2024.3.13 InfoCom T&S World Trend Report

世界の街角から:生野島と契島

【写真1】生野島福浦港に接岸するさざなみ号 (出典:文中掲載の写真は、一部記載のあるものを除きすべて筆者撮影)

前回(本誌2023年9月号)は広島県竹原市および豊田郡大崎上島町を紹介した。今回は大崎上島と同じ瀬戸内海に浮かぶ生野島と契島(図1)について紹介したい。なお、詳しくは後述するが、契島は民間企業が保有する工場島である。

広島県豊田郡大崎上島町の離島、生野島

生野島は広島県豊田郡大崎上島町東野地区に属する島で、大崎上島町の北側400mにあり、瀬戸内海のほぼ中心地に位置する有人離島である。面積は2.25㎢、外周12.5kmと1日あれば島内を電動自転車で散策できる広さである。人口は平成27年の国勢調査では17人とあるが、2022年に島を訪れ、住民に話を聞いたところ「島民は9人」との回答があり、島民最年少が60歳代とのことで、島内の過疎化に加えて超高齢化が進んでいる。産業としては、2000年頃まではアワビの養殖事業やリゾート開発が進められていたが頓挫しており、現在は島の斜面を利用した柑橘類の栽培が主な産業となっている。島内はほぼ山林であり、過疎化が進んでいることから柑橘類の栽培も縮小しているため、耕作放棄地が多く存在している。生野島への入島手段は、大崎上島の白水(しろみず)港から町営船フェリー「さざなみ号(写真1)」を使い生野島福浦港へ渡る海路のみとなる。乗船時間は15分ほどではあるが、さざなみ号は通常1日に6便[1]、朝と夕の時間帯しか運航がないため移動のタイミングには気を付ける必要がある。また、島内に商店はなく自動販売機の設置もないため、夏場などに長時間滞在する際には十分な水分の持参が必須となる。島内での滞在はサバイバルに近い状況であるものの、手つかずの自然や砂浜(写真2、3)があるため、キャンプやプライベートビーチ感を味わうにはもってこいの場所である。しかしながら、島内には島民の数より多く生息している猪がおり、十分に注意が必要である。

【写真2】生野島

【写真2】生野島

【写真3】生野島ビーチ

【写真3】生野島ビーチ

生野島の猪

今回入島前に、大崎上島町役場にて生野島について聞いたところ、猪が大繁殖しており、既に島民の10倍以上の猪が島内にて確認されているとのことだった。観光客や島民の運転する自動車に猪が突進してきて自動車が損傷するなどの事故もあることに加えて、猪は嚙む力も強いため足を嚙まれて大怪我したケースもあるなど、猪を見かけたら絶対に近づかないよう厳重に注意された。島内を巡るといたるところに猪捕獲用の罠や檻もあった。島民も猪の獣害に苦慮しており、柑橘畑の柵を壊して猪が侵入し、作物が荒らされること加えて、自宅の石垣や塀などが破壊されるなどの被害も出ているとのことだ。生野島の猪について研究している兵庫県立大学・栗山武夫 准教授は、20年前まで生野島には猪は存在しておらず、橋のない生野島に近隣の島から猪が瀬戸内海を泳いで上陸したと言及しており、猪の繁殖が加速度的に増えている状況を考慮すると、近い将来、島が猪に占拠されてしまう可能性もあると指摘している[2]

企業が保有する工場島としての契島

生野島の隣に位置する契(ちぎり)島についても紹介したい。契島は生野島から400mほど離れており、生野島からはフェリーにて15分の位置にある(写真4、5)。島の広さは0.09㎢と東京ドームおよそ2個分の広さであり、外周は1.6kmと有人離島の中でも小さいサイズである。契島の特筆すべき点としては、国内に数多くある有人離島の中でも珍しい民間企業が保有する「企業島」であり、亜鉛や鉛などの非鉄金属を製造する東邦亜鉛株式会社の子会社である東邦契島製錬株式会社[3]が島の保有者である。

【写真4】契島①

【写真4】契島①

【写真5】契島②

【写真5】契島②

島へのルートだが、上述したさざなみ号が大崎上島白水港から生野島福浦港を経由して契島の桟橋に寄港する。しかし、契島への入島が許されているのは島を保有する企業の従業員とその家族のみであり、それ以外の部外者は立ち入りができない。なお、東邦契島製錬社の従業員のほとんどは契島運輸が運航するフェリー「とうほう号」(写真6、7)にて本土の竹原港から契島へ出勤している。当然、部外者はとうほう号に乗船することができない。

【写真6、7】とうほう号

【写真6、7】とうほう号

島の大半が製錬工場であり、熔鉱炉などを有する工場群が島の中心にあり、北側には事務所や売店、社宅がある。社宅には従業員の家族も住んでおり、島内の子供達がフェリーに自転車で乗り込み本島の竹原港で下船する様子が見られる。

契島の名前の由来は、元々は南北に分かれた2つの島であり、両島の間がちぎられた形であったためという説がある。明治時代にこの2つの島のちぎられた間の部分を埋め立て一つの島にして、島の中心に銅を製錬する工場を設置したのが工場島としての始まりといわれている。その後いくつかの企業が買収を繰り返し、現在では東邦契島製錬社が保有している。

今回は業務遂行のためということで、ヘルメット、安全靴、マスクを装備したうえで許可をもらい入島することができた。最初に感じるのが、市販の不織布マスクでは遮ることができない鉄が焦げているような独特の臭いであり、島内だけでなく島周辺をフェリーで通過するときにも感じられる。

島内には工場や高炉が立ち並び、その間を重機やダンプカーが行き来するための道路がある。徒歩で移動する場合には、島の外周に工場が設置したルートを歩くことになるが、沿岸に沿って突き出た道もあり、足元を見ると海の上を歩いているような感覚になる。一方で工場側からは大きな作業音や重機の運行音も響いており、製錬に必要な薬物の貯蔵庫にはガス漏れを検知する警報機やランプが設置されており、ランプ下の看板には、「ランプ点灯時は近寄るな」と書かれているなど、独特な臭いとともに非日常的なシーンはゲームやファンタジーの世界での映像と重なる。企業私有地のため島内工場内の写真は掲載できないが、工場撮影マニアがフェリーから工場を撮影しに頻繁に訪れているとのことも納得できる(写真8)。

【写真8】契島から望むさざなみ号と生野島

【写真8】契島から望むさざなみ号と生野島

瀬戸内海の海と島

【写真9】スナメリ

【写真9】スナメリ
(出典:瀬戸内海環境保全協会 スナメリ写真
https://www.seto.or.jp/etc/sunameri/ sunameri_hakken/sunameri_img.html)

工場から漂う臭いや騒音とは対照的に、契島周辺の海水は非常に澄んでおり、海中を眺めていると魚だけでなく、カニやタコも目視できるほどである。工場が瀬戸内海の綺麗な海を大切にしていることが窺える。

業務を終え帰路のフェリーに乗船して海を眺めていたら、船員からスナメリを見かける話を聞いた。スナメリ(写真9)は見た目はイルカに似ているが、クジラに属しており、美しい海のバロメーターといわれている[4]。船員によれば、希少種であるスナメリが泳いでいる姿を頻繁に見かけるという。

上述した猪も穏やかで綺麗な瀬戸内海だからこそ、海を渡り島に上陸することができたと考えられる。美しい海と島の景勝地としての瀬戸内海の環境がより良い方向へ向かうことを願うばかりである(写真10)。

【写真10】瀬戸内海に沈む夕日

【写真10】瀬戸内海に沈む夕日

[1] 曜日によっては危険物を運搬する便が昼に運航している。https://www.town.osakikamijima.hiroshima.jp/soshiki/kensetsu/1/2/1/1308.html

[2] 参考:テレビ新広島ニュース「イノシシに占拠された島 ウリ坊10頭が行進 瀬戸内に広がる異変 広島・生野島」FNNプライムオンライン https://www.fnn.jp/articles/-/591789

[3] 2021年に設立された。 https://www.toho-zinc.co.jp/company/map/chigiri.html

[4] 瀬戸内海環境保全協会「瀬戸内海のスナメリを大切にしよう!」https://www.seto.or.jp/etc/sunameri/sunameri_hakken/what_sunameri.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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