2020.10.29 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

ウィズコロナからポストコロナに向けてのコーポレートガバナンスの動向

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)再拡大の中、経済産業省はコーポレートガバナンス・コード(東証:2015.6.1適用、2018.6.1改訂)を実践するための2つの実務指針(ガイドライン)を7月31日策定・公表しました。この「事業再編実務指針」と「社外取締役の在り方に関する実務指針」は、2017年策定(2018年改訂)の「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン)、2019年策定の「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(グループガイドライン)に続くもので、コロナ禍の中、コーポレートガバナンスを深化して形式から実質化しようとするものです。

なかでも、事業再編ガイドラインは現下のCOVID-19の世界的な感染拡大による急速な需要の減退や国境を越えたサプライチェーンの分断による資金繰りの急激な悪化等、極めて厳しい状況下にある日本企業に対して有事への一時的な対症療法ではなく、中長期的な視点から強靭な企業体となるための事業ポートフォリオの組み替えを提起する内容となっています。本ガイドラインでは、今回のような有事においては手元資金の厚さがリスクバッファーとして極めて重要な要素となるが、その前提となるキャッシュ創出力は、全体の競争優位性に基づくビジネスモデルとして戦略的な事業ポートフォリオを構築することにより強化されると指摘しています。日本企業では事業ポートフォリオ組み替えの必要性の認識が広がっていますが、拡大志向のM&Aは増加傾向にあるものの、事業や子会社を売却する「切出し」は横ばいで推移しています。日本企業の1社当たりの事業部門数は1990年代以降横ばいで事業再編は進んでおらず、特にスピンオフを活用した分離件数は日本では実績ゼロ(2010~2018年)であることに着目して、本年7月に閣議決定された「成長戦略実行計画」では、“スピンオフを含む事業再編を促進--(中略)--企業に対応を促す”ことが盛り込まれています。

現代企業では所有と経営の分離が進んでいて、大株主が経営に参加するケースが少なくなっています。実際に株主の分散が進み、機関投資家もモノ言わぬ株主又はパッシブ運用中心になって積極的かつ適正な株主権利行使の機会が減少して、会社の意思決定が内向きになり、相互牽制が薄れて社内調和第一となっているのではないか。その結果、事業ポートフォリオの再編に消極的になり、拡大志向を続けて低い資本生産性をもたらしています。最近では日本企業でもROEへの関心が高まり、資本コストを意識する経営が進められてROE8%の水準を達成するようになっていますが、米欧企業の10%後半レベルとは大きな差が残っています。ROEを、マージン×資産回転率×レバレッジに分解してみると、明らかに日本企業のマージンが低くなっていることが分かります。この点を日本取締役協会の「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート2」(2020.6.10改訂)が取り上げて“稼ぐ力の再興に向けて”リスクテイク力の向上を提言しています。要はリスクテイク力が弱いと稼ぐ力、例えばROAが低くなる傾向が顕著であり、リスクテイク力を上げるためには企業経営において質の高い意思決定システムを構築することが必須の条件となるとしています。さらに、このレポートでは大変に興味深いデータを掲載していて、“日米企業の加齢とROAの推移”で見ると、日本企業の収益性は設立後15年頃にピーク(約11%)を迎えた後、急激に下降して設立後50年あたりからは資本コストを下回る資本生産性の水準にまで低下した状態(約4.5%)が続いているのに対し、米国企業では設立から100年を経ても高位安定(10%強)して、むしろ改善傾向を示していると述べています。

こうなると、ウィズコロナからポストコロナを見通しての事業ポートフォリオの再編を契機としつつも、そもそも日本企業が本来的に失ってしまっている稼ぐ力、即ちリスクテイク力をどうやって回復し向上させていくのかが、これからのコーポレートガバナンスの要諦となります。そのためには、量(企業規模・売上高)ではなく、質(資本・労働生産性)を重視した経営に変貌する必要があり、事業ポートフォリオ・マネジメントを推進する意思決定システムを企業で構築することが必須となります。経産省の事業再編ガイドラインでも、日本取締役協会の独立社外取締役の行動ガイドラインでも同様ですが、スピンオフを含めた事業再編を促進するために取締役会の監督機能の強化を基本に据えていることに注目しています。会社の制度設計上は、指名委員会設置会社、監査等委員会設置会社、監査役会設置会社の選択が可能ですが、取締役会(ボード)の機能面からは監督と経営・執行とを分離して分業する仕組みが望ましく、どの形態の制度を選択しても実際の運用に際して監督と経営・執行とを分離・分業して取締役会をモニタリングボードとして機能させることが重要です。監督となると独立社外取締役中心で多様なメンバーで構成される取締役会であることが必要ですし、経営・執行面ではCEOに裁量と権限を集中してリスクテイク力を上げる工夫が求められます。リスクテイク力はその性質上、多人数の合議制にはなじまず、可能な限り少人数のリーダー、特にCEOが裁量を発揮して決断する意思決定システムがなければ高まらないでしょう。そこで問題は、監督にあたるメンバー(独立社外取締役)がCEOの暴走を監視しつつリスクテイクを促すこと、執行陣が効率よく機能しているかをモニターすることが大切になります。こうした取締役会の機能、監督と経営・執行の分離・分業方式構築の考え方を社内外関係者間で共通に認識しておかなければなりません。投資家との対話やエンゲージメントのポイントもそこにあると捉えておくべきです。近年、機関投資家のパッシブ運用が隆盛になり積極的な株主権行使のインセンティブが失われつつあります。そこで、スチュワードシップコードからも、議決権行使助言会社等の機関投資家向けサービス提供者の行為規範の課題が注目されると同時に、機関投資家による自らの責任と判断での議決権行使が求められるようになっています。事業ポートフォリオ・マネジメントについては当該企業の事業再編にとどまらず、株主権行使においてアクティブな投資家とパッシブな機関投資家の相互補完関係(協力、提携等)にまで及ぶ新しい課題を提起しているので、ウィズコロナからポストコロナに向けて大きな変化をもたらすと想定しています。

コロナ禍では否応なしに事業再編を進めざるを得ません。資金流動性の確保、コストベースの再考、ビジネスモデルとパートナーシップの再編から始まり、想定シナリオと戦略オプションに基づく財務シミュレーションに及ぶ事業ポートフォリオ・マネジメントは避けられません。資本および労働生産性に着目した質的向上を目指した取り組みが急がれます。ウィズコロナ・ポストコロナに備えて今こそ、企業経営において質の高い意思決定システムを構築するべき時です。独立社外取締役の役割に対する期待が高まっています。先の経産省の策定した「社外取締役ガイドライン」では社外取締役の5つの心得を示してその役割を明らかにしていますので紹介しておきます。これらすべてを実践するのは極めて難しいと実感できます。簡略してまとめると、(1)経営の監督、(2)持続的成長の経営戦略を考える、(3)社長・CEOに遠慮せずに発言・行動する、(4)経営陣と信頼関係を築く、⑤利益相反を監督する、の5つです。

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