2024.1.15 DX InfoCom T&S World Trend Report

建設現場のDXにおける課題 ~ワイヤレスソリューションのありかたを考える

Borko Manigoda from Pixabay

平成31年(2019年)4月1日より改正労働基準法(「働き方改革関連法」)が施行された。この法改正により、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることができなくなった[1][2]。2024年度からは、上限規制の適用が5年間猶予されていた医師、自動車運転の業務(運輸/物流)、建設事業などで、時間外労働の上限規制が適用される。これが、いわゆる2024年問題である。

これらの業種の「働き方改革」は、長時間労働の是正という観点にとどまらない。人手不足、デジタル化の遅れ、人材の地域ごとの偏在、高齢化などの深刻な課題と向き合い、生産性を高めながら労働環境を改善すること、さらにはビジネスモデルの刷新を図るという複合的な解決策が望まれる。

本稿では建設業における作業現場での生産性向上に、ICTがどのように貢献していくべきか、NTT西日本グループでの実証事例等を踏まえながら、主にネットワークの観点で論じたい。

建設業の現状

建設業は、地域のインフラの整備や維持の担い手である。また、建設業の就業者は、全産業就業者数の7.1%[3]を占めており、地域の経済・雇用を支えている業種である。ところが、総務省「労働力調査」によれば、建設業就業者数は、1997年(685万人)をピークとして減少が続いており、2022年はピーク時比69.9%の479万人となっている(図1)。そのうち、建設技能者はピーク時(1997年464万人)比65.7%の305万人である。ここでいう建設技能者とは、「建設業の生産工程従事者、建設・採掘従事者、輸送・機械運転従事者」として定義されており、建設現場において、工事の直接的な作業を行う技能を有する労働者である。

【図1】建設業就業者数の推移

【図1】建設業就業者数の推移
(出典:総務省「労働力調査」より筆者作成)

また、就業者の高齢化の進行も、他産業と比較して著しい(図2)。建設業就業者は、2022年には55歳以上が約36%、29歳以下が約12%となっており、全産業と比べ高齢化が顕著であり、若年者への円滑な世代交代が不可欠な状況だ。こうした状況を踏まえ、国土交通省では、目下の建設産業の課題として、

  1. 建設業の働き方改革の促進
  2.  建設現場の生産性の向上
  3.  持続可能な事業環境の確保(担い手の処遇改善)

を掲げており、これらを一体的に進めることが必要であるとしている。

【図2】建設業就業者の高齢化の進行 単位(%)

【図2】建設業就業者の高齢化の進行 単位(%)
(出典:総務省「労働力調査」より筆者作成)

建設現場でのICT活用の動きと課題

ICT活用に向けた国レベルの動きとして、国土交通省は、「ICTの全面的な活用(ICT土工)」等の施策を建設現場に導入することで、建設生産システム全体の生産性向上を図り、魅力ある建設現場を目指す取り組み、i-Construction(アイ・コンストラクション)を推進している。ここ数年、国内外の建設テック関連のスタートアップやサービスの発展も目覚ましい。マッチングサービス、専門EC、金融などのもともとITが得意とした領域のみならず、測量・設計、積算ツール、施工管理といった、業務の根幹となる領域向けのサービスも多数提供されている(図3)。

【図3】建設テックカオスマップ

【図3】建設テックカオスマップ
(出典:ローカルワークス, https://www.wantedly.com/companies/localworks/post_articles/383193)

しかし、建設業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)は、他業種以上に一筋縄ではいかない。DXを推進するためには、前提として業務のデジタル化が必要だが、建設業においては一般に難しい。その背景を以下に列挙する。

1.受注生産かつ現地生産である

顧客要望、工事種別や現場の特性(地形、土壌、規制など)を考慮した上で、案件ごとに設計が必要である。全く同一条件の工事現場は存在せず、ICTが得意とする標準化や規格化、再現性の担保は、製造業などと比較して難しい。

2.フロービジネスである

建築物は完成後、施主に引き渡され、契約終了となる。一方、ICTサービスには基本料金や一定の契約アカウント数が必要となるケースも多く、申込や解約の手間、原価計算などの事務処理、経理処理が複雑化することが想定される。

3.多岐にわたる職種と複雑な取引関係の存在

元請け、一次請け、二次請けといった階層関係に加え、大工、とび職、左官、電気工事士、重機操作者など専門業者が関係し、取引関係や情報管理も極めて複雑である。ICTサービスの導入、活用のカギとなる、誰が顧客で誰がユーザーなのかの定義が難しい。

4.労働集約型かつ経験値に基づく生産

機械化は進められているが、手作業や目視確認が必要となる現場や工程は多い。また、人材育成の観点では、若年層に対して、図面の読み方など、これまで場数をこなすことで習熟を進めてきたスキルを、いかに短期間で習得してもらうかも課題となる。作業を直接代替することもさることながら、ヒトを支援、補完するという観点が必要である。

5.周辺環境や安全性などの検討

建設現場では、周辺環境への配慮が必要であり、危険な箇所や工程も多い。実導入にあたっては、安全性を十分考慮するとともに、物理的な破損や、機器の紛失盗難が起きやすいことにも注意を要する。

6.ICTの習熟度に応じた配慮

建設現場で長年働く職人の多くは、紙図面をもとに作業に従事してきており、ICTに関する知識、技能を習得する機会が限定的であったため、Webやアプリの利用、ICT機器の操作に不慣れな場合が多い。スマートフォンの普及が進んだとはいえ、簡易なUIであることや、セキュリティやネットワークに対する基礎知識が十分でない場合にもフォローする仕組みが求められる。

建設現場におけるネットワーク環境構築の難しさ

さて、上記で述べたとおり、建設業界向けのICT市場は活発化してきており、ソリューションも充実してきている。しかしながら、見落としてはならないこととして、建設現場ではICTソリューションの基盤となるネットワークの環境が往々にして貧弱であったり、脆弱であったりする。

まず、山間部や海上などに、携帯電話事業者の提供エリア外が存在することは容易に想像がつくであろう。都市部でも、ビルの建設や解体プロセスにおいて、既存の携帯基地局からの電波が入りづらくなることも多い。作業中の建物の地下部分や高層階も、電波状況が悪い、もしくは圏外となりやすい場所である。

最近では、作業事務所に光回線を敷設することも一般的になってきている。ただし、近隣に架空光ケーブルがない現場もあり、事業所内までの配線ルートが確定できたとしても、開通までには一定のリードタイムを要するため、現場作業の開始に間に合わないこともある。建設現場に出入りする作業者の多くはスマートフォンを持ち歩いており、テザリングを行うケースや、自前のポケットWi-Fiなどを併用することもあり、電波干渉が発生しやすい。

さらには、工事進捗に応じて、作業者が立ち入る、つまりネットワーク環境が必要な場所も変化する。有線LANの再配線を繰り返すことは現実的とは言えない。建物の形状や材質、見通しなどが変化するため、無線の場合でもアクセスポイント(AP)の設置位置の変更を柔軟に行わなければならない。

ネットワークの用途も多岐にわたる。まず、現場作業者の作業に最低限必要な、通話、チャット、メール、ファイル送受信、各種クラウドサービスを利用可能な程度のインターネット接続環境が必要とされる。監視カメラも事故防止とセキュリティの観点から工事現場には必須のものとなってきた。今後は、ロボットやクレーンの遠隔操作に必要な大容量通信や、環境モニタリングデータを収集するネットワークも欠かせないものとなっていくことが予想される。

こうした中、次世代の建設生産システムに必須となる安定した通信技術としてローカル5Gが注目されており、重機・建機の遠隔制御、および、ARグラスを使用した遠隔作業指示などがユースケースとして想定されている。総務省の令和3年度「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」において、建設現場での実証を行った清水建設の報告書では、建設現場では、エリアを限定した長期的なシステム運用は想定していないこと、ローカル5Gの高度な専門知識を持つ人材は極めて少ないこと、建設現場での導入と運用、免許の申請、高額なコストなどにも課題があることが指摘されている。加えて、普及に向けてのシステム本格導入前に現地にて試用できる制度の整備、短期間でのレンタルまたはリースとしてシステムを利用できる仕組み(サプライチェーン)の構築も課題として挙げられている。報告書では最後に、ローカル5Gへの期待感は高いものの、現場実装に向けてはコストダウンやロバスト性確保、サプライチェーン構築等を産学官連携により推進することが重要であると結論づけている。

このことから、短中期的には建設現場において、免許申請やカバーエリアの調整が不要なWi-Fiなどの利用が現実的と考えることもできる。次節で建設現場でのWi-Fiの実証例を2つ紹介する。

実証事例1
(可用性と順応性の高い無線LAN環境構築)

NTTビジネスソリューションズでは2022年度、建設現場で柔軟な運用が可能なICTネットワーク基盤としてメッシュWi-Fiに着目し、スタートアップ企業AiTraxが開発した無線中継プロトコル、電波状況可視化技術を搭載したWi-Fiアクセスポイントを用いた建設現場での実証に取り組んだ[4]。

メッシュWi-Fiの特徴の一つは、親ノードとその子ノードが多段に相互接続することで網目状の多段トポロジーを形成することにある。親機を事務所に導入した光回線や、モバイルルーターなどに接続し、上位のアクセスポイントから電波が届く場所に、新たなアクセスポイントを設置することを繰り返すことで、容易にネットワークを拡張することができる。

もう一つのメッシュWi-Fiの特徴として、電波遮蔽等を検知し、トポロジー構成を自動アップデートする仕組みが実装されていることが挙げられる。AiTraxは、親機と子機の自律協調制御によって、トポロジーの再構成に要する時間を最小化する独自技術を保有しており、建設現場において重機の出入りや、資材の搬入出、壁の増減などによる環境変化に対して高い順応性が期待される。運用面では、独自の電波状況可視化技術により電波状況をモニタリングし、ランプの点灯により電波状況を通知することで、設置作業や稼働状況監視を支援している。実証に用いたアクセスポイント試作機は、小型の筐体かつモバイルバッテリーで稼働可能とし、可搬性と可用性を高めたとしている。メッシュWi-Fiの短所としてホップ数が増加するとスループットが急激に低下することが懸念されるが、独自ソフトウェアにより中継処理にかかるCPU負荷を低減している模様である。光回線と遜色ないスループットであれば、業務端末の利用のほかに、監視カメラの映像送信にも利用できそうだ(図4)。

【図4】フレキシブルメッシュWi-Fi

【図4】フレキシブルメッシュWi-Fi
(出典:NTT西日本, https://www.ntt-west.co.jp/business/smart10x/solution/010.html)

実証事例2(鉄筋結束ロボットの遠隔操作)

NTT西日本では、建設現場の労働力不足の解決を目指し、建ロボテックと共同で2022年9月から建設ロボットの遠隔操作・オペレーション支援環境構築に向けた実証実験を行っている。2023年6月、両社は共同で、実際の建設現場において、鉄筋結束ロボット「トモロボ」を建設未経験者が遠隔操作することで、現場技術者が行っていた鉄筋結束作業の約8割を、ロボットに置き換えることに成功したと発表した(図5)。

【図5 ①】遠隔操作と結束現場<br />
【図5 ②】遠隔操作と結束現場(遠隔操作者確認画面イメージ)

※灰色丸囲み部分で移動操作、前後左右上下あわせて6台のカメラで現地映像を伝送
【図5 ②】遠隔操作と結束現場(遠隔操作者確認画面イメージ)
(出典:NTT西日本, https://www.ntt-west.co.jp/news/2306/230626a.html)

NTT西日本技術革新部IOWN室の波多江 優和氏は、本誌の取材に対し、「建設現場での遠隔操作ロボットの導入に当たり、現場ネットワークにおいては、これまでのWi-Fiでは干渉が起きやすいことから、WiGig[5]の採用を視野に入れている。」と回答した。また、「ロボットやクレーンなどの操作には、大容量かつ安定した映像通信が必須である。一方で、遮蔽物の回避や一時的な環境変化、短期間での構成変更にはメッシュWi-Fiなどが有用となるケースもあるだろう。」と述べた。

ビジネス面では、建設業界の商習慣を踏まえ、元請け(大手ゼネコン等)と連携し、導入意欲を引き出し、下請け企業での採用を強く促すことが欠かせないという。2024年問題については、「大手ゼネコンの現場では、短期的には影響が小さいと考えられるものの中小建設業者では、地域によっては人手不足が深刻化しつつあり影響が生じる可能性がようだ。」と語った。大手ゼネコンにおいても、今後も続く人手不足と、高齢化に備え、対応を迫られつつあり、代替手段や新たな働き方について、具体策やビジネスモデルを模索している様子であるとのことだ。

むすびに

建設現場へのICTソリューションの提供に当たっては、他の産業以上に「銀の弾」などない。十分な時間をかけ、業界の構造的課題を把握し、顧客やユーザーと向き合い、パートナーとともに「その現場に応じた」組み合わせを提案し続けていくことに尽きる。裏返せば、デジタル化の余地が残されているということでもあり、ネットワーク起点での課題アプローチという、キャリアが最も強みを発揮しやすい領域であると言えよう。通信設備の維持管理への活用と他業種への応用展開という進め方も期待される。ビジネス化にあたっては、建設業界が希望するサブスクリプションモデルや、リース提供に対応した商流の整備、安価で堅牢なアクセスポイントの開発も欠かせない。

NTTはIOWN構想で「コグニティブ・ファウンデーション」を掲げている。コグニティブ(Cognitive)とは、「認識」「認知」という意味であり、従来のコンピューターのように与えられた命令を処理するだけでなく、自律的に考え、学び、理解・行動するネットワークを構想している。2023年3月には、IOWN APNサービスの提供が開始された。今後は建設現場でのネットワーク構築においても、「つながらない」をなくし、顧客やパートナーからネットワークに関する「マルチオーケストレーター」としての価値を認めてもらえるよう、技術と知恵を磨きつつ、地道に取り組むことが一層欠かせなくなってくるであろう。

[1] 働き方改革関連法のあらまし(改正労働基準法編)厚生労働省 https://j-net21.smrj.go.jp/law/ 20230929.html

[2] J-net 21法律コラム 改正労働基準法(第3回)-時間外労働の上限規制(建設業・運送業・医師)ーhttps://j-net21.smrj.go.jp/law/20230929.html

[3] 最近の建設業を巡る状況について 国土交通省:https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001493958.pdf

[4] 竹松和友ほか「LPWAの概況と産業課題解決に向けたワイヤレスネットワーク活用・開発の取り組み」『生産プロセスにおけるIoT、ローカル5Gの活用~センシング技術と導入事例~』第1章 第5節(2023、技術情報協会)p.63-64

[5] WiGigは、60GHzの周波数帯を利用した無線通信規格である。IEEE 802.11adとして規定されており、最大通信速度は7Gbpsである。NTTは、2022年2月25日世界で初めて、端末主導型の動的サイトダイバーシティ制御技術により、WiGigにおいて、高速移動環境下での無瞬断大容量無線伝送を実現したことを発表している。https://group.ntt/jp/news release/2022/02/25/220225a.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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