2019年2月26日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

春節(旧正月)における中国人の海外旅行ビッグデータ分析とその周辺



この原稿を書いているのは、ちょうど2月5日から始まった旧正月、中国では「春節」と呼ばれる一年で最大・最長の休暇になる時期だ。中国だけでなく、韓国では「ソルラル」、ベトナムでは「テト」という名前で、日本を除く東・東南アジア諸国では大半の国がその時期に旧正月を祝い、多くの人々が帰省したり、旅行したりするなどして大量の人の移動が発生する。最近では日本の報道でも多数関連のニュースが流れ、春節もだいぶ知られるようにはなったが、街を歩いていても明らかにそのような人々と思われる集団を至るところで目にすることができ、肌感覚でも十分実感できるようになった。

この原稿が世に出るのは2月末なので、その時点ではより新しいデータが出ているかもしれないが、中国の春節前に中国国内等で蓄積されるビッグデータをもとに様々な興味深いレポートが発表されている。本稿では直近の中国人の海外旅行における動向について、日本へのインバウンドだけでなく、他国・地域への人の動きや最近頻繁に話題になるQRコード決済など海外でのキャッシュレス決済を含めて、それらを関連付けながらまとめてみた。インバウンド関連やICTの利活用の観点のみならず、ICT分野周辺で起きている変化や、中国で最近施行された「電子商取引(EC)法」との関係、さらには現在の米中貿易摩擦や1月末のダボス会議、WTOフォーラムにおけるデジタルデータの国際流通促進に関する議論にも広くつながっていく可能性のある動きとして、敷衍しながら考察してみたい。

日本へのインバウンドデータ

中国の観光・旅行データを紹介する前に、まず日本の観光庁および日本政府観光局(JNTO)が2019年1月に発表した、2018年日本へのインバウンド関連の速報実績データを見てみたい。2018年の年間訪日外国人旅行者数は、3,000万人台を初めて突破し、3,119万人となった(図1)。2020年に4,000万人とする日本政府の目標値に向けて着実に増加している。

訪日外国人旅行者数の推移

【図1】訪日外国人旅行者数の推移(2011~18年、万人)
(出典:観光庁/JNTOより筆者作成)

これら旅行者が日本で消費していく、消費総額は2018年では4兆5,064億円で、対前年比では2.0%増と、前年の伸び率(17.8%)と比較すると成長幅が小さくなっている。後述するが、数年前は顕著だった中国人のいわゆる「爆買い」も沈静化し、旅行における消費も「量より質」に転換しつつあること、「越境EC」などの購入方法や決済方法に変化が起きていることもその背景にあるものと考えられる。

2018年の訪日外国人のうち、中国人は全体の第1位838万人、27%を占めている(以降、韓国、台湾、香港、米国、タイと続く)。訪日外国人の旅行消費総額でも中国が第1位の1兆5,370億円、34%を占める。しかしながら、一人当たりの旅行支出額ランキング(図2)を見てみると、中国は22.4万円で第4位。近隣アジア諸国の中では依然として最大ではあるが、2017年の第1位、23万円超からはやや縮小している傾向が見てとれる。

主要国・地域別訪日外国人1人当たり旅行支出額ランキング

【図2】2018年の主要国・地域別訪日外国人1人当たり旅行支出額ランキング(万円/人)
(出典:観光庁/JNTOより筆者作成)

中国の旅行関連データとCtrip

以降は、中国の旅行関連当局である国家旅遊局や事業者、特にOTA(オンライン・トラベル・エージェント)と呼ばれるオンライン旅行業者が発表するビッグデータをもとにした各種分析レポートから、興味深い数値を紹介してみたい。なお、以下では携程網(Ctrip:シートリップ)という中国最大のOTA傘下の研究機関などが発表したものを中心に紹介する。Ctripは日本ではあまり知られているとはいえないものの、中華圏では最大のユーザー数を誇り、中華圏からの旅行者の7割が同社を利用しているという。同社は、2017年には米国のTrip.comを買収し、中国以外では最近は「Trip.com」のブランド名で、日本や世界各地でもサービスを提供、グローバル市場でも5本の指に入る大手である。中国では、春節期間向けに、3万社以上の国内外旅行社・企業がCtripのプラットフォーム経由で100万の国
内外旅行商品を販売しているという。

2019年1月10日、春節開始1カ月前にCtripが発表したレポート「2019年春節長期休暇旅行トレンド予測レポート(2019春節長假旅遊趨勢予測報告)」によれば、中国では今年の春節休暇中にのべ4億人が国内外を旅行すると予測、うち海外旅行は650万人であり、最も人気のある旅行先は海外ではタイ、中国国内では海南島・三亜と、南方方面が人気だ。これら予測は、2018年春節期間についての中国政府の旅行統計部門のデータをもとにしているが、2018年春節全体の旅行客3億8,600万人、旅行総収入4,750億元(約7兆6,000億円/1元=16円で換算、以下同じ)などがベースになっている。Ctripの分析では、今年の春節は内外の旅行をするのに多くの好条件があり、主に国内では高速鉄道のさらなる開通、海外ではフライト・航路の増加とあわせ入国に際してビザが不要になったり、手続きが簡素化したりした国・地域が増えたことを挙げている。

海外旅行をする世代と質の重視

今年の春節初日(初一、元旦)は2月5日火曜日で公定休日的には「大除夕(大晦日)」の4日から10日までが休日となるが、既に人の動きはその前から始まっている。1月31日から旅行人数が急増、特に欧米等遠方への出国のピークが始まるという。世代別の分析では、旅行に出るのは、中国では「80後」「90後」(1980年代、90年代生まれ)といわれる世代の中所得者層以上で、春節を利用して老親への孝行、子供の相手をしつつ一家で過ごすことが多いことも特徴とされている。「00後」(2000年代生まれ)も旅行好きになる世代で、春節を機に旅行に出る大学一年生が多いという。

旅行の「質」の面でも変化が指摘されている。旅行先での様々な「体験」を重視する傾向がより高まっており、食・住・行き先に対して品質とパーソナライズへの追求が顕著になってきている。従来型の団体ツアーから、「プライベートグループ」「テーマを絞ったミニグループ」「自由旅行」などへの移行が新たな傾向であるという。見知らぬ人との団体は敬遠し、フライトとホテルを自分で選び、一人で独自に車を借り、あるいは専属のドライバーとともに自由に動き回るというスタイルが、前年から倍増したとのことだ。また、旅行先では写真を撮りまくるだけでなく、さらに深い体験をしたり、より理解を深めるためにガイドを頼んだりすることも増えている。Ctripの予約サイトからはガイド手配も可能であるが、春節時期は通常の5倍以上の予約数になるという。その料金は一日300元以上から数1,000元まで様々だが、90カ国以上の900都市以上をカバーしているそうだ。

人気の旅行先

旅行先については、今年の春節で中国人に人気のある上位15カ国は、タイ、日本、インドネシア、シンガポール、ベトナム、マレーシア、米国、豪州、フィリピン、イタリア、アラブ首長国連邦(UAE)、カンボジア、ニュージーランド、英国、スペインとあり、日本は第2位にランクしている。

今年の春節前に世界74カ国が中国国民に対して行ったビザ免除またはアライバルビザ取得などの手続き簡素化も海外旅行客増に拍車をかけている。東南アジアのタイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、フィリピンは中国人に人気のある避寒地で、2018年にCtripが仲介したタイへの旅行客は100万人に達し、春節期間中の第1位。また、タイ、ベトナム、カンボジア等の「メコン5カ国」や、既にビザ免除・手続き簡素化のされたインドネシアやフィリピンも人気が高まっている。

北京某大学のある女子学生は春節を利用して視野を広げたいと考え、学校の同室の友人と日本での雪見・温泉ツアーに申し込んだという例がレポートでは紹介されていたが、人気のある上位の訪問先には冬の寒さをしのぐための南方の国が多いものの、日本だけは雪と温泉といった冬の情緒を楽しむための目的地となっていることは興味深い。日本で雪を見ながら春節を過ごすというプランの人気は拡大の一途をたどっている。日本は旅行ビザ発給要件を2019年1月4日からさらに簡素化したことにより、今後雪見や温泉、さらには早咲きの桜の花見へ多くが足を運ぶとみられる。Ctripでは3,000本以上の日本旅行ルートを紹介しており、1月初めの時点で既に2万人の申し込みがあったという。

冬の日本の人気

中国からの人気の冬の旅行先トップ10

【表1】中国からの人気の冬の旅行先トップ10(出典:国家旅遊局/Ctripより筆者作成)

前述したレポートとは別に、国家旅遊局とCtripは共同で「中国氷雪旅遊消費ビッグデータレポート(2019)」というレポートも1月末に公開している。特にテーマを「雪と氷」に絞った内容だ。Ctripの団体ツアーや個人旅行のデータをもとにした今年人気の旅行先ランキングは上から順に日本、スイス、ロシア、フィンランド、米国、フランス、スウェーデン、アイスランド、ノルウェー、オーストリア。日本は特にその優れた地理的環境と豊富な雪資源により、人気が他を圧倒している。人気の目的地トップ10は、表1にあるとおりであるが、第1位に北海道、第8位に青森がランクインしている。最大人気の北海道への訪問者数では、上海、北京、広州、成都、武漢が上位5都市になっており、直行便のある都市が自ずと多くなっている。北海道の中の人気目的地は、札幌、函館、登別、洞爺湖、小樽、旭川、富良野などであるという。年齢層では、「80後」の割合が最大で32%を占めている。海外での氷雪ツアーに支払う価格についても報告されている。中国人旅行客が海外の氷雪ツアーで使う平均金額は1万元前後で、うちテーマ別では、スキー、オーロラ観賞、極地ツアーなどが最も高く、その価格は1.5万から70万元(24~1,000万円超)。極端な例だが南極は一人平均11万元(176万円)、最高額は南極点へのヘリツアーで一人64万元(1,024万円)という。

モバイル決済の拡大

中国から海外への旅行者の急増とともに進みつつあるのがスマホ決済を中心としたモバイル決済の普及、キャッシュレス化の動きである。1月21日、ニールセン・チャイナとスマホ決済最大手Alipay(支付宝)が共同発表した「2018年中国モバイル決済の海外旅行市場における発展・トレンド白書」によれば、中国人の海外旅行客が使用するモバイル決済の取引額が総取引額の32%に達し、初めてキャッシュ払いを超えた。また、69%の中国人旅行者が海外でスマホ(QRコード)支払いを利用している(図3)。さらに93%がもし海外に行ったときに中国ブランドのモバイル決済があれば、現地での消費額は増えると答えている。なお、同調査は2,800名以上の中国からの旅行者と1,200件以上の海外の店舗を対象に実施したもの。

中国人海外旅行客による各決済方式利用率の比較

【図3】中国人海外旅行客による各決済方式利用率の比較(2017→18年)
(出典:Nielsen Chinaより筆者作成)

同レポートで興味深い点をいくつか抽出してみたい。一点目は年齢層別に見たモバイル決済の利用動向だ。日本でいえば40~50代にほぼ合致する「60後」「70後」(1960年代、70年代生まれ)の多くが海外でモバイル決済を利用すると回答しており、海外に出るような層は、決済方法においては「80後」「90後」と大きな違いはなく、年齢層にかかわらずいずれも高い利用率を示している。また、彼らの88%が自分から海外の店舗で「モバイル決済が使えるか」と支払い前に尋ねているという。キャッシュレスの普及にはこのような利用者側のマインドや行動の変化も必要であり、この点は日本への示唆にもなるのではないだろうか。

このような中国人旅行客を受け入れる外国の店舗側の対応はどうか。シンガポール、マレーシア、タイでは40%の店舗が中国ブランドのモバイル決済(Alipay、WeChat Pay)対応を始めてから、客数と売り上げがいずれも上昇したと答えている。中国以外の国からの旅行客は、モバイル決済利用者はわずかで、現金やカード払いが大半であるが、中国人旅行客は前述したように9割近くが店舗側のモバイル決済対応の有無を聞いてくるという行動様式の違いを指摘している。前述の3カ国では、観光地における中国ブランドのモバイル決済対応店舗はこの2年で4倍程度になっている模様だ。導入済み店舗側も、その60%が同業者に中国ブランドのモバイル決済利用をレコメンドしているほか、未導入店舗の55%が今後なるべく早く導入したいとしている。

「電子商取引法」施行との関係

ここまで、中国の春節に合わせ、中国から日本を含む海外への旅行客の目的地や特徴、あるいは海外でのモバイル決済の状況について、各社が収集するビッグデータをもとにした分析を紹介したが、これらとは直接・間接に関わる部分も少なくない、「電子商取引(EC)法」(中国語では「電子商務法」という)が本年1月1日より施行された。同法は、急激に拡大した中国のEC分野において並行して発生した様々な問題に対処すべく、約5年前から検討が始まり、3回のパブリックコメント募集を経て、ようやく昨年8月の全人代で採択されたものだ。

細かな法律の内容については別の機会に改めて解説・紹介することとしたいが、このEC法は、曖昧だったECの定義とEC事業者の義務を明確化し、個人情報保護を含む消費者の保護を初めて規定するものである。なお、EC事業者にはAlibaba(阿里巴巴)やJD.com(京東)といったB2B、B2C、C2C各ECプラットフォームを提供する大手事業者だけでなく、これまで対象になっていなかった大手プラットフォーム上で個別に出店する小規模EC事業者(中国では「微商」という。例えばTencent(騰訊)が提供するメッセンジャーアプリWeChat(微信)上で行われる取引など)も含まれることになり、事業者としての登録が義務化された。中国のEC市場は、2017年の取引額29兆1,600億元(約467兆円)、ネット決済(第三者決済)総額143兆2,600億元(約2,292兆円)、就業者4,250万人、宅配便累計配達完了件数400億件という膨大な規模に成長したにもかかわらず、それに法制度の整備が追い付かず、(1)消費者保護 (2)不正競争 (3)知的財産権侵害・粗悪品 (4)紛争解決システム (5)政府の監督管理、の各問題が顕在化しており、既存の関連法・政令等も分散・断片化したままで、その改善が急務であった。この法律のもと、Alibaba傘下のTmall(天猫)、Taobao(淘宝)やJD.comなど主要なECプラットフォームとともに、最近日本でも人気のショートビデオ・アプリTikTok(抖音)やWeChat(微信)などのSNSプラットフォームも同じ規制を受けることになった。大手プラットフォーマーを規範化するという観点では、自国におけるデータローカリゼーションやソースコード開示といった最も厳しい要求を海外企業にも求める中国の場合はやや状況が異なるものの、最近の米国GAFAに対する欧州でのGDPR(一般データ保護規則)やIT税の議論など様々な動きとも広義には通じるところがあるし、1月末に開催されたダボス会議やWTOフォーラムにおける、デジタルデータの国際流通を推進していくための議論(WTOフォーラムでは中国も最終的には76カ国で署名された合意に加わった)の行方を考えるうえでも近い距離感にあるのではないだろうか。

ところで、EC法では、中国の消費者は、1回のオンライン購入額は5,000人民元に、年間の購入額は2万6,000人民元にそれぞれ制限されることになる。例えば日本へのインバウンドで、中国人の「爆買い」が以前より沈静化したように見える理由のひとつは、個人レベルでもその後拡大した「越境EC」の拡大といわれ、既に毎年の「独身の日」(11月11日)をターゲットに強力な販売キャンペーンを行う日本の企業も少なくない状況であるが、その一方、旅行目的を装い日本など海外で大量買い付けを行い、必要な関税を回避して国内で転売するという「代購」(代理購入の意)の例も指摘されている。EC法ではこれまで「代購」していた個人事業者もEC事業者として登録が必要になってくる。今後新たなルールが浸透していけば、日本への中国人インバウンド客の購買行動についても、また現在とは異なる変化がみられるかもしれない。

まとめ

最近日本のニュースでは、中国の景気減速、成長率の低下、中国企業の業績悪化などネガティブな情報が伝えられるが、一方で混乱している市場のルール化へ向けた動きや米中貿易摩擦の緩和のための中国側貿易黒字還流施策など、ポジティブな動きもあると考えられ、双方のバランスをよく見ていかないと状況を見誤ってしまう可能性もあるのではないだろうか。この春節前後の出来事が、様々な変化の潮目になるかもしれないと考えながら、今後も広い視野から中国のICT市場の様々な変化と、それが及ぼす影響を注視していきたい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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