FacebookとJioの提携はインド市場に 何をもたらすか

Facebookは2020年4月22日、インド最大のコングロマリットであるReliance Industries傘下のJio Platforms(以下「Jio」)に出資すると発表した。出資額は約57億ドル、FacebookのJioへの出資比率は約10%となり、FacebookはJioにとって最大の少数株主となる。インターネット企業が少数株主となる外国直接投資としては最大の案件だ。この提携は、インターネット企業と通信事業者の関係性だけでなく、両社のビジネスモデルを変容させる可能性を秘めている。本稿では、この提携がもたらす影響についてレポートする。
インドのデジタル・サービス市場を席捲するJio
Jio傘下のReliance Jioは、2016年に通信市場に参入して以降、親会社の豊富な資金力を背景に4億件近くの契約数を獲得。参入直後から旋風を巻き起こし、競合の通信事業者は市場からの撤退や生き残りのために統廃合を余儀なくされるなど、4年足らずで既存市場へ破壊的な影響を及ぼしている。
また、Jioが手掛けるサービスは、固定およびモバイルの通信サービスだけにとどまらず、ECのJioMart、動画ストリーミング・サービスのJioTV、音楽ストリーミング・サービスのJioSaavn、決済サービスのJioPayなど多岐にわたっている。Jioは通信サービスに加えてECやコンテンツ配信サービスを展開することにより、短期間のうちにインド随一の複合デジタル・サービス事業者にのし上がっている。
小規模商店のサポートが軸
FacebookとJioとの提携でキーになるのはWhatsAppだろう。Jioは競合他社に比べて割安な通信サービスを提供して市場に強烈な影響を及ぼし、上述のとおり約4億件の契約数を獲得している。WhatsAppのインドにおけるユーザー数も4億人超であり、スマートフォンを持つインド人の日常生活に浸透している。どちらも生産年齢人口がメインであることを考慮すると、両者のユーザーはかなりの部分が一致していると考えられる。その意味では、FacebookとJioの提携は非常に互恵的なものだと言える。
Facebookのブログには「Jioとの提携におけるフォーカス・ポイントは、成長著しいデジタル経済において人と企業がより効率的に活動できる環境を整えることだ。例えば、JioMart(小規模商店の食料品デリバリー・サービスで、本稿執筆時点における対応エリアはムンバイ近郊のみ)とWhatsAppを組み合わせることにより、人と企業を結び付け、シームレスなモバイル・エクスペリエンスとしての買い物を提供できるようになる」との記載がある。また、Reliance Industriesの会長を務めるMukesh Ambani氏は「近い将来、JioMartとWhatsAppは約3,000万軒の小規模商店がユーザーとデジタル取引できるようにする。ユーザーは近所の店舗に商品を注文し、従来よりも早く配送してもらえるようになる」とコメントしている。つまり、JioMartの取引についてWhatsApp上で注文受付や決済、プロモーション、ユーザーとの各種コミュニケーションを行えるようにするということだ(図1)。

【図1】WhatsApp上でのJioMartの注文
(出典:TechCrunch)
FacebookのCEOを務めるMark Zuckerburg氏もJioに出資する理由について「これは目下、極めて重要なことだ。というのも、どの経済においても核を担っている小規模ビジネスはサポートを必要としているからだ。インドには6,000万軒超の小規模商店が存在し、多くの人がそこで生活の糧を得ている」とコメントしている。
世界第2位となる13億人超もの人口を抱えるインド経済を下支えしている小規模商店(写真1)を巡っては、AmazonやWalmartもかねてより食指を伸ばしている。そのため、JioとしてはFacebookの後ろ盾を得て競合に対抗する格好だ。ただし、FacebookとJioが志向しているのは、AmazonやWalmartなどとは異なり、日常の生活インフラとなっているWhatsAppをプラットフォームとして最大限活用することだ。方向性としては、LINEやTencentが提供するWeChatの戦略に近いと言える。

【写真1】「キラナ」と呼ばれる典型的なインドの小規模商店
(出典:The Financial Express)
Facebookにとってインドは是が非でも攻略したい市場
Facebookがインド市場への参入を試みるのはこれが初めてではない。Facebookは2013年に立ち上げたInternet.orgを通じ、2015年にインドでFree Basicというサービスをローンチした。これは天気予報、インターネット検索、Wikipedia、Facebookといった普遍性の高いインターネット・サービスへのアクセスを無料で提供するというもので、Reliance Communications(Jioと同じReliance財閥だが別系統の通信事業者。最盛期には第2位の市場シェアを持っていたにもかかわらず、新規参入してきたJioとの競争に敗れる形で2017年に事業撤退し、2019年に破産申請を行った)との提携で実現していたサービスだ。しかし、規制当局からの猛反発に遭い、ネットワーク中立性を侵害しているとの判断から、Free Basicは提供禁止に追い込まれてしまった。また、WhatsAppに決済機能を実装しようとした際にも暗号化を施さないようにと規制当局から圧力を受けるなど、Facebookは数度にわたってインド特有の洗礼を浴びている。さらに、インドにもデータ・ローカライゼーション規制が存在するため、ユーザーから収集したデータはすべてインド国内のサーバーに保管しなければならないと定められているなど、海外企業にとって厄介な問題がある。
インドにはローカルの価値観や慣習に基づく非常に複雑で独特な規制環境があると言われる。Facebookにとって、Jioとの提携は巨大なインド市場を攻略するための確かな足掛かりになる。というのも、財閥系の大企業であるJioは国内事情や人脈に精通し、規制についても当然に熟知しているからだ。また、両社の提携がインド経済に寄与するということが理解されれば、摩擦はより少なくなるだろう。
Jioが手にするネットワーク強化資金とノウハウ
今回の提携でJioが得られるメリットは、上述してきたような表面的な部分にとどまらないだろう。Jioは、Facebookからの出資を受けることにより、通信ネットワークを増強するための巨額資金を手にすることになる。同社は既に多くの契約数を獲得しているとはいえ、十分なネットワーク・カバレッジを確保するまでには至っておらず、また、まだ市場参入から日が浅い上、これから本格化していく5Gネットワークを整備していくにも莫大な設備投資が必要になる。Jioが複合デジタル・サービス事業者として地位を固めていく上では、Facebookから注入される資金はこれ以上ない追い風となるはずだ。
また、両社の提携はFacebookが創設メンバーとして名を連ねているTelecom Infra Project(TIP)にも弾みをつけることになるだろう。TIPは、従来的なネットワーク構築方法を見直し、オープン化の手法を用いて投資対効果の高いネットワーク構築を目指すというプロジェクトだ。TIPの活動内容をJioのネットワーク整備の実務に持ち込めるとなれば、通信領域におけるFacebookの存在感は一段強化されることになるだろう。一方、Jioは効率的なネットワーク構築に関する技術やノウハウの吸収という形でTIPの恩恵を享受することができる。
インド全体のデジタル・トランスフォーメーションに寄与
FacebookとJioは、彼らにとって有利な規制環境を求めてロビイング活動を行っていくことになる。その領域は一般的な商取引や通信といった既存部分だけにとどまらず、インド社会全体のデジタル・トランスフォーメーションに関わる広範囲に及ぶだろう。
例えば、暗号通貨がその一つだと考えられる。インドの最高裁判所は2020年3月、中央銀行に相当するインド準備銀行が暗号通貨取引所に対して銀行サービスの提供を拒否することは違憲であるとの判決を下した。これにより、それまでも海外からの投資を受けるなど堅調に推移していたインドの暗号通貨市場はさらに活気づいている。Facebookが推進するLibraは課題に直面しているものの、Jioも2018年に独自のブロックチェーン・ネットワークを構築する計画を発表している。まだ実現には至っていないが、両社がインドの価値観や慣習を踏まえた適切なロビイング活動を行うことにより、インド社会全体をデジタル化する取り組みは加速していくはずだ。
なお、Jioは2020年4月下旬~5月上旬にかけて立て続けに大型の出資案件を発表している。同社は、本稿で述べてきたFacebookとの提携を皮切りに、Silver Lakeから5億7,000万ドル、Vista Equityから15億ドルの出資を受けると発表している(Silver LakeとVista Equityはいずれも米国の投資ファンド)。デジタル経済の発展が著しいとはいえ、インドにはインターネットにアクセスする手段を持っていない人が約6億人もいると言われており、成長の余地はまだ極めて大きい。彼らだけでなく、Alibaba、Amazon、Google、Tencent、SoftBankといった世界中の大手インターネット企業がインドに熱視線を送っているのはそのために他ならない。インドのデジタル・トランスフォーメーションはまさに今、始動の時を迎えようとしている。
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