2020年5月29日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

モバイル通信の市場構造とネットワークのパフォーマンス ~GSMAレポートに見る



楽天モバイルが4月8日に4Gの商用サービスを開始しました。特に、料金プランの「Rakuten UN-LIMIT」は月間通信量の上限をなくした使い放題でありながら、月額2,980円で契約期間の縛りがなく注目を集めています。日本のモバイル通信市場では2014年以来続いてきた3社体制に4社目の参入となりました。モバイル通信市場の歴史を振り返ると、1980年代後半から1990年代前半の間の6グループによる競争の後に次第に3社に吸収統合されていきました。その後、規制当局の政策で4社目としてイー・アクセス(ブランド名:イー・モバイル)の参入があって、2007年から2014年の約7年間4社市場となった歴史があります。そのイー・アクセスをソフトバンクが2013年1月に買収し、最終的に2014年8月に吸収合併して4社体制が終了した経過を辿っています。したがって、今回の楽天モバイルの参入は再度の政策チャレンジ、捲土重来と言うべきものです。2017年12月に4社目のMNOとして楽天がモバイル通信事業への参入を発表し、2018年4月には1.7GHz帯周波数の免許を得て、当初の昨年10月開始予定から半年遅れでようやく商用サービスの開始となりました。

 楽天モバイルの参入については、商用サービス開始発表直後に「ニッキュッパは市場を活性化するか」(2020.3.9日経社説)、「楽天の携帯料金プラン 利用者本位に課題が残る」(2020.3.8毎日社説)などの記事があり、期待が寄せられています。背景にモバイル通信市場が3社となっている寡占構造が料金の高止まりを招いているとの問題意識が広がっていることがあります。モバイル通信サービスの料金水準の議論となると繰り返し指摘されることに“フランスのように新規参入によって3社体制から4社体制に移り、低廉化やサービス拡充が進んだ例もある”(前述の日経社説)、“東京の料金水準は米ニューヨークと並ぶ世界最高水準だ。料金が割高な背景には、ドコモなど3社がシェア9割を握る寡占状況があるとされる”(前述の毎日社説)との3社寡占問題があります。しかし、本当に3社寡占を4社体制にすればこの問題が解消するのかとなると、問題はそれ程簡単ではないようです。

 総務省が昨年9月に公表した直近の「電気通信サービスに係る内外価格調査(平成30年度)」によると、3社体制の東京、デュッセルドルフ、ソウルと4社体制のニューヨーク、ロンドン、パリを比較してみると、4社体制の市場の方が料金が低く、3社体制の方が高いとは言い切れません。欧州のロンドン、パリ、デュッセルドルフの3市場はデータ容量月5GBの中位レベルでは月額2,000円前後で大きな差はありません。ロンドンとパリは4社体制、デュッセルドルフは3社体制であり、4社に移行したパリだけが特に料金が低い訳ではありません。また、ニューヨークの料金水準が最高レベルにあることは事実ですが、同じデータ容量月5GBで比較すると東京はニューヨーク(月額6,102円)の約2分の1のレベルとなっています。ニューヨークは4社体制の市場です。つまり、スマートフォンの通信料金比較では、3社か4社かの市場構造による差ではなく、3社であれ4社であれ欧州の料金水準が低く、米国が特に高いという実態なのです。また、経年的にも直近3年ではニューヨークを除いて、5都市すべてで料金が低下しています。これらのことから、料金のあり様には各国の特性があって3社寡占が元凶で4社なら問題が解消するという簡単なものではないようです。

他方、欧州各国のモバイル通信サービスの市場構造とネットワークのパフォーマンスについて、今年の2月に世界のモバイル通信事業者・製造業者等が参加する業界団体であるGSMAが発表した「Mobile market structure and performance in Europe - Lessons from the 4G era」という、とても興味深いレポートがありますので、ここで紹介しておきます。このレポートは欧州(29カ国市場、99事業者)の直近8年間に渉るモバイル通信市場の4G拡大普及期を調査分析したもので、3社/4社体制という市場構造とサービス面のパフォーマンスとの関係を詳細に明らかにしています。日本ではまだ十分に紹介されていませんので、是非GSMAから公表された全文(52ページ)に目を通されることをお奨めします。とても分かり易い内容です。

 レポートの詳しい内容は省略しますが、結論として2018年末で欧州の3社体制の19市場と4社体制の10市場とを比較して言えることは、3社体制市場の方が高度なネットワーク品質とイノベーションにとって有効であるとしています。即ち、3社市場ではネットワークのダウンロードスピードで13%、アップロードスピードで16%、4社市場を上回り、遅延秒数では15%短くなっていて、品質面での格差が見られる一方で、ネットワークカバレッジやMB当たりの料金とARPUには違いはほとんどないと述べています。逆に言えば、料金水準では3社体制と4社体制には料金上の差分はないということになります。こうした品質面やイノベーションの違いをもたらしているポイントは設備投資のレベルで、売上高に占める設備投資額の比率は直近2018年では3社体制市場で約16%であるのに対し、4社体制市場では14%弱と格差があり、この差は2015年頃から拡大してきています。欧州では4Gの拡張期を通してMB当たりの料金やユーザー収入(ARPU)は3社体制であれ、4社体制であれ継続的に低下してきているので、ネットワーク容量(ダウンロード/アップロード・スピードや遅延秒数に表れる)を高めるための設備投資の水準と効率の差が両者の違いを生み出しているとレポートは結論付けています。投資効率面では周波数や基地局サイト、タワーを多くの事業者に分散するとイノベーションではなく、リスクを生み出すとも述べています。なお、欧州29市場個々の市場集中度を示すHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)も算定していて、2330~4620(中位3276)であり、日本のHHIは2019年12月現在で2817なので欧州の方が市場集中度が高い現実にあります。前述したイー・アクセス買収時の2014年3月ではHHIは3166と今より高い数値でしたので市場集中度は日本では近年低下傾向にあります。したがって、3社寡占であっても市場の競争機能は高まっていると言えます(総務省「令和元年度市場検証(中間報告)・令和2年4月」参照)。

 紹介したGSMAのレポートでは、これまでの欧州の規制当局の政策は利用者目線から低価格を指向して、事業者数の維持(合併の制約)・増大(新規参入者への周波数付与)に向いていて、ネットワーク品質やイノベーションを通じてのパフォーマンス、ユーザーエクスペリエンスにはあまり焦点が当たっていないと主張しています。振り返って5G時代の入り口にある今日、我が国でも過去に経験したイー・アクセスの前例に学びネットワーク品質とユーザーエクスペリエンスに着目した事業経営と政策運営が一層進むことを望みたいと思います。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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