2017年12月26日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

2018年はワイヤレス充電元年になるか?


【写真1】新型iPhoneの発表 (出典:GIZMODO 2017年9月13日)

2017年9月、Apple社が新型iPhoneであるiPhone 8、iPhone 8 Plus、iPhone Xを発表した。iPhoneが初めて発表されてから10年というモデルである。新型iPhoneでは、背面のガラスコーティング、新型チップA11の導入、VR対応などの新機能が導入されているが、その中の一つとしてワイヤレス充電機能が追加されている。

Appleが2018年に発売予定のワイヤレス充電器「AirPower」

【写真2】Appleが2018年に発売予定のワイヤレス充電器「AirPower」(出典:Apple)

ワイヤレス充電は歴史があるもので、スマートフォンにワイヤレス充電機能が導入されるのは初めてではないが、iPhone発表10年を記念するモデルにワイヤレス充電が導入された、ということは注目に値すると考えられる。過去においても、タッチスクリーン、ソフトウェアキーボード、各種センサー等、iPhoneに導入された機能はスマートフォンのデファクトスタンダードとなり、その他派生する端末・関連機器・部材市場へ影響を与えてきている。ワイヤレス充電も、iPhoneに導入されたことにより、今後普及が進むことが期待される。

本稿では、新型iPhoneに導入されたワイヤレス充電について、その歴史を振り返り、主なワイヤレス充電技術を紹介、現時点で注目される事例等を解説した上で、この技術がもたらす将来への影響について考察する。

ワイヤレス充電の歴史

ワイヤレス充電の歴史は比較的古いものである。歴史を振り返る前に、ワイヤレス充電とは何かについて簡単に触れてみたい。

ワイヤレス充電とは、一般的に「コンセント、電源ケーブルなどによる金属接点の接触を伴わずに電力を伝送・供給する技術」とされている。同様の概念を示す言葉には、非接触電力伝送、非接触電力伝達、ワイヤレス電力伝送、ワイヤレス給電、無線給電というものがある。複数の呼び方があるものだが、本稿では、iPhoneの新機能を説明される際利用されていることが多い、「ワイヤレス充電」という用語を用いる。

ニコラ・テスラ

【写真3】ニコラ・テスラ(出典:Business Insider)

ワイヤレス充電の歴史を語る際、最も古い出来事として挙げられることが多いのは、1831年のファラデー (Faraday) による電磁誘導原理の発表だ。電磁誘導とは、簡単に言うと、コイルに磁石を近づけたり遠ざけたりするとコイルに電流が流れるというものだ。この電磁誘導の原理を活用したワイヤレス充電は、コードレスフォンやシェーバー(ひげそり)などの家電に既に導入がみられるものだ。

その後1899年には、オーストリア生まれの電気技師・発明家であるニコラ・テスラ (Nikola Tesla) によって、雷発生装置を使った、距離40キロでの電球点灯実験が成功している。ちなみに電気自動車メーカーとして著名な「テスラ (Tesla)」は、彼の名前をもじったものであり、またテスラの名は磁束密度[1] の単位としても残っている。

【写真4】テスラが建設した「世界システム」(出典:inhabitat)

【写真4】テスラが建設した「世界システム」(出典:inhabitat)

ニコラ・テスラはその後1901年に「世界システム」というワイヤレス送電装置により、場所を問わず電気製品への電力供給を目指すシステムの構築・実験を行った。「世界システム」は1905年に完成したが、送電に使われた電磁波が低周波であったため拡散してしまい、電力伝送自体は失敗だったとされている。資金提供も打ち切られ、運用も停止することとなった。

1964 年には、W.C.ブラウン (W.C. Brown) 博士が、マイクロ波を使ってワイヤレス充電を行う実験を行った。この実験の成功を受けて、1968年には、ピーター・グレイザー (Peter Glaser) 博士により、宇宙太陽光発電システム (Space Solar Power Station:SSPS) が提唱されることとなった。SSPSとは、宇宙空間に太陽光による巨大な発電所を作り、マイクロ波を活用して無線で地上に電力を伝送しようとするものである。このSSPSは、米国NASA(連邦航空宇宙局)および日本でも研究が行われている。

その後しばらくは、目覚ましい進展をみせなかったワイヤレス充電であるが、2007年になり、MIT(マサチューセッツ工科大学)のチームが、磁界共鳴方式によるワイヤレス充電実験に成功したと発表した。この技術は「Witricity」という名称で、研究チームは独立した企業としてスピンアウトした。Witricity社は、トヨタ、Intelといった大手企業からも出資を受けており、ライセンスによる技術提供を行っている。

トヨタによるWitricity社の技術を使った実証実験の模様

【写真5】トヨタによるWitricity社の技術を使った実証実験の模様
(出典:トヨタ自動車)

2008年には、ワイヤレス充電規格を策定する標準化団体「WPC (Wireless Power Consortium)」が設立された。ワイヤレス充電は家電等に既に実用化はされていたが、独自仕様のものが多く、機器の相互利用に課題があった。WPC設立の狙いは、共通仕様化により、ワイヤレス充電の普及を促進するというものだ。WPCの規格「Qi(チー)」は製品化も進み、ワイヤレス充電が世に知られるきっかけともなっている。今回発表された新型iPhoneも、Qi規格に準拠したものだ。

ワイヤレス充電の普及に関してQiが果たした役割は大きいものがあると考えられる。しかしながら、多くの読者がご存知であるように、Qiでは充電用のパッドが必要であり、充電機器から対象の機器(例えばスマートフォン)までの距離や角度に制限があり、ワイヤレスという、真の利便性が生かされているとは言い難い。そのため、より自由度のあるワイヤレス充電を実現しようとする研究開発は今でも進められてきている。

主なワイヤレス充電技術

200年近い歴史をもつワイヤレス充電であるが、現在では様々な方式が研究・開発されている。分類の方法も様々あるが、表1では主なワイヤレス充電方式について、大きく「放射型」、「非放射型」と分けた上で、各技術の内容、特徴等をまとめている。「放射型」は電波を活用してワイヤレス充電を実現しようとするもので、「非放射型」はそれ以外のものだ。

表1にあるとおり、ワイヤレス充電には様々な技術を活用したものがある。非放射型はその技術の性格上、充電器と対象端末との距離は接しているか、近接していることが求められるものが多い。放射型は、電波を活用するという特性から、充電器と対象端末の距離が非放射型と比べると長くなるものである。そのため、「真のワイヤレス充電」、つまり充電ケーブルが不要になるということ、充電器と対象端末間の距離が近くなくても良いということから、期待が大きいものと言えよう。

主なワイヤレス充電技術の内容と特徴等

Energous社の製品イメージ

【写真6】Energous社の製品イメージ
(出典:Energous社プレゼンテーション資料, 2017年9月)

注目されるワイヤレス充電事例

我々が使う、家電レベルのものへの放射型ワイヤレス充電として期待が高まっているのは、Energous社の「WattUp」である。Energous社は、2012年に米カリフォルニア州サンノゼに設立されたベンチャー企業で、2014年3月にはNASDAQに上場している。

WattUpは、2.4GHz帯、5GHz帯の電波を活用した、微弱電波方式によるワイヤレス充電技術である。Energous社が公表している主な特徴を以下に示す。

  • (最大)約5メートルの距離で充電可能
  • 複数端末同時充電可能
  • ウェブインターフェースによる送電電力制御
  • BLE (Bluetooth Low Energy) による送受電器間のリンク、受電器の特定・モニタリング

このように意欲的かつチャレンジングな技術であるが、製品化予定については伸び伸びとなっている。2016年末時点では同社は、近接型の製品を2016年末~2017年初めに提供し、中距離型を2017年後半、遠距離型を2017年第4四半期~2018年第1四半期に提供するという予定を公表していた。執筆時点で直近である、2017年9月の同社投資家向けプレゼンテーションでは、すべての製品の提供予定が後ろ倒しとなっており、近接型についても2017年末となっている。

また、新型iPhoneの発表前には、Energous社のWattUpがiPhoneのワイヤレス充電に採用されるのではないか、との報道もあり、期待は一気に高まっていた。だが、実際には、Qi互換技術が導入され、Energous社の株価は大きく下げることになった。

次に紹介するのは、大学発のものである。米国のワシントン大学は、2015年の論文で、Wi-Fiを活用した充電に成功したと発表した。同大学の研究者であるVamsi Talla氏は、実験環境において、既存のWi-Fiチップセットを使って充電することに成功したとし、この技術・システムを「PoWi-Fi (Power over Wi-Fi)」と名付けている。

実験では、温度センサー、カメラ、充電可能バッテリーに対して給電を行い、それぞれ約6m、約5m、約8mの距離での給電に成功したとしている。さらに、Talla氏らは実験室だけではなく、都市部(おそらくシアトル市内)における6軒の実際の家でも実験を行った。実験対象の家の周りのWi-Fiアクセスポイント設置状況等に影響されたものの、給電自体は最大距離約8mの状態でも成功したとしている。

ワシントン大学のPoWi-Fiは画期的なものと考えられるが、論文発表後、進展を示す文献等は見当たらない。また、本稿執筆時点では製品化の動きもみせていない。WattUpもそうだが、電波を使った放射型のワイヤレス充電については、電波出力や安全性の観点など、実用化に向けての課題は多いものと推測される。

最後に紹介する注目事例は、2017年9月のTechCrunch Disrupt[2]で優勝した企業のものである。「Pi Charger」がそれだ。Pi Chargerは、MITの学生であり、共同創設者であるJohn MacDonald氏とLixin Shi氏により、同大学のComputer Science and Artificial Intelligence Laboratoryで誕生したものだ。写真8に示すように、スタンドのような形をしており、机の上などに置いて使用するようになっている。

Pi Charger

【写真8】画面中央のスタンドのようなものがPi Charger
(出典:TechCrunch)

Pi Chargerは、Qiのパッド型とは異なり、充電器から12インチ(約40cm)程離れても充電が可能で、ビームフォーミング技術を使っているため、端末との角度にも自由度がある。写真9にあるように、端末を机の上に置かず、空中で傾けていても充電することができる。端末4台まではフルスピードで充電でき、端末が増えると充電速度は遅くなる。製品としての販売は2018年度中、目標価格は200ドル以下とされている。TechCrunchの報道によると、既に3,500万ドルの資金を集めているということだ。

Pi Chargerのデモ

【写真9】TechCrunch DisruptでのPi Chargerのデモ。
端末を傾けていても充電が開始されている。
(出典:TechCrunch)

ワイヤレス充電がもたらすビジネス機会

2007年のiPhoneの誕生から10年、スマートフォンの普及は目覚ましく、タブレットやスマートウォッチなどのスマートデバイスの普及にもつながっている。これらは基本的に「モバイル」であり、いつでもどこへでも携帯できるものだ。しかしながら、モバイルデバイスも、充電に関しては必ずしもモバイルではない。充電ケーブルが必要となるし、Qiのようにケーブルはつながないまでも、特定のパッドが置いてある場所で充電する必要がある。

本稿で紹介したように、ワイヤレス充電技術の中には、必ずしも充電ケーブルや充電パッドが必要のないものも開発されてきており、製品化も期待できる状態になってきている。こうした自由度の高いワイヤレス充電技術が実用化・製品化されれば、モバイル端末は「真のワイヤレス」デバイスとなり、様々な利用用途の広がりも期待できるものである。

例えば、今までは充電ができる場所とは思っていなかった、公園やカフェ、レストラン等が充電スペースとして使われることになる。米国のスターバックスでは、既に店舗でワイヤレス充電のサービスを提供しているが、iPhoneがQi互換のワイヤレス充電機能を備えたことで、機能拡張により、iPhoneの充電を可能とすると表明している。

また、今までは電力を届かせることが難しかった配管内や壁内への給電が可能となれば、小さなデバイスを設置あるいは埋め込み、そのデバイスを半永久的に稼働させることができる。これはIoTの普及を促進する可能性につながるものと言える。

充電の「場所」と「対象」の変化によるビジネス機会

【図1】充電の「場所」と「対象」の変化によるビジネス機会
(出典:筆者作成)

充電の「担い手」の変化によるビジネス機会

【図2】充電の「担い手」の変化によるビジネス機会
(出典:筆者作成)

更さらに、ペースメーカー等の体内機器への給電も可能となり、安全性や利便性が増すことになるだろうし、ワイヤレス充電を前提とした新たな医療機械も開発される可能性につながる。その他にも多くの可能性が考えられ、その主なものを図1にまとめた。これらは、ワイヤレス充電技術により、今まで充電が行われた「場所」と充電の「対象」が変化することにより生まれた新たな機会と考えることができる。

こうした充電の「場所」と「対象」に変化が生じることで、充電の元となる、給電の「担い手」にも変化が生じ、そこに新しいビジネスチャンスが生まれると考えられる。次ページ図2で示すように、従来は電力会社が発電した電力を電力会社がユーザーである一般家庭、ビル、工場等に送電するというものであった。しかし、上で述べたように、ワイヤレス充電により、充電の「場所」と「対象」が変われば、電力供給が「パーツ」や「サービス」として提供されることになる。アイデア次第で、従来の電力会社だけでなく、デバイス・メーカー、建設会社、不動産会社、通信事業者等、多彩な事業者に新しいサービスを提供する機会が生まれうる。
終わりに

ここまで、ワイヤレス充電に関して、過去から現在、そして少し先の将来の機会について述べてきた。導入部分で新型iPhoneについて触れたが、本来Apple社が目指していたワイヤレス充電は、今回導入されたQi互換のパッドが必要なものではなく、より自由度の高いものだったかもしれない。

Appleによるワイヤレス充電の特許申請

【図3】Appleによるワイヤレス充電の特許申請(出典:Apple)

図3にあるのは、2012年に公開されたApple社の特許申請書からの抜粋だ。この申請書では、iMacのようなPCを充電ハブとし、周りのデバイスにケーブルもパッドもなしで充電するイメージが描かれている。つまり「真のワイヤレス」を実現しようとしているものだ。

今回新型iPhoneに導入されたものは、パッドが必要なものだが、Appleがワイヤレス充電を導入したインパクトはあると思われる。これが真のワイヤレス充電実現に向けたはずみをもたらし、2018年以降の私達の生活の利便性向上、各事業者の新機会創出につながることを期待したい。

[1] 磁束とは磁界の中にある垂直断面を通る磁力線の量のことで、磁束密度とは、単位面積を通る磁束数を意味する。

[2] ベンチャー企業の製品・サービスのコンテスト。優勝者には5万ドルの賞金が与えられる。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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