2021年3月15日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

デジタルトランスフォーメーションによる新たな時代の経営



ビジネスへのITの導入

ITの仕事への導入は、1920年代のIBM社のパンチカード装置に始まり、その後の発展は目覚ましく、現在のビジネスに欠かせないものとなっている。これまでのビジネスにおけるITは、主に、業務効率化やコスト削減といった現状の改善手段として利活用されてきた。しかしながら、近年では、IoT、SNSおよび顧客購買等における莫大なデータの収集は、競争環境に変化をもたらし、商品開発、製造、販売に至るまでのバリューチェーン全体にも大きく影響することとなっている。また、ビジネスにおける変化のスピードが格段に速まり、これまでのようなビジネスモデルにおける固定的な業務効率化やコスト削減だけでは、環境変化に対応できなくなっている。そこで、脚光を浴びているのが、デジタルトランスフォーメーションによるAgile経営である。マサチューセッツ工科大学情報システム研究所が実施した経営者インタビュー調査によると、デジタルトランスフォーメーションを確立した企業の利益率は同業平均よりも16%程度高い傾向にあったと発表されており、取り組む意義は非常に大きい。

経営とデジタルトランスフォーメーションの関係

デジタルトランスフォーメーションについては、インターネット上や書籍などで多くの情報が飛び交っている。しかしながら、それらの情報は技術に偏っていたり複雑であったり、逆に業務改善にとどまっていたりと理解が難しい側面がある。筆者は、デジタルトランスフォーメーションの本質は、「経営そのものの転換」の手法であると考えており、本稿では、現代の経営環境において、これをいかに有効に活用するかを簡潔に提示したい。

先にも述べたが、現代の経営は変化が速く、いかにその変化にうまく対応できるかに成否がかかっている。一方、危険なことは、そのスピードだけに目が行き、経営の基本原則を忘れて雰囲気に飲み込まれてしまうことではないだろうか?古典となっているかも知れないが、マイケル・ポーターの経営戦略論が示す、(1)コストリーダーシップ戦略、(2)差別化戦略、(3)集中戦略は、今の成功企業でも踏襲され、彼らはそれをベースにオペレーションの精度やスピードを高めていると考えられる。例えば、Amazonは、顧客の購買履歴から個人に合った商品を推奨するとともに、多くの仕入れ先、提携先を確保して価格を押さえた品揃えを確保し、短期間で配達するというモデルを高度化して成功している。これは、ITを活用してコストリーダーシップを達成している典型であると考えられる。Appleは音楽を所有から利用に転換したパイオニアであるが、自社サービスの独自性で競合他社と差別化を図り、独自のポジションを築いた企業である。IBMは、顧客のアプリケーションやインフラに対するニーズの多様化に対して、ハイブリッドクラウドとAIに集中するという新たな事業戦略を2020年に発表し、集中戦略を実行している。GoogleやFacebookといった企業は今の段階では多くの分野を視野に入れて活動しており、3つの戦略にあまり当てはまらないかも知れない。ただ、ここで注目すべきことは、いずれの企業も経営の起点が顧客情報であり、その情報からニーズを明らかにし、迅速に対応するためにITを活用するという戦略をベースとする点が共通していることだ。 GoogleやFacebookについては、これまで集積してきた顧客情報をどのように活用して新しいビジネスをスタートさせるかが非常に注目される。

デジタルトランスフォーメーションの進めかた

それでは、どのようにデジタルトランスフォーメーションを進めていけば良いかについて考えてみたい。経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」の中で、デジタルトランスフォーメーションは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確保すること」と定義されている。この定義は、デジタルトランスフォーメーションで実施すべきことを網羅しており、この定義から実際に何をやればいいかを、日本のビジネスの特徴も踏まえながら、取り組む順序等を意識して紐解いていけば理解しやすい。

1.企業文化・風土変革の重要性

まず取り組むべきことは、「ビジネス環境の激しい変化に対応する」ということだ。このことは、ITに対する考え方を根本的に変えることが必要であるということを意味している。これまで、多くの日本企業では、業務に合わせてITを最適化するということが行われてきた。既存業務がベストプラクティスという考え方である。このようなITの導入では速い動きに太刀打ちできないのは明らかだ。企業文化・風土を、ビジネス環境に柔軟に素早く対応できるIT化という考え方に変革することが何よりも大事だ。企業文化・風土についてもう一つ重要なこととして挙げられるのが、前例や成功事例を過度に求めず、自らが考えるということだ。そのためには、失敗や責任の回避を助長するタテ社会からの脱却も視野に入れておきたい。企業文化の変革には、経営者の強いコミットメントを基に社員のマインドセットを変えていくことが必要で、これが成功のための土台になる。

2.経営戦略をベースにしたIT整備

次に取り組むべきことは、前項でも述べたが、「経営戦略を持つこと」である。AmazonやAppleは、どちらかというと基盤企業のように考えられがちだが、Amazonは、もともと、顧客が欲しい商品をいつでもどこでも安く購入できることを目指し、Appleはいつでもどこでも好きな音楽を録音しなくても持ち歩くことができることを目指した企業である。いずれも、「こういうことを求める客は世界中にいるはずだ」という顧客ニーズの仮説から始まり、それを実現するための経営戦略に基づいて、ITをフル活用して、製品やサービス、ビジネスモデルにおけるオペレーショナルエクセレンスを作り上げ、競争上の優位性を確保していったのである。注目すべきは、本当に顧客がいるわけではないところでビジネスをスタートさせ、それを育てていることであり、確実な成功が見えない分野への投資を躊躇しがちな日本企業は大いに参考にすべきであろう。経営戦略策定で押さえておくポイントの参考として、表1に筆者作のAmazonについてのビジネスモデルキャンバスの簡易例を示しておく。

【表1】ビジネスモデルキャンバスを使ったAmazonのビジネスモデル(AWSを除く)

【表1】ビジネスモデルキャンバスを使ったAmazonのビジネスモデル(AWSを除く)
(出典:ビジネスモデルキャンバスのフォームを使って情報通信総合研究所で作成)

3.事業への落とし込み

「企業文化の変革」、「事業戦略の策定」という準備ができたら、事業への落とし込みが必要になる。大切なことは、(1)顧客接点を増やして、多くのニーズ等の情報が継続的に集まる仕組みを作ること、(2)(1)の情報に対して精度の高い製品やサービスを迅速に提供できるようにすることであり、これらを実現するためにITを有効に活用したビジネスモデルを構築しなければならない。顧客接点については、ホームページはもとより、SNS等も活用してできるだけ多くの情報を収集する仕組みを作ることが大切である。但し、裏を返せばこれらの情報は自社への期待でもあり、合わせて迅速に対応できるオペレーションを持ち合わせていないと返って評判を落とすことにもなりかねない。また、オペレーションのITによる迅速化にも注意が必要である。すべてのプロセスを既存の業務フローに合わせて構築するのではなく、柔軟な対応や多くのデータから導き出すことが必要なプロセスなどには、AIを活用する等の工夫が欠かせない。業務プロセスを設計するときは、是非考慮していただきたい。図1にデジタルトランスフォーメーションを構築するときに必要な活動の関係を示すが、すべての整合性が確保されてはじめて成功するものと考えられる。

【図1】デジタルトランスフォーメーション構築イメージ

【図1】デジタルトランスフォーメーション構築イメージ
(出典:情報通信総合研究所で作成)

4.その他、考慮しておくべき事項

これまでも述べたが、デジタルトランスフォーメーションは、経営そのものの改革である。したがって、経営者を中心に全社で取り組むことが大切で、全社を巻き込んで前に進めるために、経営者直下のプロジェクト組成が必要である。また、人事による人材育成、総務部門による働き方改善などのサポートも重要な要素となる。従業員も接点を強化する顧客としての対象とみなすことも忘れてはならない。

5.既存事業とデジタルトランスフォーメーションの関係

企業が新しい取組を始めるときに必ず起こることは、既存事業との優先順位の葛藤である。既存事業はまさに今、売上によって企業の収益に大きく貢献している。一方、戦略事業や新規事業は成功するかどうか未知数であり、これまでのIT投資は、どうしても既存事業を中心に行われる傾向があった。デジタルトランスフォーメーションでは、既存事業については、更なる効率化、高収益化、標準化をデータドリブンで継続するとともに、現代の経営では欠かせなくなっている顧客接点に基づく戦略事業や新規事業についても、経営資源を増やしオペレーショナルエクセレンスを追求することが非常に重要である。そのためには、現在の社会、経済等の外部環境の変化から、未来を予想するとともに、ものごとを俯瞰して見ることから将来のあるべき姿を描き、そこからバックキャストして事業を考えるというスタンスが必要になる。まさに、Future Ready(将来を見据えた準備)という発想である。

昨今は新型コロナウイルス感染症における自粛等によって、顧客からの物理的な距離が拡大している可能性が高い。この傾向はこれからもすべてが解消されることはないと考えられる。このような観点からも、ITを活用した顧客接点を増やし、迅速・正確にニーズに対応できるビジネスモデルを構築することが、今後の成功の鍵になるのではないだろうか。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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