2019.5.28 5G/6G イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

5Gは放送に何をもたらすか~NAB Show 2019レポート

NAB Show 2019

日本では2020年のサービス開始が計画されている次世代モバイル通信規格「5G」。現在の4G LTEよりも「高速・大容量」「低遅延」と紹介されるが、放送には何をもたらすのだろうか。毎年4月恒例の米国放送機器展示会「NAB Show」の2019年のキーワードのひとつは5Gだった。会場で5G関連展示を行った企業はひと握りではあったが、本稿ではその模様を紹介し、5Gが放送にもたらすものについて考えたい。

NAB Show 2019概況

今回の「NAB Show」には160カ国から91,460人が参加した(主催者発表)。そのうち米国外からの参加者は24,096人。当展示会は全米放送事
業者協会(National Association of Broadcasters:NAB)主催のイベントだが、世界中の注目を集めていることが窺える。

主催者テーマは「every story starts here」。キーワードには「IPシフト」「AI」「ATSC 3.0[1]」「ファンエンゲージメント」「ワークフロー」、そして「5G」などが並んだ(写真1)。

NAB2019会場の様子

【写真1】会場の様子(ラスベガス コンベンション センター)
(出典:文中掲載の写真はすべて筆者撮影)

現場から編集環境への高精細映像伝送を容易にするモバイルトランスミッター

米TVU Networkはモバイルトランスミッター「TVU One」の最新型を展示した(写真2参照)。TVU Oneは、カメラにケーブル(SDIもしくはHDMI)接続することで、カメラ映像をモバイルネットワーク経由で伝送できるようにするもの。最新型は4K60p対応となり、HD対応だった従来型よりも映像を高精細に伝送できるようになった。

TVU One

【写真2】4K60p対応となったモバイルトランスミッター「TVU One」

TVU One本体は、SIMカードスロットを6つとUSBドングルを挿すUSBポートを4つ持っており、最大10回線のモバイルネットワークを同時に利用して映像を伝送する[2]。ネットワークを複数束ねることで映像伝送可能な通信帯域を確保すると同時に冗長性を担保している。本体内蔵のモデムは4G LTE対応とのことなので、5Gで接続する場合はUSBドングル等を用いることとなるが、ブースでは「5Gレディ」であることがアピールされていた。

日本のテレビ局の方に伺うと、放送局の外からイベント中継等を行う際は、中継車から衛星回線に接続したり、特別に敷設した光ファイバー等の通信ネットワークに接続したりして、放送局にカメラ映像を伝送するそうだ。しかし中継車や衛星回線の利用は高額なため費用負担が大きい。また有線の通信ネットワークの敷設は工事を伴うため導入に時間を要してしまう。モバイルトランスミッターで高精細な映像を伝送できるようになると、ライブ中継はもっと容易になるだろう。そして、将来的に5Gモデムを内蔵し5G接続が可能となればさらに手軽になる。4G LTEよりも高速・大容量な5Gであればモバイルネットワークを10回線も束ねる必要がなくなるため、機器をより小型化できるだろうし、カメラ本体に直接取り付けられるようになれば取り回しも楽だ。

また、現場から放送局への映像伝送が容易になることはライブ中継以外でも有益だろう。

カメラ映像をメディアに記録し、放送局に持ち帰ってから編集工程に回していたものが、撮影後直ちに放送局に送信できれば速やかに編集工程に入ることができる。編集環境をクラウド上に構築して設備ロケーションに依存しなくなると一層効果的だろう。自宅や外出先からも編集作業を実施できれば、働き方改革や柔軟な人材リソース活用にもつながる。

パナソニックは、パブリッククラウド上の編集環境を活用するワークフローソリューション「P2 Cast on AWS」に関する展示を実施していた(写真3参照)。AWS上に配置されたEDIUS Cloud(Grass Valley製品)で編集作業を実施できる。同社ニュースリリースによると、サービス提供は2019年内を目指しているという。モバイルトランスミッターとこのようなクラウド編集環境は親和性が高い。

AWS上のEDIUS Cloudを活用するワークフローの提案

【写真3】AWS上のEDIUS Cloudを活用するワークフローの提案

モバイル端末へのライブ映像配信を助ける「ブロードキャスト機能」

番組(映像コンテンツ)の配信についても紹介したい。

会場では「5Gブロードキャスト」と題した展示をふたつ目にした。ひとつはデジタル放送関連機器メーカーである仏Enensys Technologiesの展示だ(写真4参照)。同社は5Gにおけるブロードキャスト機能の標準化を目指す企業のひとつである[3]。モバイルネットワークのブロードキャスト機能とは、(放送のように)エリア内の複数端末に同一コンテンツを一斉配信する仕組みのこと(図1参照)。同社の展示もこれに類するものだ。

Enensys Technologiesブース

【写真4】Enensys Technologiesブースの「5Gブロードキャスト」展示

ブロードキャストとユニキャストのイメージ図

【図1】ブロードキャストとユニキャストのイメージ図
(出典:Ericsson Review掲載の図に筆者加筆)

普段私たちがスマートフォンを利用する際は、各端末が個別に基地局と通信を行うユニキャストが用いられている。ユニキャストでは、通信する端末が多いとネットワークが混雑する。映像コンテンツの再生が途切れ途切れになったり、画質が低下したりする[4]。もし複数の端末で同じ映像を視聴しているなら、ブロードキャスト機能を使えるとネットワーク混雑の影響を抑えてユーザーの視聴品質を高めることができる。5Gのブロ
ードキャスト機能は、国際標準化団体3GPPの今後のリリースにおいて標準化される見込みだ。

一方、4G LTEにおいてはブロードキャスト機能が既に標準化されており、「LTEブロードキャスト」と呼ばれる[5]。日本の通信キャリアでは機能が提供されていないが、海外ではいくつかのキャリアで機能が提供され、アプリケーションで活用されている。豪Telstraはそのキャリアのうちのひとつだ。NAB Show 2019の同社ブースではLTEブロードキャストのデモを展示していた。スマートフォン96台に対し、オーストラリアンフットボールの試合映像を一斉配信するというものだ(写真5参照)。

Telstraブース

【写真5】TelstraブースのLTEブロードキャスト展示

オーストラリアンフットボールは、豪州国内では非常に人気のあるスポーツだそうだ。プロリーグのAFL(Australian Football League)の試合のうち、テレビ中継されないものはAFLのスマホアプリで視聴される。地元チームの試合がテレビ中継されない場合、その地域のファンはみなアプリを立ち上げて視聴するため、モバイルネットワークのトラフィックが急増する。そこでTelstraは、ピークトラフィック対策として2018年7月にLTEブロードキャストの運用開始を発表。AFLアプリでの試合映像配信に活用して、ピークトラフィックを低減すると同時にファンの視聴品質向上に寄与しているという。

日本においてもアプリでのスポーツ視聴は広がりつつある。

スポーツ専門の映像配信サービス「DAZN」は、2016年夏に日本でサービスが開始されてから着実にユーザーを獲得しているようだ。開始1年後の2017年夏にはユーザー数が100万人に達し[6]、2018年の定額動画配信市場シェアでは
dTV(13.7%)、Hulu(11.6%)、U-Next(11.1%)に次いで4番手につけている(10.6%)[7]。

また、2018年のFIFA ワールドカップ ロシア大会の開催時にNHKが提供したスマホアプリ「NHK 2018 FIFA ワールドカップ」は話題となった。地上波で生中継する32試合がライブ配信された他、カメラアングルの切り替えや、詳細な選手データ閲覧が可能で興味深いものだった[8]。

将来的に、スポーツやイベント等のライブ視聴ニーズの高いコンテンツが育ち、ユニキャストよりもブロードキャスト機能を活用して配信する方がユーザー視聴品質やステークホルダーの事業性等の観点で望ましい状況が日本で生まれるかもしれない。その際、LTEブロードキャスト/5Gブロードキャストはユーザーに映像コンテンツを届ける選択肢のひとつとなり得るのではないか。

放送事業者向けブロードキャスト仕様に関する展示も

「5Gブロードキャスト」と題された展示のもうひとつは、独Rohde & Schwarzのものだ。3GPPで標準化されている規格のうち、特に放送事業者向けの仕様(FeMBMS)[9]を活用する。本仕様ではSIMカードを持たない端末もブロードキャストされた信号を受信できるため、(対応受信機を内蔵もしくは外付けすれば)テレビやディスプレイ等の端末への配信にも活用できる。同社は2018年9月、世界初のFeMBMS対応の送信機を開発したと発表している。

ドイツでは、FeMBMSを放送に活用するプロジェクト「5G Today」が行われている。ドイツ放送技術研究所(IRT)をリーダーに、バイエルン放送、Rohde & Schwarz、そして通信キャリアのTelefonica等が参加する。NAB Show 2019でのRohde & Schwarzブースでは、FeMBMSによって実際に端末(展示ではスマホ)に4チャンネルの映像を同時配信できることをアピールしていた(写真6参照)。

「5Gブロードキャスト」展示

【写真6】Rohde & SchwarzブースのFeMBMSを用いた「5Gブロードキャスト」展示

日本では2018年12月、新4K/8K衛星放送が始まったが、現在2Kにとどまる地上デジタル放送の高度化についても検討が進められている。Rohde & Schwarzが展示した「5Gブロードキャスト」は高度化検討の参考となるのではないか。

おわりに

NAB Show 2019の5G関連展示は、放送業界に新たな選択肢を提示するものだったように思う。

現在、5Gサービスは世界でもまだ一部の国・都市でしか利用できないが、今後のエリア拡大、機能拡張、利用シーンの多様化等によって、放送業界にさらなる選択肢をもたらす可能性もあるだろう。今後の動向に引き続き注目したい。

[1] 米国次世代地デジ規格

[2] モバイルネットワーク以外ではWi-FiやLAN接続にも対応

[3]Enensys Technologiesは、2019年1月、モバイル端末向け映像配信(LTEブロードキャスト)のソリューションに強みをもつ仏Expwayを買収した。

[4]ユニキャストでは、アクセス集中の影響を抑える手段として「コンテンツ デリバリー ネットワーク(CDN)」が一般的に用いられる。

[5]3GPPリリース9で規定されたeMBMS(evolved Multimedia Broadcast Multicast Service)を活用。以降のリリースで機能が拡張されている

[6]日本経済新聞2017.8.29報道より

[7] GEM Partners調べ。日本経済新聞2019.2.20報道より

[8] テレビ放送のインターネット同時配信の実験「試験的放送A」として実施

[9]Further evolved Multimedia Broadcast Multicast Serviceの略。3GPPリリース14で策定

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水上 貴博(転出済み)の記事

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