2019年11月15日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ARクラウドが産み落とす第三の巨大な波 ~実現へと邁進するミラーワールド



AR(Augmented Reality:拡張現実)業界が転機を迎えようとしている。

その起爆剤となるのが、「ARクラウド」と呼称される先端技術であり、これを基盤技術として推し進められている世界全体の現実空間の完全な複製である“ミラーワールド”の建設である。

“ミラーワールド”とは、複数人によるリアルタイムでの共有が可能な、現実世界にあるすべての土地、道路、建築物、部屋等の3Dデジタルコピーである。実現すれば、Facebookのソーシャルグラフ、Googleの検索インデックスに続く巨大な第3のプラットフォームになるとも予想されており、現在、スタートアップやIT大手がこぞってその建設を推し進めている[1]。2019年6月の米調査会社IDCの調査報告によれば、世界のAR/VR市場規模は、2018年の89億ドルから2023年には1,600憶ドル規模へと年平均成長率(CAGR)78.3%で拡大するとされており、特にAR分野では高い成長率が期待されている。こうした市場の著しい成長にARクラウドが少なからず寄与するであろうことは容易に推察できる。

本稿では、にわかに注目度が高まりつつあるARクラウドについて、その概要を紹介し、その動向と今後の展望について概観する。

ARクラウド誕生の背景

2017~18年にかけて、AppleとGoogleより、たて続けにAR開発プラットフォーム(AppleはARKit、GoogleはARCore)がリリースされたのを機に、ARアプリの開発は順調に拡大し、現在数多くのARアプリやサービスが提供されている。このなかには、今までになかったユーザーエクスペリエンスを提供するものも少なくない(表1)。

ARアプリ・サービスの例

【表1】ARアプリ・サービスの例
(出典:各種公開資料より作成)

例えば、スウェーデンの家具量販店IKEAが提供するIKEA Placeでは、購入前に複数の家具を部屋に置いてみた様子をARで確認することができる。また、YouCamメイクに代表される化粧品の購入前の事前体験を可能とするアプリや、Yahoo! MAPのようにスマートフォン(スマホ)で見た現実空間に道案内情報を重ねて表示してくれるアプリもある。

この他、医療の現場では、人体の3D解剖モデルを現実空間上で確認できるアプリが医師同士や医師と患者との意思疎通の円滑化に役立てられており、製造の現場では、作業者と熟練技術者との視界の共有や、機器上への作業手順書の表示を可能とするサービスが、作業の効率化に大きく貢献している。

しかし、現在提供されているアプリのほとんどは、一個人に限定してAR体験を提供するものであり、複数人で体験を共有することはできない。そこで、ソーシャルメディアの登場と成長を道標に、ARアプリの爆発的普及を目指して、体験の共有を実現するべく誕生した技術が、ARクラウドである。

ARクラウドがもたらすもの

ARクラウドは、幅広い分野で革新的なビジネスを生み出し、破壊的イノベーションを引き起こすとも言われているが、現在、以下のようなことを実現すると予想されている。

第一に、世界のあらゆる場所で、現実世界に紐づいて、そこに重ね合わせて表示される情報を容易に取得できるようになる。ユーザーは行く先々で、気になる店舗の情報を受け取り、行き先案内で道に迷うことなく、目的地へ向かい、思いもかけず、その途上で見かけた建物の歴史的いわれを知り、そこに友人が残した音声つきの立体映像メッセージを受けとる、といった利用シーンが考えられる。

これは、2009年に提供開始され、2014年にサービスを終了したARアプリ「セカイカメラ」(頓智ドット)が目指したところだ。「セカイカメラ」は、スマートフォンを当時の街中でかざす行為の特殊性、GPSによる位置情報取得技術の性能不足、街中にタグ付けした情報整理の不備等により、早過ぎたサービスとして終了に至ったが、そのコンセプトがいかに先進的であったかの証左とも言えよう。

第二に、現実世界の空間上にある物体に対して、検索を行うことが可能になる。これは、現在PC、スマホの画面を使い、平面上で行われている検索行為が、将来的には立体上で、ジェスチャー、視線、音声等を使って行えるようになるということである。

第三に、新たなエンターテインメント体験が提供される。「ポケモンGO」がAR体験を一般へと認知させたことは記憶に新しいが、ARクラウドがゲームをさらに新しい次元へと拡張することは予想に難くない。例えば、現実の空間を舞台に10人対10人で行うサバイバルゲームといったものは容易に実現可能だ。また、スポーツの分野においても、バーチャルな相手との対戦も含め、その楽しみ方は幅広く拡張されるだろう。

第四に、レベル5の完全自動運転、ドローンによる配達、ロボットによる工場内仕分け等を正確に実現するための、リアルタイムの高精度の地図を提供できるようになる。特に自動運転では、使用する地図に含まれる誤差は、誤差の程度によっては重大事故の発生を招きかねない。現在参照されている地図には、こうした誤差が少なからず存在する。

第五に、現実には別の場所にある物体のバーチャルな複製(以下、「デジタルツイン」という)をその場に表示させ、複数人で参照、議論や作業の対象とすることができる。例えば、米国のGEやNASA(米航空宇宙局)では既に行われていることであるが、製造現場において、市場に供給済みの機器・装置のランニング検査にそのデジタルツインを用いることがあらゆる企業で行われるようになるだろう。

ARクラウドを構成する技術的要件

ARクラウドは、現実の空間の3次元情報をクラウドポイントといわれる点群として、クラウド上に複写することによって、AR体験の共有を可能にする。ARクラウドという呼称の産みの親はイスラエル出身の起業家であり、AR投資ファンドSuper VenturesのOri Inbar氏だといわれるが、同氏は、その基礎となる技術的要件として下記の3つを提唱している。

  1. 世界の座標に紐づく、永続的かつ、共有可能な点群(A scalable shareable point cloud)
  2. 複数デバイスが瞬時に、正確に点群における絶対位置を把握できる機能(An instant ubiquitous localizer)
  3. オブジェクトをリアルタイムかつインタラクティブに共有できる機能(Realtime multiuser interaction)

順に見ていくと、1は、上述のとおり、現実世界の空間、物体の3次元情報を点群として保有し、複数人による共有を可能とすることを指す。

3要件のうち最も実現のハードルが高い要件で、現実世界の情報を収集する手段について、様々な模索が続いている。

2は、現実世界における視聴者と物体の位置関係を、使用デバイスのカメラの位置と向き、カメラが捉えた情報を使い、1の点群を参照することで、瞬時に正確に把握する機能を指す。

これを支えるコアとなる技術はSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)と呼ばれ、人工知能(AI)と光センサー、衛星情報等を活用し、自己位置推定と環境地図の作成の同時実行を可能とする。既に実用化の域に達しており、スタートアップの6D.aiは、スマホのカメラ画像で捉えた物体をリアルタイムに解析・認識するアプリの開発が可能なプラットフォームを提供している。

3は、AR空間上に作成したオブジェクトについて、複数人での同時鑑賞、操作が可能な機能を指す。こちらも既に実現化されており、MESONと博報堂DYホールディングスが2019年4月に展示した「AR City in Kobe」、Microsoftが2019年内にリリース予定のARゲーム「Minecraft Earth」では、この機能が搭載されている(表2)。

こうして見ると、技術的な課題はほぼクリアされている。これは、近年のAI技術の進展により、空間認識機能が飛躍的に高まったこと、5Gの登場に代表される通信技術の進展により、大量のデータを瞬時にやり取りできるようになったことが大きく貢献している。既にローカルでは実現しているアプリもあり、問題は世界の空間地図をいかに作成していくかという点にあることがわかる。

ARクラウドの技術要素を使用したアプリ・サービスの例

【表2】ARクラウドの技術要素を使用したアプリ・サービスの例
(出典:各種公開資料より筆者作成)

各社の動向

以下では、ARクラウドの開発を進める主要各社の動向について紹介する。

Blue Vision Labs

2016年設立のスタートアップである英Blue Visionは、2018年3月、複数ユーザーがAR体験を共有可能なアプリ開発用のARクラウドツールAR Cloud SDKの提供を開始した。都市の空間情報が自動更新式の点群としてクラウド化されており、現在、ロンドン、サンフランシスコ、ニューヨーク3都市の空間情報が活用可能だ。空間情報の精度は極めて高く、ユーザーのスマホの位置をカメラから得られた視覚情報のみを使用して誤差センチメートル単位で特定する。同月、Google Ventures等より1,450万ドル(約15億円)の資金調達を実施。同年10月米配車大手Lyftに買収され、現在、その技術を活用し、レベル5の自動運転開発にも携わる。

6D.ai

英6D.aiは、2017年設立のスタートアップ。2018年1月に金額未公開のシード資金調達を行った後、同年7月、深度センサーを使用せず、単眼スマホカメラで3Dの空間情報を解析、空間地図を作成することが可能なARアプリ開発用のSDKを公開。SDKの完成度は高く、全3Dモデルのオクル―ジョン(物体の前後関係を反映した視覚化技術)、複数デバイスへの対応、空間上への永続的な配置等の機能要件を備える。

Niantic

米Nianticは、GoogleにてGoogle Earthを作成したチームが独立したスタートアップ。同社制作の「ポケモンGO」はAR体験を広く一般に知らしめる端緒となったが、同社は現在、全地球上のマップデータを寄せ集めて整理した世界地図を製作しており、地図を使って物体の識別、ユーザー同士のやりとりを可能にするプラットフォーム「Real World Platform」の開発と提供を目指している。その一環として、同社は2018年2月にARクラウドのEscher Realityを買収している。

Google

Googleは2018年5月に同社のARプラットフォームARCoreに複数のユーザーが同一空間でAR体験を共有可能とする機能「Cloud Anchors」を公開。2019年9月には、この機能を永続的なもの(セーブが可能なもの)にする構想を発表している。

Facebook

Facebookは2018年4月、ポスター等をスマホのカメラで認識し、関連するARコンテンツを重ねて表示するAR Target Trackingの実用化を進めていることを公表した。コンテンツが現実に存在するものや場所と結びつき、その場に存在し続ける「persistent AR」を目指すとしている。同社はまた、2019年9月25日、Oculus Connect 6の基調講演にて、「ARメガネ」を開発中であること、メガネでの体験用に世界を3Dマップ化するプロジェクト「LiveMaps」を立ち上げたことを公表した。ユーザーがスマホ等で撮影した画像をクラウドソースとして利用する計画とのこと。

Apple

Appleは2018年5月に同社のARプラットフォームARKitのアップデートに伴い、ARでのマルチプレーヤー機能を用意した。これは空間の状況を記録した同社の「World Map」を保存可能なものにして実現したものである。2019年には、薄くて透明な「スマートグラス」用レンズに特化したスタートアップAkonia Holographicsを買収している。

Microsoft

Microsoftは2019年2月末バルセロナで開催されたMWCにて、2015年1月に発売済みのARヘッドセットHoloLensの後継機HoloLens 2の年内発売を発表。これは認識空間中での両手の指を使った操作を可能にしたもの。また同時に、Azureのサービスとして、HoloLensが認識する空間情報を別のユーザーが持つスマホやタブレットで共有することを可能にする「Azure Spatial Anchors」を発表している。同社はHoloLensの第一ターゲットを工場や建築現場など業務中に両手がふさがっている仕事に従事する人々としており、当初は企業向けとしての販売・普及を主軸に据える。

まとめ:実現に向けた課題を踏まえて

ミラーワールドの建設と普及に向けては、いくつかの課題がある。最も大きなものが、3Dの地図作成に必要な情報をどのように入手するかという点だ。

街の外観だけをとってみても、すべてのものをあらゆる角度で、あらゆる時間にカメラに収める必要があり、人力のみで実行するのは不可能に近い。そこで考えられるのが、街中に設置された監視カメラと、自動車やドローンに搭載されたカメラ、ユーザーが撮影に使用するカメラを使用した合わせ技である。ある意味、これは完全な監視社会の到来を危惧させるものであり、そこには少なからずプライバシーの問題が横たわる。また、撮影した画像により作成されたバーチャルな世界に存在する物体の権利帰属についてもあらかじめ整理が必要だろう。さらに、ユーザーによる情報入力を前提とすれば、それなりの数のユーザーを確保する必要もあり、プラットフォーム側に、それだけの集客力がなければならないことは言うまでもない。

もうひとつの大きな課題が、安価で日常的に使うことが容易なデバイスが現時点ではないことである。スマホでのAR利用はそれなりの便益をもたらすが、利用時に両手が自由に使えないという欠点は日常的な利用に向けては致命的である。スマホにとって代わり、ミラーワールドを支えるデバイスの最大の候補と考えられるのがARグラスである。

2012年に初のARグラスとしてGoogleより発表された「Google Glass」は不評のうちに、一般向け販売はされずに終わったが、ARグラスの能力は時を追うごとに格段に向上しており、ハンドトラッキングにより、視界の画像を両手で操ることも可能となっている。

現在、先陣を切るのは、MicrosoftのHoloLens(最新版はHoloLens 2、2019年内発売予定)、Magic LeapのMagic Leap Oneなどだが、いずれも重く高価な点が課題となっている。こうしたなか、2019年9月に中国のnrealが軽量安価なARグラスnreal lightを発表(重さ88g、価格499ドル)、KDDIとパートナーシップを締結し、2020年初旬の発売を目指している。また、対抗するように香港のMAD Gazeも同様の軽量デバイスGLOW(重さ75g、価格529ドル)を発表、Kickstarter[2]でのクラウドファンディングを経て、年内の出荷を予定している。既に軽量グラスを市場に提供しているVuzix等の動向も注目され、今後、ARグラスの軽量化と低廉化はさらに進んでいくものと予想される(表3)。

主なAR/MRグラス一覧

【表3】主なAR/MRグラス一覧
(出典:各種公開資料より筆者作成)

一説には、ARクラウドが普及の緒につくのは十年後ともいわれている。だが、技術的な課題は大方解決されており、ローカルでは既に実現されていることを考えれば、新たなプラットフォームとしてのミラーワールド建設の実現は、そう遠くない時点となるかもしれない。新しいプラットフォームを掌握する企業は、強大な富と権力を手中にするとの予想もあるが、果たして、一企業による寡占が進むのか、また、それが可能な形態として運営されるのかどうかは、まだわからない。だが、いずれにしても、実現によるインパクトが計り知れないものになることは確かであり、今後も、その動向には注視が必要である。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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