映画『ホビット 決戦のゆくえ』とヴァーチャル・リアリティ

少し前のことになるが、『ホビット 決戦のゆくえ』を見た。J・R・R・トールキンの『ホビットの冒険』を原作とする3部作の最終話である。同じくトールキンの『指輪物語』を原作とする『ロード・オブ・ザ・リング』3部作の前日譚にあたる。『ロード・オブ・ザ・リング』の最終話『王の帰還』は、アカデミー賞で(『ベン・ハー』『タイタニック』と並ぶ)史上最多の11部門を受賞している。役者が誰一人としてノミネートもされていないのはご愛嬌というか、作品の性格上誰が主役で誰が助演かわからないのでやむをえないだろう。
前シリーズは繰り返し見ている。そして、『ホビット』シリーズも毎回楽しみにしていた。しかし、率直に言って2作目の『ホビット 竜に奪われた王国』は、少しなかだるみしたと思う。そもそも、全3巻(日本語訳の文庫本は追補編を含めると10冊本)からなる『指輪物語』に比べて、『ホビットの冒険』は、全1冊の子供向け小説である。同じ3部作にするのはかなり無理があったのだろう。また、前シリーズでは2作目から大活躍したゴラムが、今回は1作目で出番を終えてしまったのも大きい。
しかし、最終話は、クライマックスをうまく盛り上げて楽しませてくれた。壮大な戦闘シーンは、ピーター・ジャクソン監督の持ち味が十分に生かされていると思う。3部作を通して、主人公ビルボの若い時代以外は、前シリーズの俳優に同じキャラクターを演じさせているのも素晴らしい。さすがに、約10年たって、以前より若い役を演じるのは結構辛かったと思うが、メイクやCG技術のおかげか、あまり違和感なく楽しめた。
ところで、今回は4DXで鑑賞してみた。4DXというのは、最近提供が開始された、映画の臨場感を高める物理的な仕掛けである。まず、映像に合わせて椅子が上下・左右・前後に動き、まるで自分がシーンのなかにいるかのような感覚を与える。ディズニーランドの『スター・ツアーズ』をイメージしてもらばよいだろうか。そして、場面にあわせて「水」「風」「フラッシュ」「香り」「煙り」などで、映画を体感できるようにする。これらと、3D映像の組み合わせは、ディズニーランドでいえば「ミクロアドベンチャー」に近いだろうか。とにかく、映画館のなかに遊園地のアトラクションを入れたような感じである。飲食物を持ち込む際には、入り口でカバーを掛けられるし、壊れやすい貴重品はロッカーに預けることが求められている。
例えば、カメラが上空から景色を舐めるように撮していくシーンでは、自分が空を飛んでいるようなGがかかる。戦闘シーンではフィジカルな振動や衝撃を受ける。確かに面白かったが、長くても数十分のアトラクションと違って、2時間以上になる映画作品をこれで見るのはちょっと疲れる。正直なところ、通常版と比べてどちらが映画として楽しめるかはちょっと微妙な気がする。また、『ホビット』では、オークやトロルと言った化物系キャラが出てくると微妙な悪臭がするのが、個人的にはちょっとつらかった。これも短時間のアトラクションなら面白い仕掛けとして、楽しめたように思う。
このサービスは、バーチャル・リアリティの実用化の一例だといってよいであろう。4DXは、映画館での娯楽という制約からくる不自然さがある。しかし、本格的なヴァーチャル・リアリティ技術では、不自然な感じや、閉じ込められた装着感が、かなり解消されつつある。最近では、指先に一定の刺激を与えることで、ある方向に引っ張られるような感触を与える機器なども、開発が進められているという。これらが巧妙になっていくと、リアルな体験とヴァーチャルな体験の境界がだんだんに曖昧になっていくはずだ。しかし、これらの技術は、人の感覚をごまかす技術である。ほんとうの意味で現実と区別がつかないレベルまで技術が進んだ場合、人の感覚に悪影響はないのか。杞憂にも思えるが、そうした検証も行っていく必要があるのだろう。
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