2018年11月27日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

Googleが揺動する海底ケーブル市場 ~インターネットの構造変化の震源は海底にあり



Googleの投資姿勢が目覚ましい。AI(人工知能)分野への投資動向についての言及かと思う向きが多いかもしれないが、本稿で注目したいのは海底ケーブルへのそれだ。本誌2017年12月号『海底ケーブル市場の変化に見るインターネットの今後』でもテーマに取り上げ、海底ケーブルを取り巻く市場環境やトレンドが従来とは様変わりしていることについて概説した。足元の市場は基本的に筆者がそこで展望したとおりに推移している。しかし、比較的新しく海底ケーブルに関与し始めたプレイヤーは大手クラウド事業者を中心としていくつか存在するが、その中でもGoogleの存在感がここ1年の間で急速に増している。本稿では、それを含めて前回のアップデートと位置付け、海底ケーブル市場の近況についてレポートしたい。

海底ケーブル市場で起きている3つの変化

1年前の記事では、最近の海底ケーブル市場には(1)投資主体の変化、(2)敷設ルートの変化、(3)トラフィック流通の変化という3つの変化が起こっていることを解説した。

それぞれについて簡単に復習すると、(1)投資主体の変化とは、海底ケーブルはこれまで通信事業者が敷設・運営するものだったが、近年は巨大な通信容量の需要家として台頭してきたクラウド事業者やコンテンツ・プロバイダーが自営ネットワークとしての海底ケーブルを所有するようになってきているということを意味している。

また、(2)敷設ルートの変化は、自然災害による障害に対するレジリエンシーを向上させる目的の他、アジア、中東、アフリカといった新興市場への対応の必要性の高まりを受けて、海底ケーブルの従来にはなかった新たな敷設ルートが開拓されているということだ。

最後の(3)トラフィック流通の変化は、クラウド事業者が世界中に構築しているデータセンターに関することだ。最近の海底ケーブルはデータセンターに直収されることが多く、世界に点在するデータセンター同士をつなぐ重要な役割を果たしている。一般のIT環境がますますクラウド・ベースになりつつある中、可能な限りレイテンシーを低減させつつスループットを高めることによってユーザー・エクスペリエンスの最適化が図れる。

データセンターと符合する海底ケーブル

Googleとフランス最大手の通信事業者であるOrangeは2018年10月、共同で全長6,600kmに及ぶ大西洋間海底ケーブルであるDunant(デュナン)を敷設する計画を発表した。Dunantは米国バージニア州バージニアビーチとフランスのサン・ティラーレ(大西洋岸の都市)を結ぶもので、その名称は赤十字社の創設者で初代ノーベル平和賞(1901年)に輝いたスイス人実業家Henry Dunant(アンリ・デュナン)に因んでいる。なお、米仏間を直結する海底ケーブルとしては約15年ぶりとなる。通信容量は30Tbps、稼働開始予定時期は2020年。

GoogleはDunantを敷設する目的を明らかにしており、自社のクラウド・ユーザーに対して高パフォーマンス、低レイテンシー、高キャパシティのサービスを提供するためだと説明している。具体的には、Dunantの陸揚げ地点であるバージニアビーチとフランスの大西洋岸はGoogleのデータセンターに近接したところとなっており、それぞれGoogle Cloud Platform(以下「GCP」)の北バージニア・リージョン(us-east4)とベルギー・リージョン(europe-west1)に対応している。

一方、Orangeは大西洋岸の陸揚げ局から首都パリへのバックホールを提供する計画だ。30TbpsのGoogleとOrangeのそれぞれの割当量については明らかにされていないものの、OrangeはDunantを最大限活用して向こう数年における欧米間のトラフィック需要の増分に備える考えだ。

加速するGoogleの海底ケーブル投資

Dunantが加わることによって、Googleが投資する海底ケーブルは13件に上る。これまでの経緯を辿ると、Googleが最初に投資した海底ケーブルが稼働を開始したのは2010年に遡る。これはUnityという日米間を結ぶ太平洋間海底ケーブルで、TelstraやSingTel、KDDIなどとのコンソーシアムによるものだ。その後、2013年に稼働を開始した日本と東南アジアを結ぶSoutheast Asia Japan Cableにも参画している。Googleが海底ケーブルへの投資姿勢を本格化させたのは2014年からだ。その年には1年前の記事でも言及した太平洋間海底ケーブルFASTERの敷設計画が発表され、そこからDunantに至るまでGoogleが投資する海底ケーブルは実に11件を数える。

Googleが投資する海底ケーブル

【表1】Googleが投資する海底ケーブル
(出典:TeleGeographyなどの各種データをもとに情報通信総合研究所にて作成)

本稿に登場する主な海底ケーブル

【図1】本稿に登場する主な海底ケーブル
(出典:TeleGeographyのデータをもとに情報通信総合研究所にて加筆)

米国と欧州という重要地域同士を結ぶDunantもさることながら、2019年に稼働開始を予定している海底ケーブルの一つであるCurie(キュリー)も特筆すべき存在だ。ポーランド出身の著名な物理学者・化学者であるMarie Curie(マリ・キュリー。1903年ノーベル物理学賞、1911年ノーベル化学賞)に因んで命名されたCurieは、米国カリフォルニア州ロサンゼルスとチリ・ヴァルパライソを結ぶ海底ケーブルだ。これもGoogleにとって特別なものだ。というのも、他の海底ケーブルとは異なり、Curieは完全にGoogleだけの手による海底ケーブルだからだ(他にJuniorもあるが短距離)。前出のFASTERはKDDI、SingTel、China Telecom(中国電信)、China Mobile(中国移動)などとのコンソーシアム・プロジェクトだ。また、120Tbpsの通信容量を誇る太平洋間海底ケーブルPacific Light Cable Networkも通信事業者こそ参画していないものの、Facebookとの共同プロジェクトだ。

自営海底ケーブルがもたらす効果

これらが意味するところは、Googleは大手クラウド事業者および大手コンテンツ・プロバイダーとして極めて大量の通信容量を必要としているということだ。クラウド事業者やコンテンツ・プロバイダーは従来、通信事業者が運営する海底ケーブルから必要に応じて通信容量を調達していた。しかし、彼らは近年、海底ケーブルに直接投資するようになっており、Google以外にもFacebook、Microsoft、Amazonといったプレイヤーの動きが顕著に見られる。これらのプレイヤーは世界中にサービスやコンテンツを提供するため、それを賄えるだけの通信容量を膨大なコストをかけて調達しなければならない。しかし、これらのプレイヤーほどの規模に達すれば、外部に依存するより、自前の海底ケーブルを敷設してしまった方が経済合理性の観点で有利になる。グアムを中継地として日本と豪州を結ぶ海底ケーブルであるJapan-Guam-Australiaの敷設計画が発表された際、GoogleのVijay Vusirikala氏は「本件の本質は大規模なインフラ構築だ。それによって最適化が可能になり、メリットが得られる。これまでは、既存の海底ケーブルを使って各地域に対応してきた。当社はスケールメリットを享受すべく一連の投資を実行しているが、本件はその一部だ」と説明しており、Googleが自前の海底ケーブルを敷設するという経営判断に至った主な理由は巨大な自家需要であることが明示されている。

また、自前の海底ケーブルを所有するということは、それに使われる通信技術や通信機器を自由に採択できる権利を得ることにもなる。コンソーシアム型の場合、複数の利害関係者が存在するため、事前に仕様を厳密に決め、採用する通信技術や通信機器を選定しておく必要がある。これに対し、自前の場合は仕様をオープン化することにより、海底ケーブルの敷設にかかるコストや工期など様々な合理化を図ることができる。実際、例えばCurieは様々な通信機器ベンダの供給部品を組み合わせられるように設計されており、将来的に通信容量を容易かつ迅速に拡張することができるようになっている。また、当然ながら、完全に自前の海底ケーブルであれば、その運営・管理や通信容量についてはGoogleが一存で差配することもできる。

さらに重要なのは、自前の海底ケーブルを持つことにより、世界中に点在する自社のデータセンター同士を効率的につなぐ最適な敷設ルートを選択できる。Google専用の自営ネットワークであれば、コンソーシアム型のように他の利害関係者の事情に配慮せずに済む。例えばDunantの米国側の陸揚げ地点はバージニアビーチとなっているが、FacebookとMicrosoftによるMAREAの陸揚げ地点と同じなのは偶然ではない。上述のとおり、GCPの北バージニア・リージョンへの対応に他ならない。バージニアビーチはこれまでに存在しなかった新規の陸揚げ地点だ。この都市は主に観光業によって地域経済が支えられているが、地元自治体の誘致政策によってデータセンターの集積地へと変貌を遂げつつある。また、既存の海底ケーブルが集中している陸揚げ地点ではないため、新しい海底ケーブルが米国北東部のような密集地域と物理的に隔離されていることにより、高い冗長性も確保できる。

まとめ

OrangeのStéphane Richard CEOはDunantの発表にあたり、「海底ケーブルはデジタル世界のコアを担っているにもかかわらず、その役割はしばしば過小評価されている」とコメントしている。これには筆者も同感だが、一方では通信事業者の立場は弱くなっていくのではないかと考えられる。通信事業者の海底ケーブルの顧客が最終的にゼロになるとは考えにくいが、Googleをはじめとする新しい投資主体によって通信事業者の領域が侵食されていることには違いない。海底ケーブルに関するノウハウにおいては通信事業者に一日の長があるため、最悪のケースでも大手クラウド事業者にとってのアウトソース先としての未来は描けるかもしれない。また、陸揚げのための用地などを提供する代わりに海底ケーブルの通信容量を取得するというように、キャッシュアウトしない形で通信容量を入手する方法もあり、通信事業者は従来以上に経営リソースをうまくやりくりする手腕を問われることになりそうだ。

いずれにしても、Dunantの件から推察できるのは、少なくとも部分的には、通信事業者が非通信事業者から海底ケーブルの通信容量を仕入れるという逆転現象は避けられない状況になってきているということだ。それを示唆する状況証拠としては、海底ケーブルの命名方法が挙げられるかもしれない。DunantとCurieはいずれもGoogleの投資する海底ケーブルであることは既に上で述べたが、どちらもノーベル賞の受賞者の名前に因んで命名されている。Google単独のCurieはともかくとして、Orangeとの共同プロジェクトであるはずのDunantにもそれが当てはまるというのは、Googleの影響力がいかに大きいかを表していると言えるだろう。もはや海底ケーブル市場における力関係の均衡は破れ、通信事業者から大手クラウド事業者へと傾いているということだ。

クラウド事業者と言えば、中国最大手のAlibabaも気になる存在だ。中国においては外資企業がクラウド関連インフラを所有することに厳しい制限がかけられており、中国のクラウド市場はAlibabaが掌握していると言っても過言ではない。そのため、この分野では今後、Alibabaの動向も追っていくことが必要だろう。海底ケーブルはそのインフラの性質上、多くの国が関与し、敷設にあたっては政治的な配慮も求められる。現時点でAlibabaは表立っては海底ケーブルへの関心を示していないように見えるが、海底ケーブルを敷設している国営の通信事業者の背後にAlibabaの影があるのは確実だろう。

海底ケーブルは本質的にインフラ事業であり、市場環境が一朝一夕に急変する類のものではない。海底ケーブル市場の変化が起こっているのは確かではあるものの、影響は中長期的にインターネットの構造変化へと波及していく。インターネットの構造変化の震源は海底にあり、その渦中にはGoogleをはじめとする大手クラウド事業者が存在する。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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