructure、Alibaba Cloudの4サービスである。安全でパフォーマンスに優れたネットワークを介して、あらゆるパブリッククラウドとGoogle Cloudとの接続を可能にするとして、次の3点を利点として挙げている。①複数のクラウドでのアプリケーションの実行、②マルチクラウド環境SaaSにおけるネットワーキングの簡素化、③クラウド間のワークロードの移行、である(図2)。マネージドサービスとして提供され、99.99%のSLA保証がされている。料金は、時間単位+トラフィック量で決まる。同社は従来からGoogle Cloudへの接続サービスとして「Cloud Interconnect」を提供してきたが、今回はこの対象を他社クラウドに広げるもので、競合他社が接続先になっている点が興味深い。Google Cloudは市場シェアでAWS、Azureを追う立場であることから、法人顧客に対しては、AIなどでの2番目のクラウドとしての食い込みを狙っている。このサービスは、ネットワーク部分でマネージドサービスを提供し、マルチクラウドにおける(不可欠な)接続ハブ化を図るものとみることができる。これまで通信事業者が中立性をアピールしていたクラウド間接続をGoogleが狙いにきた形であり、迅速な開通、変更、利用中止と時間単位の課金(月額課金、最低利用期間設定など、これまでの通信サービスにおける利用条件の改善)はユーザーにとっての強いアピールとなる可能性があると考えられる。

【図2】Google Cloudと他クラウドサービスプロバイダーとの接続のアーキテクチャー図

【図2】Google Cloudと他クラウドサービスプロバイダーとの接続のアーキテクチャー図
(出典:Google Cloud Blog)

研究開発の取り組み

次に、新たなネットワークサービスにつながる研究開発の動きをみておきたい。Microsoftは2022年12月、主にデータセンターやISP向けに中空コアファイバー(Hollow Core Fiber : HCF)技術を開発する、英国のLumenisityを買収すると発表した[3]。Lumenisityは英サウサンプトン大学Optoelectronics Research Centre(ORC)からのスピンアウト企業である。Lumenisityの次世代HCFは、光が空気の芯の中を伝播する独自の設計を採用しており、Microsoftはこの技術のメリットについて、速度向上とレイテンシ減、セキュリティ向上と侵入検知の強化、コスト削減とネットワーク品質向上が可能となると述べている。また、リピーターなしでより長距離の利用を可能にする超低信号損失の可能性もあるとされる。

Microsoftがネットワークに関するハードウェア企業を買収するのは異例とみられたが、同社は、HCFは、高速トランザクション、セキュリティ強化、帯域幅の拡大、大容量通信を必要とするネットワークやデータセンターに依存しているヘルスケア、金融サービス、製造、小売、政府機関など幅広い業種にメリットをもたらすとしている。The Registerによれば、光ファイバーの遅延が問題になるのは長距離の場合であるとして、同社の関心はデータセンター相互接続(DCI)を中心としているのではないかとしている[4]。Lumenisityの構想が目論見どおりに進むかは現時点では不明だが、もし成功すれば、より高速な光ファイバーが実現することになる。

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日本の動き

需要の背景

まとめ

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] Lumen Technology ニュースリリース,“Lumen, Google and Microsoft create new on-demand, optical interconnection ecosystem”(2023/6/12)https://news.lumen.com/2023-06-12-Lumen,-Google-and-Microsoft-create-new-on-demand,-optical-interconnection-ecosystem

[2] Google Cloud Blog,“Announcing Cross-Cloud Interconnect: seamless connectivity to all your clouds”(2023/6/1)https://cloud.google.com/blog/products/networking/announcing-google-cloud-cross-cloud-interconnect

[3] Official Microsoft Blog,“Microsoft acquires Lumenisity®, an innovator in hollow core fiber (HCF) cable”(2022/12/9)https://blogs.microsoft.com/blog/2022/12/09/microsoft-acquires-lumenisity-an-innovator-in-hollow-core-fiber-hcf-cable/

[4] The Register,“Why did Microsoft just buy fiber optic cable company Lumenisity?” (2022/12/13)https://www.theregister.com/2022/12/13/microsoft_acquires_lumenisity/

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