AI時代、モバイル通信の「上り」は足りなくなるのか ― 6Gで高まるアップリンクの重要性 ―
2026年5月、カメラと生成AIを搭載した「Ray-Ban Meta」などのAIグラスが、日本でも発売された。周囲の風景を認識して質問に答えたり、写真や動画を撮影したりするなど、AIはスマートフォンの画面内から、ユーザーの目や耳に近いデバイスへと広がり始めている。
こうしたAIデバイスの普及は、モバイル通信にも新たな課題を投げかける。端末が捉えた映像や音声をクラウドAIと連携させる利用が広がれば、データを端末へ届けるダウンリンクだけでなく、端末から送り出すアップリンクの重要性も高まるためだ。
2026年7月23日、筆者は「エリクソン モビリティレポート」の記者説明会に参加した。そこで紹介されたのが、世界各地のモバイルネットワークでアップリンク通信量の伸びが目立ち始めているという分析である。本稿では、同レポートと説明会で示された分析を手がかりに、AI時代におけるアップリンク通信の課題と、5G SAから6Gに向けた対応を考える。
1. モバイル通信の「上り」に何が起きているのか
これまで、モバイル通信の進化は、主にダウンリンクの高速化を中心に語られてきた。スマートフォンで動画や音楽配信、SNS上のコンテンツを楽しむには、大量のデータを端末へ届ける必要がある。そのため、通信事業者や端末メーカーは、下り速度とネットワーク容量の向上に力を注いできた。
しかし、通信トラフィックの増え方に変化が生じ始めている。エリクソンが発行する「エリクソン モビリティレポート」によると、前述の43社のうち17社では、アップリンク通信量の増加率がダウンリンクの1.5倍を超えた。絶対量では依然としてダウンリンクが多いものの、「上り」の伸びが目立ち始めている。説明会では、現在の伸びの要因について、AIの可能性に加え、ストリーミング関連の利用増加など、複数の要因が考えられるとの見方が示された。動画通話やSNSへの映像投稿、クラウドへのデータ保存など、アップリンク需要を押し上げる用途は多い。
2. AIデバイスの普及でアップリンクは足りなくなるのか
一方、今後のアップリンク需要を考える上で、AI利用の高度化と広がりを無視することはできない。テキスト中心の生成AI利用は、通信量への影響が比較的小さいが、画像や音声、映像、位置情報、センサーデータを扱うAI利用が広がれば、アップリンクへの負荷は高まる可能性がある。
例えば、AIグラスが周囲の映像を認識し、クラウドAIからリアルタイムに支援を受ける場合、端末は継続的にデータを送る必要がある。産業用カメラ、ドローン、ロボット、自動運転車でも同様である。AI時代の通信は、コンテンツを「受け取る通信」に加え、現実世界の情報を送り、AIの判断につなげる役割を担うようになる。
ただし、求められるのは、上りの最高速度だけではない。同レポートでは、単位面積当たりのアップリンクトラフィックと、通信条件が厳しい利用者のスループットとの関係を分析している(図1)。その上で、既存技術や、より高度なアップリンク強化策を適用しても、AIデバイスなどが広く普及した場合に求められる性能には届かず、大きな隔たりが残ると指摘している。そのため、将来需要に対応するには、速度の向上だけでなく、混雑時を含めたアップリンクの通信品質全体を底上げする必要がある。
赤色は現在のダウンリンク中心のネットワーク、緑色は5G SAなど既存機能を活用した近い将来のアップリンク性能、青色は高度なアップリンク機能を適用した場合の性能曲線を示す。青色の水準まで強化しても、新たなユースケースの大規模展開に必要な性能との間にはギャップが残る。
3. 5G-Advancedとデバイス高度化でどこまで対応できるか
こうした通信品質を実現する足元の基盤となるのが、5G専用コアを利用する5G SAである。これを基盤として、5G-Advancedでは、複数のアンテナや周波数を活用したアップリンクの高速化やカバレッジの向上が進む。ただし、ネットワーク側の強化だけでは十分ではない。AIグラスや産業用カメラなどから大量のデータを送信するには、デバイス側でもアンテナやモデム、無線回路、処理チップなどの高度化が必要となる。
一方、デバイスの通信・処理性能を高めるほど、消費電力や発熱、部品コストも増加しやすい。高性能な無線チップやAI処理用半導体の搭載は、デバイス価格の上昇にもつながる。そのため、こうしたデバイスを幅広い製品や用途へ普及させるには、性能の向上と、省電力化、放熱、コスト低減を両立させる必要がある。
5G-Advancedとデバイスの高度化により、アップリンク性能の改善は期待できる。ただし、ネットワークとデバイスを個別に高性能化するだけでは、将来のAI利用に必要な通信を効率的に支えられるとは限らない。こうした制約をどう乗り越えるかが、6Gに向けた次の論点となる。
4. 6GではAI処理をどこに置くのか
6Gでは、通信とAI、センシングの連携が一層進み、デバイスや機械が取得した情報をリアルタイムに処理・共有する用途が広がると考えられる。これに伴い、アップリンクには、大容量、低遅延、安定性を用途に応じて確保することが求められる。もっとも、取得したすべてのデータをクラウドへ送信すれば、ネットワークの負荷に加え、デバイスの消費電力も増加する。一方、AI処理をデバイス側に寄せれば、端末の処理負荷が高まり、コストも増加する。
そのため、デバイス、ネットワークエッジ、クラウドのどこでAI処理を行うかを、用途に応じて設計することが重要となる。即時性が求められる処理はデバイスやエッジで行い、複数拠点のデータを用いる集約的な分析や大規模な処理はクラウドで行うなど、それぞれの役割を組み合わせる必要がある。このような構成では、アップリンクも単に高速化すればよいわけではない。AI処理の配置やデータの選別・圧縮を含め、どのデータを、どのタイミングで、どこへ送るかまで考える必要がある。
6Gに向けては、デバイスの高性能化とネットワークの高度化のどちらか一方に偏るのではなく、AI処理の配置も含め、システム全体を最適化する技術開発と設計を今から進める必要がある。
エリクソンが捉えたアップリンク通信量の伸びは、ダウンリンク中心であった通信トラフィックの構造の変化を示す一つの兆しといえる。アップリンクの重要性は、AI活用の拡大と6Gに向けたネットワーク進化の中で、今後さらに高まると考えられる。
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