2022.6.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

正念場の楽天モバイル、起死回生の一手とは?

はじめに

楽天グループが第4の携帯通信キャリアとして商用サービスを開始してから、早くも2年3カ月が経とうとしている[1]。2017年12月に新規MNO参入を公表して以降、同社は「無料サポータープログラム」「1年無料キャンペーン」「3ヵ月無料キャンペーン」「1Gまで無料プラン」といった“無料”をフックとした価格戦略で契約者数を徐々に伸長してきた一方で、決算発表においてはここにきてモバイル事業の赤字が楽天グループ全体の足を引っ張る状況が顕著になってきた。このような状況の中、2022年5月には新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」の開始と既存加入者の同プランへの自動移行および無料プランの廃止が発表された[2]。財務基盤改善のためには価格戦略の見直しはやむを得ない選択ではあるが、一部の楽天ユーザーからは他キャリアへの乗り換えを示唆する声がブログやSNS上で散見されるようになっている。また、楽天市場・楽天証券をはじめとする楽天経済圏全体においても、ポイント制度の改正を行い、ユーザーへのポイント還元率を抑制する動きが出てきている。ロイヤルユーザーの楽天経済圏離れも懸念されており、現在、楽天グループのモバイル事業は“正念場”を迎えていると言える。そこで本稿では、楽天グループ全体の最新の決算概況とモバイル事業の起死回生サービスと期待される楽天シンフォニーの直近の動向を紹介し、今後の同社の展望について考察したい。

楽天グループ決算概況と経営課題

最初に、楽天グループ決算資料からモバイル事業の置かれている状況を確認したい[3][4]。2021年通期決算によると、楽天グループ全体の営業収益は1兆6,818億円(前年比+2,262億円)、営業利益は▲1,947億円(前年比▲1,009億円)となっており、営業赤字は2020年度の2倍以上に悪化している(表1)。セグメント別収支状況を見ると、楽天市場を中心とする国内ECセグメントはコロナ過の巣ごもり需要が奏功し、堅調に推移している。2021年度の国内EC流通総額は5兆円を達成し、各ECサービスのクロスユースも加速しており、引き続き、EC事業の規模拡大が見込まれている。また、フィンテックセグメントも好調で、楽天カード発行数2,600万(2022年4月時点)、楽天銀行口座数1,230万(2022年3月時点)、楽天証券口座数も768万(2022年3月時点)と大きく伸びており、楽天銀行は2022年のIPOを目指している。さらに、楽天証券についても、株式上場準備を開始する旨を2022年5月に公表している。

楽天グループ2021年通期決算状況

【表1】楽天グループ2021年通期決算状況
(出典:2021年度通期及び第4四半期 決算スライド補足資料https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/2021.html)

一方、大きな営業損失を出しているのがモバイル事業である。決算説明においては、モバイル事業の赤字額は2022年第1四半期に底を打ち、将来的に改善していく見込みとされている(図1)。さらに、三木谷社長は「2023年度に単月黒字化は可能」(2021年度第3四半期決算説明時)との展望を発表しているが、2023年度末までに契約者数をいくらまで伸ばしていけるかは最も注目したいポイントとなる。確かに、無料プランの廃止とローミング費用の漸減を加味すると、今後の収支改善は見込まれるとは言えるものの、現在の営業損失額は桁違いの大きさとなっている。楽天モバイルの契約数500万人(2022年4月時点のMNO契約数)が「Rakuten UN-LIMIT VII」の上限月額2,980円を利用すると仮定しても、月額売上150億円(四半期売上で450億円)程度となっており、2022年第1四半期営業損益▲1,350億円には到底及ばない。今後のコスト削減額は不透明の状況ではあるが、単月黒字化を実現するためには、契約者数は現在の2倍の1,000万人程度には到達する必要があると想定される。このことからも、楽天モバイルが抱える喫緊の経営課題は「契約数の増加」と「ARPU向上」に尽きると言える。

【図1】モバイルセグメント四半期業績見通し

【図1】モバイルセグメント四半期業績見通し
(出典:2022年度第1四半期 CEOグループ戦略プレゼンテーション資料https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/)

そこで、ここではまず、モバイル事業の1点目の課題である「契約数の増加」について考察する。過去の契約者数推移を見ると、2021年12月から2022年3月までの直近四半期で、約40万のMNO契約数増を実現している(図2)。無料プラン廃止により既存顧客の流出と新規顧客の増加率低下が想定されるが、それらを考慮しなかったとしても、2023年度末の契約者数は最大でも700万契約程度だと予測される。この700万契約という数字は、「無制限の使い放題で月額2,980円のワンプラン」という料金プランを発表した際、損益分岐点として設定していた契約者数になる。現在は、データ利用量に応じて階段式に料金が変動する新料金プランに変更となっており、単月黒字化には更なる契約者数が必須となる。この契約者数増に向けた取り組みとして、郵便局を活用した販売強化が想定される。日本郵政グループと楽天グループは、2021年3月に資本業務提携に合意し、郵便局内での楽天モバイル申込みカウンターの設置や日本郵便配達網を活用したマーケティング施策の実施を推進している[5]。2022年4月時点の実店舗は1,125店あるが、そのうち郵便局設置店舗は約25%の285店を占める。他キャリアが3Gサービス終了を報道発表しているなか、その切り替えタイミングを狙って、郵便局設置店舗の対面販売強化を行うことは有効な手段となるかもしれない。

【図2】楽天モバイル契約者数の推移

【図2】楽天モバイル契約者数の推移
(出典:2022年度第1四半期 決算スライド補足資料https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/)

続いて、2点目の課題である「ARPU向上」について考察する。現在の楽天モバイルの優位性は、低価格という点にある。「Rakuten UN-LIMIT VII」への移行で、データ通信容量1GB未満ユーザーに対する値上げを実行したため、基本料金プラン変更は当面考えにくい。そこで、現在店頭でも大きく訴求している「10分以内の国内通話かけ放題」「選べる電話番号サービス」などのオプションプランを販売強化することが考えらえる[6]。ARPU向上を実現するためには、現状のオプションプランをさらに充実させ、顧客が求めるサービスを充実させられるかどうかが成功の鍵となるであろう。一方、楽天モバイルは総務省に対してプラチナバンドの再割当てを強く要求しているが、この実現のためには他キャリア通信設備の工事が伴うため、実現性については不透明な部分が多い状況と言える。

楽天シンフォニーの直近動向

楽天モバイルの国内MNO事業は、上述のとおり、収支状況・顧客獲得・ARPU向上のいずれの面においても非常に困難な経営課題を抱えている。このような厳しい経営環境において、モバイル事業の起死回生のサービスとなりうるのが、楽天シンフォニーである。

<楽天シンフォニーとは>

楽天モバイルは、世界で初めて「完全仮想化ネットワーク」を商用環境で実現し、自社のクラウド技術を用いて構築した仮想化基盤を強みとしている。この仮想化基盤をプラットフォーム化した「Rakuten Communications Platform(RCP)」を海外通信事業者に展開する役割を担っているのが、楽天シンフォニーである。ネットワーク仮想化のメリットとしては、設備投資額の削減や柔軟なネットワーク運用の実現が挙げられる。楽天シンフォニーは、仮想化基盤のメリットや日本での商用運用実績を武器に、通信事業者向けインフラソリューションの高度化と海外通信事業者への導入を実現し、楽天モバイルの持続的な拡大を目指している。

楽天シンフォニーは2021年8月に設立(同年9月に法人化)され、仮想基地局技術を持つAltiostar Networks(アルティオスター)やネットワーク運用システム技術を持つInnoeye(イノアイ)などグループ各社に分散している製品やサービスを集約した体制となっている。組織規模は2021年11月時点で約2,500人、2022年末までに3,500~4,000人規模の組織になる見込みとされており、2022年3月には、元米連邦通信委員会委員長のアジット・パイ氏を同社の社外取締役に選任するなど、知名度向上や営業力強化を推進している。また楽天シンフォニーは会社設立以来、様々な展示会で自社サービスをアピールしている。MWC LA 2021では、IntelおよびJuniper Networksと共同で開発したOpen RAN設備「Symware」を最新プロダクトとして発表した(サービス開始は2022年上半期予定、図3)。続いて、通信事業者向けのアプリケーションをアプリストアのように手軽に利用できるプラットフォーム「Madina」を発表。さらに、MWC Barcelona 2022では、モバイルネットワーク向け管理ツール「Symworld」などの最新ソリューションを公開し、実際のネットワーク管理をデモンストレーションするなど、自社製品の優位性をアピールしている。

【図3】MWC LA 2021で発表したOpen RAN設備「Symware」

【図3】MWC LA 2021で発表したOpen RAN設備「Symware」
(出典:2021年度第3四半期 ビデオプレゼンテーション資料https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/2021.html)

<楽天シンフォニーの直近動向>

楽天シンフォニーのメインターゲットは、既存ネットワーク設備を持たない通信事業者(グリーンフィールド事業者)となるが、世界的には事業者数が限られている。よって、既存のネットワーク設備を持つ通信事業者(ブラウンフィード事業者)への導入が事業成功の鍵と考えられる。こうしたこともあり、楽天シンフォニーは、新規事業者および既存事業者との協業を発表し、今後の世界展開の足掛かりを既に実行している。

まず、2021年10月には、ドイツの通信事業者1&1社との長期的なパートナーシップを締結した[7]。1&1社は、3社体制が続いていたドイツのモバイルサービスにおいて、第4のMNOとして新規参入を予定している通信事業者である。Telefonica Deutscheland社とドイツ国内ローミング契約を締結するとともに、自社ネットワークの構築を進めている。楽天シンフォニーはRCPで培った仮想化ネットワーク技術を1&1に提供し、欧州初となる完全仮想化モバイルネットワークの構築を進めている。受注金額は非公開だが、一部報道では複数年の合計で約2,800億円と報じられている。

続いて、2022年2月には、AT&Tとの協業を発表した[8]。AT&Tは米国3大キャリアの一つで、既存のネットワーク設備を持つ大手通信事業者である。この協業は、AT&Tが独自開発したキャパシティプランニング技術「RANFT」と楽天シンフォニーのRAN管理ツール「RAN Commander」を統合するという内容で、両社の技術を駆使して、クラウドベースのネットワーク運用を強化しようとするものである。この2つの協業は、新規通信事業者に対しても既存通信事業者に対しても楽天シンフォニーの仮想化技術を展開できるという実績となり、今後の世界展開に向けた第一歩を既に踏み出していると言える(図4)。

【図4】楽天シンフォニーが取り組んでいる変革支援事例

【図4】楽天シンフォニーが取り組んでいる変革支援事例
(出典:2021年度第3四半期 ビデオプレゼンテーション資料https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/results/2021.html)

おわりに

現在の楽天グループは、EC事業・金融事業が好調で十分なキャッシュを生み出しているのが強みとなっている。しかし、同社が得意とする事業領域はライバル企業も経営資源を投入・注力している分野でもある。国内EC事業ではAmazonが競合となると共に、金融事業・ポイント事業ではNTTドコモやソフトバンク等の通信事業者が猛追し、経済圏構想を打ち出している。また、楽天グループがモバイル事業の収益源と考えている「海外通信事業者への仮想化基盤導入」についても、競合他社がひしめき合うレッドオーシャン化した事業領域になりつつあると言える。NOKIAやERICSSONをはじめとする大手既存ベンダー、さらにはAWSやMicrosoft Azure、Google Cloudなどに代表されるクラウド事業者も本格的に参入しようとしている。特に、AWSは米国の新規参入通信事業者Dishと提携し、AWSのパブリッククラウド上で5Gネットワーク構築を進めている[9]。さらには、MicrosoftはAT&Tと提携し、AT&Tの5GネットワークのAzure移行を進めている[10]

このように競争環境が激化する中、楽天グループは既存コア事業の優位性が維持されている間に、早急にモバイル事業を軌道に乗せる必要がある。楽天モバイルの動向次第では、国内外通信事業者の基盤技術や日本国内の経済圏構想が大きく変動する可能性を秘めており、今後の同社を含めた通信事業者動向には引き続き注目していきたい。

[1] https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2020/ 0303_03.html?year=2020&month=3&category=corp%20mobile

[2] https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2022/ 0513_01.html

[3] https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/ results/

[4] https://corp.rakuten.co.jp/investors/documents/ results/2021.html

[5] https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2021/ 0312_02.html?year=2021&month=3&category=corp%20ir

[6] https://network.mobile.rakuten.co.jp/service/

[7] https://corp.rakuten.co.jp/innovation/rnn/2021/ 2108_008/

[8] https://corp.rakuten.co.jp/news/press/2022/ 0228_04.html

[9] https://aws.amazon.com/jp/blogs/industries/telco-meets-aws-cloud-deploying-dishs-5g-network-in-aws-cloud/

[10] https://about.att.com/story/2021/att_microsoft_ azure.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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