都市農業(アーバンファーミング)におけるICT利活用の現状と未来展望
序論
近年、都市部で行われる農業である「都市農業(アーバンファーミング)」が注目を集めている。都市農業振興基本法(2015年制定)[1]は、都市農業を「市街地およびその周辺地域で行われる農業」と定義し、体験農園や市民農園なども含むものと位置付ける。この法律の施行により、都市内の農地は従来の「宅地化すべきもの」から、都市に「あるべきもの」へと方針転換がなされ[2]、住宅開発の予備地ではなく、都市に不可欠な緑地インフラとして評価され始めた。これに伴い、都市農業には、地域の重要産業としてだけでなく、防災やコミュニティー維持を支えるユニバーサルサービス的な営みとしての期待が高まっている。
都市農業の広がりとともに、その生産性や価値を高める手段として、ICT(情報通信技術)の利活用も進展している。ICTはコンピューターやネットワーク、センサーなどのデジタル技術全般を指し、これを導入した農業は「スマート農業」とも呼ばれ、省力化と高効率化に寄与する。
本稿は、都市農業におけるICT利活用の現状と具体例を示し、その取り組みが地域にもたらす効果と関連する政策動向、そして今後の課題と展望を整理する。
都市農業におけるICT利活用の現状
現在、都市農業の現場では多様な形でICTが使われている。まず、デジタル農業プラットフォームの普及がある。例えば、AI(人工知能)とセンサーとを組み合わせて圃場の状況を可視化し、適切な潅水タイミングを助言するサービスが登場しており、経験の浅い利用者でもデータに基づく栽培管理が可能になっている。
農作業管理アプリやクラウドサービスも実装が進む。スマートフォンやタブレットのアプリで、播種・潅水・収穫などの予定や記録を管理し、天候情報と連携して最適な作業時期の通知ができる。デジタル化により営農日誌の共有が容易になり、勘や経験に依存していた領域を補完する。専用の営農管理システムの導入率はまだ高くないものの、デジタル機器の保有は広がっており、今後の普及余地は大きい。
IoTセンサーの活用は特に重要である。IoT(モノのインターネット)は各種センサーや機器をネットワークでつなぎ、遠隔でのデータ収集・制御を可能にする。都市の小規模農園や屋上菜園でも、土壌水分・温度・照度などを常時モニタリングする事例が増えている。例えば、プランティオ(Plantio)のIoTセンサー「grow CONNECT」を活用した事例では、プランターに設置したセンサーで、土壌温度・湿度や日照量を測定、クラウドでAI解析することで専用のアプリがタイムリーな栽培ナビゲーションを行い、誰でも簡単に野菜栽培をすることが可能となっている。センサーとAIを組み合わせたガイドシステムにより、初心者でも適切なタイミングで手入れができ、都市生活者が気軽に農作業に参加できる土壌が整いつつある[3]。
都市で増加する植物工場(プラント工場)でもICTは中核となる。ビル内やコンテナ内でLED照明や空調を用い、天候に左右されずに農作物の生産が可能な施設栽培では、光量・光周期、温湿度、CO₂濃度、養液濃度などをコンピューター制御で最適化する。空きビルや遊休スペースと通信・ITとを融合した植物プラントの建設とサービス多様化が見込まれており、東京都では自動車部品メーカーが自社の空きビルを活用して高付加価値野菜の生産に参入する事例もある。大学研究者と連携して味や栄養素の調整技術を磨き、IoTセンサーで栽培環境を監視しながらレストラン向けにそれらを供給する取り組みが進む。また別の事例として、大田区の工場跡で紫色LEDと室内土耕によるマイクロハーブ栽培を行い、有名レストランに出荷するベンチャーも登場している。
データの可視化も重要である。センサーで収集した生育データや作業データをダッシュボードで見える化することで、状況把握と迅速な対応が可能になる。さらに環境への貢献度も可視化されつつあり、自分たちの栽培がどれだけCO₂削減に寄与したかなどを直感的に表示する仕組みを備えるアプリも登場している。ICTは「見える化」と「効率化」を同時にもたらし、初心者支援から高度管理まで、都市農業の価値を底上げしている。
都市農業を支える政策と制度[4]
都市農業の振興には、政策支援と制度整備が欠かせない。国レベルでは2015年の都市農業振興基本法とこれに基づき2016年に策定された都市農業振興基本計画が転換点となり、都市農地の位置付けは都市に「あるべきもの」と明確化された。同基本計画は、都市農業の多面的機能(防災・景観・環境保全など)の発揮を掲げ、関係省庁の連携による施策展開を示している。
自治体も都市農業振興基本計画の策定努力義務に基づき、各地で地域版の振興計画を定める。横浜市都市農業推進プランや愛知県都市農業振興計画などが策定され、令和6年3月時点で9都府県・94市区町が計画を有する。市街地農地の保全、担い手育成、体験農園整備、学校教育との連携といった施策が盛り込まれ、デジタル×都市農業による新事業創出を狙う自治体も現れている。
制度面では、2018年施行の都市農地の貸借の円滑化に関する法律(都市農地貸借法)により、民間企業やNPOが都市農地を借りて農業ビジネスを展開しやすくなった。従来、市民農園の開設主体は自治体や農協に限定されていたが、企業・NPOの参入拡大により、企業運営の市民農園やNPO主導のコミュニティー農園が増加している。不動産デベロッパーが暫定利用として貸農園を運営する、福祉系NPOが就労支援を兼ねた農園を運営する、といった形態が広がっている。
財政支援も重要である。農林水産省は農山漁村振興交付金を通じ、体験イベントや景観整備、防災機能強化などへの補助を行い、令和7年度(2024年度)には約73.9億円を計上した。自治体レベルでも用具購入補助や税負担軽減などの支援が行われている。ICT導入に伴う初期負担を軽減し、人材育成ではスマート農業研修等の取り組みが進む。政策・制度の両輪が、都市農業×ICTの基盤整備を後押ししている。
ICTが開く都市農業の可能性と地域への影響
ICTにより、都市農業は単なる生産活動を超えて地域社会に多面的な効果をもたらす。まず、地域循環経済(サーキュラー・エコノミー)の促進である。農産物の地産地消は流通エネルギーを削減し、地域内経済循環を強める。生ごみを堆肥化して農園に戻す循環も有効で、ICTは収集・管理・マッチングの基盤として機能する。アプリで家庭からコンポスト資源を集め、センサーで堆肥化状況を見える化する仕組みの実用化は現実味を帯びている。都市農業とICTの連携は資源循環型のまちづくりに寄与する。
環境貢献も大きい。都市農地はヒートアイランド緩和、雨水浸透促進、生物多様性保全に資する。災害時の避難・延焼遮断の防災空間としての機能も期待される。センサーで周辺気温や湿度、雨量吸収を計測し、数値で効果を示せば、都市農業の公益的価値を定量化できる。プランティオのようにCO₂削減量をアプリで表示すれば、参加者の環境意識も高まる。
都市農業は食育・教育の場としても有効である。身近な畑や菜園で子どもが土に触れ、生育過程を体験する。ICTと組み合わせて定点観測の映像を授業で共有することで、学びの幅が広がる。農作業体験は食の大切さを学ぶ機会になり、世代や立場を超えた交流も生む。ICTは告知・参加募集・当日の手順共有を支え、食と農を通じた学びと交流を拡張する。
防災・福祉への寄与も見逃せない。コミュニティー農園はシニアの生きがい・健康増進につながり、孤立防止や介護予防にも寄与する。障がい者の就労訓練の場としての価値も高く、各地で拡大している。ICTは、防災農園でのセンサー連携(ガス遮断・安否確認)、福祉農園での音声アシスタントによる作業支援など、裏方として防災・福祉の機能向上に貢献する。
これらの効果は、やがて地域経済へ波及する。直売所やマルシェのにぎわい、飲食店の地場野菜活用、イベントによる来訪者増などの経済効果が期待できる。オンラインでの直販や農家と飲食店とのマッチングを支援するプラットフォームを整えれば、フードマイレージ削減と需要連動出荷が実現する。さらに、都市農業は新たな雇用(農園マネジャー、アグリテック技術者など)を生み、異業種企業やスタートアップ、行政、市民が連携する都市農業エコシステムが形成されつつある。ICTは情報基盤として連絡・調整・データ共有を支えている(図1)。

【図1】都市農業の役割
(出典:農林水産省「都市農業について」をもとに筆者加筆https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/t_kuwashiku.html)
InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
以下ご覧になりたい方は下のバナーをクリックしてください。
民間企業・NPOによる都市農業ICT活用の具体事例
都市農業ICT利活用の課題と未来展望
結論
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 農林水産省:「都市農業振興基本法とは」 https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/kihon.html
[2] 国土交通省「『都市農業振興基本計画』を閣議決定 ~農地を都市に『あるべきもの』へと転換~」(2016年5月13日) https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi07_hh_000095.html
[3] NTT東日本「NTT東日本、プランティオ、タニタが新たなアーバンファーミング事業に向け協業」(2023年7月26日)https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20230726_01.html
[4] 農林水産省「都市農業をめぐる情勢について」(2025年7月)https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/attach/pdf/t_kuwashiku-80.pdf
当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。
調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。
ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら関連キーワード
山田 達也の記事
関連記事
-
眠れる資産から始まる未来 ~循環価値の再発見
- ICR Insight
- WTR No438(2025年10月号)
- 日本
- 環境
-
自治体DXを実現するのは”公務員” 〜デジタル人材育成の実態と解決策
- DX(デジタルトランスフォーメーション)
- nihon
- WTR No438(2025年10月号)
- 地方自治体
- 日本
-
世界の街角から:「フランクフルトへの乗客」または、旅の危険とハプニング
- WTR No438(2025年10月号)
- ドイツ
- 世界の街角から
-
都市農業(アーバンファーミング)におけるICT利活用の現状と未来展望
- ICT利活用
- WTR No438(2025年10月号)
- 日本
- 農業
-
サイバネティック・アバター(CA)と選挙運動〜サイバネティック・アバターの法律問題季刊連載第二期第2回
- WTR No438(2025年10月号)
- メタバース
- 仮想空間
ICT利活用 年月別レポート一覧
ランキング
- 最新
- 週間
- 月間
- 総合