2019年3月1日掲載 風見鶏 “オールド”リサーチャーの耳目

東京電力福島第一原子力発電所を見学 -廃炉までの長い道のり、人材の継続が何より大切-



昨年12月8日(土)に「東京電力福島第一原子力発電所」構内の見学に行って来ました。また併せて、直前にオープンしたばかりの東京電力「廃炉資料館」(福島県富岡町)に途中立ち寄って、廃炉までの30~40年に及ぶ中長期のロードマップを学ぶことができ、貴重な体験でした。廃炉までの目標工程は、汚染水対策、使用済燃料取り出し、燃料デブリ取り出し、廃棄物対策の4項目に分かれ、現在はそのうちの汚染水対策と使用済燃料の取り出し開始に向けた期間にあたります。1番目の汚染水対策は凍土方式の陸側遮水壁の設置や多核種除去設備による浄化、溶接型タンクの増設などで対策の効果が現れていますが、2番目の使用済燃料の取り出しでは、4号機で取り出しが完了しただけで、3号機で取り出し設備の設置(取り出しはこれから)、1・2号機ではガレキの撤去・除染の段階でまだまだ工程の初期といったところでした。

私は、以前2015年11月に福島県いわき市から浪江町・双葉町・大熊町・富岡町までを車で往復して、震災後の原発事故被害地域を訪れて帰還困難区域や福島第一原発を遠望する地域を見に行った経験があります。第一原発に近い大熊町・双葉町の帰還困難区域は3年経っても無人のまま、街並みは完全に封鎖されたゴーストタウンの姿で放射線事故の悲惨さが目に焼き付きます。

国道6号線

大熊町の封鎖された街並み(国道6号線)

福島第一原発構内の見学ができたのは、私がメンバーとなっている異業種交流会「フォーラム21」のOBOG会の企画で東京電力や関係するOBメンバーの方々の尽力によるものです。30数名の団体で第一原発構内を東京電力の担当者から説明を受けながらの構内バスでの移動、2時間以上の見学でした。汚染水のタンクエリアから始まって、多核種除去装置、地下水バイパス設備、凍土遮水壁装置、さらに1号機から4号機までの原子炉建屋の真下まで近づきしっかり見学することができました。

1号機建屋屋上

1号機建屋屋上(ガレキ撤去時の飛散物防止用放水装置が設置されている)

原子炉建屋のうち、2号機だけは水素爆発を免れ、屋上を含めて建物の外観に大きな損傷は見られませんが、皮肉なことに外から内部の状況を一切窺うことができず最も廃炉作業が遅れる要因となっているとのこと、オペレーティングフロア内調査の段階で苦労していることがよく分かりました。ロボットやIT機器類を開発しての内部調査がようやく始まっているところでした。この2号機建屋と1号機建屋の間を通りぬけましたが、その際に表示された放射線量は非常に高い数値を示して、時に200マイクロシーベルト/h以上の高線量に達することもあり、ガレキ撤去やフロア内調査作業の困難さを垣間見ることができました。

放射線量の表示板

放射線量の表示板(40.1マイクロシーベルト/hの数値)

原子炉建屋内のガレキの撤去作業といっても建物内の状況が正確に分らないとどのような事態が新たに発生するのか想定できないので作業は本当に大変なことです。また、ガレキの移動中に放射線汚染物が風で飛散して新たな被害をもたらす可能性もあるので細心の注意が求められる中での作業となっています。

事故発生前の福島第一原発構内には広大な森が残されていて緑豊かなところでしたが、現在はほとんどが伐採・整地されて汚染水のタンクエリア(900基)となっています。その数の多さに圧倒されますが、それでもまだ足りず増設が続けられています。もちろん、森が伐採されたのは敷地確保のためですが、木それ自体が放射線の汚染物であり構外に持ち出すことができないので構内の一角に山積みされていてショックを受けました。そうなのです。原発構内にあったもの、構内に持ち込まれ放射線に汚染されたものは構外には搬出できず、構内のどこかに保管するしか方法がないのです。もちろん、ガレキも、作業員の防護服も、そして古くなった車も機器類も同様に構内に保管せざるを得ず、作業の本格化に伴って現在空き地になっている北側の敷地では保管のための建物の建設が盛んに行われていました。放射線汚染物の保管は汚染水だけでなく大きな課題となっています。

汚染水タンク

汚染水タンク(構内敷地の約3割を占める)

 現在、福島第一原発構内では1日4000人あまりが働いていますが、多くの作業場所の放射線量は安定して低く押さえられているので一般の作業服での行動が可能となって、労働環境は事故当初に比べて相当改善しているとのこと、今のところ人員の確保と人材の育成にも支障がないとの説明があり安心しました。特に、長期に及ぶ廃炉工程なので大型機器やロボット類、IT機器類のメーカーや各種の工事に携わる建設会社のエンジニア、そして東京電力の原子力発電事業の現場を担う若手技術者が継続的に経験を積み重ね、次の世代へと技術力を繋いでいってもらいたいとつくづく感じました。大学の学科から原子力工学の名が消えていくのはいかにも国の高等教育・人材育成として情けない感じがします。むしろ、30~40年を要する廃炉工程のためには、今こそ原子力工学の基礎技術が必要なのではないか、他の原子力発電所もいずれ廃炉しなければなりませんし、世界中の原発も同様に廃棄する時が来るのです。原発反対でも廃炉作業はなくならないし、そのための人材と技術は絶対に必要になります。長期に渉る原子力工学関連の技術者・研究者の教育・育成を怠っては、国として社会として取り返しのつかないことになりかねません。

福島県富岡町にオープンした東京電力廃炉資料館(ここは皮肉にも元は原子力発電のPR施設だったとのこと)のパンフレットには、「原子力事故の記憶と記録を残し、二度とこのような事故を起こさないための反省と教訓を社内外に伝承することは、当社が果たすべき責任の一つです。」と述べられています。しかし、反省と教訓だけでは前に進めません。要は、次の世代まで続く人材を育て繋いでいくことがなくてはならないと思います。ICTの領域からも中長期的に廃炉に向けて貢献できることはないかを考えてみたいと感じた次第です。最後に、私自身は原子力発電の必要を認める者で反対論者ではありません。参考まで。

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