スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(4)

前稿「スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(3)」では、スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(以下、「本法」とする)に関して、規制対象事業者に対する具体的な規制の内容のうち禁止事項の一部(4.(2)①~③)について整理した。これに引き続き、本稿では規制対象事業者に対する具体的な規制の内容のうち残りの禁止事項(4.(2)④および⑤)について整理する。
4.規制対象事業者に対する規制とエンフォースメント
(2)禁止事項
④アプリストア指定事業者による妨害等(8条)
従来、アプリストアを提供する事業者は、個別アプリ事業者によるアプリの提供に際して、特定の課金システムの利用やいわゆるサイドローディング禁止などの条件を付してきた。本法8条では、アプリストアを提供する指定事業者による上記のような制約や条件にとらわれることなく、アプリストアを広く開放することで競争を促進する趣旨から4つの行為が禁止されている[1]。
まず、課金システム利用に関する妨害行為等が禁止されている(同条1号)。個別アプリ事業者はソフトウェアだけでなくソフトウェア内で利用できるアイテムも販売している。ユーザーはいわゆる課金システムを通じて支払いを行い、アイテムを購入するが、従来、アプリストアを提供する事業者は特定の課金システムの利用を義務付けてきた[2]。しかしながら、このような義務付けがあると、アプリ内における多様な決済手段の提供が制限されることになり、競争に悪影響をもたらしうる。また、アプリストアを提供する事業者が個別アプリ事業者に対して課す手数料については競争圧力がなく、手数料が高止まりしてしまう危険性も想定される[3]。このほか、実際にも、課金システムが限定されることによって、アプリ事業者の価格設定の自由が奪われるなどの事態も生じていた[4]。そのため、本法では、アプリストアに係る指定事業者が、個別アプリ事業者に対して、特定の課金システム(同条における文言上は「支払管理役務」という)の利用を必須とすること(同号イ)や、ユーザーが課金システム以外の支払い手段を利用できるようにすることを妨害すること(同号ロ)が禁止されている。
次に、ウェブページ等を通じた取引に対する妨害行為が禁止されている(同条2号)。スマホで利用されるアプリについては、例えばiPhoneであればApp Storeという形で特定のアプリストアを通じて提供されてきた。本来的には、個別アプリ事業者がソフトウェア内ではなく外部サイトを通じてアイテム等を販売する方向性(アプリ外課金)も考えられるが、例えば、アプリ内に当該サイトへのアウトリンクを掲載等することによる情報提供を禁止するなどの形で、アプリストアを提供する事業者が特定のアプリストア外でのアプリ提供を妨げる可能性がある。
このような形でアプリ提供に関する代替的な流通経路が閉鎖されると、アプリストア提供事業に新たに参入する機会が失われることになる[5]。また、アプリストアは当該ストアにおけるアプリの販売を許可するか否かについて審査を行うが、当該審査については審査の公正性や透明性が担保されていないことや、個別アプリ事業者が審査に落ちることや審査時間が長期化することを恐れて保守的になってしまう結果、イノベーションが阻害されることなどの課題が指摘されてきた[6]。
このような課題については、アプリ提供の流通経路に競争圧力が働いていないことが要因になっていると考えられる。さらに、先述した課金システムにおける手数料の高止まりの懸念は、そもそもアプリの流通経路において有効な競争圧力が働いていないことに起因している。
そこで、本法では、アプリストアに係る指定事業者が、ウェブページ等を通じて提供するアプリや、その価格等の情報について当該個別ソフトウェアの作動中に表示されないようにする旨を当該アプリストアを通じた提供の条件とすること(同号イ)や、当該個別ソフトウェアを利用するユーザーに対してウェブページ等を通じて商品又は役務を提供することを妨げること(同号ロ)が禁止されている。
なお、同号においては、個別アプリ事業者がウェブページ等を通じて商品又は役務を提供する場合以外にも、「これに準ずるものとして政令で定める場合を含む」とされている。これに該当するものについて、本稿脱稿時点[7]での議論においては、アプリ内ではデジタルコンテンツ販売をしておらず、ウェブページなどで購入したデジタルコンテンツをアプリで利用する場合や、アプリ内とウェブページ内の双方でデジタルコンテンツの販売をしているがその内容が同一でない場合などが想定されている[8]。そのため、例えば、電子書籍アプリや音楽・映像配信アプリのようなリーダーアプリも射程に含まれることになろう[9]。
さらに、他のブラウザエンジンを利用することに対する妨害行為も禁止されている(同条3号)。ブラウザにはブラウザエンジンが組み込まれているが、当該ブラウザに対して特定のブラウザエンジンの搭載が義務付けられることがある。ブラウザエンジンはプログラミング言語で記載されたウェブページに係る情報を解析することなどを通じて、人がウェブページを視覚的に認識できる状態に処理する役割を担っており、ウェブブラウジングの快適さやスピードなどに影響があるという意味で、ブラウザの品質に関する中核的存在として位置付けられる。
このような位置付けのブラウザエンジンについて特定のものを搭載することが強制されるとすれば、ブラウザの品質競争が制限されることになる[10]。そこで、本法では、アプリストアに係る指定事業者が個別アプリ事業者に対して、当該指定事業者等以外によるブラウザエンジンの使用を妨害する行為が禁止されている。
もっとも、以上の1号~3号までの規定においては、前記③(本法7条)と同様の正当化事由が規定されている。アプリの流通経路を制限することや、厳格なアプリ審査を実施することの理由については、セキュリティを確保しつつ利便性も担保された状態でスマホを利用できるようにするという趣旨の説明がされてきた[11]。このような説明・理由付け自体は、ユーザーの利益に資するものであって一定の合理性があると考えられる。
しかしながら、前記趣旨についてより細分化し、あるいは具体的に検討した場合には、技術的ないし実効性の観点からアプリの流通経路の制限や厳格なアプリ審査では対応しきれない部分も存在する。例えば、セキュリティ・プライバシーの確保について検討した場合には、アプリが悪用されることを防ぐための脆弱性検証の観点と、ユーザー情報や端末等の不正利用をする不正アプリの配布を阻止する観点があるが、前者については本来的には個別アプリ事業者が外部委託等を通じて行うべきことであり、後者については性質上アプリストアを提供する事業者による対応が必要となる[12]。そのため、前記③(本法7条)と同様に手段性も含め慎重な検討が要求されることになろう。
このほか、個別アプリ事業者による利用者確認方法の表示に関する義務付けが禁止されている(同条4号)。アプリ利用時には本人確認を行うことがあるが、その際にはGoogleアカウントやAppleアカウントなどの特定のサービスアカウントを利用して他のサービスにログインする、いわゆるソーシャルログインが利用されうる。このような手段は既に本人確認が済んでいる他のサービスとの連携によって本人情報の入力を省略することができるという点においてユーザーの利便性に資するものではある。
しかしながら、ソーシャルログインなどの本人確認の方法について、アプリ利用中に特定のものを表示することが強制されると、個別アプリ事業者による利用者確認の方法の選択は制限されることになる。また、ユーザーがソーシャルログインを利用するようになれば、当該ログインに必要なアカウントを管理している事業者はユーザーを自社に固定して他社への乗り換えリスクを低減させることができる。そのため、ソーシャルログインはロックインをめぐる競争の最も重要な要素の一つと考えられる[13]。このような性質を踏まえると、アプリストアを提供する事業者が個別アプリ事業者に対して自社製のソーシャルログインを選択肢に表示することを義務付けることで、自社サービスを優遇しうる。そこで、本法では、アプリストアを提供する指定事業者が、個別アプリ事業者に対して、自社の提供するソーシャルログインの利用を強制することが禁止されている。
なお、ここでの強制については、利用規約などで条件としていなければ本号の問題は生じないが、アプリ審査を通じて、アプリストアを提供する指定事業者によって提供されている利用者確認方法の表示を強制するような場合には、本号の問題になると考えられている[14]。
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⑤検索エンジン指定事業者による自己優遇(9条)
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 滝澤紗矢子「スマホソフトウェア競争促進法の全体像」ジュリスト1603号(2024)37頁参照。
[2] デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」(2023年6月16日)(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi/dai7/siryou2 s.pdf, 2025年6月2日最終閲覧)61頁参照。
[3] デジタル市場競争会議・前掲 78頁参照。
[4] 「[値段の真相]iPhone(下)アプリ価格 アップル支配」読売新聞2022年11月5日東京朝刊9頁。
[5] デジタル市場競争会議・前掲注2)90頁。
[6] デジタル市場競争会議・前掲注91頁。
[7] 本稿は2025年6月2日に脱稿した。
[8] スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会「第6回検討会 議事録」(2025年1月27日)(https://www.jftc.go.jp/file/250128_gijiroku_6.pdf, 2025年6月2日最終閲覧)49頁〔稲葉僚太デジタル市場企画調査室長発言〕。
[9] スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会・前掲49頁〔稲葉僚太デジタル市場企画調査室長発言〕、稲葉僚太ほか「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律について」公正取引887号(2024)41頁。
[10] デジタル市場競争会議・前掲注2)116頁参照。
[11] デジタル市場競争会議・前掲 93頁参照。
[12] デジタル市場競争会議・前掲 95頁。
[13] デジタル市場競争会議・前掲 166頁。
[14] スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会・前掲注8) 50頁〔稲葉僚太デジタル市場企画調査室長発言〕。
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