2019年10月30日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

放送における5G活用へ進む欧州 ~IBC 2019レポート



第5世代モバイル通信規格(5G)による通信サービスは日本では2020年春頃の開始予定だが、欧州では既に複数の国で提供が始まっている。欧州最大の放送機器・ソリューション展であるIBC 2019では、その5Gを放送に活用する取り組みが目を惹いた。本稿ではその模様について紹介したい。

はじめに:IBC概況

IBC(International Broadcasting Convention)は毎年9月にオランダ・アムステルダムで開催され、近年は1,700以上の放送関連事業者が出展する展示会である。2019年の会場も例年と同じ「RAIアムステルダム」だ(写真1)。今回の参加者数は56,390人となっており、前回2018年の55,884人からわずかに増加した。

RAIアムステルダム

【写真1】IBC 2019が開催された「RAIアムステルダム」
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

5G活用のパターン

放送における5G活用は大きく2つのパターンに分けられる。ひとつは中継カメラの映像を放送局設備へと送る「伝送」区間で活用するパターン(①)、もうひとつは放送局設備から視聴者にコンテンツを届ける「配信」区間で活用するパターン(②)である(図1)。

放送における5G活用

【図1】放送における5G活用は「①伝送」と「②配信」の2パターンが存在
(出典:筆者作成)

1.伝送における5G活用
ニュース番組の現場中継に活用する英BBC

英国の公共放送であるBBCは5Gの活用に積極的で、IBCの展示ブースではBBCがこれまでに取り組んできた内容が紹介されていた(写真2)。

5G活用の取り組みを紹介するBBC

【写真2】ブースで5G活用の取り組みを紹介するBBC
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

英国では既に複数の通信キャリアが5Gサービスを開始している。2019年5月にEE(英国大手通信事業者BTのグループ会社)が5Gサービスを提供開始した際、BBCは朝のニュース番組内でロンドン中心部(コベントガーデン)での5Gネットワークの通信速度を紹介したが、その中継映像の伝送にも5Gネットワークを用いたそうだ。中継映像を4Gネットワークで伝送する場合は必要な通信帯域を確保するためにモバイル回線をいくつも束ねる必要があるが、5Gネットワークによる今回の伝送ではモバイル回線は1回線のみで実施できたという。

5G+リモートプロダクションで効率化を図るBT

英BTのブースでは、同社が提供する有料スポーツチャンネル「BT Sport」で実施している、5Gとリモートプロダクションを組み合わせた効率化の取り組みについて紹介があった。3つのスタジアムでそれぞれ行われている女子サッカーの試合映像を5Gネットワーク経由で放送局設備へと伝送し、1カ所でまとめて編集するというものだ(写真3)。従来は各スタジアムに編集機材とスタッフを配置していたため、その分の人手と費用が発生していたが、1カ所に集約することで効率化が期待されるという。

5G+リモートプロダクションの取り組みを紹介

【写真3】ブースで5G+リモートプロダクションの取り組みを紹介するBT
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

BTは2018年11月、5Gを活用したリモートプロダクションの初のライブトライアルを実施している。英国で人気のサッカーイベント「EE Wembley Cup」のスタジアム映像を、EEのテスト用5Gネットワーク経由でロンドン東部のストラトフォードにある放送局設備に伝送しリモートプロダクションを行うというものだ。なお映像はインターネット経由でYouTube配信もなされた。

5Gネットワークで中継映像を安定して伝送するには

このように中継映像の伝送に5Gネットワークを活用する動きが進む一方、課題となるのは「いかに中継映像を安定して伝送するか」だろう。その実現手段となりそうな展示を2つ紹介したい。

ひとつはLiveUが披露した5G対応モバイルトランスミッター「LU600 5G」だ(写真4)。カメラにケーブル接続することで、映像を5Gネットワーク経由で伝送できる。他社製品では5G対応をアピールしていても別途5G対応USBドングルなどを外付けする必要があったが、本製品は5Gモデムを内蔵するため本製品だけで5Gネットワークに接続可能だ。なお最大で7つのモバイル回線(5Gネットワーク2回線(内蔵)+4Gネットワーク4回線(内蔵)+追加の5G/4Gネットワーク1回線(外付け))を束ねることができる。BBCの事例では5Gネットワーク1回線での伝送も実施されているが、複数回線を束ねることができれば冗長性を確保した伝送が可能となるだろう。

LiveUの最新モバイルトランスミッター

【写真4】LiveUの最新モバイルトランスミッター「LU600 5G」
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

もうひとつは、5Gの特徴とも言える「ネットワークスライシング」を活用する方法だ。ネットワークスライシングとは、ひとつの物理ネットワークを複数の仮想ネットワーク(スライス)に分割し、各サービスに適した通信スペックをスライス毎に実現するアプローチである(図2)。IBC 2019ではb<>comがネットワークスライシングを活用して中継映像を伝送するソリューションのデモを実施していた(写真5)。優先して伝送したい「クリティカル」映像を、優先度の低い「ベストエフォート」映像とは異なるスライスで伝送するものだ。

このように中継映像の伝送では、従来の固定通信ネットワーク(光ファイバー等)、衛星回線、マイクロ波などに加えて5Gが新たな選択肢としての現実味を帯びてきている。

ネットワークスライシングのイメージ

【図2】ネットワークスライシングのイメージ
(出典:情報通信審議会 情報通信技術分科会 IPネットワーク設備委員会 2019.7.10 NTTドコモ資料)

 

bcomブース

【写真5】b<>comブースのネットワークスライシングのデモ
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

2. 配信における5G活用
モバイルネットワークのブロードキャスト機能をラジオ放送に活用するBBC

5G時代に向け、モバイルネットワークのブロードキャスト(一斉送信)機能[1]を活用してユーザーにコンテンツを届ける取り組みとして、BBCは英国北部のストロンセイ島で実施したラジオ放送の実験を紹介した(図3)。同実験は、Ciscoを始めとする複数の企業・学術機関が推進する「5G RuralFirst」と呼ばれるプロジェクトの一環でBBCが中心となって実施したもの。ストロンセイ島の学校の屋上に設置したモバイルネットワークのアンテナからラジオコンテンツを(放送のように)ブロードキャストすることで、エリア内にあるデバイスでラジオを聴くことができる。BBCは、これまでサービスが届いていなかった過疎エリアにサービスを展開し、より多くの視聴者にサービスを利用してもらうことを目指している。

ブロードキャスト機能を用いたラジオ放送の実験

【図3】モバイルネットワークのブロードキャスト機能を用いたラジオ放送の実験
(出典:左の写真はIBC 2019で筆者撮影、中央と右の図はBBCブログより)

注目を集めたドイツ5G Todayプロジェクト展示

以前、筆者のNAB Show 2019レポート(本誌2019年6月号「5Gは放送に何をもたらすか」)で紹介した、ドイツの放送技術研究所(IRT)がリーダーとなって推進する「5G Today」プロジェクトの展示は注目度が高かったようだ(写真6)。同プロジェクトは、モバイルネットワークのブロードキャスト機能のなかでも放送事業者向けに特化した仕様(FeMBMS[2])を用いている。本仕様ではSIMカードを持たないデバイスでもブロードキャストされた信号を受信できるため、(対応受信機を内蔵もしくは外付けすれば)テレビやディスプレイ等のデバイスへの配信にも活用できるという特徴がある。

本展示は、同プロジェクトにおいて送受信関連設備を開発・提供する独Rohde&Schwarz(ローデ・シュワルツ)のブースに置かれていた。同社は今回、放送メディア技術関連の業界団体IABMがイノベーションと認定した取り組みに贈るBaM賞を受賞している。

ドイツ5G Todayプロジェクトの展示

【写真6】ドイツ5G Todayプロジェクトの展示
(出典:IBC 2019で筆者撮影)

FeMBMSの今後の展開に注目

Rohde&Schwarzは2019年8月、ドイツに続き中国でもFeMBMSを用いた放送プロジェクトを実施すると発表した。中国のABS(Academy of Broadcasting Science)とCBN(China Broadcasting Network Co. Ltd.)の2組織が北京で計画するブロードキャスト試験に同社のFeMBMS関連機器を提供する。なおRohde&Schwarzによると、中国の2組織が北京で実施する試験は長期戦略の第一段階であり、2022年の北京冬季五輪までの商用サービス提供や2025年までの全国展開も戦略に含まれるとのことだ。

中国のこの取り組みの進捗次第では、これまでドイツ5G Todayプロジェクト等の実験レベルにとどまってきたFeMBMS活用が商用化へと大きく前進し、その影響が中国国外にも波及する可能性がある。そのトリガーは「FeMBMS対応チップセット」の登場だ。FeMBMSの信号を受信できるチップセットはまだ市場に存在しておらず、BBCの5G RuralFirstプロジェクトでも課題のひとつとして挙げられている。ドイツ5G TodayプロジェクトではRohde&Schwarzが機器を開発しているが、モバイルデバイスに搭載できるチップセットよりもサイズの大きい、いわば「設備」である。FeMBMSを用いるブロードキャストサービスの商用化に向けては、モバイルデバイスに搭載可能なサイズのチップセットが必要だろう。

中国のABSとCBNの取り組みによってFeMBMSを用いたブロードキャストサービスが有望と判断されれば、FeMBMS対応チップセットの搭載へと、まず動き出すのはHuawei(華為技術)かもしれない。Huaweiは中国スマートフォン市場で大きなシェアを持っており、2019年第2四半期の出荷量ベースで37%に達する規模だ(図4)。同社スマートフォンに搭載するチップセットは傘下のHiSilicon(海思半導体)の設計であることからも、中国市場を重視してFeMBMS対応チップセットを導入するシナリオは考えられるだろう。

中国スマートフォン市場シェア

【図4】中国スマートフォン市場シェア(2019年第2四半期、出荷量ベース)
(出典:IDC, 2019年8月6日https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prCHC45424919)

Huawei(HiSilicon)が動けば、チップセット市場で競合する米Qualcommや台MediaTekも動くのではないか。中国スマートフォン市場でファーウェイを追いかけるVivo(維沃)、OPPO(欧珀)、Xiaomi(小米)などの中国メーカーはQualcommやMediaTekのチップセットを搭載しており、Qualcommらにとって中国は重要な市場と思われるからだ。

仮に上記のようにFeMBMS対応チップセットが市場に登場すると、スマートフォン等のデバイス側は準備が整うこととなる。通信ネットワークやコンテンツの準備次第では、新たな映像コンテンツの流通経路および視聴者接点となるかもしれない。

おわりに

IBC 2019では放送に5Gを活用しようとする取り組みがいくつも見られ、特に欧州勢の積極性を感じることができた。今後の5Gサービスの提供エリア拡大や、ネットワークスライシングを含む5Gサービスの高度化によって、放送における5G活用はますます現実味を帯びていくと思われる。積極的な欧州勢の動向に引き続き注目したい。

[1] evolved Multimedia Broadcast Multicast Service (eMBMS)と呼ばれる。3GPPリリース9で規定され、以降のリリースで機能が拡張されている。

[2] Further evolved Multimedia Broadcast Multicast Serviceの略。3GPPリリース14で規定され、リリース16以降で機能が拡張される見込み。

 

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