エッジコンピューティングの最新動向と課題
はじめに
本誌では、2018年4月号(拙稿「エッジコンピューティングをめぐる最近の動向」)をはじめ、たびたびエッジコンピューティングを取り上げてきた。しかし、エッジコンピューティングに関してはその後も活発な進展が見られ、構想だったものがさまざまな形で具体化しつつある一方、それに伴うさまざまな課題も明らかになってきている。本稿では、これらの進展や明らかになった課題について取り上げ、今後の動きについて検討したい。なお、5Gとエッジコンピューティングの関係を中心とした詳細なプレイヤーの動きについては本誌今月号「Special ICT Report」もご参照いただきたい。
各社の取り組みの進展
エッジコンピューティングとは、コンピューティングリソースを利用者の端末に近いネットワークの周縁部(エッジ)に配置することにより、低遅延応答、分散処理、トラフィック最適化などを実現するものである(図1)。ETSI(欧州電気通信標準化機構)は、Multi-access Edge Computing(MEC)として標準化を進めており、本稿執筆時点で通信事業者、ITサービス事業者、ベンダーや関係団体など99社・団体が参加している。また、参加企業以外にも、多くの企業がエッジコンピューティングに関するサービス・技術開発を進めている。まずはこれら各社の取り組みについて見ていく。
通信事業者による取り組み
通信事業者は、データが発生する場所(ユーザーの場所)とクラウドとの間をつなぐ役割を担っていることから、その区間にある基地局や局舎(Central Office)等のリソースを活用してサービスを提供しようとしている。
AT&Tは 5G、SDN展開と合わせ、ネットワークエッジにデータセンターを置く計画を2017年に発表し、従来持つ局舎、大規模基地局、スモールセル、電話交換設備を活用してこれを実現すると表明して以降、積極的にエッジコンピューティング関連の取り組みを進めている。これには大手クラウド事業者との連携も含まれており、AT&TとMicrosoftは2019年7月、クラウド、AI、5G等の分野で戦略提携すると発表した。報道によれば、これは20億ドル規模とも言われるもので、Microsoftは、AT&Tが拡大する「クラウド・ファースト」戦略において、ネットワーク以外のアプリケーションの優先的なクラウドプロバイダーとなり、データセンターのインフラストラクチャーと運用を統合するAT&Tをサポートする予定である。また、両社は、エッジ技術と5Gを通じて、将来のユビキタスコンピューティングを可能にするために協力する。AT&Tは、2020年前半までに全米で5Gを展開する予定であり、両社は、5Gネットワークで提供されるエッジコンピューティング機能の設計、テスト、構築を行う。
両社は2019年11月、この戦略提携の進展とさらなる連携の強化を発表し、「Microsoft Azure」クラウドサービスを顧客に近いAT&Tのネットワークエッジ拠点に組み込むNetwork Edge Compute(NEC)技術のプレビュー版を公開した。これにより、AT&Tのソフトウェアデファインドネットワーク(SDN)で仮想化された5Gコア (同社はこれを 「Network Cloud」 と呼んでいる)において、Azureサービスが提供可能となっている。これは、既存のクラウド・エコシステムがエッジに拡張されるとの考え方で提供されているものだ(図2)。このサービスはダラスの一部の顧客を対象に提供開始され、2020年には、ロサンゼルスとアトランタの一部の顧客が利用可能となる予定である。
なお、レイテンシに関しては、AT&Tは、ネットワークエッジで実現するレイテンシは20ms(ミリ秒)となるとの目安を示しており、Central Cloudでのレイテンシは100msを超えるとして、その優位性をアピールしている(図3)。
Verizonもエッジコンピューティングの取り組みを進めている。同社は、MECを活用することで、アプリケーション体験や、トラフィックのオフロードをより向上、促進させることができるとしている。同社は2019年2月の投資家向けミーティングで、「Verizon Intelligent Edge Network Architecture」を発表し、エッジコンピューティングを含むネットワークアーキテクチャーの概要を明らかにした(図4)。資料によれば、同社はネットワークの2カ所にMECリソースを置くとしている(図5)。筆者が参加した、2019年11月にロサンゼルスで開催された「MEF19」での同社プレゼンテーションによれば、「MEC Edge Node」が、5G/スモールセル/フェムトコネクティビティの場所にあり、それよりもクラウドに近い側には「MEC Aggregator Node」が置かれている。
2019年12月に開催されたAWSの年次イベント「AWS Re:invent 2019」で、AWSとVerizonは5Gエッジクラウドコンピューティングで提携すると発表した。12月3日にAWSが発表した「AWS Wavelength」では、同社が通信事業者のデータセンターに AWS のコンピューティングおよびストレージサービスを組み込んだインフラストラクチャーを置き、AWS のサービスを 5G ネットワークのエッジで提供可能とする。AWSとVerizonは、「AWS Wavelength」を使い、Verizonの5G Ultra WidebandネットワークのエッジにAWS Computeとストレージサービスを配置することで、超低遅延でのAWS活用が可能になるとしている。「AWS Wavelength」のサイトによれば、遅延を 10 ms未満に抑えるアプリケーションを構築することが可能とされている。これはVerizonが、従来の構想をAWSとの提携の形で実現するものと言えるだろう。
米国ではCenturyLinkも、2019年8月に、エッジコンピューティングに数億ドル規模の投資を行うと発表した。当初は全米100カ所以上の拠点で開始し、顧客拠点からのレイテンシを5ms以内とする。同社のあるグローバルエンタープライズ顧客は、全米で2,000弱の拠点を持ち、このうち95%が、CenturyLinkのエッジコンピューティングノードから5ms以内の地点にあることから、これら各拠点の業務は、エッジサイトでより効率的に処理できるため、顧客側での社内処理などは不要になるとしている。
Deutsche Telekom(ドイツテレコム)も積極的に取り組みを進めている。同社がサンフランシスコで設立したエッジコンピューティングのサービス・技術開発を行うMobiledgeXは2019年2月に、自社の「MobiledgeX Edge-Cloud R1.0」により、世界初となるパブリックモバイルエッジサービスをDeutsche Telekomのモバイル網で提供すると発表した。高いネットワーク品質(遅延、帯域、ジッタ、パケットロス等)により、クラウドをよりユーザの「近く」で利用可能とするもので、携帯インフラ上に「エッジクラウド」を構築する。クラウドサービスのように、オンデマンドで、使った分だけの支払いでの提供が可能となっている。
MobiledgeXはその後、2019年9月には欧州の13の事業者と、30のアプリケーションでエッジコンピューティングの取り組みを進めていると発表した。同社の取り組みには、『Pokémon GO』などのARゲームを提供するNianticとのプロジェクトも含まれている。
また、MobiledgeXは2020年1月、NTTドコモとも共同してアプリケーションのグローバル配信の実証実験を行うと発表している。NTTドコモは、「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」参加企業・団体向けにMECの特徴を持つ「ドコモオープンイノベーションクラウド(dOIC)」を提供している。実験では、このdOIC向けに、MobiledgeXのポータルサイトからARアプリケーションを配信し、検証を行っている(図6)。これら各社の他にも、現在、多くの通信事業者が取り組みを進めている。
クラウド事業者による取り組み
クラウド事業者の側も取り組みを行っている。もともとクラウド事業者としては、安価かつ迅速なコンピューティングリソースの利用を可能とした一方で、レイテンシは弱点であり、クラウド利用が高度化し、より重要な業務でも使われるようになったことで、その課題が顕在化してきている。AWSとVerizonの提携については前述したが、AWSの提携先としては他にVodafone、SK Telecom、KDDIも発表されており、2020年末までに各社でもサービスが提供開始予定とされている。MicrosoftはAT&Tと提携したのに加え、2019年12月に発表したNTTとの戦略的提携の中でも、「エッジからクラウドまでのセキュアな運用」に言及している。以前のクラウド事業者のエッジコンピューティング関連サービスは、IoTサービスの利用を円滑にするためのツールを提供するものが多かったが、ここにきて、キャリアとの具体的提携に踏み出したものと考えられる。
その他の事業者による取り組み
他の事業者による取り組みも進む。CDN事業者として知られるAkamaiは、大量のMQTT(Message Queuing Telemetry Transport)メッセージに対応する「IoT Edge Connect」など、以前からエッジコンピューティングに関する取り組みを進めているが、複数の通信事業者と5Gを活用したトライアルも実施しており、ワイヤレス網における70-100msのレイテンシを10msにするとしている(注[i])。データセンター大手のEquinixは2020年1月にベアメタルクラウドプロバイダーのPacketを買収すると発表したが、これもエッジでのサービス提供機能を強化するものでもあるとされている。
これらの各社の取り組みを俯瞰すると、通信事業者が局舎のフットプリントや5G、大容量のバックボーンなど自社の強みを核として、(大手)クラウド主導となっている状況の巻き返しを図っている一方、クラウド事業者やそれ以外の事業者も、さまざまな方法でエッジコンピューティングの選択肢を提供しようとしていることが見て取れ、エッジコンピューティングの重要性が増していることがうかがえる
課題も明らかに
エッジコンピューティングに関する取り組みが進み、事例も増えてきているが、一方で課題も明らかになってきている。
一つはビジネスモデルである。2018年2月のMWC2018では、AT&T、Verizon両社とも、MECの導入・運用コストやビジネスモデルの構築が大きな課題になっているとコメントした。AT&Tは、「MECの運用をゼロタッチ・オートメーションにする必要がある。これができなければ、運用コストが高すぎてMECを維持することができない。我々は、無人のMECを想定している」と述べた。Verizonも、ビジネスモデルが構築できていないとの認識を明らかにした。それから2年が経過しており、状況は徐々に改善していると考えられるものの、この課題はいまでも解決されていないと思われる。
AWSは「AWS Wavelength」の想定用途は「IoTデバイス、ゲームストリーミング、自律走行車、ライブメディア制作など」としている。MobiledgeXの取り組みなどを見ても、用途としてゲームが挙げられている。これは、ゲームには直近の需要があり、ビジネスとしても成立しやすいこと、自律走行車などと較べれば、もしサービス品質に問題があっても、人や財産の損害につながることが少ない(ベストエフォートが馴染みやすい)ことがあると考えられる。しかし、ゲームだけではビジネス規模が限定される。他分野にいかに展開するかが課題だろう。
もう一つは技術的な成熟度や互換性に関するものである。2019年9月にロンドンで開催された「Edge Computing Congress 2019」では、TelefonicaのCristina Santana Casillas氏が同社の体験を述べた。同氏によれば、同社がクラウド事業者、ITサービス事業者、ベンダーの計17社にエッジコンピューティングに関しRFI(情報提供依頼)を行ったところ、MECの定義に関するアプローチから異なっており、ETSIでの呼称変更(Mobile Edge Computingから、Multi-access Edge Computingに変更された)にもかかわらず、ほとんどの事業者がモバイルにフォーカスしており、Telefonicaにとって重要である固定通信には注力していなかった。また、ETSIのMEC ISG(Industry Specification Group)が提供するガイドラインや仕様、その他の標準にも準拠しておらず、通信事業者網との統合が困難となった。さらに、アプリケーション開発のためのSDK(Software Development Kits)も提供されていないか、プロプライエタリであることもあった。そして、クリティカルだったのは、他のMECプラットフォームと互換性を持つソリューションがなかったことだ、としている(注[ii])。たしかに、互換性の検証や不具合への対応のコストを1人で負うファーストユーザーには誰もなりたくはないだろう。
また、通信事業者が局舎をエッジとして活用することについても、課題が指摘されている。各地域に展開されている局舎は、ユーザーに近いフットプリントとしては良いが、コンピューティングリソースを置くデータセンターとして利便性が高いとは限らない。効率性や処理能力への要求の高まりを背景に、データセンターに対する要求水準は高まっており、局舎で利用可能な電力容量や床の耐荷重性、二重床かどうか、そしてさまざまな設備のサイズなどが、求められる水準に合致しないことがありうることが指摘されている。通信事業者が「持たざる経営」を進め、データセンターやさまざまな設備を売却する動きもある中で、エッジデータセンターとして局舎が活用できるのか、建て替えや必要な改築、改造を行ってもペイするのか、ビジネスモデルの問題とも関連して検討が必要と考えられる。
まとめ:データの”Place to be”
クラウドは、どこかわからない「雲の向こう」にある代わりに、安価かつ迅速なコンピューティングリソースの利用を可能にしたが、遠い場所にクラウドがある場合、応答速度に加え、いくつかの課題がある。一例として、一般に、クラウド事業者は、クラウドへのデータのアップロードは無料とする一方で、サービス間やリージョン間のデータの移動、クラウドからのデータの取り出しは有料としている(図7)。顧客はクラウドの品質や利便性(クラウドとの通信の速度も含む)、利用に要する費用と通信費用を考慮して、クラウドとそれ以外の処理内容を選別することになる。
そのほか、法的観点からのデータの置き場所の課題もある。例えば、「データ主権」の問題で、国外クラウドでのデータ保存ができないケースがありうる。この場合、データがどの国にあるかは明確にされていなくてはならない(図8)。これに関しては、クラウド各社もデータを置く国・地域の指定や、適用される法律を現地法とするオプションを提供することなどで対応を進めている。しかし、法的要請がなくても、管理上の理由で、データを手の届く場所に置きたいこともある。セキュリティ上、余計なデータをクラウドに置かないこともあるが、そもそも、何かあった時に自分で駆けつけてデータを操作したいとの需要もある。日本では地震などの自然災害を懸念してか、いざという時に徒歩でも駆けつけられる大都市やその近傍に多くのデータセンターが置かれている。
エッジコンピューティングを活用するには、求められる処理の内容と、データ量や求められる品質を勘案しながら、どこでどの処理を行い、どこにデータを保存するのが合理的か、すなわちそれぞれのデータにとって最も適した、データのあるべき場所(Place to be)を検討することが必要になる。AI等の活用も考慮するならば、どこのハードウェアを利用するかだけでなく、どの場所にどのソフトウェアを置き、どのようにシステムを「学習」させるか、どのように知能を蓄積・展開するかを含めた検討が求められるだろう。
MWC2020は残念ながら中止となったが、MWCで発表予定だったエッジコンピューティングに関する新サービスや事例等がこれからさまざまな形で発表されると思われる。上記のような課題をクリアするブレイクスルーが現れることを期待したい。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。
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