2017.10.3 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

コンテンツ争奪戦が必至の動画ストリーミング・サービス、主戦場はスポーツ放映権に移行

動画ストリーミング・サービスは新たな局面を迎えている。同サービス市場では、Netflixを筆頭にHulu、Amazon Prime Video、YouTube Redなど多数のプレイヤーが激しい競争を繰り広げているが、Walt DisneyがNetflixへのコンテンツ供給を停止すると同時に自前の動画ストリーミング・サービスを開始すると発表している他、FacebookもWatchという同SNS上における新たな動画視聴機能を導入するなど、動きが俄かに活発化している。これらすべてがオリジナル・コンテンツの制作を伴う取り組みであり、“Content is king”という格言を地で行く情勢となっている。他所にはないオリジナル・コンテンツをいかに調達できるかという争奪戦の様相を呈する中、市場関係者のフォーカスは当面のラスト・リゾートと目されるスポーツ放映権に移りつつある。

Walt Disneyが自前の動画ストリーミング・サービス開始へ

Walt Disneyは2017年8月、自前の動画ストリーミング・サービスを構築すると発表した。ESPNブランドのサービスとDisneyブランドのサービスをそれぞれ2018年、2019年に開始するという。Walt Disneyはこれに伴い、Netflixへのコンテンツ供給を停止するという。

これが意味するところは、Walt Disneyのようなコンテンツの世界最大手でさえ、コード・カッティング(従来のケーブルTVを解約して、インターネット経由の動画ストリーミング・サービスを選択するという消費者行動)のトレンドの影響を受けるだけでなく、コンテンツを視聴者に直接配信することが大きな事業機会だと見ているということだ。

Walt Disneyがこのような経営判断に至るまでの道筋は、ある意味、Netflixが作ってきたと言っても過言ではない。裏を返せば、Netflixのこれまでの戦略が正しかったことを示している。Netflixが動画ストリーミング・サービスを開始したのは2007年であり、既に10年が経過している。単純な時間軸だけで考えれば、Walt Disneyは相当なレイトカマーだ。しかし、その間にスマートフォンやタブレット、FTTH、LTE、Wi-Fiといったテクノロジーが普及し、動画ストリーミング・サービスに必要な環境が整ったことで、Walt Disneyとしてもようやく十分に機が熟したと判断できたのだろう。

Netflixのこれまでの躍進にWalt Disneyのコンテンツの寄与があったことは明らかであり、Walt Disneyのコンテンツを失うことはNetflixにとってかなりの打撃となるだろう。だからこそ、Netflixが注力しているオリジナル・コンテンツ制作やスタジオ買収の重要性が増してくるはずだ。もっとも、元よりオリジナル・コンテンツの制作に注力してきたNetflixは、Walt Disneyなどが早晩このような動きに出ることを以前から見越していたのかもしれない。

Facebookが新機能Watchを開始

Facebookは2017年8月、Watchという同SNS上の新機能を開始した。これは、Facebook上で話題になっていることや友人の視聴履歴などに基づき、動画をレコメンドするという機能だ。Watchには、TastemadeやWalt Disney傘下のA+E Networksなどが動画コンテンツを提供する他、特筆すべき点としてFacebookが制作資金を出すオリジナル・コンテンツも含まれる。さらに、より小規模なクリエイターによる動画コンテンツも追加される予定となっている。Watchは基本的には、Facebook上におけるユーザーの滞在時間、動画視聴時間を伸ばすことで広告収入の増加を図る取り組みだと考えられる。

このWatchの直接的な競合となるのはYouTubeだろう。ユーザーが動画を見たいと思ったとき、まずアクセスするのはYouTubeだ。今のところ動画視聴を目的としてFacebookにアクセスするユーザーは稀だと思われるが、Watch上で適切な動画コンテンツを提供できれば、ユーザーをYouTubeなど他のアプリケーションに離脱させずに引き留めておける。

このような思惑通りにユーザーの行動を変えられるかどうかは大きなチャレンジと言えるが、Watchで一定の成果をあげられれば、WatchがFacebookのSNS本体から独立したアプリケーションとしてスピンオフすることもありえる。というのも、Watchは今のところSNSの機能の一つに過ぎないが、FacebookのProduct DirectorであるDaniel Danker氏はWatchを一貫して「プラットフォーム」と表現しており、何らかの野心的な将来構想があることを窺わせる。

Appleもオリジナル・コンテンツに大規模投資へ

動画コンテンツに関する取り組みを強化する動きはこれだけではない。Appleも2018年に約10億ドルを投じ、オリジナル・コンテンツの制作に乗り出すという。

Appleは既にiPhoneやiPad、Apple TVといったデバイス群に加えてApple Musicなどのサービスを展開してきていることから、動画についてオリジナル・コンテンツの制作に乗り出すのは合理的な判断だと言える。既存のデバイスやサービスとコンテンツを垂直的に組み合わせることで、より強力なエコシステムを構築することができるだろう。

また、Appleがオリジナル・コンテンツ制作に約10億ドルを投じるということになれば、その金額はNetflixやAmazon、Huluといった動画ストリーミング・サービス大手に比肩する規模になる。これらのプレイヤーはオリジナル・コンテンツ制作への投資額を明らかにしていないものの、Netflixは2017年のコンテンツ調達にかかる予算を全体で60億ドルとすることを公表しており、そのうちの20%程度がオリジナル・コンテンツ制作に充当されていると推定される。

スポーツ放映権を狙うAmazon

一方で、動画ストリーミング・サービスを既に提供しているプレイヤーの動向はどうだろうか。Amazonの最近の動きを見てみたい。

comScoreのデータによれば、2017年4月時点において、Amazon Prime Videoが米国の世帯における動画ストリーミング・サービス視聴時間全体に占める割合は7%だった。これに対してNetflixは40%であり、両者の間には依然として大きな差がある。

そこで現在、Amazonが虎視眈々と狙っているのがスポーツの放映権だ。実際、Amazonは様々なメジャー・スポーツに関心を抱いているようだ。Amazonが最近獲得したのは、テニスのATP World Tourの放映権だ。放映権料は年間1,000万ポンド。なお、2018年までのATP World Tourの放映権については英国のSkyが保有しており、年間約800万ポンドの放映権料を支払っている。つまり、Amazonが200万ポンドを上積みしてSkyから奪い取った形だ。

Amazonはこの他、米国のNFLのThursday Night Footballのストリーミング配信権(全16試合のうち10試合)を5,000万ドルで獲得しており、2017年9月から配信が始まっている。2016年には、Twitterがこの権利を獲得しており、権利料は1,000万ドル程度だったと推測されている。これもATP World Tourの放映権と同様、Amazonはより高めの金額で権利を競り落としている。

スポーツ動画については常にそうであるように、課題はいかに放映権を獲得できるかだ。スポーツの放映権は、数多ある知的財産権の中でも極めて高額な部類に入る。Walt Disney傘下のESPNはNFLのレギュラー・シーズンの放映権だけで年間約20億ドルという大金をはたいている。

Amazonがスポーツ放映権を獲得していくにあたって、まずATP World TourやThursday Night Footballに着手したのは、比較的小規模な案件を通じて、スポーツ動画コンテンツ事業で納得のいくROIを得られるかを確認するためだと考えられる。数十億ドルが必要になるメジャー・スポーツのレギュラー・シーズンなどと比べると、Amazonにとって数千万ドルで獲得できる権利は手頃だと言える。

次のスポーツ放映権はインターネット大手が獲得か

Amazonが本格的にスポーツ動画コンテンツ配信に乗り出す可能性は高いだろう。Amazonはそのための布石を既に打っており、YouTubeや米国の著名なスポーツ誌であるSports Illustratedなどからキーマンとなる人材を引き抜き、スポーツ動画コンテンツ配信事業の要職に起用している。

Netflixへの対抗という観点で考えても、Amazonがスポーツ動画を扱うことには一定の意味がある。というのも、Netflixはスポーツ動画への関心を再三にわたって否定している。高いライブ性・リアルタイム性が求められるスポーツ動画は、Netflixがこれまで作り上げてきたオンデマンドの世界にフィットしないというのが同社の主張だ。Netflixが少なくとも当面はスポーツ動画コンテンツを取り扱わないとなれば、Amazon Prime Videoの一環としてスポーツ動画コンテンツの配信を始めることで、Amazon Prime会員数や動画視聴時間の増加に寄与するのに加え、Netflixからのチャーン(乗り換え客)も期待できるだろう。

一方、従来の放送事業者にとっては、スポーツ動画が視聴者をつなぎ止めるための最後の生命線だ。21st Century Fox、CBS、NBC、Turner Sports、ESPNなど従来の放送事業者はNFLやMLB、NBAといったメジャー・スポーツの放映権を持っており、これらが視聴者の流出を押し留める役割を果たしているが、次の更新時期にはスポーツの放映権を巡ってAmazonを始めとする動画ストリーミング・サービスを提供するプレイヤーとの競合が必至だ。メジャー・スポーツでは、現行のMLBの放映権が2021年までとなっている。NFLは2022年まで、NBAも2025年までだ。

従来の放送事業者に比べて既存事業が好調なAmazonやApple、Google、Facebookは潤沢な手元資金を持っている。順当に行けば、メジャー・スポーツの次の放映権を手にするのは、従来の放送事業者ではなく、フリー・キャッシュ・フローで有利な前出の4社(のうちのいずれか)が中心になるだろう。

コンテンツ争奪戦がもたらす影響

映画・ドラマにせよスポーツにせよ、オリジナル・コンテンツの制作・調達に注力するプレイヤーが増えると、コンテンツの価値が吊り上がる。このようなバブル現象が起これば、Netflixを始めとするプラットフォーマー側は、コンテンツ調達のための負担が増大するため、利益が圧迫されることになる。中長期的な影響としては、大きく2点が指摘できる。1つは、コンテンツの価値が高騰し、コンテンツ調達に巨額の資金が必要ということになると、プレイヤー同士の統合が進むということだ。もう1つは、プラットフォーマーごとにオリジナル・コンテンツで視聴者を囲い込むという構図になるため、視聴者を集められないプラットフォーマーから淘汰されていくということだ。1日は24時間しかなく、その中でもユーザーが動画視聴に充てられる余暇時間はさらに限られている。需給関係の成り立たないコンテンツは無価値となるため、プレイヤー間の淘汰や統合は必然だ。

まとめ

動画ストリーミング・サービス市場の業界地図は、各スポーツ業界やコンテンツ制作を担うスタジオ、作品に出演するタレントなど周辺業界を巻き込みながら、この先数年で大きく変わる可能性がある。近い将来に起こるのは、オリジナル・コンテンツの争奪戦だ。確保できるコンテンツの良し悪しによって、従来の放送事業者を含む多数のプレイヤー間の合従連衡が進むだろう。Netflixでさえ決して安泰ではなく、日本での契約数が100万件を突破したDAZNのようなスポーツ専門の動画ストリーミング・サービスにも影響が及ぶはずだ。

目下、垣間見えるところでは、震源になりそうなのはAmazonだ。まずは、同社がスポーツ動画コンテンツ事業の本格展開に乗り出すかどうかに注目すべきだろう。直近では、2018年に英国のPremier Leagueの放映権オークションを迎える。また、Amazonがスポーツ動画コンテンツを配信する際のビジネスモデル(既存のAmazon Prime Videoに含まれるのか単体で提供されるのか、Amazon Prime Videoに含まれる場合はPrime会員費の値上げを伴うのか否か、など)も興味深い。

動画ストリーミング・サービス市場の変曲点は、すぐそこに近づきつつある。

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