LINEが目指すトークン・エコノミー
日本発のメッセンジャー・アプリであるLINEはここ数年、ユーザー数の伸びが停滞してきている。LINEはスマートフォンの普及と共にユーザー数を伸ばし、今でも国内においては揺るぎない地位を維持しているものの、グローバルで見るとユーザーをつなぎ止めておくのは必ずしも容易ではない状況にあるようだ。というのも、LINEの2018年7月時点における世界の月間アクティブ・ユーザー数は1億6,400万人となっているが、日米同時新規株式公開(IPO)を果たした2016年7月時点と比べると、増えるどころかむしろ5,000万人以上も減少しているからだ。
このファクトそのものはそれほど大きな話題になっているわけではなく、特に国内ユーザーがそれを意識するような場面もほとんどないが、LINEには相応の危機感があると思われる。そのLINEは2018年9月27日、ブロックチェーンをベースとしたトークン・エコノミー構想とdApps(分散アプリケーション)についての発表を行っている。なお、これに先立つ2018年8月に独自のトークン、暗号通貨であるLINKを発行する計画が発表されており、今回の発表はLINKの運用を含めた今後の戦略について言及されたものという位置付けになっている。その中で、LINEはユーザー・エンゲージメントを強化するためのツールとしてLINKを活用することを示している。
問われるLINKとdApps群の訴求力
LINEの出澤剛CEOは発表の席上、「ICO(Initial Coin Offering)はしない。ブロックチェーン関連では投機的な目的での参入も多く、玉石混交だ。しかし、LINEはサービス中心、ユーザー中心のアプローチでやっていく」と明言している。つまり、LINKを資金調達やマネタイズの直接的な手段とするのではなく、LINKを流通させ、それを触媒としてエコシステムの拡大を図るというわけだ。その過程において、LINEのdAppsに代表される特定サービスを利用するインセンティブとしてLINKがユーザーに付与されるという仕組みだ。LINEは現在、アプリ内コンテンツやサービスに使えるLINE Pointを提供しているが、将来的にLINKがこれに取って代わることになるのだろう。
具体的なdAppsとしては、2018年中に「知識」「予想」「商品」「グルメ」「ロケーション」の5領域のサービスがローンチ予定となっている。例えば、「知識」では「Wizball」というサービスが本稿執筆時点で既にベータ版として提供されている。これは「Yahoo!知恵袋」に似たサービスで、ユーザー間でQ&Aのやりとりをする場を提供するというもの。回答の品質と専門性を高めるべく、各分野の専門家をLINE側で手配すると共に、サービスの運営に寄与するユーザーの投稿に対してLINKが付与される。
他の4領域についても、同様にユーザー参加型のサービスが予定されている。しかし、発表内容から窺い知る限りでは、これらのサービスはどれもありふれたもので、決して目新しいとは言えない。確かにブロックチェーンをベースとしたdAppsであるという点はある種のチャレンジではあるかもしれないが、それが大宗を占める一般的なユーザーに対して大きな訴求力を発揮する十分な理由になるとは考えにくい。
実際、2017年にCryptoKittiesというdAppが海外を中心に流行したが、それは一過性で既にほとんどのユーザーが離れてしまっている。CryptoKittiesとはEthereumブロックチェーンを活用したdAppで、ネコのキャラクターを集めて育てるというゲームだ。なお、このネコのキャラクターはEthereumの通貨であるEtherを使って売買できる。2017年当時、筆者も各種メディアでこのCryptoKittiesに関するニュースをよく見聞きしていたが、今では全く音沙汰がない。また、Uberと同種のライドシェア・サービスを提供するLa’ZoozというdAppもあるが、それ自体は興味深い存在ではあるものの、一般的なユーザーにとってはほぼ無名だ。
LINKの果たす役割
少なくとも短期的には、今回発表されたLINEのトークン・エコノミー構想が一定の成功を収められるかどうかはLINKの有用性に依存するところが大きいだろう。より具体的に言えば、LINKがそれなりの価値を帯び、ある程度まとまった額の現金(あるいは現金相当物)に交換できるのであれば、ユーザーにとっての魅力は増すだろう。逆に、大した価値を持てないのであれば、関心は失われる。つまり、現在提供されているLINE PointとLINKを単にすげ替えるだけではほとんど意味がない。
この点に関する懸念としては、法制度上の理由から厳密にはまだLINKを暗号通貨として扱うことができないということがある。そのため、LINEはBITBOXという暗号通貨交換所を設けているものの、日本国内では当面利用できない。また、海外向けにはBITBOXで他の暗号通貨と交換できるが、米国におけるLINKの現金化も現時点では未定となっている。ちなみに上で「ICOはしない」との出澤CEOのコメントを紹介したが、そもそも法制度上の理由から、実施したくてもICOは行えないという事情もある。
一方、LINKは設計上、従来の暗号通貨に比べて処理速度に優れている。7件/秒のBitcoinや15件/秒のEthereumに対し、LINKは1,000件/秒以上のトランザクション処理が可能だという。例えば、世界最大の電子商取引(EC)であるAmazonのトランザクション数はピーク時で600件/秒を超える。これはAmazonが暗号通貨を決済手段として採用しない理由の一つになっていると思われるが、LINKはそれに耐えられる性能を持つ。そのため、有望な「通貨」としてのポテンシャルはあると言えるだろう。
なお、マイニング(採掘)によって発行されるBitcoinとは異なり、LINKは10億単位を上限としてミント(鋳造)される仕組みだ。そのため、LINKは完全に自動発行されるわけではなく、LINEがエコシステムの発展状況に応じて弾力的に発行ペースや発行量を調整できる余地がある。LINEによれば、2億単位をリザーブし、残りの8億単位を流通させるという。
まとめ
市場がほぼ飽和状態にあり、新たなユーザーの獲得が望めず、むしろユーザー数が減少しつつある局面において、ユーザー・エンゲージメントを強化するというのは一般論として堅実かつ合理的な方針だと言えるだろう。もっとも、LINEはユーザー数が減少傾向という状況下にありながら、足元では付加価値サービスによる増収を続けている。実際、決算情報を見ると、コア事業(メッセンジャー・アプリ、コンテンツ事業、広告事業など)と戦略事業(FinTech事業、AI事業、コマース事業など)は共に好調に推移している。
ともあれ、暗号通貨の市場関係者を中心として、今回のLINEの動きをポジティブに捉える向きは多いと考えられる。というのも、リーチ可能なエンドユーザー数という観点では、暗号通貨関連の取り組みを見せているプレイヤーの中でLINEが今のところ最大規模だからだ。しかし、だからと言って成功が保証されているわけではないことは上で述べたとおりだ。LINKを軸とするトークン・エコノミーとそのdApps群がユーザー数の増加やリテンションに寄与するかどうかについては注視していく必要がある。ブロックチェーンは革新的な技術であり、極めて大きなイノベーションをもたらす可能性を秘めているが、結局は何かを実現するための手段に過ぎない。その意味では、LINEの野心が宿るトークン・エコノミー構想の成否はブロックチェーンの大規模な活用事例として重要な試金石となるだろう。
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