2018.3.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

エッジコンピューティングをめぐる最近の動向

最近、改めて「エッジコンピューティング」が注目を集めている。これにはデジタル化の進展、クラウドやIoTの普及といわゆる非構造化データの増大、5Gの導入によるモバイル高速化への期待、データ保護などに関する法規制の強化などを背景に、より効率的なデータ処理が求められているためと考えられる。本稿では、なぜ今改めてエッジコンピューティングが着目されているのかや、各社の取り組みについて概観しつつ、課題や今後の動きについて検討する。

エッジコンピューティングとは

ここで改めてエッジコンピューティングの定義を確認しておきたい。

エッジコンピューティングとは、コンピューティングリソースを利用者の端末に近いネットワークの周縁部(エッジ)に配置することにより、低遅延応答、分散処理、トラフィック最適化などを実現するものと言える。

このような概念は決して新しいものではない。一例として、2009年には「エッジコンピューティング」という用語こそ使われてはいないものの、リソースを分散することによりクラウドコンピューティングにおける遅延や混雑などの問題に対処するといった議論が既になされている[1]。処理を中央で行うべきか端末側で行うべきかの議論は、集中型のメインフレームからクライアント・サーバー型の分散処理への移行期など、コンピューティングの歴史を通じて行われてきたことであり、エッジコンピューティングもその一形態と言えるだろう。

現在では、以前に較べればネットワークもマシンの処理能力も大幅に改善されているが、やはり中央のクラウドだけですべてを解決することはできず、分散処理の必要性はより強く認識されるようになってきているようである。なお、NTTも2014年1月に「エッジコンピューティング構想」を策定し、公表している[2]。

エッジコンピューティングへのニーズ

最近、IoTの普及などにより、より多くのデバイスがネットワークに接続され、データがデジタル化され、保存され、処理されるようになっている。特に、これまで、存在はしてもデジタル処理(いわゆるビッグデータ分析など)の対象となってこなかった非構造化データ[3]が急増している。データの種類が増えるだけではなく、データの品質(映像の画質など)も向上し、これもデータ量の増加に結びついている。これらを効果的に活用すれば、これまでになかった新たな知見やユーザー体験が得られるものと期待されている(図1)。

非構造データの急増

【図1】非構造データの急増
(出典:『平成25年版情報通信白書』図表1-3-1-1「構造化データと非構造化データの伸び(イメージ)」)

また、クラウドサービスが目覚ましく普及しており、より多くのデータがクラウド上に保存され、クラウド上で処理される傾向が強まってきている。Gartnerによれば、全ての組織の88%が「クラウド・ファースト」の戦略を持つ[4]。クラウドが高度な処理、コスト削減やアジリティ(敏捷性)、スケーラビリティなどに優れ、ビジネスの成長に寄与するとの期待があるからである。生成されるデータのほとんどは、まずクラウドで処理することを検討されると言えるだろう。

このようにクラウドで処理すべき(処理したい)データは急増しているが、クラウドで処理するためには、得られたデータをクラウドに送り、(一時的にでも)保存し、処理を行って、結果を受け取ることが必要になる。多くのサービスでは、このやりとりが無数に行われている。

しかし、クラウドはネットワークの向こう側にあり、データが生成・利用される場所からは遠く離れていることも多い。そこで、いかにネットワークが高速化したといえども、そのどこかで遅延が発生する場所があったり、その間の通信が安定しなかったりすると、そこがボトルネックや単一障害点になってしまう。処理結果を受け取るまでの時間が長すぎると、リアルタイム性、高信頼性が要求される処理(例えば、映像から不審者を検知するなど)では、要求を満たせない可能性がある。VR/ARサービスにおいては、7msの遅延で乗り物酔いを生じるとの報告もある[5]。

また、クラウドまでデータを送り、結果を受け取るための通信コストも考慮する必要がある。通信費用(単価)が低下しているとはいえ、デバイス側で発生するすべての生データ(例えば何台ものカメラの映像)をクラウドまで送るのは費用対効果を考えれば無駄であることも多いだろう。クラウドにデータを保存する場合、ストレージのコストも必要となる。ユーザーは、少しでも無駄なデータとコストを削りたいと考えるはずである。

加えて、情報管理の課題もある。法規制(データローカライゼーション規制など)によりデータを国内のサーバーにとどめなくてはならない(国外のクラウドに送ることができない)場合もあるし、法的要請がなくても、流出するとセキュリティインシデントになるようなセンシティブな情報をみだりに外部に送る必要はない。例えば、混雑度合いの把握、分析を目的としてカメラを設置している場合に、写っている人の顔をクラウドに保存する必要はないだろう。この場合、エッジ側で映像をもとに人数を数えておいて、そのデータだけをクラウドに送れば良いことになる。

一方、処理を行う機器は価格が低廉化し、小型化し、消費電力量も少なくなってきている。また、5Gなどにより通信環境が改善され、高速・大容量化、接続端末数増、低遅延化が進んでいる。

これらのメリットを最大限に活かしつつ、クラウド利用における課題を解消するには、一部のリソースをエッジに分散し、クラウドとの役割分担を図ることが有効になると考えられる(図2)。

エッジコンピューティングの概念図

【図2】エッジコンピューティングの概念図
(出典:情報通信総合研究所作成)

各社の取り組み

上記のような動きを背景に、ITサービス各社に加え、デジタル化の機を捉えた産業界の各社も、エッジコンピューティングを活用した取り組みを進めている。

例えば、2017年7月、米AT&Tは「エッジコンピューティングを通じたクラウドの再発明」として、ネットワークエッジにデータセンターを置く計画を発表した。5G・SDNにより、「1桁ミ
リ秒」遅延での通信を実現するとともに、エッジコンピューティングでクラウドに「セカンダリのシステム」のオフロードを行い、「どこにでもワイヤレスのスーパーコンピューターがあるような」環境を提供するとしている。AT&T Labs President兼Chief Technology OfficerのAndre Fuetsch氏は、「エッジコンピューティングは我々のモバイル端末が持つ物理的制約を超えるために、クラウドが約束してきていることを実現するものだ。5Gの能力はエッジコンピューティングを可能にするミッシングリンクだ」と述べている[6]。用途としては、VR、ARや、自動運転車、ロボットによる製造などが想定されている。

AT&Tはこれを実現するために、従来持つオフィス、大規模基地局、スモールセル、電話交換設備を「エッジデータセンター」化するとしている。エッジデータセンター、5G、SDNの組み合わせによるネットワークにおける優位性の確立と、従来持つ資産(オフィス、大規模基地局、スモールセル、電話交換設備)の活用を図るものである。

また、AWS(Amazon Web Services)も、同年12月にエッジコンピューティングに関連する新たなIoTサービスを発表した。ただし、同社はクラウドサービスを提供しており、エッジ部分にはリソースを持たないことから、あくまでもオンサイトにあるデバイスでAWSの機能が利用でき、ネットワークに接続されていない時でも稼働が可能になる環境を提供するというアプローチである。

CDN(Content Delivery Network)で知られるAkamaiは、以前から配信に必要となるキャッシュサーバー(エッジサーバー)を世界各地に展開しており、ある意味商用エッジコンピューティングサービスの先駆けとも言える。同社は「Akamai OTA Updates」として、同社の「Intelligent Platform」から、自動車向けの最新のファームウェアやナビゲーションシステムのアップデートを、無線経由で、高速かつ高スループットでプッシュ配信するサービスを提供している(図3)。また、同社ではデータ収集(デバイスからのアップロード)サービスも提供している。エッジサーバーの利用により、信頼性が高くスケーラブルなデータ収集を実現するとしている。

Akamai OTA Updates

【図3】Akamai OTA Updates
(出典:Akamai website https://www.akamai.com/us/en/products/web-performance/over-the-air-updates.jsp
(2018年3月8日閲覧))

2018年2月26日から3月1日までスペイン・バルセロナで開催された「Mobile World Congress(MWC)」でも、コンピューター仮想化製品・サービスを提供するVMwareがIoTの新たな展開に向けた新しいエッジコンピューティングソリューションを発表した。VMwareは、これにより同社のHCI(Hyper-Converged Infrastructure)ソリューションをエッジで利用可能とするとともに、Axis Communications、Dell EMCと連携したスマート監視ソリューションの提供や、Dell Technologies(VMwareの親会社)、Wipro Limitedと連携した資産管理サービスの提供などを行うとしている。

また、MWCに先立つ2月22日には、コネクテッドカーや自動運転車で利用される技術の標準化などを目的として、AT&T、デンソー、Ericsson、Intel、KDDI、NTTドコモ、NTT、トヨタなどが参加するAECC(Automotive Edge Computing Consortium)が正式に発足した。産業界と通信事業者が連携し、車に関連する膨大な量のデータを適切に処理するための、ネットワークアーキテクチャーとコンピューティングインフラストラクチャーの「進化」を促進するとしている。

実現するサービス

エッジコンピューティングで実現するサービスにはどのようなものがあるのだろうか。

AWSでは、IoT関連サービスでのユースケースとして、動画処理を挙げている。例として、交通カメラで機械学習を実行し、交差点を通過する自転車、自動車、歩行者をカウントし、交通の流れを最適化して安全を確保できる信号機のタイミングを割り出すサービスや、小売店で優良顧客の顔を認識して挨拶したり、特別の割引を提供したりするサービスが示されている。

また、車に関しても、コネクテッドカーのサービスや自動運転レベルの高度化には、ネットワークを活用し、センター(クラウド)と連携した処理が不可欠である。その際にはエッジコンピューティングにより、センターで処理すべき情報と、車の近くで高速に処理すべき情報を組み合わせ、例えば、車に道路上の障害物の情報を素早く伝えるといった機能が実現すると期待されている。車の安全に直接関わる情報をネットワークを介してやりとりする場合、極めて高い信頼性が求められる。社会的に受容される品質を達成するには、まだ時間を要するだろう。

まとめ

少なくとも当分の間は、上に述べたようなデータの増大とネットワークの遅延、信頼性やコスト、情報管理の問題が新たなサービスの普及・発展の足かせになることから、エッジコンピューティングアーキテクチャーの検討が不可欠になると考えられる。Gartnerの予測によれば、2022年までに、エンタープライズで生まれるデータの75%が、データセンターやクラウド以外の場所で生成され、処理されるようになる(現状は40%)[7]として、今後エッジコンピューティングの活用がさらに進むとされている。これまでに述べた動きは、その先行的な取り組みと言えるだろう。

ただし課題も存在する。その一つは、どこをエッジと捉え、どのようにリソースを分散するかである。各社とも、自社のリソースがある場所や自社の強みを活かせる場所にリソースを展開したいだろう。例えば通信事業者はAT&Tのように、局舎や基地局など自社が従来持つ設備を効率的に活用したいと考えるかも知れない。しかし、遅延の問題一つを取ってみても、問題はトポロジーであって必ずしも物理的な距離ではなく、地理的に近くにあるからといって遅延を解消できるとは限らない。また、築年数の長い局舎のような従来拠点をエッジデータセンターとして活用することが経済効率的であるとも限らない。一方、クラウド事業者にも、ユーザーに近い場所に設備を持たない場合でも、ユーザーに過剰な処理を負わせることなく(ユーザー側で大きな処理が発生するならばそれはオンプレミスへの逆行とも言える)、近傍での処理を可能とする仕組みを作ることが求められるだろう。

理想的な処理形態はビジネス上の要求条件によってさまざまに異なる。さらに、サービス提供側としては、個々のユーザーの要望に応えてばらばらに個別システムを構築するだけでなく、それらを共通化、集約して”as a Service”化し、スケールメリットを出すことも必要になるだろう。その場合、当然、どこかに強みがなければならない。システム全体を俯瞰し、知能(データ処理)部分、データを効率的かつ安全にやりとりする部分、デバイスからデータを取り出す部分など、それぞれでの強み・弱みを考慮する必要がある。また、データを処理してユーザーに返すだけでなく、得られたデータのさらなる活用も検討すべきだろう(もちろんプライバシーや権利関係には留意する必要があるが)。集約サービスを汎用的なものとするか、産業別の特性に応じて分けるかも検討のポイントとなる。

1社ですべてを提供するのではなく、通信事業者、クラウド事業者、各産業の企業やシステムインテグレーターなど、相互補完が可能な企業同士の連携によってサービスを強化することも考えられる。これからも競争と最適解の模索が続くものと思われる。

[1] M. Satyanarayanan, P. Bahl, R. Caceres, and N.Davies:“The Case for VM-based Cloudlets in Mobile Computing,”IEEE pervasive computing, October-December 2009.

[2] NTTニュースリリース「高レスポンスやビッグデータ処理が要求される新たなアプリケーションの開拓を推進する『エッジコンピューティング構想』を策定」https://www.ntt.co.jp/news2014/1401/140123a.html  (2014/1/23)

[3] 構造定義を持たない非定型なデータ。メール、文書、画像、動画や音声などのほか、Webサイトのログやバックアップ、アーカイブなども含まれるとされる。

[4] Ed Anderson, “Defining and Implementing Your Enterprise Cloud Strategy”(Gartner IT Infrastructure, Operations Management & Data Center Conference 2017(2017/12) プレゼンテーション資料)

[5] Bob Gill, “Reimagining Data Centers on the Edge —TheEdge Computing Roadmap”(Gartner IT Infrastructure, Operations Management & Data Center Conference 2017(2017/12) プレゼンテーション資料)

[6] AT&Tニュースリリース “The Cloud Comes to You: AT&T to Power Self-Driving Cars, AR/VR and Other Future 5G Applications Through Edge Computing”(2017年7月)

[7] William Maurer, David Edward Ackerman, “Magic Quadrant for Data Center and Infrastructure Utility Services Outsourcing, North America”, (Gartner IT Infrastructure, Operations Management & Data Center Conference 2017(2017/12) プレゼンテーション資料)

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

左高 大平 (Taihei Sadaka)の記事

関連記事

InfoCom T&S World Trend Report 年月別レポート一覧

2024(24)
2023(91)
2022(84)
2021(82)
2020(65)
2019(70)
2018(58)
2017(32)
2016(26)
2015(26)

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード