激変の時代を迎える広告業界~テレビからネットへの主役交代とアドブロックの台頭~

今、広告の世界において、大きな転換期が訪れている。世界の広告市場規模は5,696.5億ドル(約62兆円)。この超巨大市場がテクノロジーの変遷により、今まさに大きく変貌を遂げようとしていると同時に、広告の在り方そのものが問われ始めている。
広告市場の変化
テレビからネットへ
広告の媒体として、これまでは長年にわたり、テレビが最も活用されてきたことは当然のこととして認知されている。しかしながら、ついにその常識が崩れ始めている。
広告費が投下される媒体として、テレビはそのシェアを年々落としてきており、それに代わりインターネット関連媒体が成長を続けている。
米国の調査会社eMarketerが2016年3月に発表した米国内の媒体別広告費支出に関する予測によると、2017年にはテレビが720.1億ドル(約7.9兆円)で全広告費支出の35.8%に対し、インターネット関連媒体への支出は773.7億ドル(約8.4兆円)と全広告費支出の38.5%を占め、インターネット関連広告支出がついにテレビを抜いて最大シェアを占める見通しとなっている。
また、同レポートによるとこの傾向は今後も続き、2020年にはテレビの全広告費支出に占めるシェアは全体の1/3を下回ると予測されている。
モバイルの台頭
インターネット関連の媒体の中では、特にモバイルが今後も大きく成長することが予測されており、同じく2020年にはモバイルを媒体とする広告費支出だけで、テレビと同等の額になるとみられている。
こうした広告媒体の利用状況の変化については米国のみならず、世界的に同様の傾向が見られるようになることが容易に推測できる。
アドブロックの台頭
アドブロックとは
こうしたインターネット関連媒体への広告費の投下が増加する一方、広告のターゲットとされるユーザー側では、近年、新たな兆候が顕著になっている。それがアドブロック (Adblock) だ。
アドブロックとは、文字通りウェブサイト上の広告を技術的にブロックし、表示されなくすることを指す。
アドブロックは、ブラウザーに広告を非表示にする機能をアドオンすることで目的を達成する。
急激なアクティブユーザーの増加
こうしたアドブロックを利用するユーザーは世界的に急激に増加しており、2010年では2,100万人であったものが、2015年6月段階ではその9倍以上の1億9,800万人にまで達している。
各国の利用状況
日本ではまだサービスそのものの認識が低いアドブロックであるが、欧米では既に普及が進んでおり、PageFair社の調査から代表的な先進国中で見てみると、ドイツではユーザーの25%、次いで英国が21%、米国が15%、そしてフランスが10%、といった割合でアドブロック利用が進んでいる。
米国4,500万人がアクティブユーザー
国別に見たアドブロックのアクティブユーザー数は米国が最大で4,500万人に達しており、2014年7月から2015年6月までの過去12カ月間で48%増加している。
英国においてはさらに普及の速度が速く、上記の同期間でアクティブユーザー数が82%増加し、1,200万人に達している。
広告業界への影響
2016年には世界規模で414億ドル(約4.5兆円)の広告収入を阻害
広告業界に対する経済的な影響は既に驚くべき数値となってきている。PageFair社の試算によると2015年の時点でアドブロックによって米国だけで年間107億ドル(約1.2兆円)の広告収入が阻害され、2016年にはその額が203億ドル(約2.2兆円)に至るという。また、世界的な規模での広告収入への影響は同じく2016年で414億ドル(約4.5兆円)の規模が予測されている。
危機感を募らすネットメディア
既存の収益モデルを破壊
特にバナー広告を主な収入源として各種の情報発信を行っているネットメディアにとっては、アドブロックは自社の収益モデルを根本的に阻害するものでしかない。
手探りのアドブロック対抗
こうした中、欧米のメディアではアドブロックへの対抗措置を手探りながら取り始めている。
ドイツの大手ニュースサイト「BLD.de」は2015年末より、アドブロックツール利用者に対して、記事の閲覧をブロックする措置を始めた。
米国においても大手メディアThe New York Times (NYT) は2016年3月に入り、アドブロックを利用しているユーザーに対して、同様の措置を取り始めている。
NYTはアドブロック機能を利用して同社サイトにアクセスした場合、トップページは広告が表示されないだけの通常の状態で閲覧できるが、そこから個別の記事につながるリンクをクリックすると警告文が表示され、ユーザーに対して有料購読申し込みページか、自社サイトをアドブロックを適用しないサイトとして登録する「ホワイトリスト」と呼ばれる方法を案内するページに誘引することを始めた。
始まりにしか過ぎない影響
モバイルのアドブロック利用は2%のみ
現在、アドブロックが利用されているのはPCが98%で、スマートフォン(以下、スマホ)やタブレットといったモバイル端末では2%に過ぎない。
しかしながら、Appleは2015年秋にiOS 9においてSafari上で機能するアドブロック(Appleはコンテンツブロックと表現)のインストールをサポートし始め、Androidにおいては代表的なアドブロックソフトであるAdblock Plusが今年1月22日には5億ダウンロードを突破した。これらソフトの登場・普及で、今後急激に状況が変化していく可能性がある。
モバイル環境で本領を発揮するアドブロック
実際はモバイル分野においてユーザーがアドブロックを利用するメリットは大きい。その理由は大きく3つ存在する。
(1)閲覧性の向上
スマホを中心とするモバイル端末は、近年ディスプレイの大型化が進んだとはいえ、PCに比べ表示可能な面積は小さく、一画面で取り扱える情報量は圧倒的に少ない。アドブロックを利用することで、これまで広告に占有されていた部分が消え、非常にすっきりとしたユーザーインターフェイスとなり、閲覧性が向上する。
(2)表示時間の短縮
バナー広告のようにデータ量が大きい画像等をスキップし、読み込みを止めることで、サイトによっては表示に数秒の差が発生することもあるという。これは、固定に比べ下り速度が安定しにくいモバイル回線ゆえに実感される効果である。
(3)ダウンロードデータ量の削減がキラーに
そして、モバイルでのアドブロック利用の最大のメリットは何よりダウンロードデータ量の削減にある。
ブログメディア等のサイト閲覧時には自分が読もうとしている記事のデータ以外にバナー広告等が同時にダウンロードされており、現状ではそれらのデータも課金対象のデータとして同じようにカウントされている。
データ利用量はユーザーの支払額に直結することから、ユーザーがこうしたデータ量の節約方法の存在に気付き始めると、料金にセンシティブな利用者層の間では、一挙にアドブロック機能の利用が普及していく可能性があることは容易に想像できる。
変化を求められる広告業界
業界の対応策
アドブロックに対する広告提供側の有効な手立てについては、現時点では決め手に欠けるのが実情だ。
一例としては、モバイル環境におけるアドブロック対策として、ブロックの対象とならないアプリを積極的に利用することを推奨している団体もあるが限定的な対策に過ぎない。
対応を余儀なくされるGoogle
収入のほとんどを広告プラットフォームの提供に依存するGoogleも様々な対応を余儀なくされている。
同社は広告主に対し、Google Adwardsのディスプレイ広告の課金について、「料金を支払うのは、アクティブビューによって広告が視認可能であると評価された場合だけ」にすると発表しており、結果的に収益への影響が発生し始めるだろう。
「広告の在り方」そのもの見直し機運
アドブロックの台頭について、広告業界では依然、技術提供者に対する非難等厳しい発言が続いているものの、これまでの広告の在り方を見直す機会としてとらえる動きも登場し始めている。
米国の著名メディアTech Crunchは、2016年1月に掲載した記事において「広告は今日、間違いなく厳しい状況にある。広告ブロックは業界にとってプラスにもマイナスにもなりうるが、一つだけはっきり言えることがある。それは切に望まれてきた変化であり、ウェブ全体の未来にとって良い結果を招くであろうということだ。」と発言しており、広告への新たな時代の到来に期待を寄せている。
一方、広告ブロック会社数社とその関連企業を中心に作られたAcceptable Adsという団体では、「受け入れられる広告」の基準としてマニフェストを定めて公開し、それをクリアすることを条件に、特定企業の広告ブロックを解除するという活動を行い広告側に質の改善を求めている。
日本は夜明け前
さて、国内に視点を戻そう。2015年の日本でのアドブロック普及率は2%にとどまっているが、現状の数値だけを見て「日本ではアドブロックが馴染まない」と判断することは非常に危険だ。あれだけ日本人に馴染まないといわれていたFacebookの急激な普及は記憶に新しい。
筆者は現状は単なるアドブロックに対する認知の欠如と見ており、今年は日本でその普及のティッピングポイントを迎えると予測する。
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前川 純一(退職)の記事
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