5G時代に必要となるWi-Fi、モバイルエッジコンピューティング―情報サービスの拡充とネットワークの厚み―

2015年11月26日・27日の2日間、神奈川県横須賀市にあるNTTドコモR&Dセンタで「DOCOMO R&D Open House 2015」が開催され、5Gに向けた最新の研究開発の成果が披露されました。NTTドコモでは、現在、世界の主要ベンダーと連携して5Gの研究開発を行っています。現在のところ必要な要素技術の検証段階であり、標準化作業はこれから本格化する見込みです。無線周波数に関しては、まず既存の周波数帯と2020年以前に割り当てられる周波数、加えて非免許周波数帯を利用し、その後2020年後に割り当てられるより高い新しい周波数を利用することになります。2017年頃から5G商用システムの開発が始まり、東京オリンピック・パラリンピックの年、2020年にサービス開始とされていますが、将来の周波数に対応できる拡張性が考慮されています。5Gの主要性能は3つの領域に分かれ、それぞれに新しいサービスイノベーションに対置しています。第1にデータ伝送速度で最高速度10Gbps・平均速度100Mbps、第2に遅延で1ミリ秒以下、第3はシステム容量で1km²あたり現行の1000倍の規格を設定しています。伝送速度では4K・8Kの映像伝送、遅延では自動運転車の対応、またシステム容量では多数のデバイスやセンサーの同時接続を含めてクラウドやIoT、イベント会場等の密集環境での利用といった具体的なサービス上の活用が期待されているところです。
要素技術の検証実験では、ノキア社とミリ波(70GHz帯)を用いた無線データ伝送や、サムスン電子と28GHz帯を用いた高速移動環境下の無線データ伝送に成功しています。これらの実験ではビームフォーミング機能とビーム追従機能を使った実証実験が行われて注目を集めています。こうしたNTTドコモの5G技術の実証実験の成功やこれから目指す5G標準化での主導の動きについては株式市場でも注目されていて、NTTドコモの株価だけでなく情報通信セクターの株価評価に影響がありそうです。ICTのイノベーションが映像サービスの進展をもたらし、クラウドやIoTをさらに一般化し、自動運転車を現実のものにしていくことになるので、株式市場が注目するのも当然のことです。モバイル通信の5Gサービスの提供が2020年に迫るなか、研究開発や標準化活動は世界のオペレーターやベンダーの間でさらにヒートアップして、いろいろな連携が進むことになるでしょう。モバイル通信の世界ではこれまでも10年毎にネットワークの世代交代があり、その都度標準化や製品・サービスの陣営作り・陣取り合戦が展開されてきたことは周知のとおりです。これまでの経験に照らせば、標準化において規格化を主導することが具体的なサービス作りに有利になるし、製品の大量受発注につながりコスト低下に寄与するので、ネットワークの世代交代はインフラ・端末・チップベンダーを問わず市場構造の変化をもたらしてきました。5Gにおいてもまた同様の事態を生ずることになりそうです。
ただ、私は順調に進む5Gの研究開発とは裏腹に現実のネットワーク作りと運営、サービス開発と普及といった事業面、サービス面での検討が十分進んでいないのではないかと危惧を抱いています。もちろん、5Gの周波数や規格の標準化がこれからの段階であり、具体的なネットワーク製品がまだまだ見えていない現状では事業面の検討には手が着けられないことはよく承知しています。しかし、私が懸念しているのは5G研究開発のメインストリームによって、現在及び近い将来に問題となることがすべて解決してしまう、解決できるものと無限定に思い込んでしまうことです。データ伝送速度の高速化にせよ、低遅延化にせよ、大容量化・多数の同時接続にせよ、現在のサービス需要を満たすものではなく、今後10年位の間に生まれる新しいサービスに対応し、その需要を満足するものでなくてはなりません。モバイルネットワークは研究開発や設備構築を考えるとどうしても10年単位でしか世代交代(作り替え)はできませんが、新しいサービスを生み出すデバイス類は毎年毎年レベルを上げていって製品の取り替えには数年も要しません。従って新しいネットワークの構築ですべての課題を解決することは現実のIT技術の発展とサービス開発の速度を踏えると無理なことです。実際、LTEやLTE-Advancedが普及すればするほど逆にWi-Fiオフロードが進展していることを見てもよく分かります。
私は5Gの時代になっても当然、Wi-Fiオフロードは避けられず、実際の5Gインフラ作りにおいてどの程度のオフロードが必要となるのかをあらかじめ想定しておくべきだと思っています。Wi-Fiは低コストで柔軟にタイムリーな構築が可能なので、従来からキャリアが設置するいわゆるキャリアWi-Fiによってモバイル通信のオフロードが行われてきました。モバイル通信事業者のデータ通信料金の定額上限の設定導入によって、特に大量のデータ通信(特に映像)を行う人達は意図してWi-Fi環境を求めて利用していると思われます。またオフロードのためのキャリアWi-Fiに加えて、近年ではエリアオーナーによる情報サービス拡充の取り組みから、キャリアフリーのWi-Fiが自治体やショッピングモール、空港、駅などで設置されるようになっています。Wi-Fiによる柔軟かつ臨時的な設備対応としては、年2回東京ビッグサイトで開催されている「コミックマーケット」などで人が背負うWi-Fiアクセスポイント(Wi-Fiサポーターなどの名称)の事例があり、期間中だけのAP構築が行われています。このことはモバイルインフラネットワーク作りと運営に対する貴重な示唆だと感じます。データトラフィックが集中する場合に柔軟に臨時的に対応する方法をあらかじめ検討しておく必要があるということです。モバイル通信の宿命で時間と場所が重複するトラフィックの集中が避けられません。Wi-Fi以外にも、エリアを限定した同報通信やデバイスをタッチする非接触型のデータ伝送など想定されるケースに応じた方策を検討しておく必要があります。
最後にもう1点、今後のクラウドサービスの普及、特にスマホやタブレット等の携帯デバイスからのクラウド利用が拡大することを見越して、モバイルネットワークの基地局にコンピューティングリソースやストレージを配備することにより、低遅延を要求するコネクテッドカーや大容量ビデオ配信サービス等を可能とするモバイルエッジコンピューティングの取り組みについても、5Gネットワーク構築と並行して進める必要があることを指摘しておきたいと思います。これは3年ほど前にノキア社が提唱した取り組みですが、すでに世界の通信事業者と機器ベンダーによって開発が進められています。ただ、現実にこのモバイルエッジコンピューティングによってクラウドのデータ通信トラフィックがどう変化するのか、どの場所にどの程度配備するのがよいのか、情報サービス面の寄与と設備構築面の効果を見定めておく必要があります。
Wi-Fiにせよ、このモバイルエッジコンピューティングにせよ、モバイルネットワークインフラとなる5Gの機能の厚みを増すものであり、こうした付加されるサブシステムを含めて次世代の5Gネットワークの機能を最大限に引き出す取り組みが何より大切です。
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