GIGAスクールの進展とこれから
はじめに
GIGAスクール構想の推進により、小中学校における教育ICTは大きな転換期を迎えた。本稿はGIGAスクール構想の進捗状況や学校における変化の兆しなどを概観しながら、今後の教育ICTにおける注目ポイントについて整理する。
GIGAスクール構想の進捗状況
GIGAスクール構想では様々な施策が展開されているが、その中核をなしているのが「国公立小中・特別支援学校の児童生徒1人1台の情報端末(学習者用端末)の整備」と「学校内の通信ネットワークの整備」の2つである。まずは、これらの整備状況についてみていくこととする。
(1)学習者用端末の整備
2021年7月末時点において、すべての児童生徒が学習者用端末を活用できる環境の整備を完了した自治体等は1,742であり、全体に占める割合は96.1%に達している(図1参照)。
当初、学習者用端末の整備は3カ年の段階的整備とする計画であったが、GIGAスクール構想の実施に際し、小・中学校および特別支援学校の義務教育段階のすべての児童生徒について1年間で整備するという前倒しが行われた。このため、実行性を不安視する声が一部からあったものの、結果的にはほぼ達成することができた。
(2)校内ネットワークの整備
校内ネットワークに関するデータ(2021年6月末見込み)をみてみると、GIGAスクール構想でネットワーク整備に取り組んだ学校の98.0%にあたる31,949校において既に供用が開始されている(図2参照)。
また、学校からのインターネット接続環境については、「固定回線+校内Wi-Fi」型と「LTE」型の2つの方式が主として想定されていた。実際のインターネット環境の状況についてみてみると、「LTE」型を採用した自治体は全体の3.0%、学校数ベースでも全体の3.5%となっており、主流は「固定回線+校内Wi-Fi」型となっている[1]。
GIGAスクール構想での学習者用端末整備がもたらした2つの変化
GIGAスクール構想の進捗によって、著しく急伸したのが学習者用端末の整備であろう。ここではGIGAスクール構想の進捗状況についての整理のまとめとして、学習者用端末整備がもたらした2つの大きな変化を指摘する。
(1)教育ICTは「普及促進」から「利活用」のフェーズへ
文部科学省では学校における教育ICT環境について様々な統計数値を公表しているが、その中のひとつに「学習者用端末1台あたりの児童生徒数の推移」がある(図3参照)。これは指標名のとおり、学習者用端末1台あたりの児童生徒の人数をあらわしたもので、学習者用端末が普及するにつれて、その値は小さくなり、1人1台整備されると、指標は1となる。
以前からも学習者用端末の整備は進められていたものの、掲げられていた整備目標は「2022年までに3人に1台の整備を目指す」にとどまっていた。このため、この指標の進捗は緩やかなものであり、GIGAスクール構想前の2020年3月時点では児童生徒5.4人に1台という状況であった。
ところがGIGAスクール構想による学習者用端末の急速な普及に伴い、2021年3月時点では1.4人に1台に急伸した。さらに2021年7月にはついに1.0人に1台に到達し、統計データ上でも児童生徒1人1台の端末環境整備が実現したことが示された。
このことは教育ICTにおける「ハードの普及促進」フェーズの終焉を迎えたといっても過言ではないだろう。今まではいかにしてICT環境の整備を行うかについて議論や模索が続いていたが、これからは整備されたICT環境をどのように有効に活用していくのかといった「利用促進」フェーズへと移行したのである。
(2)学習者用端末の多様化
2つ目の大きな変化は「端末の多様化」である。
GIGAスクール構想以前は、学習者用端末のほとんどはWindows端末であった。ところが、GIGAスクール構想によって導入された学習者用端末のOS別シェアをみると、Chrome端末が約4割のシェアを占めトップを獲得、次いでWindows端末とiOS端末が3割ずつという結果になったのである(図4参照)。
この背景としては、学習者用端末の補助額上限が4.5万円/台であったことや自治体によっては小学校と中学校で異なる端末を採用したことなどが影響していると考えられる。
こうした端末の多様化は、デジタル教科書・教材やアプリなどのコンテンツ開発にも影響を与えていくことは明白である。今後の教育ICTを考えていくにあたっては、Windows端末のみならず、Chrome端末やiOS端末も加えた「マルチOS環境」を前提とすることが求められるであろう。
学校における変化の兆し:
ICT利活用の日常化と利活用シーンの拡大
GIGAスクール構想が実現した1人1台の学習者用端末と校内ネットワークの整備によって、小中学校におけるICT環境や利活用ニーズは変化しつつある。
GIGAスクール以前では、端末やインターネット接続環境の整備が限定的であったため、ICTを使うためには様々な制約や不便が生じていた。そうした環境下にあってICTを使うのは特別な授業のときだけに限定されてしまい、児童生徒がICTに触れることは「非日常」なことであった。このことは、2018年にOECDの実施した調査[2]において「1週間のうち、教室の授業でデジタル機器を使う時間」の国際比較を行ったところ、日本は利用時間が短く、OECD加盟国中で最下位となったことからもうかがえる[3]。
それがGIGAスクール構想の進展によって「いつでも」「どこでも」「だれもが」利活用できるICT環境が実装されたことで、教員や児童生徒にとってICTを活用することは身近なものとなった。使いたいときに使える環境となったことで、先進的な教育委員会や教員を中心に通常授業におけるICTの日常的な利活用に向けた取り組みが広がりつつある。
加えて、新たな兆しとして注目されているのが、「授業以外」や「学校外」におけるICTの利活用である。従来の学校における教育ICTは主として「授業の中でどのようにICTを活用するか」という視点で論じられていたが、学習者が自由に持ち運びいつでも使え、ネットワークにもつながるICT環境となったことで、教育ICTの利活用ニーズは大きな広がりをみせている(図5参照)。
授業以外でのICT利活用
ここでは授業以外におけるICT利活用の事例についてみていく(表1参照)。
特徴的なのは、学校行事やクラブ活動・部活動、生徒会・委員会活動といった児童生徒向けのICT利活用シーンのみならず、オンライン授業参観や保護者面談、家庭へのお知らせのデジタル化など保護者向けにもICTを利活用してもらう取り組みがみられることである。
オンライン授業参観は、兄弟姉妹で通っている保護者にとっては教室移動をせずに子供たちの姿をみられる点や仕事などで学校に出向けない保護者も参加できる点などで好評を博している。
また、生徒会選挙でのGoogleフォームを使った電子投票は開票・集計の手間が省けるといったメリットもさることながら、大人の世界ではまだ議論の段階にある電子投票を先取りしているという点でもユニークな取り組みである。
新型コロナウイルス感染症の影響で、学校の様々な活動に対しても活動制限や感染防止対策が求められていることを踏まえ、社会科見学や集会などの代替手段としてICTを活用しているのも今日的な特徴であるといえる。休校や学級閉鎖への対応としてのオンライン授業を実施する学校や自治体も以前よりも多くなってきた。
もちろんすべての学校において、こうした授業以外でのICT利活用が行われているわけではない。しかしながら、こうした先進事例や活用ノウハウが共有されることによって、授業以外でのICT利活用が広がっていくことが期待される。
今後の注目ポイント
GIGAスクール構想の推進により、新たなフェーズに突入した教育ICTの今後を占うにあたって、今後の教育ICT分野における注目ポイントを3点あげてみたい。
(1)クラウド化の流れ
文部科学省は、GIGAスクール構想の推進と合わせて、教育ICT分野におけるクラウドサービスの積極的な活用を自治体や教育委員会に対して強く呼びかけている。
前述のとおり、GIGAスクール構想における学習者用端末の補助額上限は4.5万円/台であったが、この点について文部科学省はアプリもデータ保管もクラウドを活用することでシンプルな端末でも対応可能だとの見解を示している。
また、文部科学省は、1人1台端末を利活用するにあたっての新たな教育情報ネットワークの目指すべき姿として校務システム・教務システムとも「クラウドサービス利活用を前提としたネットワーク」で構築することを明言化している[4]。さらに、セキュリティや個人情報の取り扱いなどクラウド化推進における疑問や懸念点を解消するために、文部科学省ではガイドラインやハンドブックの策定に取り組んでいる[5]。
こうした政策動向に加え、学校の教育ICT環境において学習者用端末のOSが多様化していることは前述したとおりである。この学習者用端末のマルチOSへの対応策として、クラウドサービスによるコンテンツやアプリの提供はさらに増えていくものと考えられる。
こうしたクラウド化の流れが加速するに従い、ネットワークの重要性はますます高まっていくことは間違いない。学校や子供たちがクラウドベースによる教育ICTを活用すればするほど、ネットワークの負荷は高まり、十二分なネットワーク整備が必要不可欠となる。それは校内ネットワークや学校とインターネット間を結ぶネットワーク、さらには児童生徒の家庭におけるネットワークにまで及ぶであろう。
(2)教育DX(データ駆動型学習)
様々な産業・業界でDXの可能性が模索されているが、教育ICTの世界も例外ではない。教育ICT分野においては「データ駆動型学習」として教育DX実現に向けての議論がはじまっている。
データ駆動型学習の機運が高まっている背景には、やはりGIGAスクール構想の推進がある。1人1台の学習者端末が整備されたことにより、学習ログ(スタディログ)と呼ばれる機微な教育データを収集することが現実的になったのである。
こうしたGIGAスクール構想の進展を踏まえ、教育再生実行会議の第12次答申「ポストコロナ期における新たな学びの在り方について」[6]では、ニューノーマルな教育の形のひとつとして「データ駆動型教育への転換」が掲げられた。
さらにデジタル庁では2021年9月より関係省庁とともに教育データの利活用に関するロードマップの策定に着手した。教育データの流通と蓄積に必要な全体設計や論点整理、必要な措置の検討などが進められている。
もっとも現時点におけるデータ駆動型学習の立ち位置は検討の緒についた段階であり、様々な視点からの検討はこれからである。そうした検討状況を含め、データ駆動型学習の今後の動向には注視していく必要がある。
(3)学習者用デジタル教科書
学習者用端末が整備された一方で、活用するためのコンテンツ不足を訴える教員や教育委員会も声も聞かれる。そうした中、注目を浴びているのが学習者用デジタル教科書の導入である。
文部科学省では、小学校の教科書が改訂される2024年度を学習者用デジタル教科書の本格導入の契機として捉えている。その前段階として学習者用デジタル教科書普及促進事業が2021年度より開始されており、2022年度にはさらに拡充される。具体的には、すべての小学校5、6年生および中学校1~3年生を対象に、3教科分の学習者用デジタル教科書を無償で提供する実証事業を展開するとしている。実証事業では紙とデジタルとの役割分担の在り方を検証するとしているが、加えて、GIGAスクール構想で構築されたICT環境が最大限に活用される状況を実現することも期待されている。
デジタル教科書・教材については費用負担など様々な課題もあるが、そうした課題も含め、導入に向けての議論の行方には注目していきたい。
なお、学習者用デジタル教科書の詳細については本誌2021年8月号に掲載されている「2度目の正直!? 普及の期待高まる学習者用デジタル教科書」[7]を参照頂きたい。
GIGAスクール構想の先にあるもの
最後にまとめにかえてGIGAスクール構想の先にあるものについて考えてみたい。
従来の教育情報化においては「ICTを使いこなすこと」「情報モラルを理解すること」「プログラミング的思考を習得すること」など児童生徒のICTリテラシーの向上に力点が置かれていたのではないだろうか。
GIGAスクール構想においても、そうした児童生徒のICTリテラシーの向上は目指すべきもののひとつではあるが、それがすべてではない。
授業以外のICT活用でもみたとおり、児童生徒の学校での生活スタイルを一変させる可能性をGIGAスクール構想は秘めているのではないだろうか。さらに、教育再生実行会議の答申等にもみられるように、データ駆動型学習との連携によって授業や学びを転換することも十分に考えられるであろう。
GIGAスクール構想の先にあるものは、21世紀にふさわしい学びや学校生活の体現であるのではなかろうか。
[1] 文部科学省「GIGAスクール構想の実現に向けた校内通信ネットワーク環境等の状況について」(2021年8月)
[2] 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)にて行われたアンケート調査
[3] 国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)~2018年調査補足資料~」(2019年12月)
[4] 文部科学省「『情報セキュリティポリシーガイドライン』の第2回改訂に関する説明資料」(2021年5月)
[5] たとえばクラウドサービスに対応するために改訂された「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン(令和3年5月版)」(2021年5月)などがあげられる。
[6] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/ pdf/dai12_teigen_1.pdf
[7] https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr388-20210811-ando.html
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