2021.2.15 5G/6G InfoCom T&S World Trend Report

中国の5Gの進展状況 ~インダストリアルインターネットへの重視

世界全体を覆うコロナ禍とその結果の社会変容と同期しつつ、ICTの世界では各国で5Gの展開が着実に進みつつあるところだ。その中で中国の5Gは2020年11月時点で、既に出荷台数ベースで1.4億という巨大な規模となっているものの、先行した米韓などの5Gの状況に比べると、その情報は日本ではあまり伝わってこないような印象がある。本稿では、最近の現地報道や現地研究機関の発表したレポートなどをもとに、中国の5Gの現状を概括するとともに、その中で特に重視されている産業面での社会実装、5Gを活用したインダストリアルインターネットのユースケースなどについて紹介してみたい。

中国の5G規模と新型インフラ推進政策
「新基建」

中国のICT主管庁工業・情報化部(MIIT)傘下のシンクタンクである中国信息通信研究院(CAICT)が2020年11月に発表した統計では、同月の5G対応スマートフォン出荷台数は2,014万台、スマートフォン出荷台数全体の68.1%を占め1~11月の累計出荷台数は1.44億台という規模に達している。また、市場に出た5G端末は199機種に達しているという。

【図1】中国における5G端末の出荷台数および5G端末比率の推移

【図1】中国における5G端末の出荷台数および5G端末比率の推移
(出所:CAICT)

2020年に入りコロナ禍の影響拡大が顕在化したため、毎年の恒例であった全人代(国会に相当)開催が従来の3月から5月に延期されたが、中国政府はこの機を捉えて重点政策として「新基建」(新型インフラ建設)政策を発表した。この中では、5Gが特に重要な新技術インフラのひとつとして位置づけられており、ICT分野が今後の国家戦略の中で中心的存在にあるといっても過言でない。そのほかにも、IoT、インダストリアルインターネット、衛星インターネット、人工知能(AI)、クラウド、ブロックチェーンなどICT各分野も新型インフラの対象となっている。これまでも「中国製造2025」などのマクロ政策の柱の中では5Gも含めて推進されてきたが、コロナ禍や米中対立に起因する経済の停滞に対応するための内需拡大の観点から、新たなインフラへの公共投資を強化する意図も読み取れる。

中央の5G政策をもとに、各省・都市でもそれと連動したアクションプランが実施されており、例えば地方政府は基地局建設においては用地確保、電力代の低減などといった優遇措置を通信事業者に施すとともに、各地の実情に応じた分野ごとに、製造業などへの5G利活用に向けた資金的支援なども実施することにより、これら政策の具現化を支えている。

5G免許発行以降の各キャリアの動き

中国では2019年6月に、China Mobile(中国移動)、China Telecom(中国電信)、China Unicom(中国聯通)の既存キャリア3社および新規参入の放送系事業者China Broadcasting Network(中国広電、CBN)の計4社に5G免許が付与された。その後、同年11月から中国移動が商用サービスを一部地域で開始した。当初は他国と同様、4Gのコアネットワークを活用するノンスタンドアローン(NSA)方式による提供に限定されていた。5Gの特徴である「高速大容量」は提供できるようになったが、「多地点同時接続」「低遅延」といったメリットはこのNSAの段階では享受が難しい状況であった。

2020年3月、中国政府(MIIT)が「5Gの加速的発展を推進する通知」を発表、前述した「新基建」政策とともに、基地局の建設や社会実装に対して強力に5G推進が加速されていくことで、アクセルが踏まれることになる。この後、キャリア3社は基地局新規建設など5G網の構築に必要な大型入札を揃って実施し、6月には5G基地局稼働数は41万基に達するなど早速その成果につながった。5G用のコアネットワークが順次整備拡張されたことで、2020年9月には深圳などでスタンドアローン(SA)方式のいわゆる「フル5G」の商用サービス開始に至ったことが明らかになった。これにより、「多地点同時接続」「低遅延」などの5Gのメリットとともに、産業界における社会実装に道を開くことになった。

この間、5Gネットワーク構築に際しては、China TelecomとChina Unicomの2社は、もともと2016年に両社が結んでいたネットワークの共同構築・共同利用を含む包括的連携協定をもとに5G網の共同建設を効率的に進める一方(当時両社は合併するのではないかとの憶測も呼んだ)、China Mobileは自社の5G網構築だけでなく、新規参入で通信分野のノウハウが不足しているため免許取得後も動きが鈍かったCBNとの間で協定を締結して5G網共同構築・共同利用を進めた。その結果、CBNについてはNSAを経ずして最初からSA方式でサービス開始ができる目途が付いたという。このほか、キャリア各社で共同出資して設立されたタワーインフラ会社China Tower(中国鉄塔)を活用したインフラ構築も奏功し、同社が建設した施設の97%が各キャリアに共用されるなど、SA実現のためのドライバーになっている。中国の各キャリアの変遷を図2に示したので参考にしていただきたい。

【図2】中国の通信市場とキャリアの変遷

【図2】中国の通信市場とキャリアの変遷
(出所:筆者作成)

インダストリアルインターネットと5G

5Gでは、コンシューマー向けを中心としては、その特徴のひとつである「超高速大容量」をもとに超高精細映像伝送をVR/ARやクラウドゲームなどのアプリケーション向けに提供することが今後の主眼になるといわれている。放送分野の新規事業者が参入した背景もここに目的があるものと考えられる。

一方、それ以外に中国政府が当初よりSA方式を中心に5Gを積極的に推進する背景としては、産業界向けに効率化・自動化を実現する5Gの「多地点同時接続」「低遅延」という特徴を意識した「インダストリアルインターネット」がある。日本の「ローカル5G」や欧州等での「プライベート5G」などの議論と同様の5G社会実装・利活用の話であるが、2020年後半に中国でその関連政策が発表されてから、各産業分野でのユースケースについて競って共有されるようになった。優良なユースケースについては、各級の政府からの表彰などを通じて、各産業への浸透を図ろうとしている最中であるようだ。

その中で象徴的なイベントとして、2020年11月、新型コロナ発生の地でもあり、先端産業集積地「光谷(Optical Valley)」としても名高い湖北省武漢市で「2020中国5G+インダストリアルインターネット大会」が開催されている。このイベントには、習近平国家主席が開催を祝う書簡を送るなど、国策として力が入っていることが読み取れた。

【図3】「2020中国5G+インダストリアルインターネット大会」のサイト

【図3】「2020中国5G+インダストリアルインターネット大会」のサイト
(出所:中国光谷)

 

このイベントで紹介された内容によれば、5Gが関係するインダストリアルインターネットプロジェクトは既に1,100件以上あるという。5G基地局数は11月時点で70万基を超えているが、そのうちインダストリアルインターネットに活用されている基地局は3.2万基あるそうだ。コロナ禍への対応として、既にChina Mobileが「5G医療クラウドプラットフォーム」を2020年9月に発表、手術支援、診察、救急等において各種の遠隔医療対応に活用されているほか、医療現場での消毒ロボットの運用などにも使われているという。しかし、産業向けにメインとなるインダストリアルインターネットの事例としてはやはり製造業におけるものが注目されているようだ。

【図4】「5G応用産業方陣(5GAIA)」の ホワイトペーパー

【図4】「5G応用産業方陣(5GAIA)」のホワイトペーパー
(出所:5GAIA)

中国のキャリアや製造メーカーなどで構成される5G活用推進組織「5G応用産業方陣(5GAIA)」が最近発表したホワイトペーパーでは、代表的なプライベート5Gの仮想網(ネットワークスライシングで公衆網を共用)や専用網(公衆網とは物理的に分離)のユースケースが優良事例として掲載されている。同ホワイトペーパーは産業への5G応用を構築していくうえでは、産業側が既存の自社システムの中に、キャリアとの協力で5Gを滑らかに融合させることが肝であり、「プラグインですぐ使える」というコンセプトが重要としている。既存システムを大改修することなく、その品質を向上させるということである。その方法としては、(1)公衆5Gをベースとするもの、(2)一部公衆5Gのリソースを利用しつつ、当該産業が必要な部分を独立的に専有できるハイブリッド型、(3)当該産業用に専用の周波数を採用し、公衆網と完全に分離する専用網型、の3種類に分かれるとしている。

 

前述(2)の例が5Gを応用したインダストリアルインターネットの典型例といえるが、これらから2つほどユースケースを挙げてみたい。中国最大規模の鉄鋼メーカーである上海宝鋼集団(上海宝山製鉄所:BAOSTEEL)のケースだ。China Telecomが同社向けに5Gによる仮想プライベート5G網構築を支援した。図5の太線の中がプライベートエリア内の仮想ネットワークであるが、倉庫や物流エリア、港湾など閉域内に設置した5G電波を受ける各種設備、無人搬送車などについて、モバイルエッジコンピューティング(MEC)設備を介して構築されている。具体的にはエリア内の関連資材の図6のような自動運搬などに応用されており、リアルタイムでこれらの動画監視などを24時間対応にしたり、無人化したりすることで生産効率を向上させているという。

【図5】上海宝鋼のプライベート5Gユースケース

【図5】上海宝鋼のプライベート5Gユースケース
(出所:5GAIA)

 

【図6】上海宝鋼のプライベート5Gサイト

【図6】上海宝鋼のプライベート5Gサイト
(出所:通信世界網)

 

もう一つ、China Unicomが広東省で支援した、エアコンなどを主力とする大手家電メーカー格力(Gree)の例でも、MECと5Gを組み合わせた中国初のプライベート5Gが構築されている。中国政府ではこの事例をスマート製造のモデル工場に位置づけているそうだ。Greeでは自社内にのみ流通が許される秘匿性の高いデータを保有している。これらデータに関する高いセキュリティ要求を実現するために、同社はMECを介して5Gの基地局と接続するにあたり、ネットワークスライシング機能により公衆網と自社キャンパス専用網の完全な分離を施している(図7)。

【図7】Greeのプライベート5Gユースケース

【図7】Greeのプライベート5Gユースケース
(出所:5GAIA)

 

中国では上述したように、短期間の間に5Gの展開が進み、産業界への応用も急速に進みつつある状況がみられる。実際の現場ではいろいろな試行錯誤もあることが推測されるものの、ここで起こっている急激な変化は注目に値するものである。ローカル5G検討が進む日本においても、これら中国の先行事例などは今後も注目しながらみていく必要があるだろう。

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