CAと消費者法

第1 消費者法が問題となる典型的な場面
1 はじめに
2023年度における月刊連載において、サイバネティック・アバター(CA)に関する様々な問題を13回にわたって取り上げた後、CAに関する重要課題ではあるものの月刊連載では十分に取り上げることができなかった事項について季刊連載をさせて頂くことになった。第1回である前回は、いわゆるAI Tuberを中心としたAIとCAの交錯点を取り上げたところ、今回取り上げるCAと消費者法の問題もまた、CAに関する重要な課題である。
すなわち、CAに関し、様々な事業者も関与しているものの、事業者だけでは到底CAのエコシステムは回っていかない。B2C(Business to Consumer)やC2C(Consumer to Consumer)等の形で消費者がユーザーとなってメタバースにおける活動や、身代わりロボット等を利用したリアルワールドにおけるCAの活動に従事するからこそ、そこで経済が回り、CAに関するビジネス、ひいてはCAが活躍するフィールドやCA自体がはじめて持続可能となる。
このように消費者は重要な役割を持つにもかかわらず、大変遺憾ながら一部の事業者が必ずしも適切ではない方法の勧誘などを行っていることは事実である。例えば、メタバース上で本来よりもかなり高額でNFTを売り付け、その後価格が暴落したといった状況は、特に2022年のWeb3バブル崩壊前後に良く見られたところである。
もし、CAに関し、消費者が事業者に搾取されるような状況が恒常的かつ頻繁に発生し続けるのであれば、誰もCAを利用したいと思わなくなるだろう。それでは、本稿の研究が属するところのムーンショット研究(ムーンショット目標12050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現)が目標とする、誰もが安心してCAを利用できる社会は到来しない。その意味では、CAの分野においても、消費者法に関する適切妥当な解釈論や立法論による、悪徳業者排除が急務である。
ところで、消費者法はメタバースに対しても現実世界と同様に適用される1。つまり、メタバース外において消費者法に違反する行為は、基本的にはメタバースにおいても消費者法違反なのである。
もっとも、「メタバースでも(CAとの関係でも)消費者法は現実世界と同様に適用されるので、現実世界において留意すべき点を同様に留意すべき」というだけでは、わざわざこの問題を本稿のような形で展開する意味がない。そこで本稿は、いわゆる「消費者法の概説」部分はあえて割愛し、各種消費者法との関係で発生するCA固有の問題のみを論じることとする。その結果として、各法に関する前提知識を有しない読者にとって読みにくい部分はあるかもしれないが、消費者法の入門書等を適宜ご参照頂きたい。
まずは2においてCAに関して締結される消費者契約を主な類型ごとに整理し、その上で、3以下で、CAに関して重要と思われる主な消費者法をまとめる。
2 CAの利用に関する契約
まず、CAを利用するために、様々な契約が必要となる。
例えば、CAがメタバース上のCAである場合、消費者がそのメタバースを利用するためにはヘッドセット等のハードウェアが必要となり、その売買契約が必要となる。
また、CAがロボットである場合、当該ロボットの購入についても消費者と事業者の間で売買契約が締結される(賃貸借契約やリース契約が締結されるかもしれない)。
さらに、消費者がメタバース上で利用するCAの3Dモデルを利用する(著作権)ライセンス契約を締結することもある。
これらは、全て消費者法の問題である。
3 プラットフォームとの契約
また、メタバースプラットフォーム等のプラットフォーム上でCAが活動するところ、プラットフォームとの契約についても消費者法が問題となる。
4 CAを利用したオンラインショッピング等
なお、CAが幅広く活動する中、メタバース上でオンラインショッピング等の取引を行うことも増加している。このような取引にも消費者法が適用される2。
第2 消費者契約法
1 勧誘規制
(1)勧誘を記録化しやすいこと
消費者契約法4条は特定の勧誘形態に関し、そのような形態で勧誘され、締結された契約について消費者の取消権を規定する。消費者が同条に基づく取消権を行使する場合においては、具体的にどのような勧誘活動が行われたかが実務上問題となり得る。例えば、消費者が、「XX」という文言で勧誘されたところ、これは重要事項について事実と異なることを告げることになる(同法4条1項1号)、と主張することはあり得る。これに対し、実務上、事業者が「『XX』ではなく、『YY』と述べたのであって、YYであれば重要事項について事実と異なることを告げることにはならない」、と反論することもある。
このような事実認定に関する争いが生じた場合、例えばメール等の明確な証拠があれば、それが認定に供されるところ、「言った、言わない」の問題となることもある。そこで、例えば電話を(自動音声で録音する旨を述べた上で)録音することで、事実関係の争いをできるだけ回避する事業者も存在する。
このような文脈において、メタバース上のやり取りは(それぞれのプラットフォームの仕様にもよるが)録音・録画等の記録化が比較的容易である。そこで、このような記録化の容易性を踏まえ、各事業者として、消費者との間で勧誘文言等に関する事実認定の争いをできるだけ防ぐための方策について検討すべきである。
(2)重要事項
同条1項1号は「重要事項について事実と異なることを告げること」により、消費者が「当該告げられた内容が事実であるとの誤認」をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができるとする。
そして、重要事項について定める同条5項は、1、2号で具体的な内容を挙げた上で、3号は「前二号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情」とする。
例えば、ロボットやアバターは「財産その他の重要な利益」である。したがって、「このセキュリティソフトを入れないとアバターが破壊される」等としてCAに関する「損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情」に関して事実と異なることを告げて勧誘をした場合、消費者やこの規定に基づき契約を取り消すことができる可能性がある。
(3)退去
同条3項1号は取消事由として、「退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しない」ことを、同項2号は、「退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させない」ことを挙げる。
ここでいう「場所」が物理的場所であれば、メタバース上において、物理的な「場所」は存在しないことから上記各号は適用されない。CAがメタバース上で勧誘をする状況が増加する中、メタバース上のショップやルーム等を「場所」に含めなければ、実質的にはメタバースにおいて、消費者が退去したくても「まあまあ」等と言って事業者が消費者を退去させてくれない等という不当勧誘が蔓延しかねない。
そもそも「退去」について限定はなく、「場所」も物理的場所に限るという明確な規定もない以上、メタバース上の特定箇所からの退去を拒み、又はそこからの退去を妨害すればそれだけでこれに該当するという解釈もあり得る。この点は、例えば消費者庁が解釈を明確化するか、又は、法改正が必要であれば法改正を行うことが望ましい。
(4)連絡妨害
同項4号は、その契約を締結するべきかについて、友人知人等に相談のため連絡をしたいという場合について、「威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること」を取消事由として挙げる。しかし、その場合の連絡方法としては「電話その他の内閣府令で定める方法」とされているところ、消費者契約法施行規則1条の2はこれを、電話(1号)、電子メール(2号)、及び「その他の消費者が消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために事業者以外の者と連絡する方法として通常想定されるもの」(柱書)とする。
このような規定は、まだメタバースでのやり取りそのものが社会全体としては少ない時代に制定されている。そして、メタバースにおける連絡について「通常想定されない」と解されてしまうと、メタバース上での連絡妨害が野放しになってしまう。
確かに、同条2号は電子メール「その他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」とすることから、メタバース上のダイレクトメッセージも含まれるという解釈は可能であろう。但し、例えば「発言は周囲にいる人全員に届くものの、そのタイミングで周囲には1人しかいない」といった態様でのやり取りが「受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信」といえるかは必ずしも明らかではない。
「メタバース上の取引である」という当該取引類型においてはメタバース上で友人知人等に相談のため連絡をすることもまた「通常想定されるもの」と解すことで、メタバースにおける連絡妨害を防止すべきところ、かかる解釈が消費者庁によって公にされるか、又は、法改正(規則改正)が実現されるべきである。
(5)デート商法
消費者契約法4条3項6号は、「当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、当該消費者契約の締結について勧誘を行う者に対して恋愛感情その他の好意の感情を抱き、かつ、当該勧誘を行う者も当該消費者に対して同様の感情を抱いているものと誤信していることを知りながら、これに乗じ、当該消費者契約を締結しなければ当該勧誘を行う者との関係が破綻することになる旨を告げること。」を取消事由として挙げる。
これはいわゆるデート商法を想定しているところ、メタバース上でも「お砂糖」等と呼ばれる恋愛関係が生じ得る。そこで、消費者が特定の魅力的なアバターに好意の感情を抱き、デート商法の被害に遭うこともあり得るため、CAにおいてもこの取消事由が成立することはあり得る。
(6)過量販売
同条4項は「事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの分量、回数又は期間(中略)が当該消費者にとっての通常の分量等(消費者契約の目的となるものの内容及び取引条件並びに事業者がその締結について勧誘をする際の消費者の生活の状況及びこれについての当該消費者の認識に照らして当該消費者契約の目的となるものの分量等として通常想定される分量等をいう。以下この項において同じ。)を著しく超えるものであることを知っていた場合」における取消事由を定める。
ここで、CA、例えばメタバース上のアバターを大量に購入する事態もまま見られる。そのような場合に何が通常の分量等とされるかにつき、上記の同項括弧書きが参考となる。
一般には目的となるもの、つまりこの場合においてはアバターについて、毎日着替える等として大量に購入すること自体はあり得る。しかし、その価格(取引条件)や、消費者の生活状況や認識等から、「ここまで高価なものをここまで大量に購入しない」だろうと認識した上であえて勧誘すれば、なお過量販売として取消し事由に該当し得るだろう。
(7)その他
メタバース上では自由にアバターを選ぶことができる。そこで、CA時代においては、「容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項」(同条3項5号ロ)の「願望の実現に過大な不安を抱」くことが減少すると理解される3。
2 不当条項規制
同法8条から10条までが不当条項規制であるところ、同法8条の2及び8条の3はCAとの関連性が必ずしも高くないことから検討を割愛する。
(1)8条1項
同法8条1項は損害賠償等に関する以下各号の条項を無効とする4。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除し、又は当該事業者にその責任の限度を決定する権限を付与する条項
ここで、CAとの関係では、いわゆるフリーミアムのビジネスモデル5等、無料から利用を開始することができるサービスが提供されることが多い。そして、そのようなサービスにおいては、「無料なのだから、責任もその分制限される」、という考えに基づき、責任制限規定が設けられることがある。そして上記の規定は、そのような免責規定のうち、上記で明示した類型のいずれかに該当するものについて、これを無効としている。例えばフリーミアムのビジネスモデルの下で、確かに、月額利用料を支払うこともできるが、基本料金無料で利用することもできるというサービスについて、「12カ月以内に月額利用料として支払った額」を賠償の上限とするという場合、それが月額利用料を支払うユーザーとの関係では、少なくとも同条1項1号の全部の免責にはならない6ものの、無料ユーザーとの関係では全部の免責として無効となり得る。
(2)8条3項
同法8条3項は以下のとおり定める。
事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)又は消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものを除く。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する消費者契約の条項であって、当該条項において事業者、その代表者又はその使用する者の重大な過失を除く過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないものは、無効とする。
国際的な事業者のサービスにおいては、各国で無効となる要件が異なることから、「適用法で無効とならない限り一定額(例えば、12カ月以内に月額利用料として支払った額)を責任の上限とする」等という留保を付すことがある。そして、このような規定を「サルベージ条項」と呼ぶ。しかし、同項はまさにサルベージ条項を無効にする(サルベージできなくする)ものである。つまり、適用法が無効とする場合を除外する旨を抽象的に記載するだけで、故意又は重大な過失がある場合には全額の賠償をする旨が明記されていないものは無効となるのである。特にCAに関するサービスを提供する国際的な事業者において日本法特有の規制として留意が必要である。
(3)9条1項
同法9条1項は以下のとおり定める7。
第九条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分
ここで、CAとの関係でも、契約違反に対する損害賠償の予定・違約金や、遅延損害金について、過度に高額と思われる規定がまま見られる。これは、B2Bの契約とB2Cの契約を区別せず、損害賠償の予定や違約金を一律に定めてしまっていることによると思われる。もちろん、具体的な状況によって、設定された損害賠償の予定や違約金が、「解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超え」ないこともあり得るものの、B2Cの契約が含まれる場合においては、このような観点で確認・検討することが必要である。
(4)10条
同法10条は「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」とする。これはいわゆるバスケット条項であり、同法9条までに規定されるものではなくても一定の条項を無効とする。
ここで、CAとの関係では、いわゆるダークパターンである、「電気通信回線の利用契約において、消費者による解除権の行使の方法を電話や店舗の手続に限定する契約条項」8がこれに該当するとされることが重要である。例えば、CAの文脈で少なくともインターネット上で解約できず、例えば電話等を強制する条項は10条により無効になると考える9。
また、特定の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する契約条項には、個別の事案によるものの、本条の規定の要件を満たし、無効となり得るものがあるとされている10。メタバースプラットフォーム等が、プラットフォームに裁定権限があると定める場合があるところ、そのような規定はこの条項により無効となる可能性がある。
第3 特商法
1 VRにおける最終確認画面
VRゴーグル、ロボット等のCAやそれに関する物品、サービス等を通信販売で購入する人は多く、その場合は特定商取引に関する法律(以下「特商法」という)通信販売11の規律が当てはまる。もっとも、CAに固有の規制ではないため、以下において通信販売一般の解説はしない。
CAと特商法との関係で最も重要なのは、(通信販売規制のうちの、)VRにおける最終確認画面規制である。特商法12条の6は通信販売における契約の申込み段階において、販売業者等に対し、一定の事項の表示を義務付けるとともに、消費者を誤認させるような表示を禁止している。そして、「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」(以下「ガイドライン」という)12が、かかる表示について詳細に説明している。
いわゆるインターネット通販においては、「インターネット通販において、消費者がその画面内に設けられている申込みボタン等をクリックすることにより契約の申込みが完了することとなる画面」すなわち最終確認画面13において分量、価格、支払い時期、方法、引渡時期、申込時期、解除等特定の事項について表示をすることが求められる。
ここで、ガイドラインは「インターネット通販における最終確認画面については、購入する商品の支払総額を計算して表示するなど、消費者の入力内容に応じて表示内容を出力することが可能であり、また、画面のスクロールが可能であるため、はがきなどの書面に比してスペース上の制約は少ないことから、原則として表示事項を網羅的に表示することが望ましい」とした上で、「消費者が閲覧する際に用いる媒体により画面の大きさ及び表示形式が異なるという点や、例えば、複数の販売業者が販売する商品をまとめて購入することが可能なモール型のインターネット通販サイト等においては、商品ごとに販売条件等が異なる可能性があるという点などに鑑みると、表示事項に係る全ての説明を最終確認画面上に表示すると、かえって消費者に分かりづらくなる場合も想定される。このような事情に鑑みて、消費者が明確に認識できることを前提として、最終確認画面に参照の対象となる表示事項及ぼその参照箇所又は参照方法を明示した上で、広告部分の該当箇所等を参照する形式とすることは妨げられない」とする(ガイドラインI.2.(1)②)。これをVR上のCAを通じた通信販売に適用するとどのようになるだろうか。
まず、VR上の通信販売であっても、「購入する商品の支払総額を計算して表示するなど、消費者の入力内容に応じて表示内容を出力することが可能」という点は通常の通信販売と変わらない。
次に、「画面のスクロールが可能であるため、はがきなどの書面に比してスペース上の制約は少ない」という点は、VRの場合には没入する仮想世界そのもののスクロールが行われる訳ではないものの、仮想世界上に疑似的画面を表示してそれをスクロールすることは可能である。なお、例えば、消費者の目の前の擬似的画面1つでは必要事項を明瞭な大きさで表示できない、という場合において、VRであれば、横にもう一つ擬似的画面を設け、当該箇所においてそこに続く内容を表示することも可能である。ガイドラインのいう「スクロール」そのものではないが、そのような横に設けた擬似的画面上を含めて表示事項を網羅的に表示することは妨げられないと考える14。
さらに、「全ての説明を最終確認画面上に表示すると、かえって消費者に分かりづらくなる」という場面はVRでも同様に生じ得るだろう。例えば、10社の販売する10種類の商品をVR上で展開するショッピングモール上で購入した所、解除等に関する条件が各社で異なるので、それを列挙するとかえって分かりにくくなるといった場合もあり得る。この場合について、ガイドラインにおいては上記のとおり、「消費者が明確に認識できることを前提として、最終確認画面に参照の対象となる表示事項及びその参照箇所又は参照方法を明示した上で、広告部分の該当箇所等を参照する形式とすることは妨げられない」とされており、ガイドラインの画面例4−1では「解除等に関する事項については、端的な表示が困難かつ全ての事項を表示すると分量が多くなるなど、消費者に分かりにくくなるような事情がある場合に限り、リンク先に対象事項を明確に表示する方法やクリックにより表示される別ウィンドウ等に詳細を表示する方法も可」とする。VRではいわゆる典型的な「リンク」ではないものの、「解除についてはこちら」という表示を擬似的画面上で明瞭に行なった上で、当該箇所を参照するアクションをした消費者に対し、解除方法について明瞭にまとめたものを速やかに表示するといった対応をしていれば、これに準じて適法と解されるだろう。
なお、上記の「特商法」の最終確認画面規制とは異なる、電子契約法(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律)に基づく錯誤取消し(民法95条)を回避するための確認画面については筆者の別の論考を参照のこと15。
2 訪問販売該当性
VR上でCAを通じて行う勧誘による販売が「訪問販売」(特商法2条1項)に該当するかは別途問題となり得る。訪問販売は「販売業者又は役務の提供の事業を営む者(以下『役務提供事業者』という。)が営業所、代理店その他の主務省令で定める場所(以下『営業所等』という。)以外の場所において、売買契約の申込みを受け、若しくは売買契約を締結して行う商品若しくは特定権利の販売又は役務を有償で提供する契約(以下『役務提供契約』という。)の申込みを受け、若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供」(同項1号)か、又は「販売業者又は役務提供事業者が、営業所等において、営業所等以外の場所において呼び止めて営業所等に同行させた者その他政令で定める方法により誘引した者(以下『特定顧客』という。)から売買契約の申込みを受け、若しくは特定顧客と売買契約を締結して行う商品若しくは特定権利の販売又は特定顧客から役務提供契約の申込みを受け、若しくは特定顧客と役務提供契約を締結して行う役務の提供」(同項2号)である。
例えば、消費者がCAを利用してメタバースのパブリックスペースで活動していた所、販売業者のCAが消費者を呼び止めて勧誘し、メタバースにおける当該販売業者の販売スペースに連れて行かれる事態等は、それがもし現実世界で行われれば、訪問販売規制が適用される、「営業所等以外の場所において呼び止めて営業所等に同行させた者」といえる。問題はメタバースの場合である。
確かに、物理的には、販売業者は同法2条1項1号所定の場所で契約を締結等していないし、同行させた先は現実空間の営業所(同項2号)等ではない。そこで、現行法の伝統的解釈論に従う限りは、なお通信販売に過ぎないと解される可能性は十分にある。
しかし、そもそも、通信販売に関する規制(同法11条以下)よりも訪問販売に関する規制(同法3条以下)の方が厳しい。その理由は、不意打ち的勧誘があり、商品情報が限定され、消費者として受け身の選択を迫られ、直ちに契約締結に至る特徴があるからである16。
そして、上記の訪問販売に関する規制の趣旨からは、単に現実世界ではないというだけで訪問販売規制から一律に適用を外すという解釈が妥当かは疑問である。そこで、消費者庁による解釈の明示か、又は法改正により、VR上の行為であっても、上記趣旨が当てはまる場合には訪問販売だとして、より消費者に手厚い対応を行うべきである。
第4 景表法・広告規制
1 表示規制
(1)はじめに
不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という)の表示規制17との関係では、メタバースでの広告と消費者の認識や打ち消し表示が問題となる。
(2)メタバースでの広告と消費者の認識
表示規制違反については、個別の文章から判断するのか、全体から判断するのかが頻繁に問題となる。そして、結論としては、表示内容全体から消費者が受ける印象・認識に基づき判断される18。それは、消費者が商品・サービスを選択する際は、個別の文章だけを読んで判断するのではなく、広告全体から受ける印象を判断に供するからである。そこで、表示全体が消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するものであれば、なお優良誤認や有利誤認となり得る。
メタバースにおける広告については、単なる文章や口頭の説明だけではなく、視覚効果、聴覚効果、振動、サブリミナル効果等、様々な効果を与え、それを総合して消費者に特定の印象を与えることができる。もちろん、この点はインターネット上の動画広告等でも同様ではあるが、例えば、振動・触覚等も総合してより強い効果を与えることがができる点はCAの特徴である19。
そして、表示には、情報処理の用に供する機器による広告その他の表示20が含まれている。上記のとおり、表示規制に違反するか否かは、表示全体から判断する以上、VRの場合においてこのような視聴覚以外の効果をも踏まえた、全体として消費者が受ける印象・認識に基づき判断すべきことになる。
(3)打ち消し表示
前述の点からすると、打ち消し表示、すなわち強調表示(例えば「全品2割引」)に例外がある場合(例えば「金券を除く」)の例外がある旨の表示についてもCAに則した検討が必要であろう。すなわち、打ち消し表示は「分かりやすく適切」に行われる必要があるところ21、体験談について「効果を保証するものではない」と表示しても、大体の人が効果を得られるという認識が変容しないので、当該表示自体が明瞭にされていても、打ち消し表示として効果はないとされる22。例えば、現実世界の商品をメタバース上で販売する際、CAにその商品を利用した場合にどのようになるかの疑似体験を行わせてそれを踏まえて購入を決定させるという場合においては、当該疑似体験の内容についても表示(上記(2))と評し得るところ、いくら「実際に商品を購入した場合の効果を保証しない」と表示したところで、大体の場合にそうなるだろうという認識は打ち消し得ないとして、打ち消し表示としての効果がないと判断される可能性がある。
2 CAと広告
(1)はじめに
既に拙著23でCAと広告について述べているので、この内容をかいつまんで説明するにとどめる。
(2)現実世界の商品・サービスに関する広告
メタバースにおいて、現実世界の商品・サービスを広告する場合には、基本的には現実世界の広告に関する法令が適用されるものの、例えば屋外広告物に関する規制はメタバース上での広告には適用されないだろう24。
(3)メタバース上の商品・サービスの広告
メタバース上の商品サービスの場合、特に商標との関係で、誰が現実世界及びメタバースにおける商品・サービスについて商標権を有しているかに留意する必要がある25ところ、これは、月刊連載第10回26を参照されたい。
第5 その他
1 製造物責任法
ロボット等のCAに対しても、それが製造物、すなわち「製造又は加工された動産」(製造物責任法2条1項)であれば同法は適用される。ここで、同法3条但書は「その損害が当該製造物についてのみ生じたとき」には製造物責任が生じないとする。しかし、「メタバースのユーザーは、アバターを自らの分身とし、アバターの姿を自らの姿として活動しており、これに強い愛着を抱くユーザーも少なくない」27として、ロボット等のCAに対する愛着が強いとされるところである。そこで、ロボットのみが壊れた場合でも、製造物責任を負わせるべきではないか、立法論的議論の余地がある。
2 消費者DPF法
消費者が販売業者と連絡が取れないといったトラブルの際にDPFが販売業者等の特定に資する情報の提供を求める措置等を講じることについて取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律が定めている。ここで、基本的には、消費者と販売業者との間のトラブル解決に関するプラットフォームの協力が同法の主眼ではある。とはいえ、例えば、プラットフォーム上で詐欺広告を表示した者の特定・責任追及28や、国際ロマンス詐欺をメタバースプラットフォーム上で行う者の特定・責任追及にも広げることがCA時代には必要な立法論かもしれない。
3 スマホ法
スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律はスマートフォンの利用に特に必要な特定ソフトウェア(モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン等)を提供する事業者のうち大規模な者を指定し、他の事業者がアプリストアを提供することを妨げてはならないこと、他の課金システムを利用することを妨げてはならないこと等を定め、もって、プラットフォームにおける競争を促進し、消費者が恩恵を享受できるような競争環境の整備を行う。これは、プラットフォーム上での活動が多いメタバース・CAとの関係でも、総論としては歓迎すべき動きではある。但し、セキュリティー・プライバシーの保護の観点から、一定の例外も設けられており、その具体的内容はガイドラインが策定され、明確化される見通しである。よって、かかるガイドライン策定状況を注視したい。
4 消費者裁判手続特例法を含む消費者団体による訴訟
消費者法に関しては、消費者契約法(12条以下参照)、景表法(現行法30条、改正法34条参照)、消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律等、様々な形で消費者団体訴訟が可能となっている。CAに関する訴訟は著者が調べた限り発見できていないものの、今後CAに関する消費者被害が発生すればこのような消費者団体訴訟での解決の可能性がある。また、メタバースに関する集団訴訟が既に米国で発生しており29、日本でも、メタバース上の呼びかけに応じて原告等が集まり(消費者団体訴訟とは異なる、)集団訴訟が生じる状況はあり得ると思われる。
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員、同法制度研究部酒井基樹弁護士に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び宋一涵様に脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。
- 小塚壮一郎「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点―現実世界との『抵触法』的アプローチ」情報通信政策研究6巻1号(2022)<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jicp/6/1/6_75/_pdf/-char/ja>1B-1頁(2024年8月13日最終閲覧、以下同じ)。
- なお、個人同士の売買であれば、消費者法は必ずしも適用されない。そのような結論が適切かという問題は別途存在するところ、この問題意識は第5・2参照。
- 但し、Be RealというSNSが流行しているように、自由に姿を盛れる時代だからこそ、現実が重要という価値観は根強く残るかもしれない。
- なお、同条2項で1、2号規定の事項のうち契約不適合責任の免責につき、その代わりに代金減額、追完等を行う一定の場合に例外的に無効としないとする。
- 基本料金無料で利用を開始することはできるものの、オプションサービスを利用するならば追加料金が必要として、幅広いユーザーを獲得した上で一部のユーザーに課金してもらうことで全体としてビジネスを成り立たせるビジネスモデルのこと。
- なお、同項2号の故意重過失免責にならないかや、同法10条で無効にならないかは依然として問題となり得る。
- 同条2項は、算定根拠の説明を努力義務とする。
- 消費者庁「消費者契約法逐条解説」(2023年9月)173頁<https://www.caa.go.jp/policies/ policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/assets/consumer_system_cms203_230915_17.pdf>
- 確かに「インターネット上」では解約できるものの「メタバース上」での解約ができないことをどのように考えるかはなお議論が必要であろう。
- 消費者庁・前掲注8)175頁。
- 特商法2条2項「この章及び第58条の19第1号において『通信販売』とは、販売業者又は役務提供事業者が郵便その他の主務省令で定める方法(以下『郵便等』という。)により売買契約又は役務提供契約の申込みを受けて行う商品若しくは特定権利の販売又は役務の提供であつて電話勧誘販売に該当しないものをいう。」
- 消費者庁「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」(2022年)<https://www.no-trouble.caa.go.jp/pdf/202206 01la02_07.pdf>
- なお、ガイドライン1.(1)②は「一般的には、『注文内容の確認』といった表題の画面、いわゆる最終確認画面がこれに当たるが、表題の有無や内容、形式にかかわらず、前記の条件に該当する画面である以上は、『特定申込みに係る…手続が表示される映像面』として、法第12条の6の適用対象となる」としている。
- 但し、例えば、横だけではなく後ろも含めた360度に疑似的画面を展開し、それらの全てを読まないと理解することができない、ということであれば、消費者に後ろを振り返ってみることまで期待できるかという問題は別途存在するだろう。
- 松尾剛行「情報化社会と法」法学セミナー807号(2022)20頁以下。
- 齋藤雅弘ほか『特定商取引法ハンドブック〔第6版〕』(日本評論社、2019)127頁。
- なお、景品規制、例えばNFTエアドロップ等については、本稿がメタバースに関する研究ではなくCAに関する研究であることから取り扱わない。なお、松尾剛行『実践編 広告法律相談125問』(日本加除出版、2023)151頁も参照。
- 西川ほか『景品表示法〔第6版〕』(商事法務、2021)64頁。
- なお、上岡玲子「Emotion Hacking VR:振動触覚を用いた虚偽心拍呈示による恐怖感情の増幅を目指したVRウォークスルーシステム」日本バーチャルリアリティ学会論文誌24巻3号(2019)<https://www.jstage.jst.go.jp/article/ tvrsj/24/3/24_231/_article/-char/ja/>や「ツリバシ→コウカ」<https://hashilus.co.jp/ attractions/vr-bridge-effect/>等も参照。
- 不当景品類及び不当表示防止法第二条の規定により景品類及び表示を指定する件< https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/public_notice/pdf/100121premiums_6.pdf >2項5号「情報処理の用に供する機器による広告その他の表示(インターネット、パソコン通信等によるものを含む。)」
- 西川ほか・前掲注18)73頁。
- 西川ほか・前掲注18)76頁。
- 松尾・前掲注17)197頁以下。
- 松尾・前掲注17)198頁。
- 松尾・前掲注17)198-199頁。
- 松尾剛行「意匠権・商標権・不競法その他『サイバネティック・アバターの法律問題』 連載10回」InfoCom T&S World Trend Report 418号(2024)<https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr 418-20240130-keiomatsuo.html>
- メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」(2023年5月)45頁<https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf>
- 「なりすまし広告 SNS運営会社『メタ』の日本法人を被害者が提訴」NHK 2024年4月25日<https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240425/k10014432921000.html>参照。
- Shirley Halperin, Kevin Hart, Jimmy Fallon, Madonna Named in Class-Action Suit Alleging Bored Ape Yacht Club NFT Fraud ‘Scheme’, Dec 11, 2022. https://variety.com/2022/digital/ news/bored-ape-yacht-club-class-action-suit-kevin -hart-jimmy-fallon-madonna-1235456896/.
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