2024.4.26 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

偽情報・誤情報対策の動向に関する概観

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はじめに

情報流通に関して近年世界的に問題となっている事象の一つとして、いわゆるフェイクニュースや偽情報・誤情報の蔓延がある。この問題それ自体は今に始まったことではなく、古くは1970年代における金融機関の取り付け騒ぎなどに発展した事例があるとされる[1]。もっとも、近年特に注目を集めるようになり、国際的にも対応や規制に向けた議論が展開されているのには大きな理由がある。すなわち、情報流通に関して質的・量的な変化が生じているからである。

現在我々が生きている世界においては、インターネットの普及のみならず、誰もが当たり前のようにスマートフォンを所持し、さらにSNSが普及したことによって、もはやあらゆる人々が情報を発信することができるようになった。それにより、流通する情報の量がSNSの浸透前に比べて相対的に増えていると考えられる。また、Xのリポスト機能や、YouTube・Instagramにおけるリール動画の投稿機能などに代表される情報拡散ツールが多く存在していることから、情報伝達速度も加速度的に向上していると言えよう。それに伴い、選挙時や災害等の非常時を中心としたフェイクニュースや偽情報・誤情報の蔓延についても、その量や拡散速度が大きく変化し、社会へ及ぼす影響も相対的に大きくなっている。

そのような状況へ対処するために、国際的なレベルで規制に向けた動向が見られるほか、日本でも総務省において各種研究会・検討会が開催されており、さらに対応策を講じるための動向が見られる。電気通信事業との関係においても、今後の議論動向を把握しておくことは重要であると考えられる。

そこで、本稿ではその前提として、偽情報・誤情報の蔓延について、その問題の所在や背景について整理し、現在に至るまでの日本における議論や取り組みについて概観する。なお、本稿で扱う問題については、一般的に「フェイクニュース」という概念が用いられることもある。この分野における概念整理自体が若干不十分な状況であるとも思われるところ、「フェイクニュース」という用語については、政治的な策略・意図をもった偽情報・誤情報の蔓延を示すものであるとの理解から、国際的には講学上の議論における利用を避ける傾向があるとの指摘[2]も見られる。本稿は、そのような特定の策略・意図の有無に関係なく広く問題構造を把握することを狙いとしていることから、あくまで事象を広く捉える意図で「偽情報・誤情報」という概念を統一的に用いることとする。

1.問題の所在

情報流通についての上述のような変化を世間に如実に知らしめたのは、2016年の米大統領選挙における偽情報・誤情報の蔓延である。例えば、当時のTwitterで「ローマ法王、トランプ氏支持を表明、世界に衝撃」という文章とともにローマ法王とトランプ氏が握手をしている写真を添付した投稿が拡散されたということがあったが、実際にはローマ法王は複数の論点についてトランプ氏の見解に反対の姿勢を示していたとされる[3]

その後も、英国ではEU離脱に関する国民投票時に人々が離脱に傾きやすい偽情報・誤情報を離脱推進派が蔓延させたほか、ドイツではベルギー同時テロ事件後、SNSを起点に当時のメルケル首相が同事件の関与者と旧知の仲だったという趣旨の偽情報・誤情報が蔓延することなどが続いたため、2016年は「フェイクニュース元年」とも称される[4]

日本においても近年偽情報・誤情報の蔓延が多く見られる。例えば、新型コロナウイルス感染症が拡大していた時期に、5G回線やワクチンについて検証されていない悪影響を内容とする偽情報・誤情報が拡散されたほか[5]、近時の能登半島地震においても虚偽の救助要請を内容とする投稿が拡散されたとされる[6]

以上のような近年の偽情報・誤情報の蔓延の問題にはいくつか特徴が見られる。第1に、比較的近時における技術的進展に伴う問題である。すなわち、利用者からのデータ収集・集積・活用において、ビッグデータをAIやアルゴリズムなどの技術を活用して分析し、個別の利用者に合わせたサービス提供を行いうるのであり、このような事象との関連で大きな問題として指摘できるものに、フィルターバブルの問題がある。検索エンジンやSNSにおいて一定のキーワードについて検索すると、その後の広告欄やリール動画などに類似のものが登場するということがあるように、検索アルゴリズムの機能によりパーソナライズされた検索者好みの情報以外の情報がはじかれるということがある。これによって利用者が特定の情報にばかり触れて、それを十分に検証することなく拡散することにつながるため、偽情報・誤情報の蔓延をさらに促進してしまう危険性が高まることになろう。

また、類似の問題としてマイクロターゲティングの問題も挙げることができる。マイクロターゲティングとは、特定のターゲット層について詳細に分析し、細分化することで、個々人の特性に合わせて説得力あるキャンペーンを展開するという手法である。このような手法が用いられたとされるものとして、例えば、著名なものとしてケンブリッジアナリティカ事件が挙げられるが、上記手法によって民主的政治過程である選挙の公正がゆがめられた可能性もあろう[7]

さらに、近時、生成AIの発展による具体的なサービスの提供も開始されたことで、一般人が容易にディープフェイク動画を作り出せる状況になっている。最近でも、岸田首相のディープフェイク動画が拡散され、そのような生成を可能とするアプリが公開されるなどの事象があり[8]、もはや誰もが誤審させやすい形で偽情報・誤情報を発信できる状況になっている。

第2に、政治的な動機もしくは経済的動機によって偽情報・誤情報が拡散されることが多いということである。前者との関係では、「フェイクニュース元年」とされる2016年の事例はいずれも選挙等の政治的対立が生じやすいタイミングで生じた問題である。また、新型コロナウイルス感染症の原因に関する偽情報・誤情報の拡散についても、健康問題に関する政策決定に関わる事象であると言うことができよう。

また、後者との関係では、背景事情として近年における経済メカニズムの変化を指摘することができる。現代は、SNSの発達・浸透などによって情報があまりにも多く氾濫しており、それらを読み切ることができない状況にあることから、情報の質ではなく、人々の関心を集めることが重視される。そして、そのような関心や注目はもはや交換財に匹敵するものとなっており、いわゆるアテンション・エコノミーが浸透している。このような状況においては、広告収入等の金銭目的に照らした場合に、関心や注目を引くような情報であればその真偽に関わらず発信・拡散するという動機に駆られる者がいても何ら不思議ではない。

第3に、情報流通のメイン空間がデジタルプラットフォームになっているということである。このことは上記第1に指摘した諸問題をも引き起こしているが、その他にも情報発信者と受信者を結びつけるプラットフォーム事業者に、相当程度情報管理の権限が帰属している状況にあることが指摘できる。そうすると、情報流通に関するルール設定の在り方などは、第一義的にはサービスを提供するプラットフォーム事業者が設定することになり、偽情報・誤情報の蔓延についても非常に大きな影響力を有していると言える。

このほかにも、偽情報・誤情報の背景事情(ないし影響)として、「マスゴミ」という言葉が登場するほどに伝統的なマス・メディアに対する不信感を抱く者が増加しており、そうした人々は、一市民から発せられる情報については虚偽内容であったとしても無条件に信頼してしまうことがあるという点も指摘されている[9]

以上の背景や特徴を有する近年の偽情報・誤情報の蔓延という問題は、当該情報に関わる個人・企業の社会的評価を低下させるという悪影響やより広く社会的な混乱を生じさせる。また、選挙時において偽情報・誤情報が蔓延することは、選挙過程をゆがめることでその正統性を害するという意味で民主主義の政治過程の破壊という重大な悪影響を引き起こすものとも考えられる[10]。さらには、自由な表現活動によって世論形成が行われる政治的言論空間における分極化や分断の懸念[11]も見られる。このほか、先述の米国大統領選時の偽情報・誤情報の蔓延に関してロシアなどの外国勢力の関与があったとの報道[12]も見られたように、デジタル空間を通じた情報流通であることに起因して、もはや外交や安全保障への悪影響をも引き起こしうる重大な問題であると言うことができよう。

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2.現行法と今後の対応の方向性

3.日本における動向

むすびにかえて

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] 山口真一『ソーシャルメディア解体全書 フェイクニュース・ネット炎上・情報の偏り』(勁草書房、2022)76頁。

[2] 耳塚佳代「『フェイクニュース』時代におけるメディアリテラシー教育のあり方」社会情報学8巻3号(2020)31頁。

[3] 山口・前掲注1)38頁。

[4] 山口・前掲注1)38頁。

[5] 週刊朝日2021年8月27日126頁。

[6] 朝日新聞2024年2月24日朝刊29頁。

[7] 山本龍彦『プライバシーの権利を考える』(信山社、2017)267頁以下参照。

[8] 読売新聞2023年11月22日東京朝刊31頁。

[9] 湯淺墾道「各国のフェイクニュース規制と日本への示唆」ビジネス法務2019年12月号(2019)4頁、水谷瑛嗣郎「フェイクニュースと立法政策―コンテンツ規制以外の道を模索する―」社会情報学8巻3号(2020)53頁参照。

[10] 山本・前掲注7)267頁参照。

[11] 水谷・前掲注9)53頁。

[12] 朝日新聞2018年7月31日朝刊13頁。

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