IoT×ビッグデータ×人工知能がもたらすもの
政府は「日本再興戦略」改訂2015(平成27年6月30日閣議決定)の中で、“IoT・ビッグデータ・人工知能による変革は、従来にないスピードとインパクトで進むものと予想されるが、やや出遅れがちの我が国に試行錯誤をする余裕はない”と厳しい調子で述べて、官民で共有できるビジョンの必要性を取り上げています。具体的には、(1)IoT・ビッグデータ・人工知能のもたらす産業構造、就業構造、経済社会システムの変革が、いつ頃どのような形で生ずるのか、(2)企業にとってどのようなビジネスチャンスが生まれてくるのか、(3)政府や民間企業はどのような対応(規制制度改革、研究開発・設備・人材投資等)を進めておく必要があるのか、対応を怠った場合に日本企業が立ち遅れてしまう可能性があるのか等、時間軸を含めた検討を行うと明言しています。
これを受けて、経済産業省の産業構造審議会では9月17日に「新産業構造部会」を設けて初会合を開催しています。現在毎月1回程度開催されていて、2016年春に取りまとめを行うことになっています。この新産業構造部会での検討結果は、2016年夏に予定される政府の成長戦略に盛り込まれることが予想されます。新産業構造部会は伊藤元重(東京大学大学院経済学研究科教授)部会長はじめ合計15名の有識者委員で構成されていて、検討状況・方向に注目が集まっています。
IoT、ビッグデータ、人工知能 (AI) を含めたICTの発展動向や経済・社会への影響の予測については、今年6月に報告書が公表された総務省情報通信政策研究所による「インテリジェント化が加速するICTの未来像に関する研究会」のメインテーマとなっていて、「インテリジェントICT」というキーワードが提唱されています。この研究会は村井純慶応義塾大学環境情報学部長が座長を勤められ、また松尾豊東京大学大学院工学系研究科准教授もメンバーとなっていましたが、両氏とも今回の新産業構造部会の委員に加わっていますので、インテリジェントICTに関してもさらに議論が深まることを期待しています。これまではどうしてもIoTやビッグデータの技術開発と産業化・サービス化が先行していますので、ICT分野からの切り口ではIoT×ビッグデータの見立てでクラウドサービスとインフラ・ブロードバンドネットワークに比重がかかった議論が中心だったと感じています。
今回はいよいよ政府の成長戦略の中核に、IoT、ビッグデータ、人工知能といった破壊的イノベーションによる「第4次産業革命」を据えようという狙いが見えます。ここではICTと言いながらも、クラウドやブロードバンドはもはや自明の条件となり、IoT×ビッグデータ×人工知能 (AI) の連携がこれまでにない何をもたらすのかが鍵となります。例えば、新しいものづくりシステム(現状ドイツのIndustrie 4.0が有名)、最適のエネルギーバリューチェーン、地域包括ケアシステム、意思決定可能な災害予測システム、高度道路交通システム(地域向け小型自動走行システム)、多言語音声翻訳システムなど多方向に渉る破壊的イノベーション戦略が可能になります。通信の領域ではICTネットワーク基盤技術や5G/Beyond5Gモバイルネットワーク技術、衛星・極限環境通信技術などが重点研究開発課題となりますが、加えてセンサー、ロボット、サイバーセキュリティに関する技術およびソーシャルデータ・社会知解析といった新しい分野の技術も研究開発が必要となります。まさに科学技術イノベーション総合戦略の総花的課題なのですが、IoT×ビッグデータ×人工知能 (AI) の連携がもたらすメインストリームは何なのかについて考えてみたいと思います。
政府の成長戦略が提起した迫り来る変革(第4次産業革命)では、日本は出遅れているというのが官民共通の認識となっています。つまり国際的な競争力の強化を図るべく中核となるテコをIoT×ビッグデータ×人工知能 (AI) に据えたということで、アベノミクスの第2ステージとして供給サイドの伸びが今後の成長力を規定するとの理解で成立しています。生産性革命投資を目指しているということです。しかし、これだけでは単なるIoTやロボット、省エネ投資の拡大であり、クラウド化によるビッグデータの収集・蓄積・解析に過ぎません。私はIoT×ビッグデータ×人工知能 (AI) という3分野連携の本質は“あらゆるものがネットワーク化されることにより、必要なもの・こと(サービス)を、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供でき、社会の様々なニーズに対し、きめ細やかに、かつ、効率良く対応できる「超スマート社会」ともいうべき社会”(科学技術イノベーション総合戦略2015〈平成27年6月19日閣議決定〉)の実現にあると思います。即ち、(1)本格的なスマートファクトリー(考える工場)によって需要に即応すると同時に大幅にコストを低減して、需要先導型で生産性を高め満足度を上げること、(2)これまで人の知見や認識では十分な判別ができなかった自然現象や経済社会現象、さらに脳などの生体活動を特徴表現学習によって認識して対応可能とすること、を実現することではないでしょうか。これまで○○×ICTという形で実現を目指していたことが、IoTとビッグデータに人工知能 (AI) が加わることで本格的な道筋が描けるようになってきたということです。ビッグデータを蓄積して解析・利用するに際して、人工知能 (AI) を活用することで意味ある情報となり評価・判断が可能となります。発展途上にある人工知能 (AI) をいかに取り入れて使うのかは日本はまだ遅れていますし、法制度や規制だけでなく人の意識や習慣も変化に抵抗しがちです。ロボットを癒しや愛玩の対象とか人間の代替としてだけ捉えてはなりません。そこに人が人工知能 (AI) を使って何かを達成する意思や行動が求められるのです。
IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)の連携・発展は産業構造や就業構造を変え、産業の国際競争力に強いインパクトを与えていくことでしょう。通信サービス産業においてもIoT、ビッグデータにととまらず、人工知能 (AI) の通信システムへの導入や顧客サービス提供に活用すべき流れにあります。人の能力と人工知能 (AI) の協調・相互支援が最大の機能発揮に繋がることになるからです。
(追伸)
上記の小論を書いた後に、さらに“IoT・ビッグデータ・人工知能時代に対応し、企業・業種の枠を超えて産学官で利活用を促進するべく「IoT推進コンソーシアム」”が10月23日に設立されました。
このIoT推進コンソーシアムは経済産業省と総務省の支援の下、民間主導の組織として設立されたもので、会長に村井純 慶応義塾大学環境情報学部長・教授が、副会長に鵜浦博夫 日本電信電話(株)代表取締役社長と、中西宏明 (株)日立製作所執行役会長兼CEOが選任されています。活動としては、技術開発WG(スマートIoT推進フォーラム)と先進的モデル事業推進WG(IoT推進ラボ)の2つの流れが示されています。ここでも政府の「日本再興戦略」に基づいて、産学官でこの3つの技術の利活用を促進しようとする姿勢があります。IoT×ビッグデータ×人工知能の融合が生み出すオール・ジャパンの取り組みと標準化の国際展開に希望を持っています。セキュリティやプライバシーの領域を含めて新しい産業の創出に繋がることを願っています。
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