2018年7月27日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

資本コストを意識した経営を提言~「コーポレートガバナンス・コード」改訂と「投資家と企業の対話ガイドライン」策定の核心



2018年6月1日、東京証券取引所と金融庁はそれぞれ、コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定を公表し、直ちに施行しました。これは、3月の発表後、パブリックコメントを経て確定となったものですが、“資本コスト”という用語が書き込まれていて注目を集めていますので、これに的を絞って取り上げてみます。

コーポレートガバナンス・コードの改訂は、対話ガイドラインとセットで行われていて一体の構成と理解すべきものですが、資本コストに関係する、(1)自社の資本コストを意識した経営戦略、経営計画、(2)政策保有株式の保有が資本コストに見合うか検証、の2項目のほかに、経営陣(CEO)のパフォーマンスを引き出すための方策(選解任手続、後継者計画)、経営戦略に貢献する監督機能の充実(取締役会の多様性、独立社外取k締役3分の1以上選任の方向、リスク対応監査のための監査役・監査委員の資質)などがあり、リスク管理体制の充実と事業ポートフォリオの見直しに向けて、取締役会の機能発揮をより一層求める方向の改訂が盛り込まれています。持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のため、開示と対話を通じて株主・投資家と適切な緊張感ある関係を追求する内容となっています。今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂では、原則5-2「経営戦略や経営計画の策定・公表」にあたって、(1)自社の資本コストを的確に把握した上で、(2)事業ポートフォリオの見直し、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関して株主に分かりやすい言葉と論理で説明することが追加されています。この部分こそ、株主の期待に対して齟齬が生じないように求める今回の改訂・策定の本質の部分だと私は思っています。

それでは資本コストを的確に把握するとはどういうことなのかを考えてみます。これがそれほど単純なことではないのです。資本コストとは、資金の提供者が期待する収益率で、自社の事業リスクなどを適切に反映した資金調達に伴うコストであり、適用の場面に応じて株主資本コストやWACC(加重平均資本コスト)が用いられることが多いと、パブリックコメントへの回答にも記載されています。ところが、実際に算出するには手間を要します。負債の資本コストが金利や社債利回りとして明示されているのに対し、株式の資本コストは明らかではありません。そこで多数の投資家の意見が集約される資本市場の情報を用いて、リスク・リターンの関係を定量化して計算することになります。その上で、負債の資本コスト(利子率)と株式の資本コストを時価を用いた資本構成で加重平均したWACC(Weighted Average Cost of Capital: 加重平均資本コスト)がようやく算出できます。面倒ではありますが、現在のところ、この方法が一般に用いられています。

何やら、財務講座めいて恐縮ですが、前述の株式の資本コスト、すなわち株式の期待収益率の計算で広く受け入れられているのは、資本資産評価モデル(Capital Asset Pricing Model: CAPM)という方法で以下のとおりの算式です。

株式の資本コスト=リスクフリーレート+個別株式のリスク尺度×株式市場リスクプレミアム

つまり、長期国債などのリスクのない金利水準(リスクフリーレート)に、株式全体のリスクプレミアムと個別株式のリスク尺度を掛けた値を加えて計算します。基礎となるデータの把握や個別株式のリスク尺度(β値: ベータ値)は金融情報サービス会社などから入手しなければならず、個々の企業にとっては簡単に把握できないのが難点ですが、このCAPMが一般に株式の資本コストとして認められています。さらに、ここから負債と株主資本の時価(市場価格)を基準とした資本構成を用いて、負債利率と株式資本コストを加重平均してWACCを求めるので、単純に資本コストを意識した経営と言っても経営執行者の日頃からの関心が必要となりますし、この点で企業におけるCFOの役割が大きくなっていることがよく分かります。

2014年8月に発表されて経済界で関心を集め、今日のコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コード隆盛の契機となった「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係~」プロジェクト、いわゆる“伊藤レポート”のなかでは求める資本コストとして、国内機関投資家が平均6.3%、海外機関投資家が平均7.2%と述べられています(これは2012年の調査なので現在では一段と低下していると想定されます)。2014年の伊藤レポートでは、こうした数値や欧米企業との比較から、我が国企業のROEを最低限資本コストを上回る水準(8%以上)とする目標を提示して大きな注目を集めました。すなわち、具体的には、個々の企業でROEが株式の資本コストを上回って初めて(エクイティスプレッド)、企業価値向上に向けた原資が生み出されて、それが様々なステークホルダー価値を高め、長期的な株主価値に結びつくという「企業価値経営」を実現すると述べられています。株式の資本コスト(CAPM)を上回るROEの水準は株式価値を高めるし、WACC以上のROCE(使用資本利益率・税引後)が達成されていれば企業の成長につながります。これこそ資本コストを意識した経営の中心の課題です。

ROEについては、東証1部上場企業の平均が2017年度で10.4%となり、2016年度の8.6%に引き続き、8%の目標をクリアしています。改めて、2014年に発表された伊藤レポートがコーポレートガバナンス改革を促したインパクトの大きさに驚きます。ただ、ここで再度、この伊藤レポートを読み返してみると、「ROEと資本コスト、資本規律」の項にROEと同時にROIC(投下資本利益率)が取り上げられていることに気が付きます。特に、ROE等が低い傾向にある資本集約的な企業こそ、資本市場を活用するために、ROEやROICを高める必要があるとの記述が見られます。私は資金調達として負債を活用するケースでは、資本コストはWACCを用いることになるので、ROEだけでなく伊藤レポートが指摘しているようにROICを意識した経営が重要であると思っています。ROICは事業部門毎、プロジェクト毎の投下資本利益率として投資評価に用いられる財務指標ですが、企業全体ではROCEと同義なので、これをROEとともに会社の経営指標として資本コスト(CAPMとWACC)を意識した経営に活用することを検討すべきと思っています。株式市場に重きを置くROEでは、どうしてもレバレッジ偏重の短期的指向に陥りがちになるので、負債を含めた資本コストを意識したROCE、ROICにも目配りが必要です。数年前まで、NTT、NTTドコモでは主な財務指標としてROEと並んでROCEが発表されていましたが、現在ではROA(総資本利益率)に置き換わってしまっていて残念でなりません。企業内でROICを活用した経営管理が進展することと併せて、注目していきたいと思っています。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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