Starlinkの新サービス、地上ネットワークへの影響を巡る国際的な議論に
9月30日、欧州の主要通信事業者7社が、SpaceXの低軌道衛星「Starlink」による新しい通信サービス「Direct To Cell(D2C)」に対して、地上ネットワークへの干渉リスクを理由に強い懸念を表明しました。懸念を表明したのは、欧州の主要事業者であるOrange(フランス)、Telefonica(スペイン)、Vodafone(英国)、Liberty Global(英国)、Telenor(ノルウェー)、PPF Telecom Group(チェコ)、United Group(オランダ)の7社です。これらの企業は、米国の管理当局である連邦通信委員会(FCC)に連名で意見書を提出し、2025年にも本格提供が予定されているStarlinkの新サービスが地上の既存の通信サービスの品質に悪影響を及ぼす可能性があると主張しました。
この動きは、米国の大手通信キャリアであるAT&Tなどが先に懸念を表明していた問題が欧州に広がり、国際的な議論を引き起こしているものです。背景には、AT&Tなどが出資・提携するAST SpaceMobileが同様に低軌道衛星を活用した携帯通信サービスを提供しようとする中で、Starlinkと激しい競争を繰り広げていることが影響していると言えそうです。
Starlinkの衛星直接通信(D2C)サービスとは
このサービスは、地上に大規模なアンテナや特別なインフラを設置せずに、衛星を介して携帯端末にLTE接続を直接提供する新たな通信技術です。これにより、世界中どこにいてもシームレスにテキスト、音声、データ通信が可能になります。特に既存の通信ネットワークが届かない僻地や災害時における有力な通信手段として注目されています。
Starlinkの公式サイトによると、このサービスは2024年中にテキスト通信を提供開始し、2025年には音声とデータ通信を提供予定とされています。また、IoT(モノのインターネット)にも対応し、世界中のさまざまなデバイスがこの技術を通じて接続可能としています。ユーザーは特別なハードウェアやアプリをインストールする必要がなく、既存の携帯端末でそのまま利用できる点がポイントです。
欧州の通信事業者が表明する懸念
欧州の主要通信事業者7社が表明した懸念の中心は、Starlinkの携帯端末向け衛星通信に伴うOut-of-Band Emission(OOBE:帯域外放射)です。これは、衛星からの電波が許可された周波数帯を超え、地上ネットワークの隣接する周波数帯に干渉する現象で、通信品質の低下や障害を引き起こす可能性が指摘されています。具体的には、SpaceXがこのD2Cサービス導入のためにFCCに申請しているOOBEの制限(-120 dBW/m²/MHz)の緩和を認めないように求めています。
7社はその理由として、欧州は国土が狭く隣国と近接しているため、干渉防止が米国より厳しく求められているためと強調しています。実際に通信サービスが低下した場合、損害賠償請求を含む法的措置を検討する可能性があるとしました。
米国内での動き
この問題は、SpaceXと米国の通信業界で急成長しているT-Mobileが2022年8月、「Coverage Above and Beyond」というスローガンのもと、既存ネットワークが及ばない地域や世界中の僻地に向けて携帯端末向けのStarlink接続を展開すると発表したことに始まります。この計画に対し、競合するAT&Tは2023年5月、FCCに対し、SpaceXとT-Mobileの計画が地上無線サービスに干渉しないよう制限を設けるべきとする意見書を提出しました。今年8月にはAT&TとVerizonがそれぞれ、OOBEの制限緩和に反対する意見書を提出しています。今回の欧州の7社による意見書は、米国の主要キャリア2社の主張に沿ったものです。
こうした動きに対して、SpaceXは黙っておらず、同社の衛星政策担当副社長であるデヴィッド・ゴールドマン氏は、10月2日付でFCCに公開書簡を送りました。書簡では、「AST SpaceMobileは米国での競争だけで満足せず、欧州の投資家やパートナーを巻き込んで同様の主張を広め、競争を妨害しようとしている」とし、FCCに対し「こうした圧力に屈せず、SpaceXの申請を早急に承認頂きたい」などと訴えました。FCCを介して、まさに両者の対立が浮き彫りとなっている状況です。
今後の展望
今回の問題は、米国内で端を発した懸念が欧州に飛び火し、国際的な通信インフラの課題として浮上した形です。StarlinkのD2Cサービスを巡る競合間の対立が深まる中、こうした一連の動きは、干渉リスクや周波数利用の調整が国際的課題として重要性を増している証左と言えるかもしれません。FCCや各国規制当局が今後、地上ネットワークの保護とこの新たな通信サービスの共存をどのように両立させていくのか、その枠組みの行方を注意深く見ていく必要がありそうです。
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池田 泰久 (Yasuhisa Ikeda)の記事
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