2019.11.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

高齢者ドライバーとICT・ITS ~自動運転にはない効用

今回は私事にわたることを取り上げますので、冒頭、お許しを願います。半年前に自動車運転免許の更新に際し、高齢者講習を受けた上で手続を行いました。70歳から74歳までが対象となる更新手順は、まず免許有効期間満了前6カ月前に「高齢者講習のお知らせ」の葉書が届くので、記載の高齢者講習実施(自動車)教習所に予約をし、講習を受けることになります。講習の内容は、双方向型講義、運転適性検査、実車の3項目で全部で約2時間を要しました。75歳以上の人は、この3項目の前に認知機能検査があり、記憶力・判断力の判定がありますが、今回私は年齢に達していませんので受検していません。

高齢者講習の内容は事前の想定どおり、1時間弱の交通ルールの変更や高齢者特有の注意点の説明の後、教室内の器具を使って、動体視力と眩光回復時間の測定、片目・両目の視野測定による運転適性検査が行われ、その後、教習所内の実車でした。

運転者適性検査(安全運転カルテ)

この検査も実車も合否を判定するものでないことを最初に言われていましたので安心して臨めましたが、内心では本当に久し振りに受ける試験の気分で緊張感を味わいました。実車は1人10分位で、通常の外周や交差点の走行のほか、いわゆるクランクや車庫入れ・方向転換など一般的な内容でしたが、ひとつだけ段差乗り上げと直後の停止というアクセルとブレーキの踏み換えを試させる場面があり、私には貴重な体験でした。終了後に「高齢者講習終了証明書」の交付があり完了です。免許証の更新自体は近隣の警察署で通常どおり行いますが、申請時にこの証明書が必要となります。この高齢者講習で感じたことは、運転免許の更新ということでもっぱら安全運転のための適性と技量の検査に力点を置いていて、高齢ドライバーの啓発や気づき、認識に狙いを絞っていたことでした。高齢ドライバーの運転問題を所管する警察や実務を担当する自動車教習所にとっては、運転者に着目して免許更新検査にあたるのは十分に理解できます。しかし近年、自動車に装備される安全装置や事故防止装置は年々充実していて、新車(乗用車)では2017年に自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)は77.8%、ペダル踏み間違い時加速抑制装置は65.2%の搭載率に達しています。国土交通省は自動ブレーキの新車搭載目標を90%以上としていますので、今後の課題は新車ではなく、既に販売済みの車にどう普及していくのかに掛かっています。国交省は今年7月に国内の完成車メーカー8社に、後付けできる安全運転支援装置、即ち、誤ってアクセルを踏み込んだ際の急加速を防ぐ機能を持つ装置の開発を要請しました。併せて、各社の開発計画などをもとに後付け装置の性能認定制度を設けることも表明しています。これは、高齢ドライバーの乗用車暴走による死傷事故が各地で多発していることを受けての緊急対策のひとつです。

また、高齢ドライバーの免許人口10万あたりの死亡事故件数(2018年)をみると、75歳未満では3.4件で毎年減少傾向にあるのに対し、75歳以上80歳未満では8.2件、80歳以上では11.1件と比率が数倍高くなっているし、その上、2018年には75歳以上、80歳以上とも前年より比率が上昇悪化している事実があります。これは新車の安全システム搭載率が急速に高まっているのに拘らず、高齢ドライバーの車には普及が進んでいないためではないかと思われます。高齢ドライバーは自分の車を比較的長く愛用しているでしょうし、新しい車に慣れるのに負担を感ずることから、どうしても自動ブレーキや踏み間違い加速抑制装置の普及が遅れてしまいます。それが2018年に75歳以上の高齢ドライバーの事故比率が高くなってしまった一因ではないかと想像しています。こうなると、どうやって高齢ドライバーにより安全な車に乗ってもらうようにするのか、その方策こそが悲惨な死傷事故を減らす途ではないかと思います。

政府は、6月21日に策定した「成長戦略実行計画」のなかで、高齢ドライバーによる事故の多発を受けて高齢者の安全運転対策などを取りまとめ早急に実施するとしており、その下の「成長戦略フォローアップ」では、(1)衝突被害軽減ブレーキの国内基準を策定して2019年内目途に新車への義務付けについて結論を得る、(2)ペダル踏み間違い時加速抑制装置等の性能認定制度の導入について2019年内目途に結論を得るとしていて、安全運転支援機能の搭載を進めることを打ち出しています。加えて、こうした安全システムを装備した車を前提として高齢者が運転できる免許制度の創設に向け、制度のあり方や必要な安全運転支援機能の範囲・要件・適合性確認、普及方策などを関係省庁が連携して検討し、2019年内に方向性を得るとしています。また、既販車への後付けの安全運転支援装置の開発促進と性能認定制度の創設も2020年度からの実施検討となっています。こうした流れからは2020年以降にさらに高齢ドライバー対応の事故減少方策が進むと期待できます。加えて、制度面の取り組みだけでなく、併せて自動車業界や自動車教習者の高齢者講習の方法・内容を含めて官民一体となった方策が求められているので関係者の努力を是非、お願いしたい。例えば、高齢者講習時の実車などで自動ブレーキの実技体験をすることは安全システムの認識向上への近道だと思います。実際に身を持って体験すればより安全な車への買い換えなどが進むことでしょう。

最後に、今年夏に私自身、高齢者講習と運転免許の更新を機に、安全装備付の車に乗り換えました。政府が普及に取り組んでいる、いわゆるサポカー(セーフティ・サポートカー)で運転し易いコンパクトカーを選びました。現在、自動運転車の技術開発や実証実験などが急速に進んでいて近い将来、私達高齢ドライバーは免許を返納して、自動運転車のお世話になることは必至です。しかし、認知能力など運転操作に不安な要素をAIやICT・ITSによって支援する車を定義して、それに限定した免許制度があれば運転ミスによる事故を低減できるので、免許を返納せずに自動車を運転する効用を続けられるようになると期待しています。高齢化社会の課題であるだけに、自動車業界だけでなく、ICT関係者なども含めて幅広い取り組みをお願いしたい。高齢者のひとりとして、自動車運転による事故は絶対に避けたいと心に言いきかせているものの、他方で運転をやめてしまうと認知機能が急に低下するという懸念を抱いています。自動運転車の開発とそれを支えるインフラの社会実装は誠に結構なことですが、同時に高齢者の運転に適した車種や機能装置の開発とインフラの構築が進むことを願っています。

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