2025.12.18 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(5)

本稿は「スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題」の第5回目です。

前稿(本誌435号(2025)20頁以下)までにおいて、スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(以下、「本法」とする)に関して、規制対象事業者に対する具体的な規制の内容のうち残りの禁止事項(4.(2))について整理した。これに引き続き、本稿では規制対象事業者に対する具体的な規制の内容のうち遵守事項(4.(3))について整理する。

4.規制対象事業者に対する規制とエンフォースメント

(3)遵守事項

①データ取得等の条件開示に関する措置(10条)

本法10条は、モバイルOS、アプリストアまたはブラウザを提供する指定事業者に対し、スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律施行規則(以下、「公正取引委員会規則」とする)において定めるデータに関して、当該指定事業者による取得又は使用に関する条件および個別アプリ事業者等による取得に関する条件を、他の事業者(本条1項各号)およびスマホ利用者(本条2項)に開示することを義務付けている。

上記各ソフトウェアを提供する事業者は、その提供時にユーザーから、個人を識別しうる情報やアプリのインストールないしアンインストール情報など多様なデータを取得し、それを自社等の提供する別の商品又は役務に活用しうる。周知のとおり、デジタル分野における競争においてデータは特に重要と言えるが、上記行為は、指定事業者がその地位に基づいて自社を競争上優位に置くものであり、本法5条(取得データの不当使用の禁止)によって規制されている。

本条は、まさに指定事業者によるデータ使用の状況を外部から検証可能にすることを趣旨としたものであり、その意味で禁止事項に関する本法5条の遵守を担保する役割を担っている[1]。そのため、公正取引委員会規則においても、本条で問題となるデータの種類については本法5条において問題とされるデータと同一のものとされている。

また、特定ソフトウェアを通じた取引の透明性自体を高めるものであり、個別アプリ事業者によるデータ取得条件が開示されることで、当該事業者にとってはデータの取得も容易になる。そのため、本条の導入によってイノベーションを促進するという期待も認められよう。なお、本条における開示対象にスマホ利用者も含まれていることについては、搾取防止や透明性の確保から説明される[2]。

具体的な開示方法については、公正取引委員会規則で規定されており、①開示対象者にとって明確かつ平易な表現を用いて記載することや、②当該特定ソフトウェアの利用開始前および利用中において常時容易に参照可能であること、③開示する情報が日本語で作成されていないときに当該情報の翻訳文を付すことなどが求められている。

②取得データの移転に関する措置(11条)

本法11条は、モバイルOS、アプリストアまたはブラウザを提供する指定事業者に対し、公正取引委員会規則で定めるデータに関して、スマホ利用者の求めに応じてデータ移転を円滑に実施するために必要な措置を講じることを義務付けている。

スマホ利用者が特定ソフトウェアを切り替える場合に、上記指定事業者が、連絡先データや通話履歴データなど当該ソフトウェアの利用に係る様々なデータをスマホ利用者に提供しないことが想定される。このようなことが起きると、スマホ利用者にとってはスイッチングコストが高まることになり、ひいては特定ソフトウェア間での競争が生じにくくなる[3]。また、それを権利として構成するかはともかくとして、競争促進の観点からもスマホ利用者にとってデータポータビリティの確保が重要な役割を果たしうることが指摘されてきた[4]。本条はこれらの課題に対応することで特定ソフトウェア間の競争を促進することを趣旨としている。

なお、本条における措置の最低ラインの要件については、公正取引委員会規則で規定されており、指定事業者による措置については、①スマホ利用者がいつでも対象データの移転を求めることができるようにすること、②スマホ利用者が簡易な操作により対象データを移転することができるようにすること、③スマホ利用者が移転を求める対象データを最新の内容に保つとともに、そのフォーマットを一般的に用いられるものにすること、④対象データを移転するために要する期間が合理的な範囲を超えないようにすること、⑤指定事業者が対象データの移転の対価を設定する場合は、当該対価が合理的な範囲を超えないようにすること、⑥対象データの移転についてサイバーセキュリティの確保等(本法7条但書)の観点から暗号化その他の必要な対策を講ずることが要求されている。

なお、これらの措置の対象には、スマホ利用者のみならず、スマホ利用者が「指定する者」も含まれる。これに該当する者として、例えば、切り替え先となる他の特定ソフトウェア事業者や当該モバイルOSが組み込まれるスマートフォンを製造する指定事業者以外の端末メーカー、データ転送のための個別ソフトウェア等の提供事業者などが想定される。

[1] 稲葉僚太ほか「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律について」公正取引887号(2024)42頁。

[2] 滝澤紗矢子「スマホソフトウェア競争促進法の全体像」ジュリスト1603号(2024)37頁。

[3] モバイルOS間やブラウザ間での問題分析として、デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」(2023年6月16日)(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi/dai7/siryou2s. pdf, 2025年10月29日最終閲覧)161頁参照。

[4] デジタル市場競争会議・前掲160頁参照。また、石井夏生利「プライバシー・個人情報保護法の周辺法領域に関する考察-競争法との交錯を中心に」情報通信政策研究3巻1号(2019)68頁も参照。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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