2018.9.27 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

マーケティングオートメーション(MA)が目指す未来型法人営業

ICTの浸透による社会変革、デジタルトランスフォーメーションは、従来テクノロジーの介入が難しいと言われた領域に次々とメスを入れている。特に物流、農業、介護など、泥臭いという言葉がしっくりくる分野で注目を集めている。

「営業」もまた、泥臭い現場の代表であろう。後述するが、特にセールスフォースオートメーション(SFA)に代表される、企業に対する法人営業向けの支援システムは導入されても定着が困難で、失敗事例が山積みである。

SFAは、見込み顧客(リード)の案件に対して受注までの営業活動を可視化するツールだ。営業界隈には「寝技」という表現が存在し、営業マンと言えば、口達者で押しの強い人間のイメージが思い浮かぶ方も多いだろう。営業活動においてはこれまで、ニーズ云々よりも、情やギブテク、極端な場合は脅しや泣き落としさえ受注獲得の手段とされた。リードが不足すれば「飛び込み」となる、度胸が優劣を決めるプロセスも是とされてきた。可視化はされても、ここにICTが入り込む余地はそれほど多くはない。

本稿で扱うマーケティングオートメーション(MA)は「リードを生み出す仕組み」である。データを駆使し、リードを評価し、買いたい気持ちの強い顧客にだけ営業が会いにいくプロセスを構築する。飛び込みも寝技も(あるに越したことはないが)必須ではなくなる。そこには、顧客の強いニーズが存在するからである。

営業支援システムの歴史と失敗

国内でSFAが一般市場で注目されるようになったのは、2000年前後と言ってよいだろう。リレーショナルデータベースの出現により、データ管理が容易になったことから、営業データの収集と分析を試みようとしたツールが1990年代より米国で登場し始めたのを端緒として、日本のIT商社がこれに便乗し2000年前後に日本語版がいくつもリリースされた。この初期SFAは、営業を科学的に細分化することを試みるものであった。すなわち、営業マンの活動を「営業マンが詳細に登録すれば」、営業マネージャーが営業活動を緻密に分析し、営業部門全体も最適のリソース配分とマーケティング戦略の立案が可能になる、という理論で注目を集めた。

しかし日本の営業マンは、営業活動を見事に投入「しなかった」。

それはなぜだろうか。SFA導入企業の営業マンは、マネージャーから、個人の業務量や処理力など関係なく案件が足りないと指摘され、リードとの関係を損なわないよう案件を温めていても早くクロージングしろと急き立てられた。SFAは彼らを支援するどころか、単なる監視ツールとして使われたケースが多かったからだ。

この背景には、流行りのSFAを導入しさえすれば営業改革が自ずと実行される(SFAのAはオートメーションだ)、という幻想があっただろう。企業のトップは、顧客の声どころか、現場の営業マンの声さえ大事にせず、営業戦略や営業シナリオ不在のままSFAを導入した。否、実態としては、「SFA導入コンサルティング(コンサル)」がツール構築とセットであったから、正確にはコンサル会社が描いた絵を「とりあえずこれでやってみよう」と受け入れ、走りながら考えようとした点が大問題であった。営業マンへは新ツールの操作説明はあったが、戦略やシナリオの説明はなく、監視されるための負荷ばかりが増えた。

そうなると図1に示すように最初から負のスパイラルに突入する。営業マンは自分に都合の良い情報だけをSFAに投入し、営業マネージャーはその部分的な情報による不確かな分析をもとに安心(「SFAを入れてから営業は順調だ」と)し、PDCAも回らず、現場へのフィードバックも行われない。そのうち営業マンは情報の投入すら面倒になる。

SFAで陥る負のスパイラル

【図1】SFAで陥る負のスパイラル
(出典:筆者作成)

誤解のないよう強調しておくが、筆者はSFA自体を批判しているのでは決してない。現在はスマホやプルダウンメニューを駆使して営業への負荷が最小限となるツールもたくさん出てきている。しかし、戦略不在のままコンサル任せで導入したり、現場へのシナリオの落とし込みがないままだったりするSFAでは失敗する。これは営業日報にも言えることだが(くどいようだが、これも営業日報そのものを批判しているわけではない)、本来の目的に沿った活用がされずじまいのSFAであれば廃止したほうが良い。

2000年代に日本に出現した米国発のSFAはすぐに淘汰されていった。Siebel(のちOracleが買収)やAurum(のちBaanが買収し、その後消滅)、Vantive(PeopleSoftが買収し、その後OracleがPeopleを買収)などのオンプレミスシステムは、国内でほとんど存在感を示すことはなかった。

一方、コールセンターのテレマーケティングなど、B2Cの電話営業とSFAとの連携は顧客の応対履歴を営業マンが上手に活用することでこれは成果を上げた。消費財などでは、使い切るタイミングを見計らい次の営業コールを入れるなどがされた。CRM(顧客関係管理)と呼ばれるこの活動は、現在でも重要なマーケティング手法を担っている。

MAの登場とその役割

それではなぜMAが注目されるようになったのであろうか。それは企業側の購買行動の変化と合わせて説明できる。

楽天やAmazonで書籍や消耗品を購入した経験は、今や多くの方にあるだろう。購入に際し、商品のサイトや口コミを検索し、比較評価をした上でワンクリックで簡単に購入できる。購入したあとはこれらのマーケットプレイス上、あるいはSNS等で自身も評価する。リアルの店舗で購入する場合も、WebやSNSで情報を集め、来店時には概ね購入したい商品が決まっている。

インターネットの普及により、個人の購買プロセスはAIDMAからAISASにシフトしたと電通が2005年6月に提唱した(図2)。そして、企業の購買活動もまたAISASに変わってきている。

AIDMAからAISASへ

【図2】AIDMAからAISASへ
(出典:筆者作成)

企業の購買に必要な情報は、従来は法人担当営業マンからの情報によりもたらされていた。それゆえ、これらの営業マンにとっては顧客企業に「入り込む」ことが最も重要であった。

ところが現在、企業側は能動的にセミナーやイベントに参加し、インターネットから多くの情報を取得する。メルマガ配信を受けるためにユーザー登録し、資料もWebからダウンロードする。その上でさらに詳細な情報が必要な場合、営業マンを呼ぶ。その時点で製品やサービスの公開情報は比較済みで、ともすれば営業マンよりも競合他社の製品事情に詳しいことさえある。無数の製品を扱うITのソリューション営業などは、もはや製品知識をベースとした営業活動は困難で、提案という名の「商品紹介」が精一杯となる。

MAは、そのように変化した企業側の、オンラインを踏まえた購買行動を捉え、顧客の立場で望ましい頻度とタイミングで情報提供を行う仕組みである。

具体的にメルマガでのPRを例に挙げよう。一斉配信ではなく、顧客ごとの興味・関心に応じた、「顧客ごとの」メールを「個別のタイミングで」配信する。メールの開封状況やリンク先へのアクセス状況を取得し、顧客側で商品や自社への関心が高まっているその状況もスコア化され明確になる。その顧客が例えば製造業のお客様であれば、製造業の導入事例の資料のダウンロードを案内する。その際にはフォームへの記入を促し、もう少し詳細なユーザー像を知る。オンライン広告を出稿していれば、そのアクセス情報も組み込む。

企業側はMAを導入する際に、自社のマーケティングシナリオを設計する。自社の顧客はどのような人か、どのようなきっかけで、どのチャネルから情報を取得し購買意欲を高めていくのかというプロセスを描く。この顧客像をペルソナといい、ペルソナが購買に至るためのプロセスをカスタマージャーニーという。シナリオは、ペルソナとカスタマージャーニーによる仮説設定である。そして顧客のオンラインの活動を捕捉し、この仮説に対してPDCAを回す一連の非対面営業をMAが実施する。

営業マンが既存顧客へ訪問し「新商品のパンフレットを置いていきます」というプッシュ型のアクションを、MAはプル型へと置き換える。そして「あの新商品いかがでしたか?」という活動を不要にする。オンラインでの行動から顧客の関心がどの程度なのかを把握できるからだ。

法人営業のB2B商材では契約行為があり、また実際の購買関係者が複数に及ぶ点などがB2Cと異なるため、取引がオンラインで完結することは少ない。つまり、どこかのタイミングで営業マンがクロージングを担ってアクションを取ることになる。

リードを生み出し(リードジェネレーション)、またリードの関心を高めていく(リードナーチャリング)営みをシナリオ化しMAに任せることができれば、営業マンは新規開拓や様子伺いの負担が軽減されるばかりでなく、関心度の高い見込み客(MQL:Marketing Qualified Lead)のクロージングに注力することができる。この関心度は、顧客ごとのアクションをデータ化し、MAツールによってスコアリングされたものである。

初期のMAは米国で2000年代に登場したようだが、特にクラウド黎明期のOracleによるEloquaの買収(2012)、SalesforceによるPardotの買収(2013)は、大手ITベンダーが自社のマーケティングプロダクトに有力MAベンチャーのアセットを組み込もうとした象徴的な動きであった。2014年には独立系MAベンダーMarketoの日本上陸によりMAはたちまち注目を集め、2015年は国内のMA元年と言われた。

MAの今後と課題

マーケティングや広告の世界に身を置く方であればMAなど10年前の話題だと言うかも知れない。しかし、国内企業におけるMAツールの導入率は現在10%未満と言われており、まだ浸透はしていないようだ。

営業支援関連のイベントへ足を運ぶと、MA関係のブースは大賑わいである。このギャップは何か。なぜ導入が進んでいないのか。この理由は、営業戦略を描くマーケティング部門とITを管轄する情報システム部門(以下、「情シス」)との距離に隔たりがあったことが一因だと筆者は推測する。デジタルトランスフォーメーションの流れとともに、企業では「第二の情シス」を持つべきだという動きがある。IT一辺倒の、既存の情報システムだけではなく、新規事業やマーケティングの知見を持つ新しい情シスを作ろうという動きである。

矢野経済研究所やITRの調べでは、今後MA市場は急拡大するという見解が示されている。MAや本誌2017年10月号で取り上げたインサイドセールスによるホットリードの獲得は、センスや度胸を必要とした旧来の泥臭い法人営業を未来型に変えようとする挑戦である。

最後に、MAの緩やかな普及の動きと合わせ、導入失敗事例も耳にするようになったことにも触れておきたい。

MAは「自動的にマーケティングを行うツール」ではなく、あくまで「マーケティングシナリオに基づき、顧客向けのアクションを自動で振り分けるツール」だ。シナリオのないまま、メールを顧客に自動で発射し続ける企業が散見されるようになってきた。ツールドリブンで導入を急いだ企業は、SFAの時と同様失敗事例を生み出している。

MAツールの特徴を掴み、どのようにリードを作り、ナーチャリングし、いかなるタイミングで営業マンへホットリードを渡すのか。言い換えると、MAを検討することは、企業の営業戦略を見直すための貴重なトリガーになるとも言えるだろう。うまくはまると、顧客が課題を認識したタイミングで、顧客から相談するのではなく企業側からアクセスしていくことが可能になる。売り手にも買い手にも望ましいこのような取引スタイルが根付いていくことを期待したい。

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