2023.11.29 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

サイバネティック・アバターとなりすまし 〜アイデンティティ権、氏名権等を踏まえて〜「サイバネティック・アバターの法律問題」 連載8回

Image by kiquebg from Pixabay

1.CAのなりすましという重要問題

なりすましは、ある人物がまるで他者本人であるかのように振る舞う行為を指す1。なりすましが発生することで、本人に様々な被害が生じ得る。もし、メタバースにおいてなりすまし被害が頻発するようであれば、これはサイバネティック・アバター(CA)のやメタバースの信頼性さえも揺るがし得る事態である。だからこそ、なりすましについては、どのような法的根拠によってそれを違法として制限するかであるとか、それをアーキテクチャー等法律以外の方法を含むどのような方法で防止するか等が問題となるだろう。

もちろん、正当な表現が禁圧されてはいけない。そのような正当な表現としては、例えば、デジタルアーカイブのためにアバターを複製するとか、批判のためにアバターの動画を引用する(但し本稿は著作権を検討の対象としないことに留意されたい。)といったものが考えられる。また、例えば有名人とたまたま同姓同名というだけで、自分の氏名をメタバース内で利用することが禁止されるというのも行き過ぎた解釈だろう。その意味ではCAのなりすましに関する解釈論においても、利害関係者の利益のバランスを取っていく必要がある。

このような観点から、総合的に検討をしていきたい。まずはなりすましの類型を検討した上で(2)、権利ごとに対応を考え(3-8)、最後に問題解決に向けた提言を行う(9)2

2.なりすましの類型

ここで、石井は「アバターのなりすましを巡る法的課題―プライバシー保護の観点から」3において、なりすましを①他者の環境内で第三者に気付かれない方法を用いて、本人のアバター表示を偽る行為、②改変した本人のアバター表示を第三者と共有する行為、③他者が本人を揶揄するために、その氏名と外見を用いて自己のアバターを作成し、仮想空間上で利用する行為という3類型に分けて論じている。

このうち①としては、「自己のVR画面内で本人のアバターを無断で滑稽なものに表示した場合」、「本人の顔や仕草、動作を、本人の体格や肌色に合わせた汎用的なCGの裸体と合成させた場合」等が挙げられ、②は、他者が本人をファシストであると思い、そのアバター画像にヒトラーの小さな口ひげを描き、鉤十字の腕章を装着するなどして改変し、それを第三者と共有した場合等とされ、③は揶揄のためのなりすましとされる。

このような類型化以外にも、なりすましがなされる場所による類型化も可能であろう。まず、同一の仮想空間内のなりすまし、つまり、同一の仮想空間にいる特定のCAになりすますことが考えられる。但し、その場合には発覚が比較的容易であろう4。次に、リアルワールド(現実空間)とメタバース(仮想空間)の間におけるなりすまし、つまり、リアルワールド上の特定の人物そっくりのアバターや名前を使う場合が挙げられる5。さらに、仮想空間を跨ぐなりすましということで、甲が仮想空間Aワールドにいる場合、別の仮想空間であるBワールドにいる乙が、Bワールドにおいて甲になりすます、という方法もあり得る。例えば、有名な仮想空間の一つであるVRChatだけで活躍している有名なCAである甲が存在する場合において、別の有名な仮想空間の一つであるclusterにおいて、乙がまるで甲であるかのようなアバターとユーザー名を利用してなりすますということである。この場合には、甲がclusterの状況に注意していなければ、知らない間にcluster内で乙によるなりすましアバターが多くの人と交流してしまい、被害が拡大する可能性がある。

さらに、アバターの利用パターンとして、例えば、中の人が1人の場合だけではなく、複数人が中にいることがあることにも留意が必要である6

それ以外にも、例えば営業秘密等の取得のためにメタバース上の仮想オフィスに従業員になりすまして不正侵入する場合も考えられる7

3.名誉権・名誉感情侵害の観点に基づく対応

まず、名誉毀損・名誉感情侵害(第3回参照)を利用して以下の2つのなりすまし類型に対応することができる可能性がある8。なお、名誉毀損は犯罪でもあるので、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)等による刑事罰の対象となる。

(1)周囲の人が本人と信じる場合

1つ目はそのなりすましCAが行う行為を周囲の人(一般の利用者)が本人だと信じるため、そのなりすましCAの行う非違行為等を本人が行ったと信じる結果、その名誉が毀損される場合である9。例えば、東京地判平成18年4月21日2006WLJPCA04210003(アイドルコラージュ事件)は、アイドルがまるで裸体を露出しているかのようなコラージュ写真を作成した事案において、「極めて精巧な合成写真であって、画像を見るだけでは、これが合成写真であることを見抜くことはほとんど不可能であって、その生々しい臨場感の故に、アイコラ画像についての前提的な知識を有している者に対しても、対象とされたアイドルタレントがあるいは真実そのような姿態をさらしたのかもしれないと思わせかねない危険性をはらんだものであったことは否定できない」という事実認定の下、名誉毀損罪の成立を認めている。

これは、上記石井の挙げた類型のうちの②に該当するだろう。また、ディープフェイクのようなますます巧妙にアバターを用いて他人を演じたり、そのような動画等を作成して頒布したりする行為もこの類型の名誉毀損による規制が可能だろう10

(2)第三者による事実摘示や意見論評と理解される場合

2つ目は第三者による事実摘示と解される場合である。例えば、本人に似たアバターが「自分は犯罪者で、ひどいことをしてしまった」と述べる場合において、それがとても巧妙であれば1つ目の名誉毀損が成立する可能性がある。問題は、そこまで巧妙ではなく、周囲の人(一般の利用者)として、それが偽物だと理解する場合である。通常人が、実在の人物についての事実を主張すると認識するのではなく、架空のものとして認識する限りにおいて、名誉毀損、プライバシー侵害、又は、パブリシティ権侵害のいずれも成立しないという見解もある11

しかし、そのようななりすましと容易にわかるものでも、一般読者にとって、それは(なりすましを行う)第三者が、当該本人が犯罪者である旨を摘示していると理解される可能性もある。すなわち、なりすましにおいて、本人だと思われること自体は本質的な問題ではなく、周囲がそれを他人だと気付くとしても、むしろ、そのような表現手法を通じて、第三者による事実摘示や意見論評として社会的評価が低下する場合には、それもまた名誉毀損として違法となり得る12

4.プライバシーの観点に基づく対応

なりすましを通じて、なりすました相手に関する事実、又はそれらしく受け取られるおそれのある情報を公表することとなれば、プライバシーの侵害になり得る13。プライバシーにおいて重要なことは、私生活上の事実だけではなく、「私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがら」であってもそれを公開すれば、宴のあと事件に基づく私生活秘匿に関するプライバシー侵害が成立し得るということである(第5回参照)14

例えば、実在の人物の容ぼうをリアルに再現したアバターが仮想空間上において活動した場合、当該アバターが第三者により作成され、操作されたものであったとしても、一般の人々は、その活動を当該実在の人物が行ったものと誤認するおそれが考えられ、このような場合について、プライバシー権侵害が成立する可能性もあり得るとされる15。本人は、実際にそのような行動をしていないことから「私生活上の事実」ではないものの、それが「私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがら」となり得るならばプライバシー侵害になる。

とはいえ、単に「こんにちは」と挨拶するというだけでは秘匿性が否定されるだろう16。例えば、本人の肖像を利用せず、いわゆるデフォルトアバターを利用する場合であって、かつ当該アカウントで行う活動が挨拶等秘匿性のない内容に留まる場合、プライバシー侵害の成立は難しいように思われる17

5.肖像権の観点に基づく対応

なりすましに際し、他者のアバターの肖像を無断で使用することとなれば、その行為の態様や、被害アバターの類型18等に応じ、肖像権等の侵害に該当し得るとされる19。例えば、本人の容ぼうを模したものであれば、肖像権侵害の可能性が高まる20

また、第6回で述べたとおり、一定の(本人の容ぼうを模したものではない)アバターについても肖像権による保護を及ぼすことが考えられ、それによって、特定の仮想空間で活動するCAについて本人の容ぼうと類似しないアバターを利用して、同一又は別の仮想空間でそのアバターになりすます行為について、肖像権による保護を拡張する余地が出てくるだろう。

6.パブリシティ権の観点に基づく観点

第7回で述べたとおり、当該肖像やアバターが、顧客吸引力を有しているのであれば、仮にそれが肖像権の対象といえないものであっても、パブリシティ権によってより広い範囲のなりすましについて対応できる可能性がある。例えば、VTuberのアバターになりすます行為について、これが中の人の顔に類似したアバターか、そうではない人間類似のアバターか、そもそも人間の肖像とはいえない動物やロボットのようなものかを問わず、一定範囲でパブリシティ権に基づいた対応を行うことができる可能性がある。

とはいえ、パブリシティ権で対応できるなりすましの範囲は、そのなりすましによってアバターを利用する目的がその元のアバターの顧客吸引力を利用する場合に限られるという制約があることが重要である。仮に、ファンが、好きなVTuberのアバターを利用して自分もそのアバターを操作したいであるといった個人的な興味でVTuberになりすましても、それはVTuberの顧客吸引力を利用する場合ではない以上、少なくともパブリシティ権で対応することはできないことは第7回で論じたとおりである。

7.氏名権の観点に基づく対応

他者のアバターへのなりすましの際に、当該他者の実名が騙られている場合には、人格権の一部とされる氏名権21の侵害にも当たり得る22

最高裁は「人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有する」23として氏名権を保護する24。そこで、アバターになりすます際に、本人の氏名を冒用していれば、それが氏名権侵害となり得る。

ここで、CAを利用する際には本名ではなくアバター名等を利用することが多い。そこで、通称が氏名権によって保護されるかが問題となる25。この点、「氏名でなく通称であっても、その個人の人格の象徴と認められる場合には、人は、これを他人に冒用されない権利を有し、これを違法に侵害された者は、加害者に対し、損害賠償を求めることができるというべき」とする東京高判平成30年6月13日26や、「通称名であっても、個人がそれを一定期間専用し続けることによって当該個人を他人から識別し特定する機能を有するようになれば、人が個人として尊重される基礎となる法的保護の対象たる名称として、その個人の人格の象徴ともなりうる可能性を有する」とする東京地判平成5年11月19日27のような通称を保護する裁判例が存在する28。そこで、本名でないアバター名等についても氏名権によって保護される可能性がある29

すると、CAの利用者が特定の通称名(VTuberとしての名称やメタバースにおけるユーザー名やアカウント名等)を利用している場合には、それを利用して自分になりすました第三者に対し、氏名権侵害を主張することができる可能性がある。但し、単にアカウント名やVTuber名であればすべて保護されるわけではない。上記東京高判平成30年6月13日及び東京地判平成5年11月19日がいずれも「個人の人格の象徴」と述べているように、それが「個人の人格の象徴」といえる程度に本人と密接に結びついていることが必要である。例えば、VTuberがその芸名として同じ名称を継続的に利用しているといった形で、通称にも比肩するような利用がなされる場合であれば保護がなされるだろう。

8.アイデンティティ権の観点に基づく対応

上記の各権利で対応できない場合のいわゆるバスケット的な権利利益として、他者から見た人格の同一性を侵害されない権利たるアイデンティティ権も問題となる可能性がある30

大阪地判平成28年2月8日判例時報2313号73頁は、「他者との関係において人格的同一性を保持することは人格的生存に不可欠である。名誉毀損、プライバシー権侵害及び肖像権侵害に当たらない類型のなりすまし行為が行われた場合であっても、例えば、なりすまし行為によって本人以外の別人格が構築され、そのような別人格の言動が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことにより、なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には、名誉やプライバシー権とは別に、『他者との関係において人格的同一性を保持する利益』という意味でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される。」として、初めてアイデンティティ権を承認した。しかし,同判決は、同時に「『他者との関係において人格的同一性を保持する利益』が認められるとしても,どのような場合であれば許容限度を超えた人格的同一性侵害となるかについて、現時点で明確な共通認識が形成されているとは言い難いことに加え、なりすまし行為の効果及び影響は、なりすまし行為の相手方となりすまされた者との関係、氏名、ハンドルネーム及びID等なりすまし行為で使用された個人を特定する名称、記号等の性質、顔写真の使用の有無及びなりすまし行為が行われた媒体等の性質等なりすまし行為の手段及び方法、なりすまし行為の具体的な内容などの諸要素によって異なることからすれば、どのような場合に損害賠償の対象となるような人格的同一性を害するなりすまし行為が行われたかを判断することは容易なことではなく、その判断は慎重であるべきである。」とした上で、結論として当該事案においてアイデンティティ権侵害を否定した。

大阪地判平成29年8月30日WestlawJapan文献番号2017WLJPCA08309007は、「他者から見た人格の同一性に関する利益の内容、外縁は必ずしも明確ではなく、氏名や肖像を冒用されない権利・利益とは異なり、その性質上不法行為法上の利益として十分に強固なものとはいえないから、他者から見た人格の同一性が偽られたからといって直ちに不法行為が成立すると解すべきではなく、なりすましの意図・動機、なりすましの方法・態様、なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を総合考慮して、その人格の同一性に関する利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものかどうかを判断して、当該行為が違法性を有するか否かを決すべき」とした上で、結論としてアイデンティティ権侵害を否定した。

東京地判平成31年3月20日WestlawJapan文献番号2019WLJPCA03208020は、ユーザー名の表記が原告を想起させるものであることを了解した原告の知人等の関係者が、本件各投稿を原告自身が記載し投稿したものであると認識(誤解)する可能性は極めて低いこと等からユーザー名の表記や本件プロフィール欄の内容のもと本件各投稿がされていることをもって、原告の氏名が冒用されたとか,原告のアイデンティティ権が侵害されたと認めることはできないとした。

なお、判示にはアイデンティティ権という言葉は含まれないが、東京地判令和3年8月4日WestlawJapan文献番号2021WLJPCA08048010は「他者との関係において人格的同一性を保持することは人格的生存に不可欠であるが、なりすまし行為によって本人の人格的同一性が侵害されたと評価されるためには、当該別人格が本人になりすましてされた言動が、本人の言動であると閲覧者が受け止めるほどに通用性を持っていることが不可欠の前提になっている」とした上で、「本人によって投稿されたものではなく、なりすました第三者によって茶化す意図で投稿されたものと理解するものといえ、本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持っていたと評価することはできず、原告の人格的同一性が侵害されたなりすまし行為が行われたと認めることはできない」とした。

このように、現時点で、データベース収録判例の中で、アイデンティティ権侵害を認定したものは見当たらない31。その意味で、アイデンティティ権は、まだまだ権利として未成熟といわざるを得ない。

もっとも、人格的同一性の保護を肯定的に捉える議論は、本人に対し、アバターを通じて表出される様々な人格のコントロールを認め、社会関係を形成する自由を与えることができる点において、メタバースにおける秩序形成に重要な示唆を与えるとする32

そこで、石井は、メタバースでの秩序形成においては、なりすましによる本人の物理的・精神的不利益を払拭するための仕組みを設けることが求められるべきとし、その根拠の一つにアイデンティティ権を挙げる33

つまり、法的解釈論という意味では、アイデンティティ権はまだ未成熟で、解釈論としてどの範囲で保護され、どの範囲までが受忍の範囲なのかが不明確である等、不確実性・不安定性等があるものである。しかし、アイデンティティ権が提起する問題としての、インターネット社会におけるなりすましへの不安というのは、CAにおいても重要な問題意識として存在する。そこで、その問題意識に対して対応すべきだ、という限りでは著者も賛同するところである。

但し、リアルタイムに声・表情・身体の語気を反映するものは中の人との結びつきの度合いが高まるという意味での侵害成立可能性が高まると指摘するとともに、複数の要素が総合されるメタバースでは本人であるとの誤解が生じにくいと指摘するものもある34。要するに、アイデンティティ権の法的解釈論としては、どのような場合にその人格の同一性が法的保護に値するほど侵害されたか、という点が問題となるだろう。そして、アイデンティティ権が人格権ないしは人格的利益というものであるとすれば、中の人との結びつきの度合いが高まれば高まるほど、そのような中の人と多面的にかつ深く結びついたアバターを偽ることの権利利益侵害性が高まると一応いえる。例えば、アバターとして利用する写真が同一で、ユーザーIDが同一で、同一のボイスチェンジャーで音声を似せている等、オフライン上では簡単にできないほど巧妙ななりすましがしやすくなるという意味で、CA社会においてアイデンティティ権侵害を肯定しやすい状況が生じやすいことは事実である。しかし、例えば、SNSであれば、アイコンに本人の写真を入れて、ユーザーIDに本人の名前を使い、本人の言いそうな言葉をそれらしく呟いておけば、簡単に本人だという誤解を招くことができるだろう。しかし、例えばリアルタイムに交流することができるメタバースでのやりとりであれば、それまでに既に本人とコミュニケーションをした人はそのなりすましアカウントとコミュニケーションをする過程で、むしろ「本人とは違う」という形でなりすましに気付いてしまう。そこで、人格の同一性を少なくとも長期的に偽り続けることが難しくなるという側面もある。この点は、まさに「メタバースだから」とか「CAだから」といった観点による、一律の一刀両断的な判断をするべきではなく、具体的な目の前の事案に即した判断をしていくことの重要性を示しているだろう。

9.CAのなりすまし問題の解決のために

石井は、CAのなりすまし対策として、①処罰規定の創設、②アバターの利用禁止、③不正利用のおそれのあるアバターの遠隔自動停止、④メタバース世界で築いた資産の没収などの事後的制裁を課すべき場面が生じる。その際に侵害者を特定し、メタバース内での活動に責任を負わせる仕組みとして、アバターに登録制を設けるという方法を提唱する35。そして、新保史生教授がプロジェクトマネージャーを務め、筆者も慶応義塾大学特任准教授として研究に参加しているムーンショット型研究開発事業目標1「アバターを安全かつ信頼して利用できる社会の実現」においては、利用者認証・CA認証・CA公証技術を提案するための研究開発を進めているところ、まさにこのような問題意識に対応したものである。

また、メタバースの各プラットフォームの利用規約では、当該規約に基づくコミュニティ基準等において、単に他者の氏名を騙るのみのもの(他者の肖像を使用しないもの)を含めた「なりすまし」を、迷惑行為等に当たるものとして、禁止している例が見られる36

例えば、ユーザー名について、Discordが方針を変更したことで自分のユーザー名が他人に取られてしまった等の問題が生じているとされる37。特に同一の仮想空間内のなりすましについては、プラットフォームが利用規約やアーキテクチャーを通じて、なりすましが発生しにくいエコシステムを作り出すことがまずは重要なように思われる。

そして、CAのなりすまし対策として果たして現行法を改正し、特に刑事罰を設ける必要があるかは、現行法に基づく規制(例えば名誉毀損については刑事罰も存在する)によってどの範囲の事例に対応できるかをまずは確認すべきである。その上で、どこに規制の抜け穴があり、その抜け穴を塞ぐ方法として、法改正しかないのか、それとも、プラットフォームの利用規約38やガイドライン等のソフトローによって対応できるのを検討すべきである。その検討の結果、仮に法改正をするしかないとしても、民事規制や行政規制での対応を行うことで解決することはできないか、刑事罰まで必要か、という点をも問う必要があるだろう。ただ、結果的にCAの利用を促進し、なりすましの恐怖なく安心してCAを利用する社会を形成するためには、どうしても刑事罰等の厳しい方法を採用する必要がある、ということであれば、筆者としてこれに反対するものではない。

◇◆◇

本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び同修士課程宋一涵様に脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。

  1. 石井夏生利「アバターのなりすましを巡る法的課題―プライバシー保護の観点から」情報通信政策研究6巻1号(2022)IA-3頁。<https://www.jstage.jst.go.jp/ article/jicp/6/1/6_1/_pdf/-char/ja>(2023年11月7日最終閲覧、以下同じ)
  2. なお、不正アクセス禁止法等による対応もあり得るが、第3回から第8回は人格権(及びそれを背景とした個人情報保護)をテーマにしているので、人格権と関係しない問題は検討の対象から外している。
  3. 石井・前掲注1)IA-10頁。
  4. とはいえ、いわゆる「認証」等が適切に行われなければ、複数のアバターが存在し、「どれかが本物」で「どれかがなりすまし」であることがわかっても、どれが本物かがわからないという状況が容易に生じ得ることに留意が必要である。この点は、9も参照のこと。
  5. なお、CAの世界では「ロボット」等の物理空間におけるアバターになりすます事例も発生する可能性があることに留意が必要である。
  6. 「アバターの利用パターンとの関係では、1人が1つのアバターを利用する場合には同一性を肯定することに問題はなく、1人が複数のアバターを用いる場合であっても、当該アバターを通じて本人の人格が一部でも表出されていることから、同一性は肯定できると考えられる。問題は、複数名が1つのアバターを利用する場合である。この場合には、本人とアバターの結び付きが稀薄であり、当該アバターの活動が誰の人格を反映しているかを外形的に判別することは困難となる。そのため、アバター同士が社会関係を形成する文脈においては、無権限者が当該アバターを不正に利用したとしても、アイデンティティに関わる人格権等の侵害可能性は相対的に低下すると思われる」とする石井・前掲注1)IA-10頁。
  7. このような場合について「仮想オフィスへの侵入の場合、オフィス内での会話やリアルタイムで進行する会議の内容等、より機密性の高い情報が漏えいし得る点でリスクが高度」であるが、利用規約上の免責規定により損害賠償請求のハードルがあるため、当該サービスのセキュリティをチェックし、パスワード設定等の不正侵入対策を取ることが重要とする稲垣紀穂「他社メタバース利用時の不正侵入リスクと各種法規制」ビジネス法務2023年8月号115頁参照。
  8. 他者の名誉(社会的評価)を毀損することとなれば、名誉権の侵害になるとする、メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理」(以下「論点整理」という)44頁も参照。<https://www.kantei.go.jp/ jp/singi/titeki2/metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf>
  9. 特に刑事の名誉毀損については、名誉概念について検討が進んでいる。嘉門優「名誉概念の『通説』」法学セミナー821号12頁を参照。
  10. なお、①については、特に「本人の顔や仕草、動作を、本人の体格や肌色に合わせた汎用的なCGの裸体と合成させた場合」はこれに類似するものの、あくまでも「第三者に気付かれない方法を用い」る以上、公然性がなく、名誉毀損にはならない可能性が高い。しかし、本人がそれを何らかの方法で知ったのであれば、名誉感情侵害を肯定する余地はあるだろう。
  11. 石井・前掲注1)IA-15頁参照。
  12. 松尾剛行=山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務 第2版 [勁草法律実務シリーズ]』(勁草書房、2019年)165-166頁。
  13. 論点整理・44頁。
  14. なお、長良川判決(第5回参照)の後、家庭裁判所調査官論文事件(最判令和2年10月9日民集74巻7号1807頁)の調査官解説は、諸事情の総合考慮によって請求原因としての違法性を考えるという枠組みを示唆する(村田一広「判解」法曹時報74巻12号317-320頁、特に320頁注18)。この点につき斉藤は「優越的利益の主張立証を抗弁ではなく請求原因と位置付けていると読むのが自然」(斉藤邦史『プライバシーと氏名・肖像の法的保護』(日本評論社、2023)121頁)としている。
  15. 論点整理・33頁。
  16. 例えば、アバターの顔が本人の顔写真と同じであれば(5の肖像権の問題に加え)、インターネット上にその人の顔写真を貼ること(東京地判平成25年7月19日WLJPCA07198030参照。)と同様に、態様次第でプライバシー侵害となり得る。
  17. デフォルトではない個性的なアバターであるものの、本人の肖像と異なる場合については、いわゆる覆面レスラーの写真をインターネット上にアップする場合等と類似の判断になるのではないか。
  18. 実在の人物の容ぼうを模したものか、オリジナルのデザインで創作されたものかなど。
  19. 論点整理・43頁。
  20. なりすましによる肖像権侵害肯定例として、東京地判令和2年6月26日判タ1492号219頁参照。
  21. 人がその氏名の専用を他人から不正に侵害されない権利とされる。
  22. 論点整理・43頁。
  23. 最判平成18年1月20日民集60巻1号137頁。
  24. 「氏名を他人に冒用されない権利・利益」に言及する最判昭和63年2月16日民集42巻2号27頁から、平成18年最判を経て、後述の最大判平成27年12月16日民集第69巻8号2586頁に至る判例の展開については、斉藤・前掲注14)167-168頁参照。
  25. 斉藤・前掲注14)187頁は「『氏名を冒用されない権利』の根拠は、氏名が『人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴』(昭和63年最判)であることに求められるから、その保護対象は戸籍上の氏名に限られず、社会的に活動する主体におけるアイデンティティの実態に応じて、通称が保護される場合もありえると解される」とする。
  26. 東京高判平成30年6月13日判時2418号3頁。
  27. 東京地判平成5年11月19日判タ第835号58頁。
  28. なお、斉藤・前掲注14)188頁が上記東京高判平成30年6月13日に対し、「なりすまし」の事実をもって、「冒用」の該当性および違法性を推定しているようにも見受けられるが、違法性は諸事情の総合考慮により判断すべき場合も想定し得るとする。
  29. この点は、最高裁が、婚姻改姓に伴う不利益は、「氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。」と述べており(最大判平成27年12月16日民集第69巻8号2586頁)、特に婚姻で改姓する前の氏を通称として使用している場合には保護の余地が大きいものの、上記東京高判平成30年6月13日や東京地判平成5年11月19日は特に婚姻で改姓する前の氏を通称として続用する場合に限っていないようである。
  30. 城内明「インターネット上のなりすましとアイデンティティ権」新・判例解説Watch第21号(2017)93頁以下。小林直三「アイデンティティ権に関する若干の検討~平成29年8月30日大阪地裁判決~」WLJ判例コラム第127号(2018)1頁以下、木村和成「インターネット上のなりすまし行為による本人のアイデンティティ権の侵害」私法判例リマークス第56号(2018)14頁以下、遠藤史啓「インターネット上での他人へのなりすましとなりすまされた者の名誉権・肖像権等の侵害」私法判例リマークス第58号(2019)42頁参照。
  31. なお、東京地決平成31年1月17日は初の肯定例とされる(松尾=山田・前掲注12)46頁)。
  32. 石井夏生利「自己イメージの形成とアイデンティティ権-メタバースのアバターを中心に-」情報通信政策研究7巻1号(2023)IB-13頁。<https://www. soumu.go.jp/main_content/000889620.pdf>
  33. 同上。
  34. 関真也『XR・メタバースの知財法務』(中央経済グループパブリッシング、2022)173頁。
  35. 石井・前掲注1)IA-19頁。
  36. 論点整理・44頁。
  37. https://automaton-media.com/articles/newsjp/ 20230523-248612/
  38. メタバース提供業者として、利用規約上アバターによるなりすましについて禁止しておくのが重要とする根岸秀羽「メタバースビジネスにおける契約実務」ビジネス法務2023年8月号112頁も参照。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

松尾 剛行の記事

関連記事

InfoCom T&S World Trend Report 年月別レポート一覧

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード