ESGにどう向き合うか~非財務情報開示と中長期指向型経営を促進
2018年、新しい年を迎えます。2018年は戊戌(つちのえいぬ)の年、同じ気が重なるので気が盛んになり、結果が良い場合にはさらに良くなりますが、悪いと一層悪くなる年です。中途半端にならず前進しましょう。
さて、2018年はESG評価・投資の年になると予想しています。ESGとは、環境 (Environment)、社会(Social)、企業統治=ガバナンス (Governance) の略で、ESG評価・投資とはこれらに配慮している企業を選別して投資することです。では何故、今ESG評価・投資が注目されているのでしょうか? 直接的な理由は2つ、第1は世界では国連が機関投資家に向けて2006年に公表した「責任投資原則 (PRI)」、すなわちESG課題に基づく投資行動が広く定着してきていること、第2は日本国内でも世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立法人 (GPIF) がこのPRIに署名し、また2017年7月には国内株式を対象にしたESG指数を採用したことがあげられます。さらに、GPIFは世界銀行グループと債券分野への投資に関し共同研究に乗り出すとの報道もあります。
前者の国連責任投資原則 (PRI) には全世界で既に1,700機関(運用資産62兆ドル)が署名しています。PRIに定める6原則では冒頭ESG課題を投資の意思決定と分析に取り込むことを機関投資家に求めており、株主としての方針と行動に取り込んで積極的な株主であることを求めています。さらに投資先企業にはESG課題に関する情報開示を求めるとともに、投資業界にはこのPRIの実践を促す内容となっていて、手法として投資対象から外す「ネガティブ・スクリーニング」、逆にESG評価の高い企業を投資対象にする「ポジティブ・スクリーニング」、また議決権行使などで投資先企業の行動に影響を与える「エンゲージメント」などいろいろな行動を選択することを取り上げています。
こうした世界の流れのなか、日本でもGPIFが2015年にPRIに署名したことから、大手生保などの署名が続き既に50以上の機関が署名していて、ESG評価を活用した投資が拡大しつつあります。他方、企業側の取り組みでは、最近、非財務情報をも取り込んだ統合報告書を公表する企業が増加して300社近くに達しています。このように投資側・企業側の両サイドでESG課題への取り組みが進展していますので、2018年はこのESG評価・投資が、スチュワードシップコード(2014年)、コーポレートガバナンスコード(2015年)に続き企業経営のあり方に大きな影響を与えることになると思っています。今、考えてみると2000年代に入って日本の企業制度を巡り、さまざまな改革が実践されてきましたが、上記の2つのコードの他にも2002年の委員会等設置会社導入、2014年の「伊藤レポート」、2015年の会社法改正など投資家目線の改革が先行して行われてきたことが分かります。企業経営者は当該企業の事業改革、サービス・製品開発などに注力しているので株主との関係がどうしても後手になる傾向にあり、特に日本では機関投資家が長くサイレントシェアホルダーの位置付けにあり、“物言う”株主としての行動を取ってこなかったので企業改革より先に投資家改革が図られたのだと思います。その契機になったのが「日本版スチューワードシップコード」でした。こうした流れでみると、ESG評価・投資の推進においても機関投資家主導で、株主側からの企業改革へのインパクトは大きいと想定できます。特に、GPIFが2017年7月に発表した「ESG指数選定結果について」に注目しています。GPIFは、採用されたESG指数(総合型指数;FTSE Blossom Japan Index(151銘柄)、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数(251銘柄)、テーマ指数;MSCI日本株女性活躍指数(212銘柄))に基づき、当初3%、1兆円程度の投資規模で開始し将来的にはさらに拡大を検討すると発表しました。ESG評価に基づくポジティブ・スクリーニングを基本としたパッシブ運用によってポートフォリオの長期的なリターンの最大化を目指すと言っています。これからは機関投資家が求める中長期指向型経営がESG格付けの形で表されることになります。
例えば、MSCI ESGリサーチの日本株レポート(2017年7月)によると、MSCI Japan Index(319社)のうち電気通信サービスは時価総額比率で5.6%を占めていて、具体的なESG格付けではNTTドコモとKDDIがAAAに、ソフトバンクグループがBBBに位置付けられています。ちなみに、この日本株レポートで時価総額指数ウエイト第1位のトヨタ自動車はBB、第2位の三菱UFJフィナンシャルグループもBBとなっています。これは長期債の信用格付けとは当然性格や機能が異なるものですが、ESG評価・投資が株式だけでなく債券投資にまで領域を拡大する流れにあるだけに、信用力評価におけるESG要因の取り込みが新たな課題となるでしょう。
また日本企業と世界の企業との比較では、ESG評価のうち環境 (E) では日本企業は従来相対的に高く評価されているし、社会 (S) でも日本の労使協調路線に対する高い評価から格差問題などの大きな問題は取り上げられてはいません。他方、課題となっているのは企業統治=ガバナンス (G) において多様性を欠くことです。これは社会 (S) の評価と裏腹の問題と言えることですが、コーポレートガバナンス改革は緒に就いたばかり、社外取締役の配置の議論がもっぱら取り上げられています。しかし本質は取締役会や管理職レベルの多様性(ダイバーシティ)で、すなわち女性、外国人など経歴や視点、価値観の多様性を取り入れることにあります。前述のMSCI ESGリサーチの日本株レポートによると、コーポレートガバナンス (G) の評価の内訳を国際比較すると日本企業の評価が低いのは、主に独立取締役が不足、報酬委員会の独立性不十分、女性取締役なし、取締役個別報酬開示なしの4点です。このうち最後の個別報酬開示の問題は米英でしばしば問題となる会社役員の高額報酬問題、つまり所得格差の社会問題と結びついていますので、日本では事情が大きく異なることに注意が必要です。ESG評価においては、こうした個別事情への認識が求められます。
つまりESG評価における最大の問題は国際的な組織・機関でそれぞれ独自の方式・フォーマットを定め用いているので統一性を欠き標準化が進んでいないことなのです。このため現在のところ財務情報と違ってグローバルな比較ができず、どうしてもESG評価の信頼度が上がらない要因となっています。しかし、ESG評価の流れからいずれ統合化・標準化が進むので情報通信企業として十分な備えと情報開示が必要です。特に私は、前述の多様性の推進に加えて、社会 (S) のなかで「プライバシーとデータセキュリティ」の分野に注力する必要があると感じています。これからはリスクファクターとしてだけでなく、特にポジティブな評価が大きくなると想定されるからです。既に日本でもESG評価のなかの環境 (E) に関し、グリーンボンド、すなわち環境に好影響を及ぼす事業活動に資金使途を限定した債券の第三者評価(グリーンボンド評価)を提供する機関が登場しています。ESG評価・投資の企業経営へのインパクトは予想以上に早く大きいのではないかと思っています。要注意です。
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