世界の街角から:ボストン ~ICT社会に生きているということ

例年8月は夏休みを兼ねて、AOM(Academy of Management)という米国で開催される経営学会の年次大会に参加しています。今年は歴史と大学の街、ボストンでの開催でした。
参加者は2万人を超え、少しでも経営関係の本をかじった人なら誰でも知っている当代の経営学者が綺羅星のごとく集まり、研究発表の数も2,000を超えるため、AOMはコンベンションセンター以外に、シェラトンやヒルトン、ウェスティン、パークプラザなどの名だたるホテルのコンファレンスルームを1週間近く丸ごと借り切って行われます。先生や友人と分担して朝から晩まで回っても、すべてのセッションに参加することは不可能です。それでも仕事の出張と違って随分と気が楽なのは、“カイシャ”の看板を背負って誰かとハードネゴシエーションをしなくてもいいことや、時間の使い方を自由に決められることです。セッションは好きなテーマだけ選べばいいし、人前でモノを言うエンジンがかかるのが遅い私でも気兼ねなく本音を言えるのは大変気持ちが良いもので、思いっきり学生気分に戻れてしまいます。

【写真1】AOMメイン会場となったハインズ・コンベンションセンター
(出典:文中掲載の写真はすべて筆者撮影)
朝早くからセッションを渡り歩き、スキマ時間には野良猫のように飛び出して街中を探索し、夜は師匠や学友と食べ歩き、日本では考えられないようなフットワークで1週間を過ごしました。ここでどんな最新研究に触れてきたかは稿を改めて報告するとして、今回はスピンアウト系のご報告をひとつ。いよいよ帰国の途につこうと、勝手慣れたるUberを呼んで、ボストン・ローガン空港へと向かった時のことです。
やってきたUberの運転手さんは、いかにも人は良いが機転は利かなさそうな感じの、おっとりしたオジさんでした。ランデヴーに手間取り、走り出してからいきなり「自分は田舎の方に住んでいるんだ……」などと言いだしたことは、後から思えば予兆だったのかも知れません。しかしボストン中心部から空港までは、広い道をほぼまっすぐに10キロ足らずの道のりです。その時は適当に相槌を打ちながらすっかり安心して乗車していました。
しばらくして「はい、着いたよ」と車が止まったのは、空港とは似ても似つかないウォーターフロントの公園のようなところでした。私と、一緒に乗っていた後輩が二人で、
「え? ここは、どう見たって空港じゃないでしょ」と言っても、
「だけどGPSの地図がここだと言っているよ」(確かに車の地図ではそうなっている……)とオジさん。
本当は今どこにいるのか、「ここのどこに飛行機がおるねん、見たらここ空港やないってわかるやろ~。」と、もちろん英語で話しているのですが、このあたりから混乱した私の脳内機能がみるみる関西弁モードになっていきます。
「ちょっと聞いてくる」と言いながら、よろよろとオジさんが車を降りて、止まっている消防車に道を聞きますが埒があきません。オジさんがオロオロしながら迷走し始めるので、「まてまて、ちょっと~」と言いながら、いったん車を停車させるのですが、実は私も筋金入りの方向オンチで急にはどうしたらいいのかわかりません。オジさんはしまいには、「やっぱりさ、GPSがここだと言っているからここが空港なんだよ」などと言いだす始末です。その時、私の中で何かのスイッチが入ったような気がしました。
「わかった。もういいから私の言うとおりに走って。空港までナビゲーションする」
内心はもう、口から心臓が飛び出しそうです。住み慣れた東京の街中でさえ道に迷い、このボストンの1週間でも迷子になりまくった私が、スマホの地図を片手に英語でリカバリーなどできるのか、フライトには間に合うのか、Uberのシステムはどう反応するのか、イレギュラーな対応をしたオジさんは誰に叱られることになるのか、まさか自分の地図まで間違っていないだろうな、シンゴジラのテーマ音楽等々、余計なことまでが頭の中を駆け巡ります。
その間もオジさんは涙目になりながら、壊れたレコードのように “I trust you.”、”I’ll just follow you.”、”Is it OK?”、”Am I right?”と繰り返し、まるで初めて車を運転する人のようにハンドルにしがみついて車を走らせます。「オッちゃん頑張れ、ワシがナビしたるさかいにな〜」とばかりに、“Don’t worry, It’s OK. I direct you the way!”、「一方通行だから、その角は右に曲がって大回りで方向を変えてリカバリー」「次に何か言うまでずっと直進ね」「はい左の車線へ入る!」などと叫び続け、やがて道に空港への交通標識が現れ、どう見ても間違いない空港の風景が眼前に広がってきた頃には、こちらの頭の中の方が壊れかかっていたのではないかと思います。
“We did it!”などと言いながら空港で荷物を降ろし、別れ際に「チームだったよな」と言い合ってしまうあたりが米国のいいところだと思いますが、フライト前に空港で食べたボストンクラムチャウダーの味を、私は一生忘れないと思います。

【写真2】ボストンクラムチャウダー
興奮した頭のままこの顛末をFacebookに投稿したところ、即座に「よかったね」「なんだ、その安っぽい青春ドラマみたいな展開はw.」「本当に勉強しに行っていたのか?」などと、親しい人々から各々、その人たちらしい反応が次々にありました。それでやっと気持ちが落ち着いていったこともICTあればこそ、Uberに翻弄されスマホでリカバリーする大冒険も、ICT時代ならではの出来事です。

【写真3】ボストンローガン国際空港出発ゲート
データ経営研究の権威であるトーマス・ダベンポートは、データアナリティクス社会で最重要視されるのは、分析を元にモデル化された最適行動を特定し、人々に提示する「指示的アナリティクス」だと主張しています。今回のできごとに高尚な教訓などどこにもありませんが、時に間違ったナビゲーションをしてくる可能性への代替策を持たないまま特定のシステムに依存することの怖さを垣間見つつ、そういう世界に生きているのだなとつくづく思ったことでした。
あのオジさんはボストンの空の下で、今ごろどうしているのでしょう。頑張ってくれて、おおきに、ありがとうね。
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宮元 万菜美(退職)の記事
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