カリフォルニア山火事の猛威と通信障害
米国カリフォルニア州の各地で山火事が多発しており、本稿執筆時点(2019年11月15日)においても未だにその猛威は止んでいない。2019年10月27日には州全域に非常事態宣言が発令され、多数の住民を対象とする避難命令が出された。被害が特に甚大なのはカリフォルニア州北部だが、炎がサンタ・アナ(秋から冬にかけて吹く乾燥した高温の局地風)に煽られた影響で、ロサンゼルス近郊を含む南部にも被害が拡大している。これに輪をかけて混乱を招いたのが地元電力会社による計画停電の実施だ。破損した送電線などからの出火による二次被害を予防するための措置だということだが、これには想定外の副作用があった。
給電ストップで基地局が稼働停止
計画停電は約100万世帯に及ぶなど対象範囲が非常に広く、当然ながら、その中には公共性の高い各種設備も含まれていた。その一つがセルラー・ネットワークに必要不可欠な基地局だ。停電になったことで基地局への給電もストップしたため、被災者は主たる通信手段を奪われることになった。切迫した状況の中、AT&TやVerizonといった大手をはじめとする通信事業者のサービスが使えなくなることはまさに死活問題となる。Comcastによれば、商用電源の供給が断たれたため、モバイル通信だけでなく固定通信も提供できなくなったという。そのため、基地局自体へは通電していても、途中の伝送路(光ケーブルなど)に異常が発生したことで基地局の稼働が止まったケースもある。
今回の山火事とそれに起因する停電といった一連のトラブルによって、緊急時にこそ頼みの綱となる通信ネットワークの脆弱性が露呈する形となった。米国に限らず、多数の人にとってスマートフォンが唯一の通信手段になっている昨今、電力が断たれるということは通信手段がなくなることを意味するようになってきている。米国にはFirstNetと呼ばれる、警察、消防、救急医療などの緊急サービス専用ネットワーク(AT&Tが構築・運用している)が整備されているが、これも例外ではない。
山火事の前では予備電源も無意味
各種の情報を総合すると、山火事の影響で稼働できなくなったカリフォルニア州内の基地局は10月末時点で少なくとも500局近くに上った模様だ。これらの中には予備電源が配備されていた基地局も含まれるとみられるが、他の自然災害ならともかく、山火事の場合には無意味だ。というのも、予備電源を稼働させるにも燃料が必要だが、山火事が発生している状況下では文字通り火に油を注ぐだけになるからだ。
計画停電に踏み切った電力会社としては苦渋の決断だったことは想像に難くないが、商用電源の喪失によって基地局は無用の長物となってしまった。自然災害と一口に言っても、通信事業者が一様な対策を取るだけでは十分な効果を発揮しないというのが難しいところだ。
今後の対策としては、基地局を搭載したドローンやヘリコプター、気球などを飛ばすといったことが考えられるかもしれない。いずれも技術的には実用化されているが、災害時にどのくらい投入できるかがポイントになりそうだ。
多様な自然災害に備える必要性
基地局には不測の事態に備えて予備電源が設置されているのが一般的だ。年間を通じて地震をはじめとする多数の自然災害に見舞われる日本においては、基地局の予備電源は設置が義務付けられている。予備電源の持続時間は最長で24時間程度だが、総務省によれば、全国約74万局のうち、持続時間が24時間以上の予備電源を備えている基地局は5,800局程度に過ぎないという。最近では、相次ぐ台風被害で停電が長期化し、通信障害が多発したことなどの教訓から、基地局の予備電源がさらに長時間持続できるようにするための国策が検討され始めている。
これは台風被害を念頭に置いた対策だが、他の自然災害への備えも欠かせない。2011年の東日本大震災において原子力発電所の予備電源が津波による浸水ですべて失われたことは記憶に新しい。
まとめ
災害時には、特に通信事業者の動向や振る舞いに注目が集まりやすい。よく言われることではあるが、通信は最も重要なライフラインであり、通信事業者はそれを支える強力なネットワークを構築し運用するという社会的使命を負っている。カリフォルニア州の今回の大災害は、通信サービスの重要性を改めて浮き彫りにするものであり、決して対岸の火事と捉えてはならない。
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