第1 はじめに
サイバネティック・アバター(CA)のビジネス目的での利活用としては、メタバース上での取引や、アバターを活用したゲームサービスの提供、オンライン上の展示会・商談会等が想定されるだろう。これらに加えて、アバターを利用して労働をする、アバターワーク・VR出勤・CA労働も重要なビジネス目的の利活用である。
即ち、メタバース上の擬似的な「オフィス」において、アバターで「出勤」することが既に可能となっている。例えば、物理空間において出社しているオフィスの席をリアルに再現した上で、自分や同僚が物理的には自宅から、アバター姿で「出勤」すると、まるでアバターがオフィスの机の所に座っているように見える。そして、ヘッドセットを被ることで、仮想空間上の大画面で仕事をすることができる。
VRゴーグルをかぶるだけで一瞬で出勤できるという通勤時間の節約や、アバターを利用するため、化粧等に時間を掛ける必要がないことという、在宅勤務の利点と、同じ(バーチャル)スペースにおいて一緒に働くことによるコミュニケーションの促進という出社の利点が同時に実現できるという観点で魅力的である。
将来的には、ロボット技術やセンサー技術等が発達すれば、工場は産業用ロボットで製品を生産し、工場における管理者は、物理空間における工場の各所に付された多種多様なセンサーに基づき再現されたメタバース上の「バーチャル工場」において、1人で何台もの産業用ロボットを管理するような時代も到来するだろう。
しかし、このようなCAを利用して出勤する時代においては、新たな労働法の問題が生じる1。
以下、採用(第2)、監視(第3)、業務におけるアバターの利用(第4)、労働時間(第5)、国際テレワーク(第6)、ハラスメント(第7)、健康管理・労災防止(第8)、働き方の多様化と労働者性・非労働者の保護(第9)、懲戒・解雇(第10)、自主ガイドライン(第11)について、それぞれ検討しよう。
なお、例えばOriHime を利用した就労等、テレエグジスタンスロボットを利用した労働もまた、重要な問題であるが、本稿はロボットについては触れない(よって、例えば、「アバターロボットを用いた働き方の導入ガイドライン2024」2は、検討対象としない)。ロボットについては季刊連載最終回(次回)において検討することとする。
第2 採用
既にメタバースを利用した就職支援やCAを利用した採用が実際に行われている。
例えば、あるハローワークが、メタバース上に若者向けのバーチャルハローワークを設置している3。また、面接担当者も求職者もいずれもオンライン上で面接をする「バーチャル面接」等も実施されていて、音声変換ソフトも併せて利用することで、性別・年齢が分からず、外見の印象に左右されることがなくなるというメリットがあると指摘されている4。
採用に関するCAを含むテクノロジーの利用は、労働法との関係では採用の自由5が存在することからリスクが比較的少ないという点を指摘することができるだろう。しかし、情報法、とりわけ、個人情報の保護の観点からは、その適切な取扱いが必要なことはいうまでもない。その際には、個人情報保護法だけを見ていればよいのではなく、職安法の個人情報の保護に関する規定6や、関連する下位規範、例えば「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針」7を踏まえた検討が必要なことが重要である。
ここで、採用過程においてCAを利用することで、あえて、性別、年齢、外見等の本人に関する情報を隠すことは、まさに適性・能力と直接関係しない事項に基づく採用を避けるという公正な採用の基本方針8に合致している。例えば、性別について言えば、公正な採用選考の観点から厚生労働省も履歴書の性別の記載欄を任意記載とした上で「応募者が記載を希望しない場合は、未記載とすることも可能」とし、「性別を確認する際は、理由を説明して応募者本人の十分な納得の上で行い、性別の回答を強要することのないよう、また、性別欄の記載内容や、未記載であることで採否を決めることはないよう」企業に依頼するとしている9。このように、CAを利用することは公正な採用選考の実現に資するため、より多くの企業が性別・年齢・外見等ではなく適性・能力にフォーカスした採用をCAを利用して行っていくべきである。
しかしながら、既にWebテストの「身代わり受験」が問題となっている。例えば、2023年には、関西電力の元社員が、Webテストを学生の代わりに受けたことが私電磁的記録不正作出・同供用罪(刑法161条の2)に該当するとして、懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けている10。CAを利用した採用の場合にも、同様に、同じCAの中に別の人が入って面接を受ける等のリスクがあり、求職者とアバターの中に入る人の本人確認(同一性確認)を徹底しないと、「このアバターはいい(このアバターの『中の人』の適性・能力をかった)!」として採用したところ、面接時にアバターに入っていた人と違う人が働きに来る等の問題が生じてしまうだろう。
第3 監視
1 はじめに
メタバースにおいて働くことに対して従業員が抱える不安の代表的なものに、監視されるのではないか、というものがある。例えば、メタバース労働に伴う、「職場での監視に関する従業員の最大の懸念は、リアルタイムで行われる位置情報追跡および画面監視」とされる11。
確かに、CAを利用することで、オフィスで働く場合と比べて、少なくとも技術的には詳細な監視が可能となる。アイトラッキング、フェイストラッキング、手指のトラッキング等、様々な技術的な措置が可能となり、そのような技術的措置を利用した監視も同時に可能となる。この場合、どこまで監視すべきかについて、プライバシー等の法的な問題と、法的な問題を超えた問題の双方を検討していくべきである12。
2 プライバシー侵害をせずモニタリングを行うために
(1)GPS監視がプライバシー侵害とされた事案
様々な情報技術による新しい監視が利用される中、一部は違法とされている。東起業事件13では、会社が従業員に社用携帯を持たせ、そのGPS機能を利用して監視をしたという事案におけるプライバシー侵害の有無等が問題となった。即ち、会社は、外回りを担当する従業員である原告を含む社員の業務上携帯電話をGPSナビシステムに接続した。当初原告は居場所確認がプライバシーの侵害であるとして抵抗したものの、上司の強い指示もあって同意し、その後GPSナビシステムを利用した原告の居場所確認が行われた。原告は裁判において、そもそもGPSナビシステムを導入したこと自体が違法であって、仮に導入自体が適法でも、就業時間外にGPSナビシステムを利用して居場所を確認したことは違法だ、と主張した。
東京地方裁判所は、以下のように判示し、GPSナビシステムの導入自体は適法だが、就業時間外にGPSナビシステムを利用して居場所を確認したことを違法とした(強調筆者)。
本件ナビシステムの導入は、外回りの多い原告を含む15名の従業員について、その勤務状況を把握し、緊急連絡や事故時の対応のために当該従業員の居場所を確認することを目的とするものである旨主張しているところ、(中略)原告以外の複数の従業員についても、本件ナビシステムが使用されていることがうかがわれることに照らせば、被告主張の上記目的が認められ、当該目的には、相応の合理性もあるということができる。そうすると、原告が労務提供が義務付けられる勤務時間帯及びその前後の時間帯において、被告が本件ナビシステムを使用して原告の勤務状況を確認することが違法であるということはできない。
反面、早朝、深夜、休日、退職後のように、従業員に労務提供義務がない時間帯、期間において本件ナビシステムを利用して原告の居場所確認をすることは、特段の必要性のない限り、許されないというべきであるところ、(中略)早朝、深夜、休日、退職後の時間帯、期間において原告の居場所確認をしており、その間の居場所確認の必要性を認めるに足りる的確な証拠はないから、(中略)上記行為は、原告に対する監督権限を濫用するもので違法であって、不法行為を構成するというべきである。
即ち、従業員の居場所を確認するという目的は合理的であるものの、当該目的を実現する上で必要なのは、原則として勤務時間における監視であるとした。そこで、GPSナビシステムの導入や、就業時間における監視は適法とされたが、この事案では現に早朝、深夜、休日、退職後においても監視しており、これが違法とされた14。
(2)どのように適法にモニタリングを行うべきか
企業として、一定範囲で従業員の勤務状況を監視したいというニーズが存在することは事実であり、また、すべての監視が違法という訳ではない。「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」に関するQ&A155-7は以下のように定める。
Q5-7従業者に対する監督の一環として、個人データを取り扱う従業者を対象とするビデオやオンライン等による監視(モニタリング)を実施する際の留意点について教えてください。
A5-7個人データの取扱いに関する従業者の監督、その他安全管理措置の一環として従業者を対象とするビデオ及びオンラインによるモニタリングを実施する場合は、次のような点に留意することが考えられる。なお、モニタリングに関して、個人情報の取扱いに係る重要事項等を定めるときは、あらかじめ労働組合等に通知し必要に応じて協議を行うことが望ましく、また、その重要事項等を定めたときは、従業者に周知することが望ましいと考えられる。
- モニタリングの目的をあらかじめ特定した上で、社内規程等に定め、従業者に明示すること
- モニタリングの実施に関する責任者及びその権限を定めること
- あらかじめモニタリングの実施に関するルールを策定し、その内容を運用者に徹底すること
- モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行うこと
即ち、個人情報保護委員会も、(個人情報保護法の義務履行の一環として)一定の手続を行った上で、適法に監視をする余地があるとしている。
その手続としては、①社内規程等における目的・ルールの明示、②責任者・権限を定めること、③適正に監視をしているかの確認、及び、④労働組合等との協議・周知等、が挙げられる。
また、具体的な事案における監視を行う正当な目的が何かとその正当な目的に見合う範囲・程度の監視かは問題となるだろう。例えば、現金を取り扱っている部署の担当者に対する現金の持ち出し等を防止するための監視については、それ以外の一般的業務の適正を確認するための監視よりも程度の高い対応が可能であろうし、また、例えば不正が発覚した場合等の緊急時の監視についても平時よりも程度の高いものが許容されるであろう16。
3 適法かどうかを超えた労働意欲(モラール)を減退させないための対応
上記はあくまでも適法かどうかの話に過ぎない。ギリギリ適法かという話を超えて、そのメタバース上の労働環境が労働者にとって良い労働環境かという話も実務上は非常に重要である。過度な監視は、労働者のモラール(労働意欲)減退につながりかねない。
例えば、アイトラッキングを利用することで、技術的には個々の労働者が何を見ているかをすべて詳細に監視し、「●時●分から●時●分まで私的利用をしていて仕事をしていなかった」等として「ノーワークノーペイ」の原則に基づき、賃金を払わないことは、もしかすると技術的に可能で、労働法的にも適法かもしれない。
しかし、物理的にオフィスにいても、必ずしも常にその言動が細かく監視される訳ではなく、その前提で従業員は行動していたのではないだろうか。もちろん、職務専念義務に反するような程度を越えたものは問題があるものの、例えば同僚と雑談をし、その中で信頼関係が育まれる等、純粋に上司から指示された「業務」を超えた行為も一部では行われ、それも含めて労働時間として扱われていたのではないだろうか。
この点は、もちろん、個々の会社の方針等にもよるが、筆者は、モラールという観点から、労働意欲を十分に引き出せるようにするため技術的には可能だがあえて監視をしないとか、監視の程度を下げるという対応は十二分に考えられると繰り返してきた17。
4 メタバースの特性を踏まえた対応
メタバースでの労働は、ある種のリモートワークではあるものの、バーチャルなオフィスに社員が集る状況を想定すると、「顔が見える」という側面がある。そうすると、顔が見えないリモートだからこそ行われている監視と同程度の監視があるべき姿かを考えるべきである。むしろリモートよりも監視を緩くした方が労働者がより安心して仕事ができ、また、管理する上司としても、(仮想空間ではあるものの)オフィスに集まって仕事をするので、監督しやすいという側面が存在する。とはいえ、メタバース上のオフィスで仕事をする同僚や部下については、その人が執務中であることや、顔の向き等は分かるものの、顔がアバターである以上、その詳細な表情等は分からないか、少なくとも現実空間よりは分かりにくいということになってもおかしくないだろう。このように、メタバースでの勤務は、リモートよりは監視の必要性は低くなるが、現実空間よりも監視の必要性が一定程度高まる、という観点を踏まえ、「良い塩梅」となるよう検討すべきだろう。
第4 業務におけるアバターの利用
1 はじめに
様々な業務にアバターが利用されるようになっている。例えば、アバターを通じて接客を行うような状況はよく見られる。このような、企業における新技術の利用は、例えば、AIを利用した人事評価について企業と労組が和解し、人事評価の項目開示が合意された18ように、新たな課題を生じさせることがあり得るので、以下、CAの文脈で論じる。
2 教育・研修とアバター
アバターを利用して物理空間の現場を仮想空間上においてリアルに再現し、より教育研修の効果を上げるということが考えられる。例えば、リアルな飲食店で接客をする前に、アバターで接客の練習をする、安全教育のため、よりビビッドな3D映像を利用する等である19。但し、リアルな現場とは相違がある以上、バーチャルとリアルの相違が十分に理解できるようにしなければ、十分に研修の実を上げることができない。
また、複数人で一緒にアバターを動かすことで、感覚を学ぶということもあり得るだろう。実際には、熟練の田植えができる米農家の人と、初心者が一緒にロボットアームを動かすことで、力の入れ具合等を共有し、熟練者の技能を体得できるようにする試みが存在する20。
3 配転の必要性
物理的には在宅で、又はVRの機材等が整ったサテライトオフィスに出勤した上で、メタバース上で、又はメタバースから操作・接客することで全国の工場や営業所で働くことも可能である。そうすると、配転、とりわけ、居住地の移転を伴う転勤の必要性が下がるという側面はあるだろう。今後は、配転権行使の適法性が業務上の必要性と本人の職業上・生活上の不利益に鑑み判断される21に当たり、その「業務上の必要性」として、メタバース上で働かせることで、転居を要求することなく同じことが実現できたのではないかが問われる時代が来るかもしれない。
4 アバターワークを求める権利
上記3で述べたような流れを踏まえ、リモートワークを要求する権利22と同様に、アバターワークを要求する権利も論じられるようになる可能性がある23。
5 身だしなみ、アバターネーム
身だしなみについては企業秩序に関する権限との関係でヒゲや(性同一性障害等を理由とする)別性容姿での勤務等が問題となり、一定範囲の制限は可能であっても、従業員の人格や自由の観点から使用者の自由裁量ではない24。この点、例えば、接客のために、店舗にモニターを設置し、従業員がアバターをまとってモニター上で接客するということも可能となっている。その場合に、どこまでの範囲で従業員にアバターの選択を認めるべきかや、逆に、従業員に強制できるアバターの範囲がどこまでであるかは悩ましいところである。例えば、従業員がその店舗の雰囲気にふさわしくないアバターを利用したいと主張した場合に、ヒゲの制限等と同様に考えるべきか等は悩ましい問題であろう。
また、最近はカスタマーハラスメント(カスハラ)25等を視野に入れた対応として、ビジネスネームを利用する企業も増加している26。今後は、容姿はアバター、名前もアバターネームで就労する人が、カスハラ等を受けにくくなり、安心して仕事ができるとして増加すると見込まれる27。
6 技術コピー
さらに、技術の継承のため、特定の技術者にアバターに入って作業をしてもらい、その様子を細かくトラッキングすることで、それをAIに再現させること等による技術のコピーが技術的に可能となりつつある28。
ある意味では、技術の継承が楽になることは企業にとって福音かもしれない。しかし、労働者としては、「自分の技術がコピーされたら、もはや自分は不要とされるのではないか」等という不安を持つと思われるところ、そのような不安の解消が重要である。
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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第5 労働時間
第6 国際テレワーク
第7 ハラスメント
第8 健康管理・労災防止
第9 働き方の多様化と労働者性、非労働者の保護
第10 懲戒・解雇
第11 自主ガイドライン
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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