2021年9月14日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

競争促進に関する米大統領令の概要



米国のホワイトハウスは2021年7月9日、「競争促進に関する大統領令[1]」(以下、「大統領令」)を公表した。本稿ではその概要を紹介する。

1.現状認識

大統領令はその冒頭、「(2021年1月の)政権発足以降の5カ月間で、300万以上の雇用が創出されている」として、バイデン大統領のリーダーシップの下で、景気が上向きであるとの認識を示している。

しかしながら、産業界における企業結合が加速しており、20年前と比較したときに、医療、金融、農業などを含む米国内の75%を超える分野において、少数の大企業がより多くのシェアを支配し、生活必需品が値上がりしていると指摘している。また企業の利益が労働者に還元されておらず賃金は低下傾向にある。こうした、料金値上げと賃金低下により、「平均的な労働者世帯の負担は年間5,000ドル程度(約55万円)増加している[2]」と記している。さらに、起業件数の減少などによりイノベーションは停滞、格差が拡大傾向にあると警鐘を鳴らしている。

こうした現状認識を踏まえて、「企業統合のトレンドに歯止めをかけ、競争促進を通じて、消費者、労働者、農家、小規模事業者に具体的なメリットをもたらすため」の政策を遂行していくことを宣言したのが、今回の大統領令である。

2.具体的施策

大統領令は、米国経済における差し迫った競争上の諸問題を解決するために72件のイニシアティブを推進すると記しており、その冒頭に以下の9件の取り組みを例示している[3]

  1. 競業避止合意や不要な職業免許要件などを禁止/制限し、転職と賃上げを容易にする。
  2. カナダから安全で安価な薬を輸入する州政府や部族政府のプログラムを支援し、処方箋薬の価格を引き下げる。
  3. ドラッグストアの店頭で補聴器を販売できるようにし、聴覚障碍者の経済負担を軽減する。
  4. 過大な早期解約金の禁止、料金比較を容易にするためのわかりやすい情報開示の義務付け、テナントに特定のインターネットの利用を強いる排他的契約の廃止などを通じて、インターネット料金を引き下げる。
  5. 航空運賃の払い戻しを容易にする。また、アドオン料金についてわかりやすい情報開示を義務付けることで料金比較を容易にする。
  6. メーカーが、ユーザーやサードパーティによる製品修理を禁止することを制限し、修理を容易かつ安価にできるようにする。
  7. 利用者が自身の金融取引データを他の銀行に移すことを認めるよう銀行に義務付け、利用銀行の変更を容易かつ安価にする。
  8. 一部の食肉加工業者の反競争的慣行を取り締まる農務省の権限を強化し、農家の所得を増加させる。
  9. すべての連邦政府機関に対し、調達などの判断において競争を促進することを指示し、小規模企業に対するビジネス機会を増加させる。

通信業界に関連するものとしては、インターネット料金の引き下げに関する取り組みが4番目に記載されている。米国では2010年に連邦通信委員会(FCC)が「全米ブロードバンドプラン」[4]を公表し、ブロードバンドの普及促進を通信政策の最重要課題と位置付けてきた。その結果、インフラの整備は進んでいるが、ブロードバンド事業者が1社ないし2社しか存在しない地域の料金が競争市場の料金と比べて割高になっていることが問題視されているようだ[5]

6番目にはいわゆる「修理する権利」を保護する方針が示されている。これは「携帯電話(スマートフォン)」だけでなく「農業機械(農機)」も念頭においたものである。米国では、農機の分野で高いシェアを誇るJohn Deere(ジョン・ディア)が、2015年頃からトラクター等のスマート化を推進し、「機械の販売」から「サービスの提供」へと事業を転換してきた。こうしたビジネスモデルの転換に伴い、ユーザーやサードパーティの修理工が農機を直すことが規約で禁止されるようになり、「故障してもすぐに直せない」「修理費用が高くつく」という批判が高まってきていたのである。

3.反トラスト政策

ホワイトハウスはまた、反トラスト法の執行を強化することを宣言した。

大統領令では、セオドア・ルーズベルト政権(1901~1909年)が「1900年代初頭にスタンダード石油やJPモルガンの鉄道事業など、米国経済を支配していたトラストを解体して、小規模事業者に戦うチャンスを与えた」こと、そして、フランクリン・デラノ・ルーズベルト政権(1933~1945年)が「1930年代後半に反トラスト法の執行に注力し、現在の金額で数十億ドル規模の恩恵を消費者にもたらすとともに、その後の経済成長の礎を築いた」ことに言及している。

このように、過去の大統領が企業の市場支配力上昇に対し、大胆な施策で対処してきたことを引き合いに出し、司法省やFTCなどの規制当局に対し、反トラスト法を精力的に執行することを命じているのだ。とりわけ、労働市場、農業市場、医療市場(処方箋、病院の統合、保険)、テクノロジー分野にフォーカスすべきとの方針が示されている。

また「以前の政権がチャレンジしなかった過去の悪しき合併を提訴することを法律が許容していることを認識すべきである」とも書かれている。米国では近年、競合他社が成長を遂げて脅威になる前に買収してしまう「キラー買収」が、競争を阻害しているのではないかとの主張が目立ち始めている。その代表例がFacebookによるInstagram買収(2012年)とWhatsApp(2014年)買収である。いずれも買収時点では大きな問題があるとは判断されなかったが、結果的に世界の主要なソーシャル・メディア・サービスがFacebookの傘下に集中することにつながった。こうした買収を遡って取り締まろうとする試みの一つが、2020年12月に提起されたFTCおよび州当局による反トラスト訴訟[6]であった。

これらの訴訟はいずれも今年6月に、ワシントンD.C.連邦控訴裁に棄却されているが、FTC訴訟に関する判決文[7]のなかでJames E. Boasberg判事は、連邦反トラスト当局が過去の事案について提訴すること自体については是認されるとの見解を示している。大統領令の記述は、こうした判決も踏まえ、連邦規制当局に対して、引き続き過去の事案も含めて競争上の問題に対処していくべきことを指示したものであると考えられる。

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[1] White House(2021).“FACT SHEET: Executive Order on Promoting Competition in the American Economy”(https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/07/09/fact-sheet-executive-order-on-promoting-competition-in-the-american-economy/)

[2] American Economic Liberties Project(2020).“Confronting America’s Concentration Crisis: A Ledger of Harms and Framework for Advancing Economic Liberty for All”(https://www.economicliberties.us/our-work/confronting-americas-concentration-crisis-a-ledger-of-harms-and-framework-for-advancing-economic-liberty-for-all/)

[3] 各取り組みの番号は、本稿執筆の都合上追加したもの。

[4] FCC(2010). “National Broadband Plan”(https://www.fcc.gov/general/national-broadband-plan)

[5] 大統領令では「最大で5倍の格差がある」と指摘した論文を紹介している。Tejas N. Narechania (2021).“Convergence and a Case for Broadband Rate Regulation”(https://papers.ssrn.com/sol3/ papers.cfm?abstract_id=3810367)

[6] FTC(2020).“FTC Sues Facebook for Illegal Monopolization”(https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2020/12/ftc-sues-facebook-illegal-monopolization)New York AG(2020). “Attorney General James Leads Multistate Lawsuit Seeking to End Facebook’s Illegal Monopoly”(https://ag.ny.gov/press-release/2020/attorney-general-james-leads-multistate-lawsuit-seeking-end-facebooks-illegal)

[7] UNITED STATES DISTRICT COURT FOR THE DISTRICT OF COLUMBIA(2021). “Civil Action No. 2020-3590 ; FEDERAL TRADE COMMISSION v. FACEBOOK INC.”(https://ecf.dcd.uscourts.gov/cgi-bin/show_public_doc?2020cv3590-73)

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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