世界の街角から:バリ島・サヌール ~伝統とモダンが調和するリゾートの現在地~

仕事柄、色々な国を訪れる機会に恵まれているが、一度の滞在で満足してしまうことが多く、「絶対にまた来よう!」と感じる場所はせいぜい4~5カ所くらいだ。今回はそのうちの一つ、バリ島サヌール地区について紹介したい。
珊瑚礁がもたらす穏やかな海
──バリ島は昔から「神々の島」と称される。
バリ島は、インドネシアの中で唯一ヒンドゥー教が深く根付いた、特別な島である。古くは、ジャワ島で栄えたマジャパヒト王国がイスラム勢力に追われ、ヒンドゥー教徒の人々がこの島へ逃げてきた。その歴史が、島全体を他とは異なる文化的な輝きを持つ土地に仕立て上げたのだろう。
サヌールはバリ島南東部にある静かな町で、バリ観光の黎明期を支えた歴史を持つ。1960年代、ここを訪れた映画スターや芸術家が穏やかなビーチを好んだ。バリ島といえば繁華街で賑わうクタや高級リゾート地のヌサドゥアを連想する読者が多いと思うが、私にとっては、とにかく人が多すぎて落ち着かなかった。特にクタは若者がひたすら騒いで、あっちこっちにバーやクラブがあり、どこかごちゃごちゃと忙しい。その点サヌールは、落ち着きのある「いい感じ」の町だ。観光地ではあるが、地元のおじさんや子供らが普通に暮らしていて、空気が緩やかだ。町をぶらぶら歩けば、ビーチ沿いに木陰の多い遊歩道が続いていて、朝の散歩にはちょうどいい(写真1)。東向きの海だから、太陽が昇ってくるのを眺めていると、なんだか自分が急に真面目な人間になったような気分になる(写真2)。クタの騒がしいビーチとは対照的に、波が静かで、浜辺には白砂が穏やかに広がっている。沖合の珊瑚礁が波を打ち砕き、静かな湾内を作り出しているからである。

【写真1】海沿いの遊歩道

【写真2】東の海から昇る太陽

【写真3】チャナンのイメージ(出典:写真を取り忘れたため生成AIでイメージを出力)
早朝、この浜辺を歩いていると、漁師が伝統的なジュクン(小舟)を出して漁に向かう光景が見える。その姿は、何百年も前からほとんど変わっていないのではないか、と思わせるほど、時が止まっているようにも感じるが、実際は彼らもスマホで天気のチェックをしている。ハイテクとローテクの絶妙なミックスだ。
島のあちこちには「チャナン」と呼ばれる小さな供え物が置かれている(写真3)。椰子の葉で編んだ小皿に、色とりどりの花びらや線香が載せられ、それが道端や店先に毎日供えられている。この小さな供え物を置く女性たちの動きは美しく、毎朝繰り返されるこの儀礼のなかに、島の人々の祈りと感謝の気持ちが凝縮されているように感じられる。私も真似をして手を合わせたら、通りかかった犬が尻尾を振ってきた。神様より先に犬と心が通じてしまった瞬間だ(写真4)。

【写真4】サヌールの砂浜と人懐っこい犬
食の伝統とモダン
さて、サヌールを語る上で忘れてはならないのが食だ。びっくりするくらい美味しい料理が、このところ円安になってきてはいるものの、まだまだ安く食べられる。お気に入りのお店はゆうに10を超えるが、紙幅の関係もあり今回は選りすぐりの3店舗を紹介する(残りのお店はまた別の機会に)。
1.ワルン・マクベン
島では「ワルン」と呼ばれる、小さな店が無数にある。その中でひときわ地元民が多く賑わっている店が「ワルン・マクベン」だ。サヌール北端の港を背に、道路に面してぽつんと建つ素朴な平屋で、壁はほぼなく、海風がそのまま吹き抜けるオープンエア。緑がかった古いタイル床にプラスチック椅子と木製長テーブルが並び、頭上では天井扇がのんびり回る。厨房からは揚げ油のはじける音とターメリックの香りが絶えず漂い、昼前には行列が歩道まで伸びる。全40席ほどだが、客の回転が速く、相席は当たり前。装飾らしい装飾はなく、壁に掲げられた創業者マクベン“おばあちゃん”の写真だけが店の歴史を物語る。
1941年創業の“魚定食一本勝負”というストイックさが、地元の漁師やタクシードライバー、近隣オフィスのスタッフを惹きつける(写真5)。近年は「世界のアイコニック・レストラン100」に選出されたことで観光客も激増し、バックパッカーとジャカルタの美食家、欧米・日本の旅行者が同じテーブルを囲む光景が日常だ。ピークは11~13時で、売り切れれば16時前に閉店する日も多いそうだ。

【写真5】サンバルソースで頂く魚定食
メニューは定食一択(日本円で500円程度)。外側を濃い飴色に揚げた白身魚をライムと辛いサンバルソース(各家庭オリジナルのソースで、主にチリ、ニンニク、エシャロットが使われる)で頬張る。ウコンとレモングラスが香る魚頭スープは青パパイヤやキュウリが甘く煮込まれ、脂ののったコラーゲンと交わる。これに山盛りの白飯――というシンプルな構成ながら、衣の香ばしさ、スープの辛・酸・旨の三位一体が箸を止めさせない。「余計なものは要らない」という職人芸を味わえる。
2.マッシモ・イタリアン・レストランとジェラート
マッシモというイタリア料理の店も人気である。店に入るとすぐに目に入るのが店頭のジェラートで、暑さをしのぐ旅人や地元の子供たちで賑わっている(写真6)。店内は広く、家族連れや外国人観光客が思い思いにピザやパスタを楽しんでいる。

【写真6】ジェラート売り場の様子(昼と夜)
入り口右手に長さ5 mのジェラートカウンターが鎮座し、ステンレス蓋の中に色鮮やかなフレーバーが並ぶ。奥へ進むと〈1〉花木が茂るガーデン席、〈2〉吹き抜けの半屋外ダイニング、〈3〉冷房完備の室内――と三層に分かれ、夜はキャンドルとフェアリーライトが揺れる。壁面には巨大な料理の写真とイタリアの街並みのモノクロ写真、ワインラックがずらり。薪窯の香ばしい匂いとエスプレッソマシンのスチーム音が印象的だ。なお、料理はいずれも欧州サイズのため、日本の感覚で注文すると大変なことになるので注意されたい(写真7)。

【写真7】美味しくボリューム満点な料理
夕方18時を過ぎると歩道に順番待ちの列が出現。バリ在住のイタリア人や欧米ファミリー、日本人ハネムーナー、地元の高校生カップル、ジェラートだけ買いに来るライダーまで客層は多国籍。ここにはインドネシアらしさとイタリアらしさが奇妙に融合した空間が存在する。バリ島とはつまるところ、こういう奇妙な融合を受け入れる柔軟さと寛容さを持った土地である。
3.ハラペーニョ

【写真8】タトゥーびっしりのいかつい店主
ハラペーニョは洗練されつつも気負わないタコス屋だ。店主がこれまた強烈である。全身にタトゥーをびっしりと施した、いかつい男なのだ(写真8)最初はちょっと怖い気がしたが、タコスをひと口頬張るとその恐ろしげな印象はたちまち吹き飛んだ。トルティーヤの皮は香ばしく焼き上げられ、スパイスと肉汁が渾然一体となり、唸るほど旨い。店主も見かけと違って非常に優しい男で、盛り付けも驚くほど繊細だ(写真9)。こういうギャップには弱い。砂漠色のインテリアとオープンエアのテキーラバーが旅情を盛り上げ、火曜夜のTaco Tuesdayには多国籍の客が肩を並べてSalud! とグラスを合わせる。12時の開店直後はノマド系の欧米客がタコボウル片手にラップトップを広げ、18時以降はバリ人のファミリー、若者、旅行者が入り混じる多国籍ムード。上記2店と比べると知名度が低いが、味はもちろんのこと、いわゆるSNS映えするお店でもあり、個人的には一番のおすすめ店である。

【写真9】繊細な料理と店内の様子
伝統とモダンの不思議な調和
サヌールは伝統的な街並みを保ちながらも、ここ最近は新しいスポットも増え始めている。その代表が昨年オープンしたショッピングモール「Icon」である。モダンで洗練されたデザインの建物に、世界各国のブランドショップやカフェが並んでいる(写真10)。サヌールらしいのんびり感とは少し異質な感じもするが、地元の若者や外国人観光客が楽しそうに行き来している姿を見ると、サヌールの新しい一面を感じさせる。この島が伝統だけではなく、新しいものも巧みに吸収し進化している証左なのだろう。

【写真10】Iconの外観および内部の様子
島の移動には、もっぱらGrabを利用する。スマートフォンで呼べばすぐさま車かバイクが現れる。古くからあるこの島にも、デジタル化の波は否応なしに押し寄せている(写真11)。昔ながらの街並みと最新のテクノロジーが奇妙なほど自然に共存しているのが、この島の魅力なのかもしれない。

【写真11】GrabのUIとGrabバイクのドライバー(奥の緑のユニフォーム)
この島を後にするとき、ふと思う。バリ島とは、伝統と革新、静けさと賑わい、素朴さと洗練さを自在に融合させる、不思議な島である──と。だから、またすぐに訪れたくなるのだろう。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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