3Dフードプリンターで加速する食のイノベーション
テクノロジーを活用して食の可能性を押し広げる「フードテック」が世界的に進展するなか、3Dフードプリンターの広範囲な実用化に向けた開発も着実に歩を刻みつつある。
3Dフードプリンターとは、3Dプリンティング技術を食品の造形へと応用するもので、実用化の進展が世界的な食料危機や環境問題の解決に寄与するだけでなく、活用の裾野の拡がりが新しいビジネスや雇用を創出し、ひいては自国の食料安全保障を図るうえでの有効な手段になる等の観点から、将来的なフードテックの拡大に向けての欠かせないピースの一つと考えられている。
3Dフードプリンティング市場は成長を続けており、調査会社により、その規模の数値に差異はあるが、今後5~10年の予測成長率はいずれも高い水準を示している。例えば、グローバルインフォメーションの予測では、世界市場規模が2022年で2億100万ドル、以降CAGR57.3%で成長し、2027年には19億4,100万ドルに達するとされている[1]。
本稿では、フードテック進展のキーファクターの一つとも目される3Dフードプリンターについて、その特徴と現状を概観しつつ、将来的に期待される活用の可能性を探る。なお、背景にあるフードテックの概要については、本誌2020年12月号「フードテックで変貌する食ビジネス~キッチンOSで進む食のパーソナライズ化」でも紹介しており、適宜参照されたい。
3Dフードプリンターの仕組みと制御方法
既に販売されているものもあるが、3Dフードプリンターの多くは開発中であり、その技術は、未だ発展途上の段階にあると言える。技術開発では早くから国レベルでの研究を進めてきたオランダを筆頭として欧米が先んじており、一歩遅れる日本がここ数年巻き返しを図っている状況だ。
現在開発・販売されている3Dフードプリンターにおいては、数種類の方式が考案されている。主流を占めるのが3Dプリンターの熱溶融積層法(FDM)で、インクジェット法がこれに続く。FDM方式では、シリンジへ充填したペースト状の食品を熱で溶融しつつ、ピストンやポンプ、スクリュー等によりノズルから押し出し、積層していくことで食品を造形する。インクジェット方式では、カートリッジに収めた粉末状の食品をノズルより吐出すると同時にインクジェットにて水や油等を吹き付けることで積層して食品を造形する。代表的な活用例は前者ではチョコレートやグミなど、後者ではピザ生地などだ。
制御方法としては、CADにて製作した食品の3次元形状データをもとに、スライサーと呼ばれるソフトウェアを使って、プリンターの制御命令(Gcodeと呼ばれる)を作成し、これをプリンターへ送出することで印刷が実行される。3次元の形状データは、多くの場合、プリンターの提供企業にて用意されている。また、オープンソース型の3Dフードプリンターでは、スライサーと合わせ、共有サイトにてシェアされているものを活用することも可能だ。このように印刷実行までの過程に一定のITリテラシーが必要である点は、普及に向けた足枷とも考えられており、このため、現時点で販売されている3Dフードプリンターでは、操作ができるだけ簡易になるよう工夫がされている。例えば、販売済みの3Dフードプリンターで最もポピュラーなものの一つであるスペインNatural Machines社のFoodiniでは、10インチの大型タッチスクリーンを備え、セットアップから印刷までの操作をガイドする。同機では、好みの素材を選択・使用して様々な料理を作成することが可能で、現在、レストラン、食品メーカー、病院、教育および研究機関、老人ホーム等、世界中の各種事業者への販売が行われている(図1、表1)。
3Dフードプリンターの特徴とその活用例
3Dフードプリンターの開発が進展する背景の一つには、前述のとおり、今後到来が予想される世界的な食料危機と気候変動の問題がある。3Dフードプリンターが持つ「柔軟性」「カスタマイズ性」「オンデマンド性」「再現性」といった特徴[2]を生かすことで、これらの世界的課題の解決に寄与することが期待されるためだ。
これらの特徴とその活用例について、具体的に記すと以下のとおりとなる。
柔軟性
3次元の設計図に従い、形状や素材を問わず食品を柔軟に造形できることから、3Dフードプリンターは、人の手では困難な食品造形を容易なものにする。代表的な活用例としては、複雑な形状をしたチョコレートの作成がある。また、食欲をそそる見た目を保持しつつ、食感が柔らかく栄養価の高い食品の造形が可能なことから、介護食への応用も期待されており、日本における3Dフードプリンティング技術開発の先頭を走る山形大学では、古川教授・川上准教授らを中心に研究開発が続けられている。
さらに素材の選択が柔軟にできることから、通常は廃棄素材とみなされていた食物部位を造形用の素材として利用することも可能だ。例えば、2022年8月29日、農研機構はキャベツの芯をペースト状にし、3Dプリント食品用素材として活用する新たな利用方法を開発したと公表している。廃棄食材の有効活用への画期的な一歩と言えよう。
カスタマイズ性
3Dフードプリンターでは、印刷用に充填する素材に含まれる栄養素や味の成分の配合、造形物の食感、見た目、色味を自由に操作することが可能だ。個々人の健康状態やアレルギーを考慮した栄養素を配合し、それぞれの嗜好に合わせた食品の作成が可能なため、進展しつつある、食のパーソナライズ化を一層推し進めるドライバーとしての役割が期待されている。
また、素材の如何にかかわらず、食感や味の操作が可能であることから、昆虫食や代替肉、培養肉のプリントに向けた技術開発も進んでおり、将来的に予想されるプロテインクライシスの回避へ資するものとしての期待も高い。特に昆虫食については、見た目の問題により生じる抵抗感を軽減するため、粉末状にして様々な素材に含め、3Dフードプリンターにより、まったく新しい食品を創造することが普及に向けた足掛かりとなるとも考えられている。
オンデマンド性
機器が手元にあれば、場所と時間を問わず食品を造形することが可能だ。必要なときに必要な分だけ食材を利用することが可能となるため、フードロスの削減につながると期待されている。あわせて、災害時など非常の際の食の確保における貢献への期待も高い。極端なところでは、宇宙食への応用が一例としてあげられる。これは2013年にNASAが3Dフードプリンターのプロトタイプ製造に向け、米SMRCに資金提供したことが契機となり注目されたもので、例えば、JAXAとリアルテックホールディングス等主催の地球と宇宙における食の課題解決を目指す共創プログラム「SPACE FOODSPHERE」では、3Dフードプリンターを宇宙における究極の食のソリューション実現に向けた課題解決手段の一つとしている。
再現性
データ化されたものを着実に再現できることから、食の記録への応用が可能だ。一例をあげれば、食の技法の伝承、一流レストランの味の家庭での再現などへの活用などだ。例えば、宮城大学の石川教授は、地域特有の伝統料理や、有名シェフの料理、各家庭の味等をデータとして保存し、3Dフードプリンターにより、いつでも再現できるようにすることを検討し、研究を推し進めている。なお、石川氏はその試みを録音ならぬ“録食”と呼称している。また、場所を問わず同一の味を再現できるため、飲食業界における労働者不足解決の手段ともなり得る。
上記以外にも、各国では様々な開発・研究が行われており、レストラン等の食品提供事業者を中心に徐々に導入が進みつつある状況だ(表2)。
3Dフードプリンターの普及に向けた課題
このように3Dフードプリンターは食産業の在り方に多大な変革をもたらすポテンシャルを秘めたものだが、普及に向けてはいくつかの課題がある。その最も大きなものは、装置・食品素材に要するコストの問題だ。例えば、販売されている一般的な装置の価格は50万円ほどで、かなり高価だ。あわせて、利用する食品素材についても、一部のプリンターではあらかじめ用意されてはいるが、自分好みの食品の成形に向けては自己調達と配合、液状化等が基本となり、それなりの手間とコストが必要である。また、技術的な面で言えば、吐出時間の短縮、操作性の向上等解決すべき点も多い。さらに、衛生面の問題もある。装置における異物混入防止や食品に触れる部分の洗浄・殺菌・消毒の簡便性の確立などは、かねてからの解決すべき課題であり、現在販売されているものでは、食品が接触する部品に衛生面に優れたステンレス素材を使用し、取り外しを簡易にして、食洗機での洗浄を可能にするなどの工夫がなされてきている。それでも、調理をする度に部品を外し、洗浄が必要となるという点を考えれば、気軽に使えるレベルにあるとは言えないだろう。これらを考慮すると、現段階では普及が急激に進む状況にあるとは言えず、上記で紹介したような試みが花開き、3Dフードプリンターが電子レンジのように普通に家庭で使われるようになるには、十年以上の時間が必要と考えられる。
3Dフードプリンターの将来的活用に向けて
進展するフードテックのなかにあって、今後3Dフードプリンターが大きく貢献すると考えられる分野の一つが、食のパーソナライズ化だ。将来的に創出されるサービスは、「柔軟性」「オンデマンド性」「カスタマイズ性」「再現性」という4つの特性を組み合わせて応用したものとなるだろう。
例えば、農林水産省が推し進める「ムーンショット型農林水産研究開発事業」の一つでもある筑波大学中嶋教授らのプロジェクト「3D-AIシェフマシンによるパーソナライズド食品の製造」[3]では、廃棄食材を素材として利用し、おいしさの評価技術を開発したうえで「おいしさデータベース」を構築、3DフードプリンターにAIを活用した3D-AIシェフマシンにより、個々人の健康状態、嗜好に合わせた食を提供するプラットフォームの開発を目指している。おいしさの評価技術では、「摂食中の味、食感、香り等のおいしさを感じる食の特徴をパターン化する動的評価技術を開発」する。3D-AIシェフマシンの基本設計完了が2022年度中、プラットフォームのプロトタイプ完成が2030年までという計画だ。
こうした先進的プロジェクトからは、3Dフードプリンターを活用した食のパーソナライズ化の将来像の一つが垣間見えよう。
おいしさは、味覚、嗅覚、触覚を中心に五感をもとに感得されるもので、健康状態や体調、過去の記憶に基づく思い込みにも左右され、同じ食品であっても、個々人やその時々により感じ方は異なる。また、健康状態の維持に必要な栄養素も個々人の体質や体調等により違ってくる。例えば、信州大学発のヘルス・フードテックベンチャーであるウェルナスでは、AIを使い、個人ごとに異なる必要な栄養素の提案を可能にする基本技術を開発、アプリ上で利用可能なサービス「Newtrish(ニュートリッシュ)」として、2023年初頭のサービス開始を予定している。
これらのことを踏まえれば、3Dフードプリンター普及時の将来像として以下のようなものが考えられるだろう。
利用者は宗教上の理由等も含めた食習慣、嗜好や身長・体重・遺伝子情報等を含む生体データを事前に登録しておき、食事の直前までに生体情報の測定が可能なセンサーを装備したウェアラブルデバイス等にて体調データを取得する。利用者はさらに、辛い物が食べたい、柔らかいものがよい、など、その時々の食に対する要求を入力する。これらのデータを参照したうえで、3Dフードプリンターと連携する食事提供システムが、利用者の健康増進に寄与し、満足感を味わえると予測されるメニューをいくつか提示する。利用者が好みのものを選択すると、ものの数分で食事が提供される。提供された食事は、食の履歴として記録され、次の食事提供の機会に活用されるといったものだ(図2)。食事の際の脳波・血流等の生体情報や、食後の官能評価を返し、システムが味加減を選択する際のデータとして利用していくことも考えられよう。現在、米国を中心に拡がりを見せる「キッチンOS」[4]と融合すれば、食のパーソナライズ化を個人の幸福感を満たす、より豊かなものにしていくことも可能だ。
さいごに
既述のとおり、3Dフードプリンターは未曽有の可能性を秘めており、フードテック進展を高みに引き上げる重要なドライバーとも言えるものだ。発展途上にあるとはいえ、普及の暁に予想される波及効果は計り知れない。今後さらなる技術的進展が予想されるAI、ロボティクス、IoT、人間拡張等のテクノロジーとの融合と様々な産業との連携がイノベーションを生み、現段階では考えもつかないサービスが創出される可能性すらある。大きな分水嶺が待ち構えつつあるとも言われる食の未来に向け、今ある課題が順調に解決され、普及への階段を着実に上っていくことになるのか、今後の道のりへの興味は尽きない。
[1] https://www.gii.co.jp/report/mama1074018-3d-food-printing-market-by-vertical-government.html
[2] https://www.maff.go.jp/j/shokusan/fcp/whats_ fcp/attach/pdf/190725_r1_young_f/3_mrsawada. pdf
[3] https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/moon_ shot/MS_PM_08.pdf
[4] 料理レシピアプリをドライバーとして、IoT家電を制御し、食材の購入から調理までをワンストップで提供可能なプラットフォーム。詳細については、本誌2020年12月号「フードテックで変貌する食ビジネス~キッチンOSで進む食のパーソナライズ化」も参照。
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