2017.1.4 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

政治選択に代議制民主主義/間接選挙の復権と信頼回復を求めたい

2017年、平成29年です。明けましておめでとうございます。これは恒例の挨拶ですが、本当にめでたいのでしょうか。不安が多々ある年明けです。

まずは世界の政治情勢への不安が広がっています。英国のEU離脱の国民投票と米国大統領選挙の結果が2017年に現実になります。さらに、今年は欧州各国で見られるポピュリズムの脅威が国民投票や選挙で試されることになります。既に12月にイタリアの憲法改正を問う国民投票とオーストリアの大統領選挙が行われました。イタリアでは国民投票の否決で政権交代となりユーロ加盟継続が危うくなる事態が現実化する情勢です。EU第3位の経済大国なので心配です。オーストリアの大統領選ではリベラル派がなんとか勝利を収めましたが、極右勢力が46%の票を集めていてポピュリズムの伸長を示しました。今後3月にオランダで下院選挙、4月にフランスで大統領選挙があり、6月に国民議会選挙と続きます。フランスでは極右勢力がEU離脱を問う国民投票の実施を公約に掲げているので、こうなるとEUの存続自体が問われる事態となります。英国に続き、イタリア、フランスもとなると世界の政治・経済に与える影響は計り知れません。頼りになるのはドイツのメルケル首相の4期目の出馬だけとなるのでは誠に心もとない限りです。

11月の米国での大統領選挙の際にしばしば言われましたが、格差拡大や社会への不満が国民の間に蓄積していたところに大衆迎合的な主張で人気を集めた結果の投票行動が先進国で表われていると言えます。政治状況不安定化の心配は既に多くの識者が語っていますので私がここで繰り返すことはしませんが、むしろ各国の投票行動、それも直接に代表者を1人選出したり、国民投票でYes/Noを選択する単純な投票形式にこそポピュリズムを助長する姿が見て取れます。選択肢が単純なものほど過激な主張やその時の感情・気分に左右され易くポピュリズムに傾く際の抵抗力を弱めるのではないでしょうか。現在の民主主義/民主制はギリシャのデモクラシーを起源としますが、この流れにローマの共和制の思想が加わる歴史を経て、英国の代議制民主主義で現在に通ずる姿となりました。米国はじめ、欧州各国そして日本やインドなど世界中でさまざまなバリエーションの民主制を生み出しながら普及しています。問題は代議制の投票のほか、代表者や政策選択の直接投票が同時に存在していることにあります。もちろん国民主権の下、権力分散の必要性から三権分立思想が成立していてチェック&バランスが働く仕掛けにはなっています。

しかし、やはり中枢は代議制投票にあり議会の議員選挙で、それによって直接投票制が持つポピュリズム傾向への防波堤の役割を果してきたのではないかと思います。そこには、主権在民思想の徹底から来るポピュリズムへの懸念を代議制というエリート思想でカバーして来たバランス感覚が背景にあったのではないでしょうか。主権を持つ国民にも元々求められる資格・資質があった(例えば、一定の身分や納税額など)のですが、平等主義の徹底によって身分や財産などによる差別をなくし最終的には性別も廃して完全な普通選挙の施行に至り、世界中(一部の国に例外あり)で採用されてきました。これは代議制の持つエリート思想への反発、反エスタブリッシュメントと結びつき、さらに進んで直接投票拡張の動きを助長しています。多くの国で最近よく見られる国民投票や地域単位で行われる住民投票への傾倒に危惧を覚えます。格差が拡大して国民各層に不満が蓄積している状況ではポピュリズムに流され易く、耳に心地よい主張に迎合する傾向にあることは多くの国の経験がそれを示しています。もちろん、代議制の間接選挙にもポピュリズムの要素は十分にあり得ますが、直接投票では政策決定に直ちに結びつくのに対し、代議制なら政策選択の結論を得るには代議員(議員)の議論と会議体の決議というプロセスが必要となるので、政策選択までに種々の検討が加味されます。ポピュリズムの防波堤となることが期待できるという訳です。これは代議制の持つ本来のエリート思想に基づくものです。今こそ、ローマ共和制時代の元老院の役割を代議制議会に求めたいと思います。

英国のEU離脱の国民投票後の混乱が英国議会に見られます。現在、英国ではEU離脱の承認権限が議会にあるのかどうか憲法裁判として争われていますが、やはり歴史的経緯に基づけば議会権限なのだろうと考えられます。現在の英国議会ではEU離脱反対派が多数なのだそうです。こうなると直接投票が主権者の意思なのか、代議制議会の決議が主権者の意思なのか、英国憲法上は歴史的にみて代議制議会決議が主権者の意思を表わしてきました。今こそ、ポピュリズムを乗り越える代議制民主主義の復権と信頼回復が何より求められます。代議制民主主義もポピュリズムに拠って形骸化の進むことがしばしば起こる(1930年代のナチスドイツの例)ので安心はできませんが、議会での手続きが多いだけにまだ信頼できるものがありそうです。米国の大統領選挙の結果が米国の依拠してきた米国型民主主義思想に何をもたらすのか、これから見極める必要があるようです。米国流価値観のもう一方の柱である自由主義思想への反省もまた見ものです。自由主義思想は市場経済の根拠となり、競争主義を是認した結果、格差の拡大を招き社会の不満層を増大させてしまいました。米国主権者の投票行動は今後どうなるのでしょうか。代議制民主主義の持つエリート思想の復権に期待しています。市場競争主義とこうしたエリート思想とのバランスを図ることが求められます。拝金主義に陥ることのないモラルの高い経済エリートの厚みを増す努力が先進各国に求められます。

私は若い時に米国で仕事をした経験があります。その時に多くの経験をしましたが、なかでも現実の事象と社会的仕組みとして定着した制度やモラルとのギャップが強く印象に残っています。例えば、人種差別の現実はなくならないものの、多くの一般の人達は差別撤廃の制度やモラルを支持していて、努力している姿がよく理解できました。私の眼にはそうした理想主義的な努力こそが米国流民主主義なのだと写りました。この理想主義的な米国民主主義の伝統が揺らぐことが今年最大の試練です。そもそも現在行われている米国の大統領選挙の方式も州毎の代議員を選出し、その代議員が大統領を選ぶという間接選挙の姿を残していて、代議制民主主義をベースにした主権者による投票と代議制エリート思想とをバランスした制度に依拠しています。現実政治が大きく変ってきていることは当然ですが問題はこれからにあります。私は代議制民主主義/間接選挙の復権と信頼回復を良い意味でのエリート思想とともに追求していく時と思っています。

日本の政治風土はまだこうした根本を失っていません。政権交代をしてみてその大切さに国民が気がついたためでもあります。ただし、投票率の向上と1票当たり格差の是正を急がないと日本でもポピュリズムが拡大する懸念があります。敵を作って人気を集めて選挙に勝つ手法はこれ以上見たくありません。マスコミ・メディアもその取り上げ方を改める時でもあります。これが2017年への私の期待です。

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