2017.5.8 ICT利活用 ICR研究員の眼

農業の6次産業化の今:農家と消費者の架け橋、パルシステムの取り組み

執筆:主任研究員 手嶋 彩子、主席研究員 野口正人

“6次産業化”

“6次産業化”とは、1990年代半ばに農業経済学者である今村奈良臣氏(現東京大学名誉教授)が提唱した造語です[1]。どのような意味かご存知でしょうか。農林漁業は1次産業(農林漁業)のみならず、2次産業(製造・加工)や3次産業(卸・小売・観光)を視野に入れた取り組みが新たな付加価値をもたらし、活性化につながると提唱しました[2]。3つの産業部門の有機的、総合的なつながりが重要であるとのことから、生産部門の1次産業、加工部門の2次産業、流通販売部門の3次産業の、1、2、3を掛けて6次産業化といわれています[3]。

農林漁業の6次産業化とは

【参考】農林漁業の6次産業化とは
(出所)政府広報オンライン 暮らしに役立つ情報
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201502/3.html

政府の取り組み

日本の農林漁業は、みなさんがご存じの通りその持続可能性において多くの課題を抱えています。具体的には、農業従事者の所得減少や高齢化、過疎化の進展および耕作放棄地の増加等の課題があります。そのような中、安倍内閣の成長戦略(日本再興戦略)において農林漁業の再活性化と農山漁村の再生、そして成長分野としての農林漁業の再生を実現することが柱として取り上げられ、農林水産業の6次産業化が注目されるようになりました。

成長戦略に基づいた政府の取組は、「日本再興戦略」を受けて2013年12月に決定された「農林水産業・地域の活力創造プラン」で、「6次産業化等の推進」を掲げています。目標として「2020年までに6次産業化の市場規模[4]を10兆円に増加」することを掲げ、6次産業化を図る農林漁業者や食品企業を含む多様な事業者の取組を支援するとしています。

2014年、2015年と成長戦略の中で農業は絶えず注目し続けられています。そして昨年、2016年6月には、「日本再興戦略2016[5]」の「攻めの農林水産業の展開と輸出力の強化」において、KPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)の1つ、上記に挙げた市場規模2020年に10兆円とする目標に対して、2014年5.1兆円であることを公表しています。

農林漁業を再生する取組は政府、民間一体となって進められているわけですが、この6次産業化でポイントとなる、農家から消費者までを直接結びつけて農林漁業の付加価値向上を可能にするバリューチェーンの構築の一例を以下紹介します。

生協の取り組み

このような方向性において注目される事業体として、生協(消費生活協同組合)があります。生協は、その事業を利用したい人を募り、利用したい人は事業に出資し組合員となります。出資者が利用者である生協は非営利の協同組織で、組合員が支えあい、組合員のより良い暮らしを実現することを目的としています。つまり通常の会社組織(株式会社等)と異なるところは、通常の会社が出資者(株主等)とその事業の利用者が別であるのに対し、出資者全員がその事業の利用者であるということです。

生協(消費生活協同組合)とは

【参考】生協(消費生活協同組合)とは
(出所)パルシステム ホームページ
https://www.pal.or.jp/about/introduce.html

そのため生協は、売り上げの最大化を志向する営利企業とはことなり、安心安全な食生活の確保を最優先に、それを実現するために産地と消費者をつなげる役割を担っている事業体として、前述の「農家から消費者までを直接結びつけて農林漁業の付加価値向上を可能にするバリューチェーンの構築の一例」と言えます。

本稿ではこの生協について、首都圏を中心に宅配事業などを展開しているパルシステム生活協同組合連合会(以下、パルシステム)に注目し、その取り組みと可能性について展望します。

パルシステムの成り立ち

パルシステムの組合員総数は約193万世帯、グループの総事業高は2,219億円(2016年3月時点)で、13の会員生協[6]をもち、1都11県[7]を活動エリアにする首都圏では2番目に規模の大きい生協です。

生協は独立した組織で全国に600程度あり、その経営形態は協同組合方式(組合員が出資した組織)となっています。その根拠法である消費生活協同組合法(生協法)[8]が2007年に改正される前までは事業範囲が県内で制限されていたため、例えば首都圏では、地域生協が13集まり、パルシステム連合会を形成しています。地域ごとに林立していた小さい生協は合併を繰り返し、県域単位の生協(例えばパルシステム東京など)に統合されてきました。

このように、それぞれの地域で活動していた生協が合併しつつ連合会を形成するに至った背景には、小さい組織だと品質管理などで問題が発生する可能性が高くなるため、同じ方向性をもった生協が、配送等、協同で取組んで事業を行うことで問題の発生を防ぐことが狙いでした。よって連合会の配下に会員生協が位置しているというわけではなく、パルシステム東京、パルシステム千葉等の地域生協が出資してパルシステム連合会を作っています。この点で通常の民間企業の持株会社と事業会社の関係とは異なります。

またパルシステムグループは無店舗経営で、毎週、組合員に配送しています。扱っている商材は2万商材にのぼり、生鮮食料品から加工食品、生活雑貨があります。

以下では、パルシステムの特徴の一つである無店舗経営では欠かせない商品の注文について、まず現状と特徴あるいはICT化することによる注文が持つ可能性を紹介しましょう。

注文:組合員との接点

注文は、パルシステムにとって組合員との直接接点です。従来は、カタログ[9]と注文紙で注文を取り、それをOCRに読み込ませる形が主でしたが、現状では、注文紙(電話、OCR)に加え、インターネットサイトやスマートフォン向けアプリも提供しています(一部のアプリサービスではカタログは配付されません)。2種類提供されている注文方法については、注文紙(電話、OCR):ネット注文の比率は2:1(インターネット注文率33%)です。現状のこの比率について、パルシステムでは、「1人1台スマホをもっている時代なので、ユーザリーチや利便性を考えると、インターネット、モバイルでの注文をもっと増やしたい。3年後には過半数の利用にしたい」とネットの注文比率を過半にすることを目標にしています。

その背景としては、(1)手間や煩雑さの軽減、(2)商品開発やキャンペーンマーケティング等への購買データの利用が挙げられます。具体的には、「OCRの注文は紙の費用がかかる。またOCRは紙という物理的な回収が必要で回収後にOCRでの読み込みを行っている。仮に紙の注文受付がないとすると配送員の業務が非常に楽になる。配達時にOCRの回収を行うが、例えば牛乳瓶の回収とOCR用の注文紙とあわせて出してしまう組合員もあり対応が煩雑になる。また風が強い日は注文紙(OCR)が飛んでしまったりもする」と、紙注文による紙のコストや取扱の煩雑さが指摘されています。また、「ネットでの注文は、その注文記録が残るので、組合員にとっての利便性を高めながらキャンペーンマーケティングにも活用出来る。属性ごとに広告を出したり、商品のおすすめを行ったりしている。個人の購買傾向や属性により、レコメンドが出来、Webでの読み物を属性によって出し分けることも考えられる」と、購買や個人属性に応じた訴求が出来る点も評価されています。

パルシステムの宅配サービス

【参考】パルシステムの宅配サービス
(出所)パルシステム ホームページ https://www.pal-system.co.jp/

以上のとおり、無店舗経営で組合員に商品を提供しているパルシステムにとって注文プロセスは組合員と直接接することができ、組合員の声を直接拾い上げる大切な場となっています。そこにICTを導入することによって、注文プロセスにおける配達業務の軽減と組合員個々のニーズに沿った細やかな商品提供を可能にしています。このような可能性を持つ注文プロセスにおける「ICTの利活用はまだまだこれからだ」とのことで、今後の展開が注目されます。

組合員との関係

組合員はシニア層と、子育て中の食に安心安全を強く求める30歳代~40歳代が多くなっています。子育てのため安心・安全な食材を求める世代と、子育てを終え豊かな食生活を志向するシニア世代と、大きく分けて2層になっています。

Webサイトでの商品情報の提供は、組合員に対して「『買物サイト』というよりは、扱っている商品に共感して購入してもらっている。具体的には、産直や添加物への独自基準などが評価されている」とパルシステムの「こだわり志向」が魅力につながっていることを指摘しています。また「Webでも食品がどこでどのように作られているのか理解してもらうための情報はしっかりと掲載しています。安いからということではなく、生産者の顔やレシピ紹介等で組合員から安心感ばかりでなく、親近感をもってもらっています」と、生産者、生産場所、栽培履歴等に関する情報を開示し、安心安全を確保する中で、組合員との信頼関係が生まれるように運営しています。

この組合員との信頼関係を結ぶ上で重要な役割を果たしているものとして、「産直が事業の生命線だと思っている。」と、産直事業を挙げています。この産直事業については、「産直プロジェクト11[10]」として、「日本の農業・漁業の再生や持続可能な社会づくりをめざし、パルシステムが産直産地と連携して行ってきた取り組み」を公表しています。これは、農家と消費者を直接結びつけて農林漁業の付加価値向上を可能にするバリューチェーンの構築の一例になります。

産直プロジェクト

【参考】産直プロジェクト
(出所)パルシステム「産直プロジェクト11」
https://sanchoku.pal-system.co.jp/sanchoku-project11/index.html

産直プロジェクトでは、対象となる農産物の状況とそこでの課題を明らかにするとともに、それに対する具体的な取り組みやそこに係る人々を紹介し、産地の現状を複数の視点から消費者に伝え、商品とともに生産者のこだわりや考え、取組を伝える工夫がされています。

また別の注目される点は、無店舗経営で個配だからこそ確保できる組合員への安心安全の提供です。「製造工程などで原材料表示と異なるアレルギー物質(小麦など)が入った場合は、購入者を把握しているので、すぐに対応できます。農薬についても、誤った農薬投与が行われた場合(農家だけでなく農薬製造会社が間違った場合も)、追跡して対応出来ます。表示されているものと異なるものを配送してしまった場合は我々が責任を持って追跡し、対応します。店舗の場合、こういう対応は、誰が買ったのか分からないので、できません」と、その取り組みの重要性が指摘されています。個配で提供しているので、安心・安全を管理、担保できる一気通貫(生産から流通まで)の取り組みが強みということです。6次産業としての取り組みを既に実践していると言えます。

生産者との関係

組合員との関係の中でも出てきましたが、産直を進めていく上で、パルシステムは生産者とのつながりを大事にしています。この生産者とのつながりをさらに広げていくために「パルシステム生産者・消費者協議会[11]」を1990年に設立しています。パルシステム連合会に農畜産物を供給する生産者と、連合会・会員生協・組合員がともに協議し、活動する場となっており、産直活動の課題を双方の努力によって解決していく中で、相互のパイプを太くし、「農民」と「都市生活者」の自主的な連帯の強化を目指しています。

具体的な取り組みとしては、「産地を品目ごとにカタログなどへ記載しています。生産者の栽培履歴管理は10数年前から取り組んでおり、初期の段階からシステム化」しています。よって組合員は農家の人の顔が見えることにより、安心感を得ることが出来ます。組合員から生産者に対しては、「野菜にメッセージカードをつけ、組合員の声を生産者に伝える取り組みもしています」と、生産者と組合員の双方向のコミュニケーションを実現しています。加えて、組合員が産地に行く機会[12]を事業として行っています。具体的には新潟県での田植えや佐賀県での干物作り等があります。

無店舗経営であるパルシステムは、「生鮮食料品をはじめとして食材を組合員に定期的に提供できるので需要管理が出来ます。これはパルシステムの強みです。需要管理ができることで、消費者だけではなく、農業生産者に対しても安心を提供できることになります」と、組合員との定期的、継続的な関わりが、生産者に対してもプラスに寄与しているのです。

産直プロジェクトの「産地交流」

【参考】産直プロジェクトの「産地交流」
(出所)パルシステム「産直プロジェクト11」
https://sanchoku.pal-system.co.jp/sanchoku-project11/kouryu/index.html

組合員と生産者の架け橋としてのICT

これからのICT活用の可能性については次のように語ってくれました。「これからは特にフロント側での活用に期待しています。組合員(消費者)、生産者が直接やり取り、コミュニケーションできる、ICTを活用した仕組みを作っていければ良い。」と、組合員や生産者とのやり取りの中でのICT活用の余地、可能性があることを言及されています。加えて、「流通側の活用の余地(現場の検品、トラックの配送員が携帯しているスマホ端末をさらに活用する等)もあると思っています」と、流通側のさらなるICT活用の可能性について言及がありました。

今後、ICT活用による生産から流通までの一気通貫による流通過程の構築には、発展的な取り組みが出来る可能性があることが期待されています。例えば、配達員が組合員との関わりの中で得ている購買履歴情報や属性情報等は生産者にフィードバックすることにより、生産活動に活かすことができるでしょう。

まとめ

生協は、(1)消費者である組合員の顔が見え、毎週配送するということ、(2)どこでどのように栽培されたものか、生産者の顔が見えることから、生産から流通までの一体化をより高次の次元で既に行っています。この関係を前提において、さらにICTを活用することにより、消費者への価値提供を高めるとともに、最終的には、生産者の安定経営に向けた一助となるように、その取り組みの発展の可能性、今後の動向が注目されます。

[1] 今村 奈良臣「農業の6次産業化の理論と実践の課題」(https://www.jiid.or.jp/ardec/ardec47/ard47_opinion.html)には、「6次産業化」という言葉が生み出された背景の一端が簡潔に書かれている。

[2] 今村は前著で以下のように述べている。「「1次産業+2次産業+3次産業=6次産業」 この意味は次のようなことである。
近年の農業は、農業生産、食料の原料生産のみを担当するようにされてきていて、2次産業的な分野である農産物加工や食品加工は、食品製造関係の企業に取り込まれ、さらに3次産業的分野である農産物の流通や販売、あるいは農業・農村にかかわる情報やサービス、観光なども、そのほとんどは卸・小売業や情報・サービス産業、観光業に取り込まれているのであるが、これらを農業、農村の分野に取り戻そうではないかという提案である。」

[3] 農業の6次産業化については、以下の文献が詳しい。農林水産政策研究所6次産業化チーム「6次産業化の論理と展開方向 ―バリューチェーンの構築とイノベーションの促進―」([6次産業化研究] 研究資料第2号、2015年1月)。

[4] 今後成長が見込める7分野(加工・直売、輸出、都市と農山漁村の交流等)の市場規模。

[5]「日本再興戦略2016」について(2016年6月2日)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_hombun2.pdf

[6] パルシステム会員生協は次のとおり。パルシステム東京、パルシステム神奈川ゆめコープ、パルシステム千葉、パルシステム埼玉、パルシステム茨城、パルシステム山梨、パルシステム群馬、パルシステム福島、パルシステム静岡、新潟ときめき生協、パルシステム共済連、埼玉県勤労者生協、あいコープみやぎ。

[7] 具体的には、宮城県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、静岡県である。

[8] https://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO200.html

[9] パルシステムのカタログには“コトコト”、“きなり”という2種類のカタログ(主に食品提供)があります。“コトコト”は子育て世帯向け、“きなり”はシニア層向けと、自分のライフスタイルにあわせて、カタログを選べるようになっています。

[10] https://sanchoku.pal-system.co.jp/sanchoku-project11/index.html

[11] https://seishokyo.pal-system.co.jp/

[12] パルシステム「産地へ行こう。」ツアー
https://sanchoku.pal-system.co.jp/tour/index.html

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