2024.12.26 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

スマホ特定ソフトウェア競争促進法の意義と課題(1)

はじめに

スマートフォンが我々の生活にとって欠かせない存在となって久しい。現在ではスマホ決済やネット銀行が浸透するなど金融機能の変化などを見ても明らかなとおり、その急速な普及によって、スマートフォンは国民経済や経済活動の基盤として機能する存在となっている。そして、周知のとおり、スマートフォンに関連する市場は、モバイルOSやアプリストア、ブラウザ、検索エンジンについてAppleとGoogleを中心とする寡占状態にある。

近年、このような市場構造と実態から競争政策との関係でも多くの問題が生じている。例えば、Googleがネット検索結果を利用して、自社の商品比較サイトを他社の類似サイトよりも上位に表示する等のいわゆる自己優遇行為を行うといった問題が生じた。それに対し、EUでは欧州委員会によって違反決定[1]が下され、司法裁判所でも同事件における制裁金賦課を是認する判決[2]が下されている。また、iPhoneにおけるアプリの販売や課金は基本的にApp Storeを通じてのみ行われてきたが、昨今の円安の状況を受けて、Appleが一方的に販売価格の単位・ティア当たりの金額を引き上げなどしたことが社会的にも問題視されている[3]。

このように、既に諸外国では違反決定等の法的措置が取られるといった争いに発展し、日本においても確約手続上の問題として取り上げられ、新聞で大々的に報道されるなど様々な問題が生じている。

そのような中で、2024年6月に、「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律(令和六年法律第五十八号)〔以下、本稿では「本法」とする〕」が制定された。本法は、スマートフォンに関連する市場に特化したプラットフォーム規制と位置付けられる。また、独占禁止法(以下、「独禁法」とする)を補完する手段とされるものの、その規制手法は独禁法と異なっており、より高額な課徴金が課される可能性があるなど多くの違いがある。

さらに、本法には差止請求権の規定や無過失損害賠償請求権の規定なども盛り込まれている。そのため、現段階で規制の対象として想定される事業者であるAppleとGoogleのみならず、モバイル通信事業やアプリストアの運営等、周辺事業に関わる事業者、あるいは今後の参入を検討している事業者にとっても、本法の概要を整理、把握する必要性が高いと言えよう。

以上の問題意識のもと、数回に分けて本法制定の背景について整理したうえで、本法の概要を整理する。もっとも、本格的な施行はこれからであり、政令やガイドラインの内容が検討されている最中であることから[4]、今後の運用動向を占うことも重要であると考えられる。そのため、本法の立法モデルとなったEUのデジタル市場法(Digital Markets Act: DMA)との異同を把握することで、デジタルプラットフォーム規制としての本法の位置付けを明らかにするとともに、関連するビジネスに携わる事業者との関係についても検討する。

1.本法制定の背景

周知のとおり、近年、公正取引委員会は先端分野におけるアドボカシー(唱導)活動を積極的に実施しているが、本法との関係では、2023年2月に「モバイルOS等に関する実態調査報告書[5]」を公表している。同報告書では自己優遇について、モバイルOS市場等の立場を利用して、競合するアプリ事業者を排除するなどした場合に独禁法上の問題となりうることが指摘されるとともに、独禁法を補完する法制度の必要性が示唆されていた[6]。

また、モバイル関連市場と競争の関係については、デジタル市場競争会議において約2年間の議論の末に「モバイル・エコシステムに関する競争評価最終報告[7]」が公表された。同報告では、競争に悪影響を及ぼす危険性の高い行為類型が明らかになっていることとあわせ、独禁法による従来的な対応では十分な解決が困難であることも指摘されていた。

通常、公正取引委員会等は、競争への悪影響が懸念される行為について、独禁法の禁止規定における要件に該当することを主張・立証して行政処分等を課すことで反競争状態を除去する。その際には、問題とする行為が反競争効果を有することや、その前提として競争が行われている範囲を認識するための市場画定などを行う必要がある。

他方でスマートフォンをめぐる競争環境は、iOSやAndroidのようなモバイルOSを基盤として、ハードやアプリ、ブラウザなどの複数のレイヤー構造となっている(図1参照)。

【図1】スマホに関するレイヤー構造

【図1】スマホに関するレイヤー構造
(出典:デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステム競争評価 最終報告」(2023年)図1-3-1)

また、①複数のレイヤー構造が結びついた形でエコシステムを形成しているという点や②間接ネットワーク効果があるという点、③規模の経済や範囲の経済が認められるという点など、デジタル市場としての複数の特性が認められる。このような特性は以下のような状況を創り出す[8]。

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2.規制の目的と基本構造

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

[1] Case COMP/39.740 Google Search (Shopping) (27.6.2017).

[2] Case C-48/22 P, Google and Alphabet v Commission (Google Shopping) (2024) ECLI:EU:C:2024:726.

[3] 「[値段の真相]iPhone(下)アプリ価格 アップル支配」読売新聞2022年11月5日東京朝刊9頁。

[4] 公正取引委員会報道発表「『スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する検討会』の開催について」(2024年9月25日)(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/ 2024/sep/240925_digitaloffice_kentokai.html, 2024年12月3日最終閲覧)参照。

[5] 公正取引委員会「モバイルOS等に関する実態調査報告書」(2023年2月)(https://www.jftc.go.jp/ houdou/pressrelease/2023/feb/230209_hontai.pdf, 2024年12月3日最終閲覧)。

[6] 公正取引委員会・前掲146頁以下。

[7] デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」(2023年6月16日)(https://www.kantei.go. jp/jp/singi/digitalmarket/kyosokaigi/dai7/siryou2s.pdf, 2024年12月3日最終閲覧)。

[8] デジタル市場競争会議・前掲21頁以下、伊永大輔「デジタル市場における事前規制―競争法との機能分担を踏まえた課題の検討―」日本経済法学会年報45号(2024年)35頁等参照。

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