なぜNBAがeスポーツに注力しているのか

2019年6月、八村塁選手が米NBA(National Basketball Association)の2019年ドラフトでワシントン・ウィザーズから日本人として初めて1巡目指名を受けるという快挙を成し遂げ、日本のバスケットボール(以下、「バスケ」)界が湧いた。これは、野球、サッカーに続き、日本のバスケの競技レベルが上がっていることの証明だろう。今後、八村選手と、同じくNBAのメンフィス・グリズリーズに所属する渡邊雄太選手、9月19日にダラス・マーベリックスとの契約を果たした馬場雄大選手には、日本人NBAプレイヤーとして大きな期待がかかる。
一方、近い将来に大きな成長が見込まれている分野の一つとして、eスポーツが注目を浴びている。しかし、eスポーツはベースがゲームだということもあってか、その市場構造やポテンシャルが誤解される向きも少なくない。本稿では、eスポーツの事業機会を探るべく、プロスポーツ団体によって運営されているeスポーツのリーグの先行事例と言える米国のNBA 2K League(以下、「2K」)についてレポートする。
NBAがeスポーツのリーグを創設
名実共に世界一のリーグであるNBAを有するバスケの本場である米国では、リアルのバスケだけでなく、2018年からバーチャルのバスケもプロ化されている。バーチャルのバスケとはすなわちeスポーツだ。NBAは2018年、2Kをローンチし、プロスポーツ団体として初めてeスポーツのリーグを持つことになった。
NBA 2Kとは、Visual Conceptsが1999年から開発・制作しているNBA公認のゲーム・シリーズで、PlayStationやXbox One、Nintendo Switch向けにリリースされている。なお、2020年度版であるNBA 2K20は2019年9月6日に発売されており、それに先立つ8月には八村選手が日本における同ゲームのオフィシャルアンバサダーに就任している。NBA 2Kは、現役のNBA選手たちも試合のシミュレーションに使うと言われているほどクオリティの高いゲームだ。グラフィック、サウンド、演出、選手の動きが非常にリアルで、映像を一見しただけでは本物と見分けがつかない。
2K: バーチャルのNBA

【図1】2019シーズン・ファイナルにおけるT-Wolves Gamingのメンバー
(出典:Twitch)

【図2】2019シーズン・ファイナルの試合模様(出典:Twitch)

【図3】2019シーズン・ファイナルにおける選手たちの様子(出典:Twitch)

【図4】T-Wolves Gamingの応援で盛り上がる観客(出典:Twitch)
2018年5月に開幕した2Kの初年度のシーズンにおいては、NBAに所属する30チームのうち17チームが参戦した。2KでもNBAと同様、レギュラーシーズン、プレイオフ、ファイナルが行われ、各チームがチャンピオンの座を争う。なお、NBA 2Kにはオリジナル選手を作成できるMyPlayerというモードがあり、2Kの選手は実在の選手を使うことは認められておらず、このモードで作成したオリジナル選手を操作しなければならないというルールがある。
2K選手もNBA選手と同様、ドラフトでの指名があり、チーム間の移籍もある。得点、リバウンド、アシストといった各部門のランキングもある。また、各選手がポイントガード、シューティングガード、スモールフォワード、パワーフォワード、センターといった専門のポジションを持っていることもリアルのバスケと同じだ。2Kでもポジションごとに求められるスキルや役割は異なり、5人の選手がそれぞれの特長を生かしながらチームとして連携し、対戦相手とその勝敗を競う。2Kのプレイ映像だけを見れば、ゲーム自体の臨場感と迫力も相俟って、まさにNBAの試合さながらだ。
初代チャンピオンはニューヨーク・ニックスがオーナーとなっているKnicks Gaming。同シーズンのNBAではイースタン・カンファレンスの11位と下位に沈んだが、2Kで面子を保った格好だ。2シーズン目となる2019年シーズンには4チームが新たに参入し、リーグ全体では合計21チームに拡充した。2代目チャンピオンは新規参入したばかりのT-Wolves Gaming。こちらも、オーナーのミネソタ・ティンバーウルブズは同シーズンのNBAでウェスタン・カンファレンスの11位でシーズンを終えたが、2Kで雪辱を果たしている。
付け加えて言えば、NBAのシーズンは秋~初夏にかけて、一方で2Kのシーズンは春~夏にかけてで、年間を通じて常にバスケの話題がファンやメディアの間で露出し続けるように工夫されているということも重要だ。
2Kにおけるスポンサーの役割
2Kにおいては、リアルであるNBAとは異なるスポンサーが重要な役割を担っている。NBAと2Kのそれぞれのスポンサーを見ると、重複している企業はないことが分かる。当然ながら、ウェアやシューズを提供するAdidas、Nike、Under Armourといったスポーツ・ブランド大手はNBA側に偏っている。しかし、バスケ用品の取り扱いの多いChampionは2Kのスポンサーとなっており、実際に2K選手のユニフォームのサプライヤーとなっている。
また、興味深いのは、米国通信業界の両雄であるVerizonとAT&Tがそれぞれ前者はNBAの、後者は2Kのスポンサーになっていることだ。特にAT&Tは2K選手をフィーチャーしたビデオクリップのシリーズを制作するなどリーグ全体のプロモーションに貢献している他、2Kの試合開催時においては会場の通信環境を手掛けるなどリーグの運営面でも大きく寄与している。ちなみにAT&Tはeスポーツへの投資を強化しており、2K以外にもCloud9(ロサンゼルスに本拠を置くプロeスポーツ団体)やESL Mobile Open(プロ/アマ問わず参加できるeスポーツ大会)のスポンサーも務めている。
さらに特筆すべきは、Amazon傘下のTwitchが2Kの放映権を初年度から複数年契約で獲得していることで、全試合がTwitch上でライブ・ストリーミング配信されている。
他にも、2KはIntelやDellといった大手企業のスポンサーシップを獲得している。いずれにしても、本家のNBAが所有しているリーグとはいえ、2Kで錚々たる有名企業がスポンサーになっているという事実は米国でいかにeスポーツが熱を帯びているかを如実に物語っていると言えるだろう。

【図5】NBA 2K Leagueのスポンサー
(出典:Twitch)
まとめ
世界中にファンを持つNBAに限らず、スポーツ全般に言えることだが、スタジアムやアリーナに足を運んで試合を生で観戦したことのある人とない人とでは、後者が圧倒的多数を占める。本稿で見てきたように、NBAはeスポーツをファン・エンゲージメントの強化および新たなファン層の開拓のための有効な手段として捉え、活用し始めている。Twitchは、DAU(Daily Active User)が1,500万人超となっており、2Kが(特に若年の)ファン層を形成するにあたって十分に価値を見出せる規模のプラットフォームに育っている。eスポーツを既存スポーツの活性化の手段として活用するというアプローチは、日本においては、例えば誕生から間もないBリーグや、若いサポーターの取り込みが喫緊の課題だと言われるJリーグなどにも有効かもしれない。特にJリーグは創設から30年近くが経過しており、スタジアムへの来場者の平均年齢が40歳を超えるなど、新たなサポーターの流入の減少が指摘されている。
今後NBAの目論見通り2Kが順調に発展していけるかどうかを見極めるにはもう少し時間が必要かもしれないが、仮に2Kが一定の成功を収めることができたとすれば、NBAのような確立している既存の人気スポーツのサテライトとしてeスポーツを育成していくということがモデルケースの一つになるかもしれない。相補的な発展は互いにメリットをもたらし合うため、双方にとって理想形のはずだ。eスポーツのバリューチェーン上には、NBAやFIFAに相当するような競技の統括組織、リーグ、チーム、選手、ファン、スポンサー、スタジアム/アリーナ、ゲーム開発者、他の既存スポーツといった多数のステークホルダーが存在する。この先、eスポーツがこれらのステークホルダー間にどのような化学変化を起こしていくのかに注目したい。
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