2025.8.28 地方創生 InfoCom T&S World Trend Report

「地方創生2.0基本構想」を読む

今年6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」の冒頭で、過去10年間の取り組みに関する反省がしっかりと書き込まれたことについて、多方面から高評価が寄せられている。反省のポイントについて、少し主だったところをピックアップしてみると以下のとおりである。

  • 好事例が次々に「普遍化」することはなく、人口減少や、東京圏への一極集中の流れを変えるまでには至らなかった。
  • 自然増・社会増を促す施策としての子育て支援や移住促進などが中心となり、地方公共団体間での人口の奪い合いにつながったとの指摘がある。
  • 人口減少の中でも、機能し得る地域社会や産業構造の再構築と、それを可能にする制度設計に向けた本格的な議論や取組が後回しにされたのではないか。
  • 人口流出に歯止めが掛からなかったのは、若者や女性の流出に関する問題の根源の一つである、地域に魅力的な職場がなかったことやアンコンシャス・バイアス等に対し有効にアプローチできなかったことが要因ではないか。
  • 国と地方公共団体、省庁間や地方公共団体間、また、各組織の部局間での情報やデータ、政策などの連携が不足していたのではないか。
  • 地域自らが主体的に考える姿勢、地域を支える多様なステークホルダーが、地域の課題を自分ごととして捉え、相互に連携しながら一緒に議論し行動する取組が不十分だったのではないか。
  • 地方創生交付金は、これまで、縦割り・単独事業が大半であり、小粒で補助金化していたのではないか。事業の効果測定や検証・改善が形式的に行われてきたのではないか。

(「地方創生2.0基本構想」令和7年6月13日閣議決定より抜粋)

そして、それらの反省を踏まえ、以下の政策の5本柱が示され、政策パッケージ等も併せて提起された。今後、具体的な施策を記述した「総合戦略」を 2025 年中に策定するとされ、各自治体には、地方版総合戦略の検証および見直しに取り組むことが求められた。

  1. 安心して働き、暮らせる地方の生活環境の創生
  2. 稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生~地方イノベーション創生構想~
  3. 人や企業の地方分散~産官学の地方移転、都市と地方の交流等による創生~
  4. 新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用
  5.  広域リージョン連携

(「地方創生2.0基本構想」令和7年6月13日閣議決定より)

これまで、多くの地域において街づくりのお手伝いをさせていただいたコンサル会社として、上記の中で特に気になる点は、「地域自らが主体的に考える姿勢、地域を支える多様なステークホルダーが、地域の課題を自分ごととして捉え、相互に連携しながら一緒に議論し行動する取組が不十分だったのではないか。」という部分である。地域の中には、志や思いを持った尊敬できる方も確かに存在し、その方を中心とした成功事例もあるが、多くの地域では人材がいないと言われることが多く、いたとしても地域の中の産官学金労言という様々なステークホルダーが連携し上手に機能しているケースにはなかなか出会うことがないのが事実である。東京のコンサル会社に対する厳しいご指摘があることも理解しているつもりである。それぞれの地域に対する深い理解もなく、似たような計画づくりを行い、儲けているのではないかとのご指摘があるものと思う。主役は地域の皆さんであり、地域のステークホルダーの方々が連携して主体的に考えて行動を起こすことが第一義である。コンサル会社は他地域の取り組み・国の政策動向・AIやICT等の最新のサービス・技術動向等の専門的な知識や経験をもとに、的確にアドバイスや評価を行う。こうした役割分担こそ、本来の姿であると考える。弊社はNTTグループのシンクタンクである。NTTグループには、地域の中のステークホルダーの皆さんとともに地域に拠点を置き地域のプレーヤーとして汗をかき、実際に足を運び手を動かすことを長年積み重ねている日本全国の各支店がある。弊社はこうした各支店とともに、専門的知見を各地域の皆様にご提供するスタンスで事業運営を行っており、また、自らも汗をかき足を運び手を動かすことも大事にしている。今後もこのスタンスで事業運営していきたいと考えている。

地域の皆さんが主役となり、主体的に考え行動するためのキーワードとして、今回の基本構想の中で注目したいのは「ふるさと住民登録制度」と「地方イノベーション創生構想」だ。これらの構想では、主体的に考え行動する意欲のある人や中小企業等の地域経済の担い手をどのように生み出すかが最大のポイントであると考える。

「ふるさと住民登録制度」は、「住所地以外の地域に継続的に関わる者を登録することで関係人口の規模や地域との関係性などを可視化し、地域の担い手確保や地域経済の活性化等につなげる仕組みで、誰もがアプリで簡単・簡便に登録でき、また地方公共団体の既存の取組を緩やかに包含できるような柔軟かつ間口の広い仕組み」と説明されており、今後 10 年間で実人数 1,000 万人、延べ人数1億人を目指すとされている。地方出身者の私自身のことを考えてみても、故郷の成長に貢献したい気持ちは強いのだが、具体的なアクションを起こすまでには至らない状況が続いている。せいぜいふるさと納税を行う程度であり、Uターン等の移住にいたってはかなりハードルが高い。情報不足や人脈不足が障害になっていると感じる。その背中を押すような施策が上手にできたら可能性は広がると考える。故郷の情報が手軽に入手できる環境ができることにより、特産品の購入等の消費拡大、観光やイベント参加等による消費拡大、ボランティア参加・副業・リモートワーク・二拠点居住による地域経済の担い手拡大等が可能となる。つまり、「現状」と「移住」との中間にいくつかの現実的かつ実現可能な中間解・多様なゴールがあるのではないかと考える。これまでの政策は「移住」や「東京圏への人口集中是正」に重きを置きすぎていたのではないかと感じる。その意味で、この「ふるさと住民登録制度」は気楽にできる関係人口の創出として期待したい。様々な知恵や工夫、デジタルのプラットフォームによる気の利いた運用が求められると考える。また、こうした動きを、「地元の人」に加え、これまで実施してきた施策としての「地方創生人材支援制度」「地域おこし協力隊」「地方創生支援官」等によりしっかり支えていくような仕組みが求められるのではないだろうか。

「地方イノベーション創生構想」は、「多様な食や伝統産業、自然環境や文化芸術の豊かさといったそれぞれの地域のポテンシャルを最大限にいかすため、様々な『新結合』を全国各地で生み出すことにより、地方経済に活力を創出し、我が国の潜在的な成長力を引き出していくもの」と説明されており、その「新結合」とは、「①地域資源を最大限活用した高付加価値化を図る『施策の新結合』、②地域内外の様々な関係者の連携・協働、地域の若者や女性などの活躍促進に加え、地域外の新たな人材を呼び込む『人材の新結合』、③イノベーションの果実であるAI・デジタル技術等の新しい技術を組み合わせる『技術の新結合』」とされている。現時点では具体的な施策が明らかになっていないので、評価が難しいところではあるが、やはり交付金や補助金頼みでなく、自らの創意と工夫で成長をしていく元気な中小企業等が地域全体の成長を意識し牽引していくことが何よりも重要であると考える。正面から地方における民間主導の「しごとづくり」と「地域全体の成長の仕組みづくり」に取り組むことが必要だ。それを進めるためには、AIやICTの大胆な導入施策を考えるべきであろう。導入を実現すれば、人手不足を一気に解消し生産性を飛躍的に向上させ、本来業務に集中できるのみならず、成長戦略にも効果がある。生成AI・エージェンティックAI・AIロボティックス等の導入、そしてそれらを簡易に動かすプラットフォームの整備、AI・ICTの活用を現場で指南できる人材の配置や地域の若者の育成等を急ぐべきである。支援体制も断片的でつぎはぎ状態で、多様化するニーズに的確に応えられない状況だと思う。かつて高度経済成長がはじまった1960年代前半には、全国の市町村に商工会を設立し、「経営指導員」を多数配置して、中小企業の成長を金融・税務・労務面等から一元的に現場で寄り添い支えた。このような大胆な施策を行うべきであると考える。また、マイナンバーカードを上手に活用した都市OS・データ連携基盤の導入は大前提だと考える。その導入は自治体に任せるのでなく、国主導でプラットフォームを導入し、そのプラットフォーム上で各自治体が様々な地方の知恵を活かしてサービスの仕組みを競い合い、真似し合うようなスキームの構築を急ぐべきである。

さらに、中小企業振興と地域全体の成長を両立させるための制度的な工夫も必要で、その好事例として、例えば英国において各地域のビジネスリーダーと地方自治体が公私連携する「地域産業パートナーシップ(LEP)」という仕組みも参考になる。また、日本でも補助金の仕組みとして少しずつ導入されている成果連動型民間委託契約方式(Pay For Success)のように、目標の達成状況に連動して補助金を支払うことで、より高い成果やモチベーションを引き出す方式もある。さらには、小規模な自治体に対して、都道府県が支援しながら様々な行政サービス等や施策を広域で連携していくような仕組みである「小規模自治体の垂直連携」等も進められている。これらの制度の導入や運用上の工夫も検討していく必要があると考える。

基本構想の中では、「地方創生 2.0は単なる地域活性化策ではない。我が国の活力を取り戻す経済政策であり、多様な幸せを実現するための社会政策であり、そして地域が持つ本来の価値や楽しさを再発見する営みである。」と記載されている。そのとおりだと思う。政治情勢がどうなろうが、地に足をつけて、しっかりとやりきることが必要だと考える。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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