Collision 2023参加レポート -成長を続けるCanadaのStartupコミュニティ-
本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。
July 4thはアメリカの247回目の独立記念日でした。私の住んでいる地域では花火はあげられませんでしたが、Mountain View市やCupertino市があげる花火の音が聞こえてきました。それが終わると、毎年のように近所の公園や人気がなくなった駐車場などで違法花火があげられていました。そして、今年も違法花火の火が森林に引火して家を消失するほどの山火事が起きたようです。
さて、今回は6月後半にCanadaのToronto市で開催されたStartupの祭典のCollision 2023についてお伝えします。Collision 2023はToronto市の市長選挙、Pride Parade、そしてCanada Day(Canadaの独立記念日)とToronto市に人が集まりやすいタイミングで開催されました。
1. はじめに
(1) Toronto市エリアの様子
個人的にはToronto市は以前は金融街という印象を持っていたが、今はAiやSaaSなどのハイテク企業がToronto市から数多く誕生している。それを裏付けるように、Toronto市は2017年から2021年の4年間は、エンジニアの採用人数がSan Francisco市、Seattle市を抑えて北米で一番多い都市となった。コロナの影響もあると思うが、この期間に約86,000人のエンジニアが流失したNY市とは対照的だ。その結果、エンジニアの数はSan Francisco市、Seattle市に次いで北米第3位の都市になった。
JETRO Toronto事務所の調査によると、Toronto市があるOntario州はカナダで一番日系企業が多い州だそうだ。Vancouver市があるBritish Colombia州が日本人が多い一番多いと思っていたが、Vancouver社はワーキングホリデーや学生などの日本人は多いが、日系企業の数はToronto市に及ばないそうだ。
Toronto市にエンジニア、企業が集まる理由は、優秀な大学、AI開発で有名なコミュニティ、そして起業家を支援するAcceleratorがToronto周辺に集まってからだそうだ。AIを例にとると、世界的に有名な研究者と連携するため、日本の企業が次々とCanadaに拠点を構えているという。
(2) Waterloo大学エリアの様子
oronto市の中心地から65mile離れた場所にあるWaterloo大学もイノベーションの震源地として有名だ。Waterloo大学はMicrosoft社やGoogle社などのハイテク企業に数多くの学生を送り出している。Microsoft社に関しては、"Waterloo大学は世界で一番多くMicrosoft社にエンジニアを送り出している大学"と言われていた時もあった。
Waterloo大学は1957年に設立され、2021年には約7,000人の在校生、2,000人の修士課程、350人の博士課程の学生が在学していた。
Waterloo大学は多くの分野で成果を上げているが、なかでもCybersecurity、量子コンピューター、AI、Roboticsが世界的に有名だ。AIに関しては、AI専用の研究棟を建設するくらい力を入れている。また、ソーラーカーの研究開発にも積極的で世界的なレースで優秀な成績を残している。
Waterloo大学はCybersecurity、環境(Water、Sustainability、Energy、Climate)、量子コンピューターなどの団体を設立し、日本の大学も共同開発に参加しているようだ。
このような活動を背景にWaterloo大学は、Innovativeな大学、企業への就職率、在学中の起業率、高度な研究開発のそれぞれで1位の評価を受けている。他にもBoston市、NY市、Detroit市、Chicago市などのアメリカの大きなMarketにすぐにアクセスできることもWaterloo大学の強みとなっているようだ。Collision 2023のセッションでも、成功したCanadaのStartupが"Go USA, Do Business in USA"と投資家からアドバイスを受けたと話していた。
2. Collision 2023
(1) カンファレンス概要
Collision 2023はStartupの祭典として有名で多くのStartup、企業、投資家、政府が参加する。2019年までは5月末に開催されていたが、COVID-19の影響を受けて2022年からは6月末に開催されるようになった。CollisionはPortugalのLisbon市で開催されるWeb Summitの兄弟イベントで、CollisionはCanadaで開催されるため、次のMarketとしてアメリカを視野に入れているStartupやアメリカのStartupが多く参加していることがWeb Summitと違う点だ。そのため、北米を拠点としてイノベーション活動をしている企業にとってCollisionは、Web Summitと比べると連携の可能性が高いはずだ。
カンファレンスは、Expo、Startup Pitch、Keynote、Panelで構成されている。
(2) Startup
多くのStartupは、展示目的で参加しているが、主催者に選ばれたStartupは、展示以外にPitchを行う。Startup Pitchは、Startupから直接サービスの内容を聞く良い機会だが、Expoは500社以上のStartupが日替わりで展示しているため、Startup Pitchに参加しているとExpoを全て見られない。そこで、私はStartup Pitchには参加せずに、CEOなどから直接話を聞くことにしている。
Collision 2023に参加していた1,500社以上のStartupを成長ステージごとに分類すると、Early Stage Startupが約4分の3を占めていた。Early Stage Startupをカテゴリーごとに分類したところ、Startupが一番多かったカテゴリーはAI/Data Science、2番目はCommerce/Entertainment/Telco、3番目はMedia/Energy/Sustainabilityだった。
(2-1) Startup紹介
ここからは、Expo会場で興味を持ったStartupを簡潔に紹介する。
(a) Network
(a-1) LatenceTech社
LatenceTechはEnd-to-Endで通信の遅延を分析できるプラットフォームを提供しているStartup。Collision 2022の最終日の終了間際に同社と話をした時、"アプリケーションでの遅延も考慮したEnd-to-Endでの遅延の分析技術を有している。"というサービス内容に関心を持ち、Collision 2022のレポートで紹介した。
今年は、参加者リストから私の名前を見つけてLatenceTech社から打ち合わせのオファーがあった。同社は、この1年間に注目すべき機能を開発していた。一つ目は、通信プロトコルにおける遅延の分析機能。二つ目は、過去のデータや時系列データを元に将来の遅延の予測機能だ。
LatenceTech社はリアルタイム性を必要としているMetaverse、自動運転、遠隔医療、遠隔操作などのTeleOperationの分野を優先し、ビジネス開発をしているそうだ。
Networkエンジニア目線で考えると、同社のアルゴリズムをEdge Computerに組み込むことで、LatenceTech社の分析結果を元にした帯域制御やルート制御も可能になるにではないだろうか。同社のソフトウェアは軽量なため、コンピューターリソースが少ないコンテナ環境やRaspberry PIのようなデバイスでも動作する。
(b) Sustainability
(b-1) Aer Labs社
Aer Labs社は、Apple AirTagのような小さなデバイスとMobile Appを使って大気の状況を分析し、分析結果をCloudで管理するPlatformを提供しようとしている。同社は、Google Mapsのように空気の品質に基づいたナビゲーション機能や大気汚染の状況を家族や友達と共有する機能を提供予定のようだ。Mobile AppはCollision 2023後なるべく早くリリースしたいと言っていたが、デバイスは2023年末ごろのリリースになるようだ。
第60回のSilicon Valley通信(2020年9月)で紹介したBreezoMeter社も公開データをもとに大気汚染や花粉の飛散状況を分析・公開するサービスを提供していた。BreezoMeter社は2022年10月に$200M+でGoogle社に買収され、ClimateTechに高い関心が集まっていることを感じた。
北米では西海岸だけでなく東海岸でも山火事の被害が発生し、大気汚染への関心がさらに高まっている。もしかしたら、Aer Labs社は第二のBreezoMeter社となるかもしれない。
(b-2) EV Initiative社
EV Initiative社は、EV Charging Station事業者向けにインフラ以外のEV Charging Platformを提供しているStartupだ。具体的な事業者名は教えてもらえなかったが、EV Initiative社のCOOのWarren Navarro(以降、Warren)さんは、「私たちのPlatformはSan Francisco市周辺、Sacramento市周辺のEV Charging Station事業者に使われている。」と教えてくれた。またWarrenさんは、「日本のEV Charging Stationサービス事業者とも契約の話を進めている。」と話してくれた。このサービス事業者についても名前は教えてもらえなかったが、粘った結果、大阪の通信事業者だというところまでは教えてくれた。もしかしたら、日本の事業者もEV Initiative社のようなパートナーと連携することで、EV Charging Platformerとなれるのではないだろうか。
(c) IoT
(c-1) NaqiLogix社
NaqiLogix社は、微妙な首や表情の動きでパソコンのキーボードなどを操作できるEarbudsのようなデバイス(写真5の右の写真)を開発している。NaqiLogix社のCo-FounderのJohn Occhipinti(以降、John)さんが会場で名刺の情報をパソコンに入力するデモを見せてくれたが、傍目にはじっと名刺を凝視しているだけにしか見えなかった。
Tobii社のEye Trackerのように視線でパソコンの制御をする製品はあるが、製品が高い上に慣れるまでには時間を要する。Johnさんはデモを終えると少し疲れた表情を見せていたので、同社の製品も慣れるまでには時間がかかるかもしれない。
同社はCollision 2023期間中に投資家やパートナーとの打ち合わせが多く設定されているようで、デモ機の展示とデモは午後の2回に限られていた。デモには第三世代のPrototypeが使われていたが、「製品化にはまだ改良が必要でもう少し時間がかかる。」とJohnさんは言っていた。
(d) FoodTech
(d-1) MycoFutures社
Collision 2022ではリンゴの皮から人工皮革を作るStartupに出会ったが、Collision 2023ではキノコから人工皮革を作るMycoFutures社に出会った。キノコも本体ではなく、石付きの部分を利用するため、キノコ農家は育てたキノコを余すことなく活用できる。キノコは代替え肉としての活用も進んでいて、健康だけでなく環境面でも効果が期待されている。
(e) FemTech
(e-1) Joni社
Joni社は竹から作った生地を使った生理用品を開発している。製品は、コーンスターチから作った素材を使って個別梱包されている。市販されている製品よりは3割程度割高のようだが、「とてもエコなのよ」と説明してくれた。Joni社のビジネスモデルはB2B2Cモデルで、企業、大学、駅、空港などの人が集まる場所に同社のディスペンサーを設置して、必要な時に手軽に購入できるようしたいと言っていた。ただ、設置には政府の認可が必要で、製品開発と同時に認可の取得にも努めているそうだ。
(f) EnterpriseTech
(f-1) Agilicus社
Canada Ontario州政府に紹介されたAgilicus社は、Zero Trust AccessをAll-in-Oneで提供するToronto市ベースのStartupだ。Agilicus社のZero Trustはインフラ設備へのアクセスをセキュアにするものだ。「既存の技術では、Firewallを導入していてもハッカーにアプリ、Desktop、インターフェスなどのインフラ情報を見破られてしまう。Agilicus社はまずはそこを秘匿化することから始めた。」とAgilicus社のCSO(Chief Strategy Officer)のAngelo Compagnoni(以降、Angelo)さんは同社のサービスコンセプトついて説明してくれた。その上でAgilicus社は、ユーザーの権限に合わせてインフラへのアクセスを制御できるようにした。同社のユーザー管理は単一の企業内だけでなく、パートナー企業、コントラクターも管理できるようになっている。
同社のシステムはOktaのようなID管理システムとの連携も可能なっていて、Supply Chainに参加している企業が異なるID管理システムを採用しても問題なく環境構築できるそうだ。
Agilicus社について説明してくれたAngeloさんは、日本でもビジネスを展開しているSandvine社でVP of Salesを担当していたため、日本市場には関心を持っているそうだ。
(f-2) BoostDraft社
BoostDraft社はJetro Torontoの支援を得て、Collision 2023に参加した日本、米国で活動しているStartupだ。BoostDraft社は、難解なLegal Documents(法務文書)をAIを使って簡単に編集、閲覧、管理できるソリューションを提供している。例えば、文書を読んでいる時に「この参考情報ってどこに書かれていたか?」と思って、文書内を検索したり、文書内をスクロールした経験は誰でもあるはず。BoostDraft社が解決したい課題はそれだ。具体的にはBoostDraft社はMicrosoft Word(以降、Word)向けにAIをベースにしたAdd-onアプリを開発している。Collision 2023会場では、単語をハイライト化して、その単語の定義をPop-up画面で表示するデモを見せていたのだが、Word文書の高度化のためにユーザーがやることは同社のAdd-onアプリをWordにインストールするだけだ。BoostDraft社のAdd-onアプリは、ユーザーがWord文書を読み込むと同時に、Word文書を高度化してくれる。設立後2年と若いStartupだが、日本の法律事務所トップ20のうち、17社が同社のサービスを利用しているそうだ。また、大手企業の法務部門への導入も進んでいるという。
扱う文書の性格上、ローカルだけで動作することが日本の法律事務所、企業の法務部門の支持されている理由だそうだ。
(f-3) HearU社
「ハラスメント対策は社会課題の一つだ。しかし、表面に現れるものはごく一部で、被害に遭った人が報告を躊躇している。」とHearUを開発した背景をHearU社のCo-FounderのGabby Zuniga MIR, CHRLさんは説明してくれた。HearH社はハラスメントの被害者が躊躇することなく被害を報告できるように、シンプルなUIで被害の状況、被害の内容を報告できるようにした。Collision 2023の期間中に同様なサービスを開発しているStartupを見かけたので、"ハラスメント対策"に関するマーケットはこれから成長するかもしれない。
(f-4) Meetingful.ai社
Meetingful.ai社はGen-AIを活用した会議の議事メモを自動生成するサービスを開発している。Meetingful.ai社のサービスは単なるVoice-to-Textサービスではなく、会議参加者ごとの発言を分析し、発言時間、発言内容のポジ・ネガ分析、重要キーワード抽出、Action Item生成もしてくれる。また、複数の会議の内容から進捗状況、課題も可視化してくれるそうだ。ただ、デモで見せてくれた画面は説明の内容とは少し違っていたので、Follow upで確認する必要がある。
Meetingful.ai社はCollision 2023に参加していた日系企業も関心を持ったようなので、そのうち日本市場に登場するかもしれない。会場では多言語のデモは見られなかったが、同社はすでに日本語を含む数十の言語に対応しているそうだ。
(3) Startup Pitch Battle
Collision 2023の主催者発表によると、Collision 2023に参加したStartupは1,727社だったそうだ。その中から選ばれた70社のStartupがStartup Pitch Battleに選ばれた。そしてFinalistとして選ばれたのが、Food TruckやOn-demand Meal Service事業者のために使っていないキッチンをOn-Demand Kitchenで予約できるサービスを提供しているSyzl社、AIで使ってPatent情報の検索サービスを提供しているNLPatent社、不動産投資のバリアーをさげ、投資家とプロバイダーを繋げるMarketplaceを提供しているFractionum社の3社だった。
Audienceの半数以上の予想通り、優勝したのはSyzl社だった。Syzl社のCo-Founder & CEOのAzrah Manji-Savinさんに準決勝の後話を聞くと、「Food Truckをやりたいけれどキッチンがなくて困っている料理人が多い。そういう料理人をサポートするためにSyzl社を立ち上げた。」と説明してくれた。
Syzl社のPlatformを利用すると、Food Truck事業者はお店を出したい場所の近くで利用できるレストランのキッチンを時間単位で利用することができる。Syzl社のサービスは新手の隙間ビジネスとも言える。現在、Syzl社はToronto市の約70のレストランからキッチンの提供を受け、数千のFood Truck事業者がSyzl社のPlatformを利用しているそうだ。
日本では、Food Truckで料理を販売する場合、保健所の許可が必要となる。また、給水・排水タンクの容量により調理内容も制限されているため、日本市場でもSyzl社のようなサービスは潜在的なニーズがあると思う。
3. おわりに
Collision 2023では本当に多くのStartupが参加している。しかも日替わりで出展するので、「後で見よう!」が通用しない。Collision 2023はCanada政府、Canadaの各州が積極的に後押ししているため、CanadaのStartupの参加が非常に多いが、先述した通り、CanadaのStartupが成長を求めて米国へとやってくる。また、Startupがターゲットとしている分野はAI、Security、Financeなど、世界的なトレンドと合致する。そのことを考えると、早い段階からCanadaのStartupに注目すべきだと考える。
Sandvine社やBlackberry社など、業界から注目され一時代を築いた企業がToronto市周辺、Waterloo市周辺から生まれていたことを考慮すると、CanadaのOntario州から目が離せない。このレポートを読んでCollisionに興味を持った人は、来年はぜひ参加してほしい。
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