2021.5.31 InfoCom T&S World Trend Report

2050年カーボンニュートラル(脱炭素社会)~グリーン成長戦略と情報通信産業

昨年10月の菅総理の所信表明を契機に2050年カーボンニュートラルの動きが活発となり、2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする取り組みが政府・民間を通して進んでいます。今年1月には政府の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が発表されて、予算、税制、金融、規制改革・標準化などの分野横断的な政策ツールと重要分野における実行計画が示されて、日本全体に認識が急速に高まり広く浸透しました。

CO2の排出削減(実質ゼロ化)には電力、エネルギー、鉄鋼、化学、運輸などの産業部門で大きなイノベーションが必要であり、基礎研究から開発レベルまで多方面の取り組みが進められています。CO2の排出削減と地球環境の保全にはこうした大規模産業だけでなく、家庭・個人レベルの日常行動や農業、食料システム、建物・住まいなど私達の生活に直結する取り組みもまた必要になってきますので、特定の産業分野や企業に片寄ることなく私達の衣食住すべてに関係する地球規模の挑戦となります。長期的な広い視野に立って地球システムのあり様を見直し、地球環境保全に努める取り組み、即ちグローバル・コモンズを守る活動ということができます。

背景にあるのは2015年の「国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)」で合意され2016年に発効した、いわゆるパリ協定です。そこでは近年世界の温室効果ガスの増加が著しく世界の平均気温が急上昇していることに着目して、平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する、そのため世界の温室効果ガス排出量を早期にピークアウトさせて、21世紀後半には温室効果ガス排出量と森林などによる吸収量のバランスを取ることを定めています。参加国には2050年のCO2削減目標と途中の2030年の達成度合いをそれぞれ発表するよう求めています。しかしその目標の発表数値がそれぞれの国で基準年や算定方法が違っているので誠に分かりにくくなっていますし、目標達成に向けた取り組みと進捗は参加国に委ねられているので世界的に一致した政策には進展してきませんでした。特に米国の前トランプ政権がパリ協定を離脱し、また現バイデン政権が復帰するなどドタバタ劇があったことは御承知のとおりです。日本もこれまでは2050年のカーボンニュートラルには踏み込まず、国際会議等で世界の環境先進国からしばしば非難を浴びて来ました。残念ながら日本の経済界でもさまざまな異論があってまとまった意見とはなっていませんでしたが、菅総理の所信表明後は2050年カーボンニュートラル一色になり、一斉にグリーンイノベーションに走り出した感があります。

そこには市場実勢としてESG投資やSDGsの浸透・拡大があり、投資家や消費者からの選別に直面する事態となっていることがあります。具体的には近年日本でも世界でもグリーンボンド/ローン、ソーシャルボンド/ローンなどのサステナブルファイナンス市場規模が急拡大していて、企業だけでなく地方自治体、国際機関などが続々とグリーンファイナンスによる資金調達を行っています。また機関投資家サイドからは最終的な資金の出し手であるアセットオーナーの意識変化を踏まえてサステナブルファイナンス領域への資金運用が進展している実態にあります。さらにはグリーン分野に融資するためのグリーン預金を創設する銀行も出てきています。

政府のグリーン成長戦略の中では、それぞれの産業での技術イノベーションを取り上げていて今後の注目分野を示しているだけでなく、その資金的な裏付けとして国等の公共部門だけでは必要資金を賄うことに限界があるので民間資金の活用方策が取り上げられています。そこではグリーンボンドに代表されるサステナブルファイナンスのように資金使途をあらかじめ限定して逐時フォローしていく方法だけではなく、資金調達時点では使途を限定せず当該企業等の当初の目標とその後の活動全体が、例えばCO2削減に寄与していることなどを継続的に評価していくサステナビリティ・リンク・ファイナンスなど(広くトランジション・ファイナンスと呼ぶ)が生まれてきています。今年1月から金融庁、経済産業省、環境省の3者共催で2つの有識者会議(注)が設けられて検討が進んでいます。サステナブルファイナンスの課題や対応策、トランジション・ファイナンスの基本方針や評価のあり方など定義や手法を明確にして市場規模の拡大と同時に市場での信頼度を高める方策が進んでいます。

このように金融資本市場ではグリーン成長戦略が先行的に進展していますが、まだまだ定義自体が曖昧なので資金使途のフォロー、成果の算定、管理体制の把握など解決すべき課題が数多くあり、市場の信頼度を高める努力、例えば信用格付会社などの中立的な第三者機関による評価方法の確立と向上が求められます。そうでないとグリーンならぬグリーンウォッシュやブラウンタクソノミー(分類)といった批判も既に数多く出ているので信頼感は得られないでしょう。

最後に、情報通信産業は政府のグリーン成長戦略の中では半導体産業と並び重要な位置を占めていて、デジタル化によるエネルギー需要の効率化(グリーンbyデジタル)、デジタル機器・情報通信の省エネ・グリーン化(グリーンofデジタル)の2つのアプローチを両輪に推進すると掲げています。具体的にはデジタルトランスフォーメーション(DX)などによりデータセンター向けエネルギー需要が急増している現状があるのでグリーンなデータセンターの国内立地の推進や次世代情報通信インフラの整備を図ること、その際にパワー半導体や情報通信機器の省エネ化等を進めることを提起しています。しかし今のところ、情報通信業界やICT関係企業からは研究開発の活動やSDGs関連の目標が統合報告書などで公表されていますが、最近のカーボンニュートラルに向けた大転換に応ずる形で本格的な経営戦略として、体系的な方策や具体的な目標が必ずしも明確に示されていません。他方6月からはコーポレートガバナンス・コードが改訂されて、東証再編後のプライム市場上場会社に対し気候変動に係る戦略や事業活動・収益に与える影響等の情報開示が求められています。加えて、2050年カーボンニュートラルの動きは、4月の気候変動サミットに続いて6月のG7、10月のG20、11月のCOP26と国際的な会合が連続し一層大きな潮流となるだけに情報通信産業界のさらなる取り組みが必要でしょう。情報通信機器・サービスのライフサイクルを通じた環境負荷評価(ライフサイクルアセスメント)に注目しています。

(注)・サステナブルファイナンス有識者会議(座長 水口 剛 高崎経済大学学長)
・トランジション・ファイナンス環境整備検討会(座長 伊藤 邦雄 一橋大学CFO教育センター長)

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