サイバネティック・アバターとなりすまし 〜アイデンティティ権、氏名権等を踏まえて〜「サイバネティック・アバターの法律問題」 連載8回
1.CAのなりすましという重要問題
なりすましは、ある人物がまるで他者本人であるかのように振る舞う行為を指す1。なりすましが発生することで、本人に様々な被害が生じ得る。もし、メタバースにおいてなりすまし被害が頻発するようであれば、これはサイバネティック・アバター(CA)のやメタバースの信頼性さえも揺るがし得る事態である。だからこそ、なりすましについては、どのような法的根拠によってそれを違法として制限するかであるとか、それをアーキテクチャー等法律以外の方法を含むどのような方法で防止するか等が問題となるだろう。
もちろん、正当な表現が禁圧されてはいけない。そのような正当な表現としては、例えば、デジタルアーカイブのためにアバターを複製するとか、批判のためにアバターの動画を引用する(但し本稿は著作権を検討の対象としないことに留意されたい。)といったものが考えられる。また、例えば有名人とたまたま同姓同名というだけで、自分の氏名をメタバース内で利用することが禁止されるというのも行き過ぎた解釈だろう。その意味ではCAのなりすましに関する解釈論においても、利害関係者の利益のバランスを取っていく必要がある。
このような観点から、総合的に検討をしていきたい。まずはなりすましの類型を検討した上で(2)、権利ごとに対応を考え(3-8)、最後に問題解決に向けた提言を行う(9)2。
2.なりすましの類型
ここで、石井は「アバターのなりすましを巡る法的課題―プライバシー保護の観点から」3において、なりすましを①他者の環境内で第三者に気付かれない方法を用いて、本人のアバター表示を偽る行為、②改変した本人のアバター表示を第三者と共有する行為、③他者が本人を揶揄するために、その氏名と外見を用いて自己のアバターを作成し、仮想空間上で利用する行為という3類型に分けて論じている。
このうち①としては、「自己のVR画面内で本人のアバターを無断で滑稽なものに表示した場合」、「本人の顔や仕草、動作を、本人の体格や肌色に合わせた汎用的なCGの裸体と合成させた場合」等が挙げられ、②は、他者が本人をファシストであると思い、そのアバター画像にヒトラーの小さな口ひげを描き、鉤十字の腕章を装着するなどして改変し、それを第三者と共有した場合等とされ、③は揶揄のためのなりすましとされる。
このような類型化以外にも、なりすましがなされる場所による類型化も可能であろう。まず、同一の仮想空間内のなりすまし、つまり、同一の仮想空間にいる特定のCAになりすますことが考えられる。但し、その場合には発覚が比較的容易であろう4。次に、リアルワールド(現実空間)とメタバース(仮想空間)の間におけるなりすまし、つまり、リアルワールド上の特定の人物そっくりのアバターや名前を使う場合が挙げられる5。さらに、仮想空間を跨ぐなりすましということで、甲が仮想空間Aワールドにいる場合、別の仮想空間であるBワールドにいる乙が、Bワールドにおいて甲になりすます、という方法もあり得る。例えば、有名な仮想空間の一つであるVRChatだけで活躍している有名なCAである甲が存在する場合において、別の有名な仮想空間の一つであるclusterにおいて、乙がまるで甲であるかのようなアバターとユーザー名を利用してなりすますということである。この場合には、甲がclusterの状況に注意していなければ、知らない間にcluster内で乙によるなりすましアバターが多くの人と交流してしまい、被害が拡大する可能性がある。
さらに、アバターの利用パターンとして、例えば、中の人が1人の場合だけではなく、複数人が中にいることがあることにも留意が必要である6。
それ以外にも、例えば営業秘密等の取得のためにメタバース上の仮想オフィスに従業員になりすまして不正侵入する場合も考えられる7。
3.名誉権・名誉感情侵害の観点に基づく対応
まず、名誉毀損・名誉感情侵害(第3回参照)を利用して以下の2つのなりすまし類型に対応することができる可能性がある8。なお、名誉毀損は犯罪でもあるので、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)等による刑事罰の対象となる。
(1)周囲の人が本人と信じる場合
1つ目はそのなりすましCAが行う行為を周囲の人(一般の利用者)が本人だと信じるため、そのなりすましCAの行う非違行為等を本人が行ったと信じる結果、その名誉が毀損される場合である9。例えば、東京地判平成18年4月21日2006WLJPCA04210003(アイドルコラージュ事件)は、アイドルがまるで裸体を露出しているかのようなコラージュ写真を作成した事案において、「極めて精巧な合成写真であって、画像を見るだけでは、これが合成写真であることを見抜くことはほとんど不可能であって、その生々しい臨場感の故に、アイコラ画像についての前提的な知識を有している者に対しても、対象とされたアイドルタレントがあるいは真実そのような姿態をさらしたのかもしれないと思わせかねない危険性をはらんだものであったことは否定できない」という事実認定の下、名誉毀損罪の成立を認めている。
これは、上記石井の挙げた類型のうちの②に該当するだろう。また、ディープフェイクのようなますます巧妙にアバターを用いて他人を演じたり、そのような動画等を作成して頒布したりする行為もこの類型の名誉毀損による規制が可能だろう10。
(2)第三者による事実摘示や意見論評と理解される場合
2つ目は第三者による事実摘示と解される場合である。例えば、本人に似たアバターが「自分は犯罪者で、ひどいことをしてしまった」と述べる場合において、それがとても巧妙であれば1つ目の名誉毀損が成立する可能性がある。問題は、そこまで巧妙ではなく、周囲の人(一般の利用者)として、それが偽物だと理解する場合である。通常人が、実在の人物についての事実を主張すると認識するのではなく、架空のものとして認識する限りにおいて、名誉毀損、プライバシー侵害、又は、パブリシティ権侵害のいずれも成立しないという見解もある11。
しかし、そのようななりすましと容易にわかるものでも、一般読者にとって、それは(なりすましを行う)第三者が、当該本人が犯罪者である旨を摘示していると理解される可能性もある。すなわち、なりすましにおいて、本人だと思われること自体は本質的な問題ではなく、周囲がそれを他人だと気付くとしても、むしろ、そのような表現手法を通じて、第三者による事実摘示や意見論評として社会的評価が低下する場合には、それもまた名誉毀損として違法となり得る12。
4.プライバシーの観点に基づく対応
なりすましを通じて、なりすました相手に関する事実、又はそれらしく受け取られるおそれのある情報を公表することとなれば、プライバシーの侵害になり得る13。プライバシーにおいて重要なことは、私生活上の事実だけではなく、「私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがら」であってもそれを公開すれば、宴のあと事件に基づく私生活秘匿に関するプライバシー侵害が成立し得るということである(第5回参照)14。
例えば、実在の人物の容ぼうをリアルに再現したアバターが仮想空間上において活動した場合、当該アバターが第三者により作成され、操作されたものであったとしても、一般の人々は、その活動を当該実在の人物が行ったものと誤認するおそれが考えられ、このような場合について、プライバシー権侵害が成立する可能性もあり得るとされる15。本人は、実際にそのような行動をしていないことから「私生活上の事実」ではないものの、それが「私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがら」となり得るならばプライバシー侵害になる。
とはいえ、単に「こんにちは」と挨拶するというだけでは秘匿性が否定されるだろう16。例えば、本人の肖像を利用せず、いわゆるデフォルトアバターを利用する場合であって、かつ当該アカウントで行う活動が挨拶等秘匿性のない内容に留まる場合、プライバシー侵害の成立は難しいように思われる17。
5.肖像権の観点に基づく対応
なりすましに際し、他者のアバターの肖像を無断で使用することとなれば、その行為の態様や、被害アバターの類型18等に応じ、肖像権等の侵害に該当し得るとされる19。例えば、本人の容ぼうを模したものであれば、肖像権侵害の可能性が高まる20。
また、第6回で述べたとおり、一定の(本人の容ぼうを模したものではない)アバターについても肖像権による保護を及ぼすことが考えられ、それによって、特定の仮想空間で活動するCAについて本人の容ぼうと類似しないアバターを利用して、同一又は別の仮想空間でそのアバターになりすます行為について、肖像権による保護を拡張する余地が出てくるだろう。
6.パブリシティ権の観点に基づく観点
第7回で述べたとおり、当該肖像やアバターが、顧客吸引力を有しているのであれば、仮にそれが肖像権の対象といえないものであっても、パブリシティ権によってより広い範囲のなりすましについて対応できる可能性がある。例えば、VTuberのアバターになりすます行為について、これが中の人の顔に類似したアバターか、そうではない人間類似のアバターか、そもそも人間の肖像とはいえない動物やロボットのようなものかを問わず、一定範囲でパブリシティ権に基づいた対応を行うことができる可能性がある。
とはいえ、パブリシティ権で対応できるなりすましの範囲は、そのなりすましによってアバターを利用する目的がその元のアバターの顧客吸引力を利用する場合に限られるという制約があることが重要である。仮に、ファンが、好きなVTuberのアバターを利用して自分もそのアバターを操作したいであるといった個人的な興味でVTuberになりすましても、それはVTuberの顧客吸引力を利用する場合ではない以上、少なくともパブリシティ権で対応することはできないことは第7回で論じたとおりである。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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7.氏名権の観点に基づく対応
8.アイデンティティ権の観点に基づく対応
9.CAのなりすまし問題の解決のために
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び同修士課程宋一涵様に脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。
- 石井夏生利「アバターのなりすましを巡る法的課題―プライバシー保護の観点から」情報通信政策研究6巻1号(2022)IA-3頁。<https://www.jstage.jst.go.jp/ article/jicp/6/1/6_1/_pdf/-char/ja>(2023年11月7日最終閲覧、以下同じ)
- なお、不正アクセス禁止法等による対応もあり得るが、第3回から第8回は人格権(及びそれを背景とした個人情報保護)をテーマにしているので、人格権と関係しない問題は検討の対象から外している。
- 石井・前掲注1)IA-10頁。
- とはいえ、いわゆる「認証」等が適切に行われなければ、複数のアバターが存在し、「どれかが本物」で「どれかがなりすまし」であることがわかっても、どれが本物かがわからないという状況が容易に生じ得ることに留意が必要である。この点は、9も参照のこと。
- なお、CAの世界では「ロボット」等の物理空間におけるアバターになりすます事例も発生する可能性があることに留意が必要である。
- 「アバターの利用パターンとの関係では、1人が1つのアバターを利用する場合には同一性を肯定することに問題はなく、1人が複数のアバターを用いる場合であっても、当該アバターを通じて本人の人格が一部でも表出されていることから、同一性は肯定できると考えられる。問題は、複数名が1つのアバターを利用する場合である。この場合には、本人とアバターの結び付きが稀薄であり、当該アバターの活動が誰の人格を反映しているかを外形的に判別することは困難となる。そのため、アバター同士が社会関係を形成する文脈においては、無権限者が当該アバターを不正に利用したとしても、アイデンティティに関わる人格権等の侵害可能性は相対的に低下すると思われる」とする石井・前掲注1)IA-10頁。
- このような場合について「仮想オフィスへの侵入の場合、オフィス内での会話やリアルタイムで進行する会議の内容等、より機密性の高い情報が漏えいし得る点でリスクが高度」であるが、利用規約上の免責規定により損害賠償請求のハードルがあるため、当該サービスのセキュリティをチェックし、パスワード設定等の不正侵入対策を取ることが重要とする稲垣紀穂「他社メタバース利用時の不正侵入リスクと各種法規制」ビジネス法務2023年8月号115頁参照。
- 他者の名誉(社会的評価)を毀損することとなれば、名誉権の侵害になるとする、メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」(以下「論点整理」という)44頁も参照。<https://www.kantei.go.jp/ jp/singi/titeki2/metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf>
- 特に刑事の名誉毀損については、名誉概念について検討が進んでいる。嘉門優「名誉概念の『通説』」法学セミナー821号12頁を参照。
- なお、①については、特に「本人の顔や仕草、動作を、本人の体格や肌色に合わせた汎用的なCGの裸体と合成させた場合」はこれに類似するものの、あくまでも「第三者に気付かれない方法を用い」る以上、公然性がなく、名誉毀損にはならない可能性が高い。しかし、本人がそれを何らかの方法で知ったのであれば、名誉感情侵害を肯定する余地はあるだろう。
- 石井・前掲注1)IA-15頁参照。
- 松尾剛行=山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 [勁草法律実務シリーズ]』(勁草書房、2019年)165-166頁。
- 論点整理・44頁。
- なお、長良川判決(第5回参照)の後、家庭裁判所調査官論文事件(最判令和2年10月9日民集74巻7号1807頁)の調査官解説は、諸事情の総合考慮によって請求原因としての違法性を考えるという枠組みを示唆する(村田一広「判解」法曹時報74巻12号317-320頁、特に320頁注18)。この点につき斉藤は「優越的利益の主張立証を抗弁ではなく請求原因と位置付けていると読むのが自然」(斉藤邦史『プライバシーと氏名・肖像の法的保護』(日本評論社、2023)121頁)としている。
- 論点整理・33頁。
- 例えば、アバターの顔が本人の顔写真と同じであれば(5の肖像権の問題に加え)、インターネット上にその人の顔写真を貼ること(東京地判平成25年7月19日WLJPCA07198030参照。)と同様に、態様次第でプライバシー侵害となり得る。
- デフォルトではない個性的なアバターであるものの、本人の肖像と異なる場合については、いわゆる覆面レスラーの写真をインターネット上にアップする場合等と類似の判断になるのではないか。
- 実在の人物の容ぼうを模したものか、オリジナルのデザインで創作されたものかなど。
- 論点整理・43頁。
- なりすましによる肖像権侵害肯定例として、東京地判令和2年6月26日判タ1492号219頁参照。
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